第6話 2月13日
2028年2月13日、日曜日。
俺はリビングのソファに腰を下ろしていた。リビング、キッチン一体型なので、妻の紗菜と娘のリンも近くにはいる。
「ねぇパパ! こっち見ないでね!」
「はいはーい」
「ねぇ見ないで。見ないでよぉ~」
リンは楽しそうにキッチンから半身を乗り出して、こっちをチェックしているので見ようにも見れない。ちょっとは紗菜を見たいのに。
何をしているのか分かる。バレンタインのチョコを俺のために作っているのだ。
リンの仕事は出来上がったチョコレートの上にカラフルトッピングを振り掛けるというやつだ。
知ってる。六年前に受け取ったもんな。そして食べました。美味しかった。それを明日もう一回食べれるんだ。ヒャッホー!
その後は紗菜とデート。ようやく六年前の続きが出来る。それにしても六年前の俺! 俺のお小遣いをホテルで二万円も使いやがったな? あと半月もあるぞ? でもそれが決められた歴史だ。俺もそうしなくちゃならないのが口惜しい。財布には多目に入れとこう。
「リンちゃん。パパニヤニヤしてるよ?」
「ホントでち。パパ、見ちゃダメ~。チョコレート見ちゃダメでち~」
いや見てないし。キミ、自分でチョコって言っちゃってるよ。秘密じゃなかったの?
「パパぁ!」
「なに?」
「見てない?」
「見てないよ」
「……見てェ~」
「見るのね、ハイハイ……」
見てみると、キッチンから身を乗り出しているリンが叫んだ。
「見ないでェ~」
どっちなんだよ! 二歳女児は分からない……。
◇
夜。紗菜は家事を終わらせてから来るというので、リンを伴って寝室で遊んでいた。
いつもならすぐに寝るのに、今日はなかなか寝てくれない。リンは眠そうな目で俺を見つめていた。
「ねぇパパぁ」
「どうしたの?」
「リンちゃんね……、パパにだけ言えない秘密があるんでち……」
ブッ! それって明日のバレンタインのことでしょ? それで興奮して眠れないってこと?
「聞きたいでちか?」
ふふ。言いたくて仕方ないんだな。子どもだもん秘密を抱えてるのが辛いんだろうな……。
「そうだなぁ。パパ聞きたいなぁ」
「うふふふ。ママには内緒でちよ」
「うんうん」
俺はリンへと耳を近づけると、リンは小さな手を広げて耳元で囁いた。
「だ・あ・め」
ダメなのかよ! でもギリギリで耐えきった~! 我が娘ながら大したもんだ。そうだな。その分、明日の朝貰ったら超ビックリしてやらないとな。
リンは満足したのか、いつしか眠ってしまったので、隣に設置してあるシングルベッドへと移動した。
「タッちゃん、ありがとね。寝かしつけてくれて」
「明日のバレンタイン楽しみみたいだぞ」
「ふふ。そうだね」
俺たちは並んでベッドに寝る。そのときふと思った。
明日朝起きたとき、俺には六年前の俺が入り込むんだ。そうだ。その時俺はどこに行くんだ?
あれ? よく考えたことなかったけどそれが決められた未来だよな?
六年前の俺は紗菜をホテルに連れて行って、抱く寸前に──。
そんなことを考えながら、いつしかまどろみの中に落ちていった。
◇
「達也。いつまで寝てるの! 起きなさい!」
はれ? なんで、紗菜がうちの母ちゃんの真似を……?
目を覚ますとそこは実家の俺の自室。懐かしい風景だ。なんで実家に?
自身の体を見ると、小さい……。
ウソだろ? 過去に戻っちゃった!?
跳ね起きて洗面所へ行き、鏡を覗き込むとアラ不思議。少年時代の俺の顔がある。寝癖が笑える。いや笑ってる場合じゃない。
つまり2028年のあそこには過去の俺が入り込んで、その俺はそれより過去の自分に入り込んだ……ってややこしい!
ショック! リンからの初めてのバレンタインを貰ってリアクション出来なかった~。あそこにいるのは訳も分からずタイムスリップしてきた21歳の俺。リンに対して激寒なリアクションしかしてねぇ! クソ、クソ、俺のクソ!
どうすりゃいいんだよ。過去に来たって何していいか分からねぇ。下手なことをしたら未来が変わっちまう。幸せな2028年が消えてしまうかもしれないし。
こりゃジッとしてたほうがいいな。そうしよう。
「達也。アンタ、好美おばちゃんのところにおつかいに行ってきてくれない?」
母ちゃん。こっちの都合はお構いなしかよ。好美おばちゃんって……。母ちゃんの妹さん。同じ市内だけどちょっと遠い。紗菜の家の方角だ。
紗菜?
そーだ。紗菜の過去ってどんなんなんだ? 薬で太って毛深くて若干いじめられっ子だったって言ってたな。
かーーーっ! あんな可愛い紗菜をいじめるなんて、ガキは分かってないねぇ。よしよし。おじさんが影から守って進ぜよう。なになに、礼には及びません。
「なにブツブツ言ってるんだい。自転車でちゃっちゃと行ってきな。この油、お母さんからって言うんだよ」
油持ってくのかよ~。重いよ。まぁいいか。紗菜に会ってこよう。えーと、今は何年ですか?
カレンダーを見ると2011年2月13日の日曜日。つーと四年生か。
四年生っつーと、だいたい女子は色恋に敏感になってくるころだな。男子はまだまだガキだけど。
おー。バレンタイン前日か。紗菜は誰かにチョコ贈るんだろうか? いやまさかな。紗菜は俺とが全部初めてって言ってたぞ?
だけど過去は分からねぇからな。ヒヒ。こっそり見てやれ。
紗菜に会うんだと思い、寝癖を直してできる限りオシャレな服装にした。そして自転車に乗ろうとすると、すでに前カゴには野球のグローブが乗っている。ははぁん。遊びで使ってるグローブだな。丁度いい。これで油を固定すればガタガタしないぞ。
いざおばちゃんの家にゴー。早々に用事を切り上げて、紗菜の家の付近まで。
角を曲がろうとしたとき、角から出て来た人にぶつかりそうになったので、ブレーキをかけた。
「きゃあ!」
「あ! ごめんなさい。すいません!」
その人は尻餅をついて、買い物袋の中身を落としてしまったので、慌てて自転車を降りてそれを拾った。
それは手作り用のチョコレート。俺は頭を下げながら拾ってその人へと手渡した。
「ごめんなさい。俺の不注意で」
「ぃぃぇ」
うわぁ、声ちいせぇ。体も小さい子だなと思いながらよくよく見て驚いた。
「さ、紗菜!!」
「ぇ?」
うう! つい声に出してしまった! このおでことかホッペに産毛がびっちり生えてる毛深い小さなオデブちゃん!
間違いない。小学四年生の紗菜なんだ……。




