第3話 未来は大変
俺はリンちゃんを抱え、家を出て車の方へ。車はハイブリッドのSUVだった。マジカッコいいんだけど。
もたつきながらリンちゃんをチャイルドシートへと乗せてエンジンを駆ける。
いろいろ分からないことが多いが、かすかな希望があった。ナビの設定だ。立ち上げるとよくいく地点には、「会社」「保育園」「紗菜実家」「紗菜仕事先」の文字。ふぃー。助かったぁ。
まずは保育園を選択。ドギマギしながら先生にリンちゃんを預けた。
「あらー。リンちゃんおはよう。パパさん今日もお見送りご苦労さまです」
「あー、いえいえ。リンをよろしくお願いします」
「パパー! いってらっしゃいでち!」
「おーう。仲良く遊べよー!」
そういって保育園はクリア。なかなかやるな俺。未来でこんなにステップが軽いなんて。
うん……。大学落ちて腐ってたけど、高校の頃はこんなだったよな。聖良もそこに惚れてくれたワケだし。
今の俺は惰性だ。会社も惰性。聖良もと惰性。だから振られた。
でも紗菜と出会って、俺はやる気を出して家を建てて車も買って……。幸せな家庭を作っているんだな。
おっと。物思いにふけっているヒマはねぇ。次は会社だ。ここも六年後だからどうなってるのか分からない。駐車場に車を止めて、初めて面接に来たときみたいにドキドキしながら車を降りた。
工場に向かって歩き出すと、背中をポンと叩かれた。振り向くと、面倒見のいい当時の上司、佐藤班長だった。
「お、おはようございます。佐藤班長」
すると、明らかに不思議そうな顔。
「ああ、おはよう。涼本班長」
は、班長? 俺が? おいおいおい! 班長になるには、正社員、ライン処置担当者、副班長、班長の流れだぞ?
たった六年で俺そこまで昇格したの? 誰か死んだ? いやいや、家族のために頑張ったんだろなー。
見たかよ星良。俺は六年後にはこういう男になるんだぞー!
う。畜生。またまたなぜ星良の名前を。俺には紗菜がいるじゃないか。だって昨日の今日だもんな。未練だよな~。
そんなことを思っていると、若い社員が俺たちを抜かしながら挨拶をしていった。
「佐藤職長、涼本班長、おはようございます」
しょ、しょ、しょ、職長!? し、失礼しましたー! そりゃそうだよね。あんだけ面倒見が良かったら、昇格もするよね!
「どうかしたかい? 涼本班長。なんか変だぞ?」
そうなんです~。俺、変なんです~。班長になったなら、部署も異動してますかね~? 当時の仕事しか分かんねーんですけどー!
またもやクイズ形式で佐藤職長から、自分の現場を聞いた。ホッ。前と変わらないところか。良かったぁ~。
でも仕事は最初散々だった。みんなに、変な顔で見られた。しかし、午後からは慣れてきて、通常の業務に戻すことが出来た。ふー、やべぇ。
とっとと帰ろうと定時に部下たちを見送ってからロッカールームに行くと、隣には過去で仲の良かった同僚の藤原がいた。そいつは今、ライン処置担当者らしい。
「涼もっち、明日有給なんだって?」
「え? うん。そう」
なんだ有給って。明日有給とってたのか。今日はデートで明日は休み。ふーん。紗菜になにするか後で聞いてみよう。……クイズ形式で。
保育園にリンちゃんを迎えに行くと、大喜びで走ってきた。先生にお礼を言って、次なるミッションは、紗菜の実家にリンちゃんを預けに行く……だったな。
え?
紗菜のご実家!? いやいや、お義父さん、お義母さんと初対面なんですけど……。
「ばあばのオムライス楽しみでち~」
可愛い。チャイルドシートのリンちゃんの声が可愛すぎる件。リンちゃんは今日、実家に預けて紗菜とデート。でもご実家気が重い~。
ナビに従ってご実家到着。リンちゃんをチャイルドシートから下ろすと、勝手に家の中に入っていった。ここか……。
「ばあば、こんばんはでち~」
「あ、あの……、こ、こんばんは」
すると、奥の方から紗菜によく似たおばさんと、リビングのほうからおじさんが現れた。
これがお義父さんとお義母さん……。
「達也。今日は上がっていけないんだな。俺は寂しく一人酒だ」
「あ、す、すいません」
こ、好感触。未来ではお義父さんとうまくやってるみたいだ。
「ほらほら。おとうさん。タッちゃんを引き止めないの。ゴメンね、タッちゃん」
「いえいえ。大丈夫で……。リンをよろしくお願いします」
「あらいいのよ。気にしないで。おりこうさんにお泊まり出来るでしょうから」
お、お泊まり! お泊まりなんですか? じゃ、そのう……。俺と紗菜は……。
イヤンバカンなアレですか!? くぉい! 恥ずかしい……。
「若いっていいなぁ……」
お義父さんがポツリと最後つぶやいたので、さらに恥ずかしくなった。
リンちゃんをご実家に置いて、これでミッションコンプリート。次は紗菜を勤め先に迎えに行く──と。紗菜はどこに勤めてるんだろ。迎えってことは、徒歩で行ける家から近い場所にあるんだろうな。
途中で花を買うことに。デートだからな。紗菜もきっと喜んでくれるだろう。
花屋によって、お任せで五千円くらいの花束を作って貰い、サイフを見て愕然。
リンにいたずらされてる~! 中身が変なお札になってる!
「五千円でーす」
店員の声に俺は、おもちゃと思われるお札を握って青い顔をしていたが、店員はそれに手を伸ばした。
「どうしました?」
「い、いやお金が……」
店員はお札を見ても、なんの反応もなかった。あ、そうか。新札……。これ、新札か! 24年くらいから新札に切り替わるんだった。知るか! もうやだ。28年の世界。
花束を受け取って、俺はナビの示す紗菜の職場へと向かった。




