フフシル
次回投稿2/19
春道等はそのまま北へ逃げ一級ホテルや高級料亭が並ぶ御玉通へ出ると、とあるビルの地下へ続く階段を駆け下りた。下に行くに従って、派手な音楽の音が、体に響いてくるのがわかる。全力で走ってきた彼らの高鳴った鼓動に重なると、心臓が普段の倍くらいの速さで動いているような感覚になった。
やがて階段の下にClub Fufusealと光るネオンが見えた。
階段を駆け下りて来た男たちに、階下にいた黒服はその瞬間、何事かと慌てたが、特徴的な作務衣を認めるとすぐに全てを了解した。
ひとりが奥の扉を開けて中に駆け入り、すぐにまた出てきた。その後ろから値が張りそうな三つ揃えを来たオールバックの男が現れる。
「聖女無天の人か。観光協会に追われてるんだな。しばらくここにいるといい」
男は脇にあった鉄扉の避難口を開けて春道らを通すと、黒服に命じて彼らを廊下からカーテンで仕切られただけの事務室に案内させた。壁を挟んだすぐ向うがダンスフロアのステージとDJブースになっていて、大きなスピーカーも設置されている為、春道と雨の丞はお互いの呼吸の音は耳に届かない。
ただ、ふたりで黙々と体を上下に動かしているだけだ。
カーテンの下に出番を待つダンサーのミニスカートから露出する、日に焼けた足が見える。
ようやく呼吸が落ち着いてくると、鼻に夢南瓜を焼いた香ばしい臭いが入ってきた。
このフフシルというクラブは葦原京中にいくつか点在する聖女無天村民の避難所のひとつである。
さっきの三つ揃えがオーナーで、彼もまた夢南瓜の愛好家であり、営業協力者のひとりであるが、他の協力者とは違い、取引場所に自らも店も提供してくれるどころか、ダンスフロアでは自由に南瓜の葉巻が喫え、カボチャドリンクも提供する。
あるいは、宴もたけなわになると南瓜の葉を燃やはじめ、そうするとフロア中が朦朧となり、男も女も体が火照り始める。
もっとも、葉は夢南瓜の様々な部位の中でも、効能が比較的穏やかで、気を引き締めていれば理性を失うこともない。しかし、理性を失う気もない連中は欲望に従い乱れに乱れ、快楽の果てへ連れ添う男女も少なくない。
故に観光客にも人気は高く、年中無休で毎夜、宴が繰り広げられる。
やはりバランスというのは大事なことで、いくら歴史的価値観が高く、奥ゆかしく神秘的な街であろうと、羽目も外せなければ楽しい旅にはならないのだ。葦原京を訪れる外国人も、昼は寺社仏閣を厳かに巡り歩き、旨いものを喰い、美味い酒を飲んで気持ちよくなった後は、溜め込んだ日ごろのストレスを発散してこそ、優位意義な休暇と相成ろう。
このフフシルはそういう場所である。
なぜ、ここだけ観光協会の手を逃れて南瓜収穫祭のごとき様相を呈すことができるかというと、オーナーが本業で市議会と親密な関係にからだ。
エクスポでも議会から大仕事を請負い、巨額の報酬が支払われたそうだ。観光協会の立ち位置から葦原京組織図を上へ辿ると、市議会に行き着く。そこから協会へ「フフシルには手を出すな」という鶴の一声がかかっているそうだ。
しかしこのクラブフフシルが後日、葦原京の勢力図を揺るがす事件現場になろうとは、この時、誰もしる由もない。
翌朝、村では春道らによってその、観光協会に、「オカリナ」と呼ばれる、とんでもない怪物が入隊しているという情報がもたらされた。
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