現在2
2次会参加はパスさせてもらった私達は近くにいい感じのバーを見つけて端っこの席におさまることにした。
「井上くん、大丈夫だったのかな……」
二次会をパスすることを武田くんが告げると、井上くんはそれはそれは悲しそうな顔でその現実を受け止めていた。いや、やや受け止められずに武田くんにへばりついていた井上くんは、後で連絡するという武田くんの言葉を受けてしぶしぶ離れていた。私は、瞳子に後日報告よろしく!と、いい笑顔と共に送り出されたのだけど……。
「周平、普段からテンション高いけど飲むとさらにテンション高くなるからなー。暑苦しさも倍増」
「でも、井上くんと武田くんてちょっと意外な組み合わせかも」
「それよく言われるね。それに俺も高校の時はやたらと仕切りたがりでテンション高いし絶対合わないと思ってたし。深海魚仲間、意外に近くにいたね」
本当に意外だったのだろう、苦笑いをしている。
「最初は本屋で買おうとした本が同じだったっていうのがきっかけ」
「もしかして、井上くんも戦国好き……?」
集合前の話からその本がそれ関係の本なのだろうと、容易に想像できた。
「ははっ、正解。そうなんだよ。俺は趣味でとどまってるけど、あいつは大学もそれで決めたからなあ。最初はお互いまわりに語れるやつがいないから、連絡取り始めたんだけどね。あの特番どうだったとか、新しい本でたとか、新説が発表されたとか。そのうちそれ以外でもお互いにちょこちょこ電話し始めて、今ではなんだかんだとこっち帰ったらあいつと一番会ってるんだよね。思い起こせば毎年旅に出てるし」
「さっき話してなかった? 九州三国志めぐり」
「聞かれてたんだ。そうそう。ちなみに去年は仙台伊達家の足跡めぐりだね」
そんな他愛ない話を進めるうちに、はずんでいたようにみえた会話がどちらからともなく途切れはじめ、じわりと沈黙が訪れる。グラスの中を仄かにシュワシュワ弾ける泡を見つめながら次に紡ぐべき話題を探すけれど、本当に話したいことをごまかすようなものは出てこなかった。武田くんをちらりと横目に見ると、彼はグラスに浮かぶ水滴を弄んでいる。
ねえ、武田くん。
覚えててくれてうれしかったよ。わたしのことも、あの頃のことも。
同窓会、大人数苦手なのにどうして参加したの?
どうして私と二人になろうって誘ってくれたの?
自分で答えの出せない「どうして」に、期待する自分と押し留める自分がせめぎあう。
「俺の深海魚仲間は無事見つかったということで、俺も懐かしい質問をしようかな。居心地のいい群れは見つけられた?えーと……、なんていうか、群れから離れても平気になれた?」
沈黙から現れた、思わぬ問いかけに思考が止まる。
「最初は心配、だったのかな。無理してる子だなって思ってたんだ」
思考が追いつかないまま、どういうことだろうと思っていると視線をグラスに落としたまま武田くんは続ける。
「1学期は明らかに合わないグループ入って無理してるよなって、クラス運悪かったんだろうなーこの子って思ったくらい。それで2学期に入ったら案の定というか居心地悪そうに過ごすようになったでしょ?」
やっぱりあの時の武田くんは私が立ち位置を見失ってたこと気づいてくれてたんだ……。
「席隣になって、暇つぶしかカモフラージュにしても、なんてつまんなそうに本読んでるんだろうってちょっと面白くて話しかけてみたんだよね」
「そ、そんなにあからさまだった?」
確かにそんなに読書好きでなかったし、暇つぶしかカモフラージュというのもその通りなのだけど、10年経ってバレバレだったよということを武田くんから言われるとはかなりの衝撃……。
「ぶっ、相変わらず考えてること顔にでるよね。そんな感じでかなり渋々感でてたねー」
「でも、きっかけはそうでも津川さんと話すのは楽しかったよ。3学期に入ってからはあんまり話せなかったから、卒業式に最後だし声かけようとはしたんだ。だけど津川さん、友達と話しててさ。イキナリ声かけて、卒業おめでとう元気でね!だけなんて怪しいことこの上ないでしょ?話してるところに入っていってまで、何を話したいんだろうって自分でもよくわかんなくて」
そこまでしゃべると、大きなため息をつきながら片手で顔を覆って下を向いてしまった。
「はー、何話そうかってずっと考えてたんだけど、全然しまらないな。ホントにごめん。でも思い切って二人で話そうって誘って、こうして話せてるだけでもうあの時の俺の分まで頑張れたよ」
うなだれながらぼやく武田くん。私もあの頃の自分に頑張ったって言えるように勇気をだしたい。
「私も卒業式の日、武田くんと話したいって思ってたんだよ。ね、武田くんも今、東京だよね?東京に帰ってからまた会えるかな。あのね、今度は二人で水族館にいきたいな、深海魚コーナー以外も一緒にみたいなって」
アラサー女としてはとても初々しい誘い文句だと思いながら口にする。初々しい上にまくし立てるようにしゃべってしまったことが猛烈に恥ずかしくなった私は、壁にゆらゆら揺れる青色の間接照明の光に目をやる。ふわふわと少し海の中をイメージしたような店内をきれいに彩っている。
本当はそれだけじゃなくて、この流れのままに「あの頃武田くんのこと好きだったよ」って言ったらどうなるだろうと考えを巡らす。けれど、今告げてしまうと全てが思い出になって、この片想いが終わってしまうような気がして、今は言いたくなかった。もう少し、この記憶のさざ波にひたっていたい。
私と青色を遮るように武田くんが私の顔をのぞきこんでいるのが視界の端に映る。……覚悟を決めてえいっと顔をむけた先にいた武田くんは、あの時のようないたずらっ子みたいな顔ではない、やや真剣味を帯びた顔の大人の男の人だった。
「もちろんですよ、イワシさん」
そう告げて口角をあげて笑う。自嘲気味な笑顔ではなく、懐かしむようなはにかむような少し照れたような表情。
「心配だけじゃなかったって気づいたのは、卒業してからなんだ」
今度は私をまっすぐ見つめたまま続ける。
「1人でいる時にしてた、沈んだような顔をして欲しくなくて話しかけてたのも、
話してる時間に見せてくれる安心したような表情や気安い話し方にくすぐったいような気持ちになってたことも、
いつもより自分のことを聞いて欲しかったのも、
もっと2人で話していたかったのも、
あの時どうしようもなく手に触れたかったのも、
ああ、俺、津川さんのことが好きだったんだなって」
淡い青色に縁取られた武田くんは、そう言って目を細めた。
「念のため言っておきたいんだけどさ……」
表情を引き締めた武田くんに、思わず身構えてしまう。
「な、何?」
「いや、俺、結婚はまだだし、今は彼女もいないから」
キリッという効果音が聞こえてきそうな真顔でそう告げる武田くんに、今まで緊張してた分が一気に緩んで、笑いがこぼれた。
彼なりの照れ隠しなのかな?
それとも本当に伝えておきたかったのかも?
「なんか今、結構いい雰囲気だったよね?」
睨み付ける振りをするけれど、こぼれる笑いは止められない。
「いや、いい雰囲気だからこそだね。オトナのマナーってヤツですよ」
すりきれて色褪せてしまった映画のような記憶の中の彼ではない、色鮮やかな彼がそこにいる。もう、思い出なんかではない、今の彼が。
「で、津川さんは?俺は青春の続きを期待してもいいのかな?」
そう言って艷やかな色をのせ、片手で頬杖をついて私を見つめる。まるで正解のわかっている問題の答えあわせをするように。
私達を交差する青色は、あの時途方にくれて見上げたターコイズブルーでもない、寄り添うように見つめたネイビーブルーでもない、鮮やかで穏やかなコバルトブルー。
「ふふっ、私たち、確かにオトナですからね。そうだ、さっきの質問にも答えてなかったね。イワシさんは群れから離れて、なんと1人焼肉以外は平気になってしまいました」
「ははっ、確かに一人焼き肉は焼いてる間の手持ち無沙汰感半端なさそうだなー。いい肉買って家で焼いて食べたいかも」
さっきまでの艷やかさを引っ込め、神妙そうな振りして頷いてくれる武田くんを見ながら、やっぱり彼と話しているこの空気感が好きだな、と思った。
そう、私達はもうオトナと言われる年になった。
あの頃、そこが全てだと思っていた私達は、身を寄せあい、まだ見ぬ海を探していたのだろう。
今思えば、そこはなんて狭い世界だったのだろうか。そしてなんてことのないような悩みもどうにもならないような悩みもごちゃ混ぜにして、身を寄せあうことで自分を護りたかったのかもしれない。
そして、その狭い世界は水族館のように種類を分けられ、名前をつけられ居場所を決められて。
だけど、広い海の中では分けられて決められたことは変えられるのだと知った。
「私も結婚はまだだし、今は残念ながら独り身なんだよ」
精一杯いい笑顔で言ってみるけれど、武田くんのようにはきまらない……、むしろ痛々しい。でも、私だって青春の続きを期待しているのだから、と彼を覗き込むように視線を合わせる。
「だから……、」
そうして私は言葉を紡ぎ、彼と進む青海原を夢に見る。あの時思い描いた拙いものがたりのように。
ここまでお付き合い下さり本当にありがとうございます。後1話で完結、最後までどうぞよろしくお願いします。