第5話 紗菜を探して
エレベーターで部屋の中へ。ムード照明と、薄ピンクのクロス。中央にはライトアップされた丸い形の温水プール。ジャグジーみてぇだ。スゲぇ。
ベッドは一段高いところにデカいのがドンッ。クリムゾンレッドのカーテンが高級感をだしている。
大きな窓からは黒い海が見えた。優しい潮騒がよりムードを掻き立てる。
「紗菜!」
「あん! ちょっと待ってよ」
「もういいだろ」
「ダメ。シャワー。夜は長いんだし。一緒に入ろ」
「そうしよう!」
ニヤつきが止まらない。俺は自分の上着に手をかけた。紗菜も同じようにしている。その肉体がもうすぐ見れる。
「タッちゃん。あの日──」
「あの日?」
「六年前の今日、タッちゃんはまるで魔法使いみたいだった」
「え?」
「私を見るなり、私の名前を──」
え。六年前の今日。それはもうすぐ終わる。9分で終わる。だから、紗菜の言っていることは俺の幻想だ。
「雪の中、酔っぱらって寝てるんだもんね。本当にビックリしたよ。死んでるかと思った」
雪? たしかに降ってきた。
そんな中で寝たら死んじゃうだろ。俺。目を覚ますべきか? でもこれから紗菜と変態さんするのに……。
「あの頃の私は、今とは全然違う。タッちゃんと出会えて、変わることが出来たんだ。大好きだよ。タッちゃん」
やっぱり。俺、この子が好きだ。夢じゃなきゃいいのに。夢じゃなきゃ──。
でも目を覚まさないと。だったら、今すぐ変態さんをしたほうが──。
『起きて下さい。大丈夫ですか?』
俺は紗菜の肩を抱いて、こちらを振り向かせた。そして、その唇に自分の唇を──。
『もしもし! 大丈夫ですか? もしもし!』
◇◇◇◇◇
「紗菜!」
「え?」
目を覚ますと──そこは、2022年の2月14日。雪の中、俺は冷たい新幹線の橋桁に寄り掛かって眠っていた。
どうやら起こしてくれた人がいたらしい。その人を見てみると、紗菜とは似ても似つかない、ものすごく太った女性。洒落っ気もなく、髪は後ろで一つにまとめ、メガネをかけていた。
時計を見ると23時57分。あの夢は、たったの6分の出来事だったのだ。夢だ。夢。だけど幸せな夢……。
「だ、大丈夫ですか?」
その太った女性が話し掛けてくる。
俺は何も応えられずにいた。幸せな夢を打ち破られたことのほうが大きかったのだ。
だけど──。
時計を見ると1分進んで23時58分。あと2分ある。その時間までに紗菜を探せば現実になるかもしれない。
紗菜は言っていた。六年前の今日、二人が出会った記念日だと。そして結婚は何年後かにしたのだろう。
2月14日は二人にとって大事な記念日なんだ。
俺は立ち上がる。
「紗菜を探さないと」
「え?」
駅まで行けば何とかなるのかも。そこに紗菜が終電を待っているのかも。
俺は、太った女性をそのままにして走り出そうとした。
「あの!」
「なにか!?」
太った女性は、俺を呼び止める。時間がないというのに。
「あの……。紗菜は私です。石田……紗菜です」
「え? 紗菜?」
まったく似ても似つかない。でも、ご実家の表札……。石田だった。そして確かにこの声は──。
「え? 紗菜? やった!! やった! 紗菜だ! 紗菜に会えた!!」
俺は彼女に抱き付いていた。彼女は驚いて、何も言えない抵抗も出来ないといった感じだったが。
「あ、あのう。困ります」
「あ、ご、ゴメン! ……なさい」
胸を押された俺は彼女を縛めからほどいた。二人はしばらく黙ったまま。でも彼女は逃げ出したりしない。赤い顔をして下を見ている。
街灯に照らされた雪は、いつもよりも明るい夜にしていた。その中にいる太った紗菜の顔。パーツは中央に小さく集まっているものの、夢で見たものに間違いなかった。
やっぱり。やっぱりこの人が紗菜なんだ。
「紗菜さん!」
「あ、は、はい……」
「もしよかったら、今度、デートしてもらえませんか?」
「え? あの……喜んで……」
俺達は連絡先を交換した。これから始めるんだな。俺達の未来。あれは、ひょっとしたら夢かもしれない。
だけど、本当の未来を先取りした夢なのかもしれない。
ご覧頂きありがとうございました!
これで終わりですが、明日から番外編が4話あります。お楽しみに!




