第1話 どん底と困惑
「達也、友達に戻ってくれないかな?」
「え???」
バレンタイン当日のディナーを食べながら、恋人の星良に告げられた。
オレはと言うと、上着のポケットに手を突っ込んで今まさに指輪をプレゼントしようとしている寸前だった。
「達也は付き合ってて楽しかったし、優しかった。でも今後のことを考えるとダメなの……」
あーーーっと。これは効いたーーっ!
まさにカウンターパンチ。たしかに、今までのオレはろくでなしだ。
星良とは高校三年の時に告白してオーケーを貰った。そして互いに同じ大学を目指したが、オレだけは落ちた。
腐ったオレは一年間予備校にも行かず、ただブラブラしていたが、小遣い稼ぎのために勤めだした工場の期間社員が居心地がよく、そのまま二年。
上司から「そろそろ登用試験を受けろ」といわれ、見事正社員となったのでその勢いで浮かれて星良にプロポーズしようとしたらこのざまだった。
「じゃこの店払っておいてよ。正社員さん」
星良はそういって立ち上がり、出て行ってしまった。
俺はただ固まっていたが、正気に戻りあちこちに体をぶつけながら清算を済ませ店を出た。
その後、俺は酒を飲んで夜の街をフラフラしていた。かなり酒の量は多かったと思う。
「チクショー! 工場勤めの何が悪ィんだよ!」
そりゃそうだ。三年半の青春は一瞬で打ち砕かれたのだから。
「あー。俺の人生、お先真っ暗だよチキショー!」
駅に行く途中の新幹線の橋桁に寄り掛かって俺は腰を下ろした。
二月の夜は寒い。なんか雪もチラついているのが見える。時計を見ると23時51分。終電まで後少し。
しかし、酒のせいもあってひと気の無いこの場所で俺は目を閉じてしまった──。
◇◇◇◇◇
「パパー! 起きろ~!」
「ブッ!」
腹に衝撃を受けた俺は、驚いて目を覚ますと二歳くらいの幼女が俺の腹の上にまたがり、尻を何度もバウンドさせている。くるしい。
何が起きているのかサッパリ分からない。辺りを見渡すと、白いクロスがひかれた部屋の中にいた。レースカーテンの向こうは明るい。つまり朝だ。
屋外どころか室内。寝ているのはダブルベッド。横には柵のついたシングルベッドがある。そしてダブルベッドのオレの隣には大きなへこみ。誰かが寝ていた形跡だ。
ワケが分からない。この幼女も部屋の中も何がなんだかサッパリだ。
「リンちゃん、パパ起きた?」
「起きたけどなんか変でちよ?」
入って来たのは可愛らしい女性。エプロン姿で、お玉を持っている。
「リンちゃん! じゃ持ってこよう!」
「うん! パパ待っててね」
そういって二人は騒々しく部屋をバタバタと出て行き、やがて戻ってきた。手にはそれぞれラッピングしたプレゼントを持っている。
「はい。パパ、バレンタイン」
「パパよかったね。二つも貰えて」
俺は黙ってそれを受け取り、ただ呆然とするばかり。二人は不思議そうな顔をしていた。
「なんか変でち」
「嬉しくないの?」
二人が困惑している。だが一番困惑しているのは俺だ。しかし小さい子の期待に応えようとつい反応して言葉が出た。
「わぁ嬉しいありがとう」
すると、幼女は嬉しがって手を上げて何度も飛び上がって回っていた。そして部屋を出て行った。
お玉とエプロンの女性はそっと俺のベッドに座って幼女に聞こえないよう小声で話してきた。
「タッちゃん、おはよ。今日のデート楽しみだね」
はにかんで笑う彼女に思わず赤くなる。そして俺の名前の愛称。ますますワケが分からなくなった。
すると女性は戸惑っている俺の顔を見つめてきた。
「どうしたの? 今日は少しおかしいね」
「おかしい?」
「全然触ってこないし。どうしたの? 昨日そんなに飲んだっけ?」
「……あのぅ。ここは?」
と聞くと、女性は不思議そうな顔をしていた。
「家ですけど? なんか寝ぼけてるね~。目が覚めるおまじないしてあげる」
そういって彼女は思い切り口づけしてきた。
頭の中が真っ白だ。混乱、困惑。やがて彼女は口をはなす。
「おおう……。ありがとう」
「んー。やっぱり変。いつものタッちゃんじゃないなぁ。ま、いっか」
そういうと彼女は部屋から出て行った。
おかしい、おかしい、おかしい!
なにこれ!? でもキスの感触……。え? 夢? 誰? あの人とあの子。
パパって言ってた。でも知らない人だぞ? 俺は昨日、星良に振られて……。
昨日は酔ってて、駅の近くで不覚にも寝てしまって……。通りすがりのシングルマザーに助けられたとかそんなこと?
スマホが近くにあったが、俺のとはモデルが若干違っていた。電源を入れるとセキュリティ。指紋認証だ。迷いながら自分の指を当てると、なぜか開いた。
混乱のままカレンダーを見ると、二月十五日は火曜日。間違いない。しかし本日は十四日を指しており、そこにはスケジュールがあった。
『楽しい楽しいデート! 楽しみ!』
だ、誰のスケジュール!?
俺はもう一度辺りを確認しようとしたが、もう一度カレンダーに向き直ってあることに気付く。
2028年!?
2028年ってどういうことだ?
俺、未来に飛んじゃったわけ!!?




