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欲望のカボチャ村と古都の荒くれ観光協会  作者: 源健司
葦原京今昔祭
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葦原京観光協会青年部

 大山大和おおやまやまとというお兄さんが、葦原京に住んでいた。知る人ぞ知る、異形の変人である。


 漆黒の縮れた髪の毛が縦横無尽に頭部を包み、おでこの右側に卵がはまるくらいの窪みがあって、無花果いちじくのような大きな鼻が顔のど真ん中についている。そのくせ、しゃくれた顎に愛嬌があり、澄んだ瞳は煌めきを発していて、異様に美しい。快活明朗な声で話し、笑顔は目の奥まで笑っていてその取っつきやすい性格から友人知人も多い。


 職業は不詳である。


 汚れた濃紺のつなぎ姿で樅の都や今都をうろうろしながら生息し、発明家を自称しているが、革新的発明品と呼べる代物は無く、怪し気な器具やガラクタ同然の道具を秘密裡に売買したり、あとは町の修理屋さん風に便利業を生業にして何とか生計を立てていた。常に並々ならぬ向上心を持ち、前向きに生きている。が、努力が実を結ぶこともはなく、今後も実を結びそうな気配すら感じられない。それでも彼はとても元気である。


 常連客ばかりが集う小さな赤提灯で、大山大和はカウンター席に座り、山菜の天ぷらを喰いながら焼酎を呷った。料理の旨い店なので酒も進み、気がつけばいい具合に酔っていた。カウンターの隅にある古いテレビの画面には、間近に迫ったワールドスポーツフェスティバル葦原京、いわゆる葦原ワースポを報じるニュースが流れている。


「もっと恩恵のある商売しときゃあよかったなあ」隣の席の古本屋のオヤジがビールジョッキを片手にぼやいた。「なんぼ外人観光客が来ても、古本買う奴はまずおらん」


 そう言うと、奥のテーブル席にいる賑やかな集団の方を、顎でしゃくって唇を突き出した。


「あれは甲羅町こうらまち通り商店街の連中ですわな。観光協会の会員さんはよう儲かってるみたいで。どこも外人の店員雇うて、客の相手さしてるんやで。外人観光客にへこへこして、気に入らんわ」


「おっさんがなんぼへこへこしても、古本買いにくる観光客はおらんさかいな。諦めて今まで通り、頑固な商売しといたらええんや」


 大山はシメにお茶漬けをゆっくりと掻き込むと、お愛想をして店を出た。


 体が宙に浮くほど気持ちが良くなっていたので、「おーれーにこめこついたあああーっ、なかったかっ!おーれーにこめこついたあああーっ、なかったかっ!」と、意味不明なことを叫びながら、もう一軒、懇意のスナックを覗こうと東京極ひがしきょうごく通りを歩き始める。


 自動販売機で水を買って飲みながら歩いていると、西から延びてきた上条通りの突き当たりに鎮座し給ふ東谷ひがしだに神社、その鳥居から出てくる半袖短パン姿の図体の大きな欧米人が目に入った。三人連れで何やら英語で喚きながらガッツポーズしたり飛び跳ねたり、とにかく嬉々とした様子である。歓声の中から「パンポキン」という単語を聞き取り、大山は「ははーん」と顎を摩った。


「はっは、ちょっとおちょくったろうかの」


 彼は「いひひっ」と笑いながら鳥居をくぐった。肌寒い風が、参道脇の木々を揺らしている。


 参道を奥へ歩いて行くと、灯篭の火も落された境内の脇に、よく目立つ乳白色にゅうはくしょく作務衣さむえがふたつうごめいているのが見えた。大山はそのあまりにも無防備な姿に「阿保か、こいつらは」と呆れた。


「やっぱりちょっと脅しとかなあかん!」


 彼はそうぼやきながら、すーっと息を吸い込むと、どすの聞いた声で叫んだ。


観光協会かんこうきょうかいだ!」


 とたんに、四人が予想通りも予想通り、ぎょっとして逃亡を図ろうとするので、大山は腹を抱えてがらがら笑い、「天空っ!儂じゃ儂じゃ」と喚きながら、彼らの前に姿を現した。


 天空てんくうと呼ばれた作務衣のひとりが不快感そうに、「脅かすな!洒落にもならんぞ」と舌打ちする。


「阿呆!避難訓練じゃ。お前等、儂がホンマもんやったら、今頃、完全に抜かれてたぞ!」


 大山の忠告に、作務衣たちは返す言葉も無く、呻いた。


「そもそもその衣装が悪い。ホンマ、よう目立つぞ。もうちょっと考えたほうがええんとちゃうか。商売繁盛してるんやさかい、なおさらじゃ」


「大きなお世話だ」


「そうかい、人がせっかく親切に言うたってるのに。お前等みたいなヘボは抜かれてしまえ!」


 大山大和は悪態をついてまた、東京極通りへ出ようと参道を戻り始めた。


「ああ、気持ちのええ夜じゃ」と両手を天高く伸ばし、大きな欠伸をする。と、不意に前から何者かが走ってくるのに気付いた。「ん?」と唸りながら、目を凝らして見ると、人影がふたつ、袖の裾をはためかせながら、物凄いスピードで迫り来る。


 大山が「観光協会じゃ!」と叫ぶと境内のほうから「しつこいぞ!」という天空の声が聞こえた。と、同時に「どけ大山!」という罵声と体への衝撃、気が付くと彼は参道脇の雑木林に突き飛ばされていた。しこたま頭を土の地面のぶつけて朦朧とした。

「うんぬ」と気合を入れて頭を上げた時、境内のほうからは複数の人間が砂利は激しく蹴散らかす音が聞こえ、「あかん」と思いながら、参道へ這い出でた瞬間、目の前を作務衣のふたりが通り過ぎ、間を置かずして、今度は追っ手が駆け抜ける。

 

 後ろ姿を見て、追っ手は関東かんとう派の太川浩市山おおかわこういちざん劉陽之助りゅうようのすけだと、大山は認識した。鶯色うぐいす法被はっぴを着た後ろ姿がみるみるうちに遠ざかる。


 神社を出た作務衣のふたりは東京極通りを全力で横切り上条かみじょう通りを西へ走った。 突如、現れた変な格好の連中に、道行く人々、観光客たちが何が起きたのかと注目する。

 

 続いて追っ手も神社を飛び出し東京極通りに差し掛かった。人々の視線が、今度は一斉にその法被姿の巨漢たちにむけられる。と、ほぼ同時にちょうど北からトロリーバスが走って来て、作務衣と法被の間を遮ろうとした。

 

 作務衣たちは、「しめた!」と胸を撫で下ろしかけたが、後を追う太川は、巨体に似合わぬ身の軽さでバスの屋根を飛び越え、楊もまた大きな体ながら、吹き抜けの窓から入って向かいの窓へ、バスを貫通するように突き抜けたのだ。それを見て、作務衣側は再び、コンクリートを蹴り上げて逃げ出した。


「洒落にならんことになったぞ」 


 大山大和は通りに面した二十段ほどある石段の上からその様子を眺めていた。

 

 逃げるふたりに追うふたり、その差がぐんぐんと縮まって行く。と、突然、作務衣たちが、飛び上がらんばかりに驚いた感じで揃って身を翻した。

 

 何に驚いたのか。


 大山はやがて、西からもやってくる集団を視界に捉えた。十五人ほどいる。街の灯りに照らされた鶯色の集団は、いくつもののぼりを夜空に掲げながら、大通りを進んで来る。


 東から来た太川、楊はもはや目前にまで迫っている。作務衣のふたりは道の真ん中で東西を交互にきょろきょろ見ながら、突破口を開こうとする。しかし、逃げ場はどこにも無い。


 上条通りと交わる小路やカフェから観光客が続々と出て来て、運よく出くわした観光協会の捕物を取り囲んだ。無数の歓声に混じって指笛の音がこだました。


 大山大和は石段を駆け下りて、東京極通りを横断したが、現場にはすでに大勢の人だかり。

 

 彼がそれを掻き分けて行くと、作務衣のふたりを挟んで、太川、楊のふたりと、西から追ってきた集団がのっぴきならぬ雰囲気で睨み合っている。「犬若くんがいるよ」と、きゃあきゃあ騒いでいる若い女子のような一部は置いておいて、大方の観衆たちもいよいよ、何だか様子がおかしいと感じ始めているのが見て取れる。東西から一気に挟みうちにすれば一網打尽という状況ならが、三者がこう着状態に陥り、動かない。


 ひょっとすると、村の連中を逃がすことが出来るかもしれない、と事情をよく知る大山は考えた。恩を着せて得られる報酬を想像すると、ひと肌脱ぐのも吝かではない、とも思い、「よっしゃ、よっしゃ」と宣いながら彼は人混みに紛れた。


 太川が西の集団に向かって叫んだ。「犬若!俺らの捕物だ、手を出すなよ!」


「有沢さんご不在では荷が重いでしょう。助太刀しますよ」


 快活に叫びながら犬若はいたちが走るような低い体制で走り寄ると、作務衣のひとりの襟を掴んで飛び上がった。そうして男の体を軸に空中で旋回し、遠心力をかけて男の身体を放り飛ばした。


 転がる作務衣へ即座に後方に控えていた連中が後から後から、次々に折り重なると、「馬鹿野郎この野郎!」と怒鳴りならが太川、楊も入り乱れ、更に観衆も続々と増え、道を阻まれたトロリーバスが二台、三台と列を成し、乗客も何事かと身を乗り出し、あっと言う間に大混乱、もはや収集のつけようもない。


 大山大和もまた、そんな人間のごった煮の中心に向かって、押し進む。やがて、混乱のど真ん中に辿り着くと、中心で押しつぶされている乳白色の作務衣を視界に捉えた。

 

 「おった!」と、人の隙間から手を伸ばし、袖を掴み、そこから腕を手繰り寄せて二の腕を抱えると、うのーっ、うのーっ、とぐいぐい引っ張った。

 しかし、せっかくの獲物を逃してなるものかと、観光協会も引っ張り返す。大山は「離せや阿呆!」とその脇腹のツボを、手刀の先でズボッと突く。突かれた部員は「んっ、なんっー」と奇怪なと息を漏らしてのけ反る。大山は相手の力が緩んだ隙に、うのーっと引っ張り、また別の者が引っ張り返してきたので、今度は反対の手を潜り込ませ、そいつの股間を渾身の力に握り、脱力したところをまた、うのーっ、うのーっ、と引いて、ようやく男を外へ引っ張り出した。ひとり逃がすだけが精一杯だった。


「くそ、もうひとりはご愁傷さまじゃ」


 大山は悔しそうな顔で呟くと、あとは自分も西の繁華街へ走って逃げた。背後から耳に届いた「ひとり抜いたぞ!」という声に彼は顔を歪め、それでも振り返る事なく走り続けた。


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