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欲望のカボチャ村と古都の荒くれ観光協会  作者: 源健司
ワールドスポーツフェスティバル葦原京
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観光協会分裂

 佐藤果花が大広間に入ると、部屋はすでに人で埋め尽くされていた。青年部参謀たる彼はその間を掻き分けて、正面左の位置に着いた。その前に藤田、沢井、他の幹部が並ぶ。


 やがで大きな足音を発てて幸村が現れた。後ろから高山も続く。最後に犬若が、木の葉が一枚入り込むかのごとく、入室して来た。

 一同が沈黙している。


「今、議会に呼び出された」

 高山は大した用件でもなかったかのように、早口に淡々と切り出した。


「俺たち、観光協会青年部の責務改定についてである」


 そう言って、紙を取り出し、呼吸もせずに読み上げた。

 

ワールドスポーツフェスティバル葦原京開催期間は活動禁止。葦原京の治安維持も警察庁の管轄とし、以降についても、警察庁による治安維持についても持続する事。つまり、今後、観光協会は観光業における慈善活動のみに従事する事。活動費は現在の三分の一に減額する。入隊に関しては学歴、器量、家柄を重んじた面接を行うこと。人員は三十名という定員制限を設ける。部員も年齢制限を設け、上限は二十四歳とする。云々。

  

 高山の口調は次第に早くなり、普段は落ち着きを絵に描いたような男が、冷静さを欠いて行く有様に、部員らは戸惑った。皆が恐怖心にも似た感情を抱く中、「ぶうぉ!」と息巻いた幸村が法被を畳に叩き付けた。そうして地団太を踏むかのように進み出て来て、高山が両手で広げた和紙を取り上げ、ぐしゃぐしゃと丸めたかと思うと、大きな口に詰め込み、むしゃむしゃと喰い始め、やがて涎を含んだ白い塊となったそれを、べえと吐き出し、地面におちたべちゃべちゃなそれを、何度も何度も踏み付けた。


「そんな糞呆けた話が呑めるか!」


 脇の幹部が列を成す中から沢井が立ち上がり、障子戸を蹴破る。木材が折れた音がして、中心の砕けた戸は庭に落ちた。


「どうするつもりだ、幸村さん!」


「まさかぬけぬけと従うつもりはないだろうな!」


 幹部らが口々に叫び立ち上がる。


 そんな中、「静粛に!」と澄んだ高い声を響き渡らせたのは佐藤果花だった。


「ここで無暗に逆らうのは得策ではありません。議会が協会を潰す気なら、それこそ相手の思うつぼ。一旦は何の反応もしないことで保留の意を表し、葦原ワースポが終わった頃に改めて、あくまで、観光都市としての葦原京の発展を目指す和平的集団としての立場を明確にした改定の再審議を要求するべきです。活動費用と年齢制限に譲歩くらいはしてもらえるでしょう」


「そのワースポが問題だ!」


 高山が佐藤に詰め寄り、胸倉を掴むと、即座に藤田翔が間に入り、ふたりを引き離した。


「今の有様を見て見ろ!街中の至る所で南瓜が売り飛ばされ、飛び交ってるんだよ。俺たちを小馬鹿にするように、ねへらぼうぼうと南瓜の取引が公然として行われている。ワースポが終わるころには、ここはすでに南瓜の都、恥乱の都だ!」


「それで葦原京が潤うならばいいではないですか」


「南瓜を容認しろと?」


「それでも我々の存在意義が失われるとは思いません。道案内に清掃、酔っ払いの喧嘩の仲裁、違法風営の取締、観光協会青年部としてやれることはいくらでもある」


「南瓜でラリった輩が闊歩する下品な街の、どこが由緒正しき葦原京だ!お前、議会の回し者だろう?活動費用だの年齢制限だの、そんなものはどうでもいいことだろう?要は俺たちに南瓜の取締から手を引かせる為に、どうでもいい他の改定項目を出してきてんだろう?夢南瓜の取締を禁止するなどと、議会が大っぴらに言えないよな?木を隠すなら森の中だ。色んな改定項目をぐだぐた並べてるけど、最終的に―葦原京の治安維持も警察庁の管轄とし、以降についても、警察庁による治安維持についても持続する事―。これで観光協会は夢南瓜の取締が出来なくなる。この項目さえ通せれば、あとはどうだっていいんだろ? それから、議題の中に隣県との国境が変わるって話もあったが、これで辻褄が合う」


「何だあ、それは?」


 沢井が眉間に皺を寄せて、上下の歯を閉ざしたまま、歯間から音を漏らすようにして、舐め上げるかのように高山に問うた。


「西京府がリニアモーターカーの停車駅に誘致から手を引く事と引き換えに、隣県に属する一部の土地を編入するそうだ。葦原京の極東にある県境の一部の線を、一キロほど東に移動する」


「つまり、聖女無天村が存在している土地が、西京府に属することになるわけだ」


 幸村が吐き捨てるように言った。


「そもそもあの土地は聖女無天村の人間たちが不法に占拠している土地と言っていい。それを極端に言えば、これまで隣県は放置していたということだ。だが、聖女無天村が、夢南瓜を観光収入に利用しようとする西京府の管轄になれば、話が変わってくる。村を、西京府が所有する土地と定めることで、村人の定住を容認する代わりに、南瓜の所有権を得ようと目論んでいることが明らかだ。そういうことだろう、佐藤君?」


「よくわからない話だ。大体、今となっては、私は議会の政策に口を出せる立場にないのです。私を泳がせ、議会が利用しているということでもない限りは」


「利用されている可能性は」


「残念ながら、大いにあり得る」


「そら見ろ」


 高山と佐藤は、互いを睨み合い、互いに互いの次なる発言を待った。


 広間には黙って協会に行く末を決定する討論に聞き入る他ない部員らが、沈黙したまま歯を食いしばっている。残暑の日差しが照り付ける庭からは、残り僅かな命を賭けて鳴く、夏に取り残された蝉の声が響き渡る。


 高山の薄い唇が動いた。さっきまで半ば投げやりに物申していた高山から、本来の彼に戻っていた。


「俺たちは、議会の思い通りにはならない」


「観光協会が無くなってもいいのですか?」


「お前の言う観光協会と、俺たちが在る観光協会とは違う観光協会だ」


 佐藤が呆れたような顔をした。


「ならば我々は本来在るべき観光協会として、あなたたちの協会から分離するまでです」


「ははっ、そういうことか。議会はそうやって、俺たち幸村派を一掃する腹つもりだったんだろ。どうする、幸村さん?」


「ならば、議会の思惑に乗ってやるまでだ」


 幸村は円らな瞳を見開いたまま、一瞬の迷いもなく言った。ここにふたつの観光協会青年部が出来上がった。


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