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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

やるせなき脱力神番外編 日焼け五人衆の屈辱

作者: 伊達サクット

 自宅の部屋の鏡の前で自身の姿を映すこの男は、アンヴォス。

 彼は普段着用している吟遊詩人風の服装ではなく、上半身は衣服をつけず、下半身は体にぴっちりとフィットする、黒い水中活動用の、足首まで覆うパンツを履いていた。

 種族的なもので、首から下は体毛が全くなく、腹部と肘以外は青く光る鱗で覆われており、手先や腹部はそれこそ白魚のような滑らかな肌を持っていた。

 下半身のウェットスーツタイプのパンツは股下が浅めのもので、見事六つに分かれた腹筋の中央下辺りに彫られたヘソが、割と上の方にあるように感じられる。

 そして、パンツは太ももから生えるヒレを露出されるための穴が開いており、膝の部分も露出して白い肌を覗かせている。

 アンヴォスは鏡の前で直立したまま、右腕を伸ばし掌を鏡に向ける。

 すると、白い繊細な指と指の間に水かきが広がり、真っ青な爪が鋭く伸びる。

 同時に、真っ黒なウェットパンツから覗かせる、一本の毛も生えていない真っ白で滑らかな素足にも変化が生じていた。

 足の指先に乗った真っ青な足の爪が、それぞれ十本、手のそれと同じように、水を効率よくかき分けるために鋭く伸びる。

 そして水かきを展開した両手で髪の毛をかき分けると、隠れていたヒューマンタイプの耳が露になった。

 彼は両耳に付けているシルバーリングのピアスを外す。

 形状変化の呪いが込められたピアスが外れたことで、ヒューマンタイプの両耳は青く変色しながら鋭く伸び、長髪でも隠れない一対の耳ヒレとなる。

 左の耳ヒレの下部には、三つのピアスの穴が開いている。鏡の脇の小さいテーブルの上にはシルバーのペンダントと何の魔力も有しないただのシルバーリングのピアスが三つ。

 アンヴォスは口笛を吹きながら丁寧にピアスをつけていき、次に首をもたげてペンダントをかけた。

 最後に、部屋のベッドの枕の上に置いてあるサングラスをかける。そしてペンダントのみを身に着けた鏡に映る上半身を見て、明日に控える任務を想起し、微かに口元を綻ばせた。



 翌日、任務の舞台となる港町リーゴーに移動型魔法陣でやってきたアンヴォスは、昨夜自室で試した装いの上に、白と黒を基調とした腹部の露出したジャケットを羽織り、ビーチサンダルを履き、サーフボードを抱えて浜辺へ歩みを進めていた。

 足の爪が鋭く伸びているため、靴や靴下は間違っても履けない。

 彼は任務開始の予定時刻より遥かに早く集合場所の浜辺へ向かっていた。窮屈な陸上を離れ、久しぶりの水中に少しでも長く身を投じていたいからである。

 道中で、彼と同じようにサーフボードを持ってスウェットスーツに身を包んだ、日焼けした五人組に道を塞がれた。

 五人とも黒々と日焼けしているが、その一方、歯は一様にやたらと白かった。

 彼らの体つきや仕草で、ある程度戦闘の心得がある連中であることは分かった。

「おい何シカトしてんだコラ」

 男の一人に肩をつかまれたアンヴォス。黙って足を止める。

「この海はモンスターだらけで一般人が入ったら死ぬんだよ」

「ここは俺らの海なんだよ。よそ者は消えろ」

「あんまり俺達を舐めてんじゃねえぞ。俺達はあの最強モンスター・デビルジョーズをたった五人だけの戦力で倒したことだってあるんだぜ」

「あれれ~!? ビビッてるビビッてる! 何コイツ超ウケるんですけどーっ!」

「シュコココココーン!」

 こちらにケンカを売っているのか、それとも心配して言っているのか定かではないが、アンヴォスは前者と解釈した。

 無視して前進し、向こうから仕掛けてくるならケンカを買うことにした。

「テメェー! この野郎ぃやぁ!」

「っだゴルァ!」

「シュココココココココココーン!」

 結果、その想定通りとなった。襲いかかる日焼け五人組。

 アンヴォスはその場で五人ともぶちのめし、五つのサーフボードを叩き割った。

「殺すぞボケ」

 アンヴォスは吐き捨てるように言い、ボコボコになって倒れている男の一人の顔をビーチサンダルの裏で踏みつけ足蹴にした。

「げべぶっ!」

 まばゆい歯をむき出して悶える男に構わず、アンヴォスは自分のサーフボードを拾い、少し曲がったサングラスを指で直し、その場を後にした。



 冥界の海。

 漆黒の荒波が唸りを上げ、そこから飛び出してきたモンスター・デビルジョーズがその裂けた口に生え揃った牙を剥く。

 アンヴォスはサーフボードに乗り、その荒波を制御しなら滑らかにデビルジョーズを迎えうち、寸前でボードをターンさせ、すれ違いざまに鋭い爪での斬撃を浴びせた。

 このアンヴォスという男、正にボードと、いや、完全に波と一体になっているかのような巧みなテクニックだ。

 デビルジョーズの白い腹部に五筋の爪痕ができる。アンヴォスの青く鋭い爪の裏側にこびりつく、えぐり取った魔物の真っ赤な肉片。男は思わず嗜虐的な笑みを漏らした。

 デビルジョーズはたまらず水面から背ビレだけを出し、海上を疾駆する。その後ろに引かれていく真っ赤な血のライン。

 アンヴォスは打ち上げられた大波の勢いに乗って高く飛び上がると、更にボードを踏み台にして二段ジャンプをした。

 ボードを乗り捨てたアンヴォスの飛び降りる先は魔物の背ビレ。今度はデビルジョーズの背中をサーフボードとする。足の指先をキュッとしぼり、鋭い爪を相手の背中にガッチリと食い込ませて自分の足の裏を固定する。

 あえて一思いにとどめは刺さず、足の爪をグイグイと食い込ませ、その度にビクンビクンと痛みに悶えるデビルジョーズの動きを、荒波に見立てて、巧みにバランスを取りながら乱暴なサーフィンを楽しむ。

 背中のアンヴォスを振り解こうと、デビルジョーズは急激に潜水する。しかし海中は寧ろアンヴォスの絶対領域となる。

 サーフィンは終わりにし、手の水かきで海をかき分けながら、デビルジョーズを追泳する。

 放たれた銛の如く、あっという間に追いつき、今度こそ両手の爪でデビルジョーズを八つ裂きにした。



 浜辺でサーフボードに座り、海を眺めるアンヴォス。

 波打ち際には、彼に倒されたデビルジョーズの死骸が五体、打ち上げられていた。

 そんな中、空高くからやってくる人影。

 白馬の下半身と天使の翼を持った女戦士。

 彼の上司、待ち合わせ相手のファウファーレである。

「何してたの?」

 ファウファーレが妖艶な笑みを浮かべながら問う。

「魔物退治です。久しぶりの水中に体を馴染ませながら」

「ふーん、そう」

 ファウファーレが何気なく言いながら、アンヴォスの青い髪から露出した耳ヒレをつまんだ。

「久しぶりね、水中形態」

「いや、こっちが基本の姿なんですけどね」

「ところで剣は?」

 彼女の問いに対し、アンヴォスは微笑を浮かべて「今日は置いてきました」と返し、青く鋭い爪の生えた、水かきを開いた掌を見つめた。

 今日は置いてきた。ストテラ7号も、笛の音を奏でる短剣も。剣士としての誇りと共に。

「……やっぱアンタチャラ男ね」

 ファウファーレが呆れたように言う。

「えっ!? 俺がチャラ男!? 俺は普通に真面目系ですよ?」

 アンヴォスが面食らって言った。

 確かに彼はこの組織に入る前は、冒険目的ではなく、最初からパーティーの女の子を引っ掛けるのが目的で(可愛い女の子がいる)冒険者ギルドをいくつも渡り歩いていた(おかげで真剣に冒険を考えている者からは超絶に嫌われていた)。

 また、吟遊詩人の技術を身につけたのも剣の腕を磨いたのも女の子にモテたいからだった。

 おそらく、同じ年齢の冥界男子の平均値よりは女性との交際経験は豊富だろう。しかし、ファウファーレに忠誠を誓ってからは他の女性との付き合いはないし、何より、このアンヴォスという男は自分の所業がチャラ男であるという自覚が全くなかったのだ。

 更に言えば、この女上司だけにはチャラ男呼ばわりされたくなかった。人のふり見て何とやらである。

「だって、何のための殺生?」

 ファウファーレはデビルジョーズの死骸を指差した。

「人助けですよ。凶悪な魔物を退治したんです」

「よく言う。狩りを楽しんでるだけでしょ?」

「まあ、趣味と実益とでも言いましょうか……」

 アンヴォスはしかめっ面になった。

 360度、上下左右自在に肉体を動かせる、自分の生まれ育った水中という環境下。

 息苦しい陸の重力の拘束から解放され、洗練された剣術や魔法による戦法をかなぐり捨て、波や海流に乗りながら自分の体の一部である手や足の爪で魔物を狩る快感はひとしおだった。

「それで自分が真面目だって思ってるところがチャラいって言ってんのよ」

「すみません……。ところで、ファウファーレ殿、本当に泳いでも大丈夫なんですか?」

 海に潜む悪霊を捕獲するのにこの人選は、上司である勝利の女神の神経を疑う。ファウファーレの姿はどう見ても水中活動に適するものではない。

「大丈夫。こう見えて泳ぐのは得意だし、好きよ」

 そう言う彼女は、今日はビキニアーマーではなく、ビキニそのものを着用していた。確かに、気合いが入っている。

「分かりました。それでは、水中で息ができる魔法を……」

 アンヴォスが言うと、事実上の貸し切り状態のビーチで、二人は静かに唇を重ね、そっと離した。

「……これで丸一日、水の中でも平気です」

「ありがと。海水翼に含んじゃうから、後でお手入れお願いね」

「分かりました」


<終>

 

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