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床の芸術家は物語る  作者: 知足湧生
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第3話「練習の心構え」



春の柔らかな日差しに当てられながら、チャリで桜が舞い散る一本道を駆け抜けていく。

今日から早速1年生歓迎会のための振り付けを踊る約束を、仲間たちとしてるから心が浮き輪立っているのだ。


うちのブレイクダンス部にどんな奴が来るのかが今から楽しみで仕方ないのだ。

新入生の歓迎が手荒になるかもしれないが、やはり後輩が1人は欲しいものだ。


ちなみに幸運なことに俺の藤本高校は私服制だから、部活中の練習着に大した規制はない。

試験当日など今日みたいな制服登校の指定日もあるが、まさに奇跡の巡り合わせなのだ。


藍色のシャツの裏にデカデカ『藤本高校』と書かれた部活Tシャツで踊ることになるのだ。

皆同じ衣装で踊ることになるんだから、何かしらの迫力は期待できそうなものだろう。


「ハルトくん、おはよう!」

「クルミか。おはよう!」


交差点でクルミと合流して俺たちは学校へ気持ち、早めに向かった。

今日はクラスメンバーの発表があるから、到着すると掲示板で自分の名前を確認した。


「今年は3組になったのか。担任もあの人と…」

「やった、ハルトくんとまた一緒だ。今年もよろしくねっ」

「ああ、()()()()()()()()()、クルミ。…だいたい皆も一緒な感じか」


皆が文系を選択していたため、4クラスの間でバラバラになる可能性もあったが、本当に運が良かった。

英語の教育に力を入れてる要素もあるうちの高校は、理系以外にも国際教養化が2クラス分占めていたのだ。

4クラスの間で全員一緒になれてすごい嬉しいぞ。


クルミと一緒に教室に入っていくと、すでにセシル、リオとユウカが談笑していたようだ。

リオがこちらを見るなり手を上げて挨拶してきた。


「やっと来たー!おはようハルト、くうちゃん!」

「おはよう、リオ。…セシルにユウカも。これで勢揃いだな!」

「リオちゃんおはよう、ユウカちゃんに、セシルくんも」


それぞれリオの挨拶に返事して、彼女たちの輪の中に入っていく。

今日も女性陣はかわいいなぁ。


「えへへ、今年もまたウチとアニメの話がし放題じゃん!ハルトも嬉しい?」

「あ、ああ嬉しいよ。リオが居なかったら寂しいって思いながら登校してただろうな」


するとリオが俺の胸を突つきながら上目遣いに聞いてきた。だからそういうのやめなさいって。

この1年間で多少は女慣れ出来たかもしれないが、全くときめかない訳じゃないんだよ。


そう考えてるとクルミがいたずらを見つけたような目を向けてきた。

この子もまた、基本落ち着いた性格してるのにたまにこうやって悪い方が表に出るんだよね…。


「今朝もハルトくん登校中に前で走ってる子のスカート見てたんだけどねー」

「何それ、また朝からキモいことしてんのハルっち?」


いやユウカさん誤解です聞いて下さい。確かに前の方でチャリ漕いでた女子生徒が居たのは事実なんだが、

乗り物を運転してるときは遠くを見るのようにって小学生のときパパに教えられたのを守ってたんだよ俺。


「その気持ちわかるぞハルト!見えそうで見えないのが堪らないよな!!」

「いやあんたらの趣味嗜好マジでありえないから!今度見かけたら虫眼鏡でその目ん玉焼き滅ぼしてくれるかんね」

「マジでやめてくれ!!俺はまだこの美しい世界とおさらばしたくないんだよ」


勝手に便乗して、俺の性癖まで決めつけんなやああああ。

…けど皆で軽くぷふっと吹き出してから改めて思った。


この人たちとなら、これからも楽しくやっていけそうな気がしてきた。

クラスで全員集合できたってのがデカい。

俺は嬉しさと喜びを一杯に胸に、宣言をした。


「まあ何はともあれ、これでチームハルト再び結成だな!」

「リオズ・アニメスクワッド!」


俺が出した拳にリオも拳で軽く当ててきた。

いや勝手に改名しないでもらえるかい?


「セシル・スターストリーム!」

「砂っちリヴァーサイドファイターズ!」

「来海ムーンライト!」


いやその趣向で女児向けアニメのようなチーム名はどうかと思いながらも、

皆もそれぞれ拳を突き合わせていった。そういえば全員我が強かったなこのメンツ…。


なんとなくこうなる気はしてたぞ俺。

けど皆、これからも俺とも仲良くしていってくれよな。


「…よし踊るスタイルの違いで解散!!」


俺たちは改めてこん、こんと拳を突き合わせた。

…今年こそは皆で大きな目標を掴んでみせたいものだ。俺自身のも含めて。




--




学校の練習時間も終わり、俺たちはチャリで学校から20分の中央公園に来ていた。

普段から部活の無い日やもっと練習したい時に俺たちはいつもここに来て踊っているのだ。


この中央公園は見た目通りの大きさで、外周を沿って走っても往復に1時間程かかるだろう。

それだけの広さ故にジョギングしてる人もいれば、コートでバスケをしている人達もいる。


探索しに行けばスケボやストリートバスケットボールなど、

さまざまなスポーツを練習している人が沢山いるだろう。


まるでポケットモンスターのような例えだったが、それだけここに結構な数の人が集うのだ。

初めて来たときは「ここがストリートカルチャーの聖地か」とつい漏らしてたっけ。


今でもことの真相は知らないが、当時にそんな印象を抱いて面白かったので今もそう思うことにしている。

アニメの聖地巡礼というオタク文化があるからな。


今でもオタクレンズというフィルターで世界を見てる影響だろうか。

そんなこと思いながら道なりに進むと、やがて大きな塔の中にステージらしきものが見える。


もう使われてないからか入り口は封鎖されているが、

俺たちが寄るたびに広場にはジャンル色々なダンサーが音楽に合わせて軽く体を動かしているのだ。


この塔は結構広いため、他のダンサーと場所取りで争わずに済むのだ。俺たちもここの常連客になっているため、

ステージ全体の6分の1くらいは俺たちのスペースだという暗黙の了解まで出来てるほどだ。


屋根があるため長時間練習してても水分補給してれば熱中症になることも無いし、

ここを利用してるダンサー達もマナーがいい事もあって、いつも有難く利用させてもらってるんだ。


「今日も宜しくお願いします!」


いきなり練習を始める前に俺たちは近くに居る他のダンサー達と順番に握手しに向かった。

この行為はブレイクダンス文化で公衆の場で練習するときのマナーで、練習前と終わりに握手するのだ。


これは元々ブレイクダンスがギャング抗争から発展した過去があるから、その歴史を踏まえた行為だ。

ヒップホップ文化自体が平和を求める文化だからという理由もあるが、そうすべきだからそうしているのだ。


近くで練習しているダンサーたちに軽く断りを入れてから、俺たちは柔軟と倒立のアップをした。

その間クルミは鞄からウォークマンを取り出して、適当なブレイクビーツを流し始めた。


特にブレイクダンスの柔軟は怪我予防のために大事なのだ。

倒立を軸にしたフリーズやチェアーで手首を痛めないために念入りにほぐしていった。


倒立のアップでは倒立状態で片手で片腕を一瞬で掴んで戻すを繰り返してバランス感覚を鍛えたり、

倒立してるときに足を筋トレのラウンジの姿勢で、クルミのカウントを聞きながら1分間ホールドもした。


「37、38、39…」


俺も最初の方は全然出来なくてかなり苦労したが、繰り返された練習の中でコツを掴むようになって、

今となっては倒立がベースな動きを結構できるようになるまで成長したというわけだ。


そして今、俺は部活紹介用の振り付けを皆と踊っているところだ。

そう、踊るメンバーは2年生に上がった俺たちだけで。


「ワンツースリーフォーファイブシックスセブンエイト、ワンツースリーフォー‥」


クルミがカウントを口に出しながら動画を撮影してるところだ。

それに合わせて俺たちは決められた振り付けを踊っていく。


「セシルくん、今少しチェアーのタイミングが早かったよ」


打ち合わせで本当に俺たちが簡単に出来るほどの基礎ムーブをやることにしてるので、

後はこうして動きのタイミングを合わせたて完成度を上げていくのだ。


この振り付けの最後にやると決めたルーテインもし終えると、

俺たちは休憩がてらに、俺たちはことの発端を思い出していた。


「リク先輩だけじゃなくミキコ先輩にリョウスケ先輩まで居ないの何だか勿体無いよねー」

「仕方ないわよ、だって3人ともバトルイベントで忙しいんでしょ?」


リョウスケ先輩とはセシルの師匠でもある人物で、名前は元川亮介(もとかわりょうすけ)

とにかくパワームーブの繋ぎが凄くて、セシルもああなりたくて弟子入りしたのだ。


普段は優しくて楽しそうにしてるんだが、怒らせるとネチネチ追求してきて面倒臭い人だ。

リクさんと同じく、ことダンスとなるとダンサーの不真面目な態度に牙を向いてしまうのだ。


ミキコ先輩はユウカとリオの師匠でもある人で、名前は中村美紀子(なかむらみきこ)

パワーよりもスタイル重視のダンサーでダンスバトルの駆け引きが上手なのだ。


彼女もダンスが上手いのだがユウカが「私パワーもしたいですっ!」と言って色々と習得し始めてから、

どこかユウカに対抗心を持ち始めるようになったようだ。弟子に追い越されるのは嫌だったんだろう。


「羨ましいよなー県外でバトルイベントなんてさ。俺も連れてって欲しかったぜ」

「ダメでしょー、私達まで抜けたら誰も1年生のハートを掴めなくなるじゃん」


さっきの通しで感じた手応えにまだ酔ってるようだなユウカのやつ。

けどぶっちゃけ俺も、明日が本気で楽しみだよ。


「アハハハ、確かにね。けどそれだけ大事なイベントなんでしょ、文化祭終わったら部活引退するんだし」

「確かにそうだよな。けど、今はそういうの辞めとこうぜ?」


今しんみりしてても仕方が無いな。

それに、まだ時間は残されてるんだ。


「そうよね、幸い1年生の体験入部の初日には間に合うんだし。そのためにもウチらが頑張ろうや!」

「うん、そうだよ。ミキコ先輩も期待してるんだし、ねえ?ハルトくん」


コラ、くつくつ笑いながら面白おかしそうに俺の方を見てんじゃねえ。

思い出すだけでも嫌になるわ。するとセシルがニヤニヤしながら俺と肩組んできた。


「おいどうしたんだハルト?また何か変なこと言われたのか?んー?」

「なんでセシルまでやけに嬉しそうなんだよ」


そう、俺はなぜかミキコ先輩に嫌われているのだ。いや恐らく憎まれているというレベルですらあるだろう。

本人もスタイルが凄くて美人なのに、あの態度で接して来るのが心底残念な気分でならないんだよ。


その原因の心当たりと言えば、俺が彼女のシグネチャームーブをより高度な技として昇華させて自分のモノにしたことぐらいなモノだろうが、そんなことで親の仇のような視線を寄越してくる謂れは無いだろう…?


俺が何度「先輩のおかげで成長できたんです、本当に感謝してます」って誠心誠意で感謝を示しても、

俺に対する怒りが治らないどころか、逆ギレされるのだ。マジでどないせーっちゅうねん!?


「そりゃお前みたいなその変のダンサーをあちこち泣かせている天才BBOY(ビーボーイ)様はどこかで幸福度の帳尻が合わせられてないと、世の中あまりにも不公平ってもんだろうが?」

「俺がいつ相手を泣かせたんだ!?だいたい俺だって普通にバトルで負けたりもするわ!」


俺がダンスバトルイベントで準決勝あたりまで勝ち進められるようになったのは、去年の秋からだった。

初めてのチームバトルでも俺が不甲斐ないばかりで予選で敗退したあり様だったし、あれは心に来たものだ。


そのときに俺はもっと強くなってやるんだと誓ったもので、ようやく努力が実り始めたのだ。

けど別にダンスバトルで無敵になれたわけじゃ無いので、当たり前のように敗北することもまだ多い。


それでもバトルが好きだから出場するのを辞められないんだよなぁ。

これもバトルダンサーになった者の性なのだろうか。


「この間こっそり聞いてたけど、『部員を1人も連れて来なかったらコロス』って言ってたわねー」

「南無阿弥陀仏」

「ごめんよおおおー、ハルト。せめて、ちゃんと墓参りには行っといてやるから」

「ハルトくんとの思い出を胸に、これからも精一杯生きていくよ」

「ウチがしっかりアニメフィギュアと一緒に埋めといてあげるから、安心してくれても良いわよ」


ユウカ、セシル、クルミにリオの順でまた俺のことを虐めてくるよこの人たち。

ってそうはさせるか!!そのためにこうして練習してんだろうが。


「勝手に殺すなあああああ!!」


俺たちはぷはっと吹き出した。


そしてまた練習と休憩を繰り返したらそろそろ7時になったので本日はお開きにし、

普段から家事をよく担当しているクルミは夕飯を作りに先に帰宅した。




--




解散となった今、俺たちはもう帰ってもいいのだが俺はもう少し技に磨きをかける時間が欲しいものだ。

リオもユウカも同じことを考えているのか、各々少し離れたところで自分の練習に励んでいる。

俺も今日取り組みたい技を決めてるので、小休憩を取ったタイミングでセシルに話しかけた。


「なあセシル、1回だけバックスピンを見せてくれないか?」

「おう、わかったぜ。よく見てな」


セシルが自分のスピーカーから流れる音楽も変えると、軽やかにステップを踏み始めた。

ツーステップから勢いをつけると、急に立った状態で背中から地面に滑り込んだ。


「やはり綺麗だな…!」


一瞬しか見えなかったが、セシルは地面に背中をついた状態で脚を開いて上に向け、腕を広げていた。

それを次の瞬間には折りたためるように体を小さくして、回転速度を上げてきたのだ。


「そうやってやるのか…」


あんな風にして遠心力を増幅しているのだな。本当に勉強になるな。

背中で高速回転し始めたその動きはまさにベイブレイドのようだった。


とても力強いパワームーブでそれに至るまで練習に投下した時間の程が伺える。

俺もこうして遅くまで練習することは良くある方なんだが、きっとセシルは上をいくだろう。


特にユウカもパワースタイラーなだけあってか莫大な体力を維持するために、

こうして良く遅くまで自分の技の練習に打ち込んでいる頻度が高い。


「よっしゃ決まったぁ!」

「ああ本当に良いフリーズだったぞほんと」


特に頼んだ覚えも無いのにちゃっかりバックスピンから1発だけエアフレアに繋いで、

更にトーマスフレアからヘッドスピンに移って、減速させたら倒立フリーズをかましてきやがった。


1年生の頃から側で見てきたんだからときどき感覚が麻痺するんだが、

高校生でここまでガチガチにパワーを極められてるのは本当に凄いことだと俺は思う。


確かに日本、いや世界で代表して活躍しているブレイクダンサーを数人知ってるからその人たちの方が圧倒的にヤバいのは言わずもがなだが、技の精度単体で見たら彼らにも引けを取らないと思う。


「ありがとう、セシル。おかげで参考にできたよ。相変わらずバックスピンの回転速度がエグいな」

「そうに決まってるっしょ!俺はブレイクダンスをパワームーブに捧げると決めたからなぁ。ハルトもやってみせろよ」


「ああ、もっとこうした方がいいぞ!って思える点があったら些細なことでも言ってくれ。じゃあいくぞ、」


こうして俺はセシルに教えてもらいながらも8時になるまで練習を繰り返した。

セシルたちは親に部活で頑張ってることを了承させてもらってるので、こうして遅く帰るのは日常茶飯事だ。


「皆お疲れ様!また明日な!」

「おうまた明日なハルト!」

「ハルっちもお疲れ様!また明日ねー」

「ハルトもお疲れ!また学校でね!」


普段から俺たちはいつものように学校終わってから大体16:00時前から練習を開始するのだが、

気分によっては早く帰ったり、より遅くまで技を磨きに残ることもよくあることなんだ。


そういえば今日は始業式だったから授業は昼までで、踊り場でも2時間くらい練習したんだっけ。

休日や祝日でも特に用がなければこうして公衆の場で、ダンスの練習を繰り返しているな。


別に俺たちは『こんだけ練習してるから偉いだろ』という考えを持っている訳ではないんだ。

むしろ、いくら練習に時間を投下しても全く努力の成果が実らない時期だってあるくらいだからな。


「これが現実……だよな…」


3年生の先輩たちですら長時間の練習なんて日常茶飯事だし、それだけ俺たちは本気なのだ。

かけがえのない青春をどれだけ練習に捧げてでも、掴み取りたいものがある限り俺たちは頑張るんだ。


特にブレイクダンサーとして頂点を目指したいなら常日頃から4〜5時間も練習するのが当然の心構えだし、

アスリート並みに継続して練習に時間を惜しみなく投下していくしか勝ち上る方法がないのだ。


改めて強くそう思いながら、俺は帰路に向けてチャリを漕いでいく。


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