忘れられた花
雪玲は十二歳のとき、その男と出会った。
父が流行病で亡くなり、父の弟が新たな皇帝となった。
それにより雪玲は、生まれ育った後宮から、都から馬車で一日以上もかかる離宮へと移ることとなった。
雪玲とともに離宮行きが決まった母の機嫌はすこぶる悪い。
新皇帝の薄情さを誹り、父の死を報されても表情ひとつ変えなかったというのに、己の境遇を嘆き涙を零した。
かと思えば、眉をつり上げて、口を忙しげに動かしながら、婢女を怒鳴りつけていた。
そんな母にうんざりしながら馬車を待っていると、何やらみなの様子が騒がしくなる。
彼らの視線の先に目をやると、背後に数人の男を従えた武人が、颯爽とした足取りでこちらに向かって来ていた。
男たちはみな、銀灰色の甲冑を纏っていた。
どうやら、彼らが雪玲たち母娘を離宮へと送り届けてくれるらしい。
先頭の背が高く逞しい身体つきの武人が、母の前に跪き、礼を取った。
そして少し酷薄げなかたちのよい唇が、名を口にする。
由緒ある家名か、それとも武勲のある武将の名だったのか。
母の態度が一変し、色めき立った。
母の出自は低い。
己の美貌を武器に皇后まで登り詰めた母は、父を失い、身の寄せ先を探していた。
男の名は母にとって魅力的だったのだろう。
母とは違い雪玲は、男の身分に何ら興味もなかった。
ただ……男の麗しい見かけには、興味を持った。
はじめに目を惹いたのは、艷やかな銀色の髪。
この国では、黒髪、茶色い髪が多く、金色の髪は珍しい。それより、さらに珍しいのは銀色の髪だった。
そして次に目を惹いたのは、夏の空を切り取ったかのごとく鮮やかな紺碧の瞳。
端正な顔立ちを彩るその色に、雪玲は見惚れた。
離宮に送り届けるためだけの、一度限りの護衛かと思っていたが、男はそれからも度々、離宮に姿を見せた。
疑問に思い侍女に問うと、男の父親が、雪玲母子の後見人になったと知らされた。
そして離宮へ越して、ひと月後。
男の叔父と母の再婚が決まった。
父が亡くなったあとも、雪玲の身分は皇族のままだった。
そのため母の嫁ぎ先への同行は許されなかった。
離宮でひとり、暮らしていくのだという。
もちろんひとりといっても、侍女や婢女はいて、雪玲の身の周りの世話をしてくれるのだけれど。
『お寂しいでしょうが、我慢なさってください』
離宮を出た母とはしばらく会えなくなるらしい。
男はそのことを義務的な態度で雪玲に伝えた。
雪玲は少し考える。そうして背伸びをして、男を見上げた。
小さく首を横に振り、『寂しくて我慢ができないので、毎日会いに来て欲しい』とねだる。
本当は、雪玲は母がいなくなっても、ちっとも、これっぽっちも寂しくはなかった。
そもそも後宮で暮らしている頃から、母の宮と雪玲の宮は、遠く離れていた。
数日どころか、ひと月の間、顔を合わせないこともあった。
毎日顔を合わせるようになったのは、こちらへ越してきてからだ。
母はたいてい苛立っていた。
ときには婢女を木棒で叩いたり、止めに入った侍女に熱い湯をかけたりもした。
雪玲を叩くこともあった。
懇意にしている宦官を呼び出し、部屋に籠もるのもたびたびで。
正直なところ、離れられて、せいせいしていた。
寂しいふりをしたのは、雪玲が男に会いたかったからだ。
美しい紺碧の双眸を、毎日、見たかった。
男は雪玲の願いに、眉を顰めた。
雪玲の我儘に不満を抱いているのは間違いなかったが、一応は皇族である。
不承不承ながらも、男はそれからひと月の間、毎日欠かすことなく、雪玲の元を訪ねてきた。
出会ってしばらくして、男の出自を知った。
男は、皇族の次に力を持つという名家の三男であった。
年齢は、雪玲より十二歳上。
まだ若いながら一軍を任される優秀な武人で、端正な面立ちなのもあり、女性に大変モテるのだという。
頬を赤らめて、侍女が男のことを教えてくれる。
雪玲はなんだか、嫌な気持ちになった。
『やきもちですか』
ころころと笑いながら、肩をすくめた侍女を、雪玲は睨みつけた。
『好いたお方のお心を掴むには、好き嫌いなく、お食事をして、大きくならねばなりません』
侍女は雪玲にそう伝えたあと、真っ赤な唇をにんまりさせ、食卓の上を指差した。
食卓の上には、朝食の食べ残しが置いてあった。
――人参を食べれば、大きくなれるというのか。
雪玲は彼女のふくよかな胸を、じとりと見た。
雪玲は先代皇帝の一粒種だ。
父には母以外にも、多くの妃がいたが、産まれたのは公主である雪玲のみ。
別の種を仕込まれたとの噂もあったが、雪玲はぬばたまのような黒髪に、赤瑪瑙の双眸。
皇族の特徴を継いだ色を持っていた。
父が亡くなったとき、雪玲は皇族から籍を外されなかった。それは、いずれ皇帝にとって都合のよい縁組みをするため。
おそらく有力な家の者の元に嫁がすために、皇族に籍を置かれたままなのだと雪玲は考えていた。
あの男ならば、身分的に雪玲の夫として不足はないし、十二歳上というのも、この国では珍しくない年の差であった。
――婚姻できる年齢になれば、男の妻になる未来もあるのだろうか。
もしかしたら男が自分の元に通うのも、そういう意味合いがあるのかもしれない。
雪玲は男の傍らに立つ自身を想像した。
想像し、淡い夢を抱くと、胸が高鳴り、頬が火照った。
そのような妄想をしていたせいで、雪玲はしばらくの間、男と目を合わせられなくなった。
目が合ってしまうと、耳まで真っ赤になる。
そんなおかしな態度の雪玲に、男は病だと思ったのだろう。医者を呼ばれてしまった。
◆◇◆
雪玲は外に出ることを、禁じられていた。
唯一風を感じられる場所は、離宮にある小さな中庭だけだ。
最初はがらんと、寂しく、何もない庭だったのだが、みなが雪玲のためにと、色とりどりの花や花木を植えてくれた。
それらを眺めるのが、雪玲の少ない娯楽のひとつとなった。
蕾が花開き、散っていく。
実をつけ、そしてまた花が咲く。
いくつかの季節が、穏やかに過ぎていった。
季節だけでなく、時の流れは雪玲を少しずつ変えていった。
ぬばたまの髪が長くなる。
手足もすらりと長くなり、丸々とした輪郭もすっきりし、表情からは幼さが消えた。
胸元も――侍女ほどではないが、膨らみができた。
男の腰の高さまでしかなかった身長は、今では男の胸元くらい。
年月は雪玲を身体を大きくさせ、それなりに美しく成長させた。けれど男は初めて会った頃と、容貌も態度も変わらなかった。
武人である男は、皇帝に命じられ、出征することがあった。
その間は男に会えなかったし、出征していなくとも、忙しさを理由に男が離宮へ来ないことは度々ある。
久しぶりに会っても男が雪玲のご機嫌を取ることはない。
冷えた目で見下ろし、抑揚のない声で『何か困ったことはないか』と訊いてきた。
雪玲は男の問いに、いつも黙って首を横に振る。
幼い頃は無邪気に我儘が言えたが、年齢を重ねるうちに、いろいろなことを知り、察し、悟るようになっていた。
雪玲は皇族であったが、国の行事に呼ばれたことは一度たりともない。
後宮では皇帝――叔父の皇后や妃嬪。皇子や公主たちが暮らしているはずだ。
雪玲の居場所は、後宮にはない。
雪玲は忘れ去られ、時代という流れの中から取り残されていた。
そんな自分に待ち受けている未来とは、いったいどのようなものだろう。
雪玲の将来は、霧がかかったかのように前が見えない。漠然としていた。
――幼い頃は男の妻になることを夢見ていたりもしたけれど。
男の紺碧の双眸は、ひどく冷たいけれど、情のようなものも確かにあった。
『哀れみ』という名の情だ。
しかしその同情すら、いずれは儚く消え去る気がしてならなかった。
『最近のあなたは、しおらしい』
男が呆れたように雪玲を見る。
『わたくしは、もうすぐ十八になります。もう、幼い子どもではありません』
雪玲がそう返すと、男がつまらなげな顔をして、ため息を吐いた。
そしてそれは雪玲が十八歳の誕生日を迎える前日に起こった。
雪玲の元に、叔父――皇帝から贈り物が届いたのだ。
数人の男たちが離宮を訪れ、皇帝の書簡と白い絹の布地に包まれたものを置いて帰った。
その夜。
侍女から報せを受けたのだろう。男が姿を見せた。
夜に男が訪れるのは珍しい。
珍しい上に、いつもの冷たげな面持ちに、怒りと焦りが入り混じった感情が浮かんでいた。
雪玲は初めて見る表情に、このような顔もできるのか、と驚いた。
雪玲は嬉しく、そして寂しくなった。
今まで知らなかった彼の表情を見られたことが嬉しく、自分の知らなかった表情がたくさんあるのだということが寂しかった。
雪玲は心の乱れを深呼吸をして落ち着かせたあと、自身の気持ちを伝えた。
雪玲はとうの昔に、枯れ落ちた花だったのだ。
ずっと庭のすみに放置され、忘れられていたけれど、ふいに朽ちた姿が目にとまった。だから片付けられる。
それだけの話だ。
男が皇帝や、皇帝の周りの者たちの目にとまらぬよう、雪玲を隠してくれていたことに気づいていた。
けれど見つかったからといって、男が悪いわけではない。
命に従う――と。
そう伝えると、男は雪玲を紺碧の双眸に映し、薄い唇を動かした。
『ゆるさない』
じっとその薄い唇を見つめ、何を許さないというのか、その意味を考えていると、男の指が雪玲の細い手首を掴んだ。
ギリギリと戒められ、雪玲は息を呑む。
僅かに開いた雪玲の唇の隙間を埋めるように、男の唇が雪玲の唇に重なった。
初めての口づけは、優しさや甘やかさなどカケラもなかった。
わけがわからぬまま雪玲は、男に唇を暴かれた。
やめて、と言えぬ雪玲の双眸から涙が流れているのに気づいたのだろう。
男のかさついた指が雪玲の目尻に触れた。
優しげなその仕草に戸惑いながら、雪玲は男を見る。
その顔も――雪玲の知らぬ、初めて見る表情で。
紺碧の双眸が熱く濡れているのを知ると、自身の体の奥に熱い衝動が芽生えた。
男の指が雪玲の肌に触れる。
その夜。
雪玲は男の逞しさを知り、自身が女であることを知った。
――あのまま、男の腕の中で死ねたら、どれほど幸せだったであろう。
願いは虚しく、雪玲は翌日、男の遠縁で、部下だという男と引き合わされた。
垂れ目の、善良を絵で描いたような優男であった。
雪玲と優男の婚姻が決まったのだという。
反抗したかったけれども、男の姿はすでにない。
侍女からは深々と頭を下げられ、男のためにも命令に従うよう懇願された。
この身は忘れられ、捨てられて、朽ちていくのだと思っていた。
しかし、違っていた。
川に落ちた花びらが、流されていくように――雪玲は誰かが用意した筋書きに身を任せた。
離宮を出た雪玲は、皇都からずいぶんと離れ、辺鄙な村に連れて来られた。
こぢんまりとした屋敷に招かれる。そこが雪玲のこれからの住処なのだという。
『不自由があったら、おっしゃってください』
夫は雪玲にそう伝えると、白い歯を見せ、にこやかに笑った。
夫はあの男とは、何もかもが異なっていた。
始終仏頂面だった男とは違い、いつも笑顔だ。
冷たいだけの声も違う。
夫は朗らかな口調で話し、丁寧に雪玲に接してくれた。
――夫のことを愛せるだろうか。
愛せる気もしたし、愛せない気もした。
目を閉じたら、いつも浮かんでくるのだ。
考えないようにしても、すぐに想ってしまう。
雪玲を見下ろす紺碧の冷たい瞳。
そしてあの夜、一度だけ間近で見た、熱が宿った双眸。
どれだけ忘れようとしても、記憶は鮮明に焼き付けられていて、ことあるごと雪玲の胸を痛ませた。
しかし、いくら想いを募らせたところで、もはやあの男は雪玲の手には届かない場所にいる。
夫と結婚をし、ひと月ほど経った頃。
屋敷の婢女から、一通の書簡を渡された。
差出人の名に覚えがなかった。
しばらく読み進め、思い出す。
皇帝の一番目の公主。
雪玲の従姉妹からの書簡であった。
薄らとなった記憶を手繰り寄せ、従姉妹のことを思い出す。
従姉妹は雪玲と同い年で、茶色い髪と目をしていた。
従姉妹は彼女の人柄を表すような、乱れのない美しい文字で、雪玲の結婚を祝い、自身の結婚を報告していた。
もったいぶった書き方のあと、結婚相手の名が記されていた。
あの男の名である。
雪玲は思わず笑ってしまった。
従姉妹は雪玲とあの男の関係を疑っているのだろうか。
だから、牽制のつもりでこのような書簡を送ってきたのか。
それとも、雪玲を哀れんでいるのか。優越感を抱きたいのか。
けれど、雪玲を傷つけ、羨ましがらせたかったなら、遅いと思う。
雪玲はずいぶん前。
この村の屋敷に移ってすぐの頃に、夫と侍女の会話から、あの男が結婚したことを知っていたのだ。
傷ついて、羨ましくて。
夜、ひとりになり、毎夜、数え切れないほどの涙の粒を零していた。
従姉妹とは幼い頃と、立場が逆転している。
父が亡くならなければ雪玲が手にしてたものを、今は従姉妹が手にしていた。
絹の衣も、煌びやかな石も、みなに傅かれる日々も、雪玲は惜しくなどなかった。
けれど、あの男が――あの男の妻となった従姉妹が、羨ましくて堪らない。
紺碧の目で見つめ、逞しい体で抱きしめ、長い指が従姉妹の髪を撫で、肌を辿る。
雪玲が一度しか見たことのない彼を、従姉妹は数え切れないほど見るのであろう。
想像しただけで、胸が焦げ付いたように、ひりひりと痛んだ。
――でも、この痛みも、いずれは消える……。
雪玲とて、もう独り身ではない。夫がいるのだ。
あの男に見つめられたときのような、ときめきはないが、明るく優しい夫を、いつの日か――穏やかに想えるときがくる。雪玲はそう期待をしていた。
◆◇◆
『雪玲様は、何も案じることなく、健やかにお暮らし下さい』
夫は穏やかな眼差しで、雪玲に接する。
しかしその唇が雪玲の唇に重なることはなく、指が雪玲の髪を撫でることもなかった。
最初は雪玲の心を思いやってくれているのだと思っていたが、夫の態度はひと月を過ぎても他人行儀だった。
夫は雪玲を愛してもいないし、この先、愛するつもりもないのだ。
雪玲は夫と結婚してしばらくし、この結婚が形式的なものでしかないと知った。
期待していた自身を恥じ、寂しさを感じる。
けれど……どこか安堵している自分もいた。
離宮での暮らし以上に、時は穏やかに、そして、あっという間に過ぎていった。
夫にはどうやら好いている女性がいるらしく、月の半分はそちらへ行っていた。
子どもも生まれたらしい。
自分のせいで、本当に好いた女性と結婚できない夫のことを哀れに思う。
二人の愛を邪魔し、父親を奪っていることにも、罪悪感を覚える。
責任を感じ、何度か離縁の話も出したのだが、そのたびにはぐらかされた。
夫の恋人も、あの男の部下だという。
あの男は、部下に不実な真似をさせ、心が痛まないのだろうか。
叱りつけたい衝動にかられるけれど、目の前にあの男はいないので、ただ悶々とするだけだった。
春が訪れ、夏が過ぎ、秋になって、冬が巡った。
夫と結婚し、六年の月日が流れた。
春の暖かな日のことであった。
庭で日向ぼっこをしていた雪玲は、背後に人の気配を感じ、振り返った。
てっきり侍女だとばかり思っていたので、その姿を見て目を丸くする。
六年ぶりに会う男は、頬が削げ、より精悍な顔立ちになってはいるものの、記憶の中にある男とそう変わってはいなかった。
雪玲はぼんやりと、ほんの数歩先まで近づいてきた男を見上げた。
男の薄い唇が、雪玲の名のかたちに動いた。
『迎えにきた』
男の唇を見つめ、男の言葉を知った雪玲は眉を寄せた。
――なぜ……。
戸惑い、首をゆるく横に振る。
男の手が伸びてきて、雪玲の腕を掴んだ。
痛いほど強く締め付けられはしなかったが、振り払えないほどには、きつかった。
雪玲が身を捩り、逃げようとすると、腰を抱かれた。
見上げると、紺碧のふたつの瞳が雪玲を見下ろしていた。
その瞳の奥には、かつて一度だけ見た、熱がある。
『憎まれているのは知っている……赦せとは言わない』
――憎んでなどいない。
寂しく、悲しく。
嫉妬に苛まれ、苦しかったことはあったけれど、男のことを憎んだことなど、一度もなかった。
一歩も外に出ることが許されない離宮での窮屈な生活。
雪玲の意思などなく強引に決められた結婚も――。
男が雪玲を守るためにしたことだと知っていた。
雪玲は生まれつき、耳が聞こえない。
そのため、喋ることもできなかった。
しかし後宮で暮らしていた頃、唇の動きで、会話を理解できるよう訓練を受けていた。
そのことを侍女たちや夫、男は知らない。
知らないからこそ、彼らは雪玲の前で、雪玲に秘密にすべきことを喋っていた。
みなが、ひた隠しにしていたことを雪玲は、きちんと理解していた。
ずっと……知らないふりをしていただけで。
ただ――。ひとつだけ、わからなかったことがある。
夫と結婚する前日。
男がどうして、自分に触れたのか、雪玲はわからなかった。
雪玲を守るためだったとしても、同衾する必要はなかったはずだ。
彼は一度もその理由を口にはしなかった。
男が皇帝の命に背いてまで、守ろうとしてくれていたのは、雪玲に同情をしていたからだ。
責任も感じていたに違いない。
……罪悪感もあったのだろう。
彼の手は――雪玲の父と、母の血で濡れているのだから。
『……あなたを……愛している』
すぐそばにある唇が、そう口にした。
雪玲は信じられない気持ちで見返す。
『赦してくれなくともよい……憎まれ恨まれていようとも……それでも……手放してはやれない』
懇願するかのような真摯な眼差しを向けられる。
初めて目にする彼の姿に、胸がせつなく疼いた。
訊かねばならないことは、いくつもあった。
従姉妹とはどうなったのか。皇帝は、国はどうなったのか。
迎えに来た、とはどういうことなのか。
――しかし、今は……。
雪玲は掴まれていないほうの手で、彼の頬に触れた。
背伸びをして、顔を寄せる。
唇をそっと触れ合わせると、男は戸惑った顔をしていた。
男のこういう顔を見るのも、初めてだった。