現在1
~10年後~
メッセージアプリの通知音に気付き、スマホに目を落とす。
『卒業10周年を記念して同窓会の企画があるんだよ! 幹事は井上くんで、もちろんのこと全員参加を狙ってるらしいよ。後で美弥にもグループ招待送るねー』
メッセージを読んでいるうちに招待通知がきた。早速グループに参加すると、カリスマ幹事井上くんの人望のなせる業なのか、すでにグループ参加してる人は多かった。そして、その中に「彼」の名前がないかを思わず探し始める。
あれから10年経って思い出になっていたはずなのに、条件反射のようにそうする自分に苦笑する。そうして見つけた武田くんの名前。アイコンはお気に入りの画像なのか、実際に彼が撮った画像なのか、それはとてもキレイな海の中の風景だった。
あの日、なかなか泣き止むことのできなかった私をなだめつつ瞳子がカラオケに連れ出してくれた。そこで私は2学期になって武田くんと話をするようになったこと、水族館でのこと、そして、今日気づいてしまった自分の気持ちのことを洗いざらい打ち明けた。
「もーなんで早く相談してくれなかったのー。聞く感じ武田君もまんざらでもなさそうだし、私もあれやこれやと協力したのに! そんで、切なく視線を交し合う二人とか、肩を寄せ合って勉強を教えあう二人とか、灰色の受験生活の中!私のトキメキメーターは急上昇してたかもなのにー」
「あー、やっぱり一緒のクラスなら良かった。私じゃなくてもせめて優香かあゆみでも……」
瞳子は推薦でさっさと受験終わってそんな灰色じゃなかったよね、と突っ込みたい気持ちはそっと飲み込んだ。でも、確かに瞳子や他の子達とであれば当然コイバナとか誰が格好いいかとか、よく話す男子についてだとかを話していたはずで、そうであれば、この気持ちの正体に早く気づいていたかもしれなくて。
「ともかく! 今日は歌いまくるよ!」
そんな瞳子の号令を合図に、卒業式当日だというのに桜ソングや未来輝く出会いと別れの歌ではなく、歌いまくったのはただただ、ひたすらに失恋ソング。これまで他人事だった歌詞が今日はやけに現実味を帯びていて、歌いながら泣くという初めての体験をした。それと泣きはらした翌日は目が大変だというのも初めての体験で、卒業式の次の日から休みで本当に良かったと思った。
存分に号泣したせいか、はたまた歌の合間にやけくそ気味に武田くんへの想いを叫んでみたせいか、思ったよりもこじらせることなく、気づけばそれなりに次の恋もしたりして、それなりに充実した日々を過ごすことができた。けれど、あの日の水族館の出来事は私の中でとても大切な思い出となり、海を見たとき、水族館に行ったとき、少し落ち込んだ時に武田くんのことを思い出していた。
……それは、まるで水中遊泳をするように。
記憶の海に吸い込まれて漂いながら、おぼろ気な光の残像に目を細めるように。
たかだか武田くんのアイコン画像が海だっただけなのに、こんな風に物思いにふけることのできる自分に驚く。しばらくぼんやりしてると、
『津川さん、ようこそ同窓会グループへ!イベントに出欠登録お願いしまーす』
と、井上くんからお知らせがきた。
武田くん、こういう全員参加のやつ参加しなさそうだな……とまた物思いにふけりそうになって、ふと我にかえる。 ……ええい、アラサーにもなって何をウジウジしてるの、私!
10年越しの青春をもう一度ってことでいいじゃない! よくあるベタな展開を期待してもいいじゃない! せっかくの同窓会っていうイベントなのだから。そもそも武田くん来ないとか、すごいおじさんになってたり激太りしてたり、驚くほどキャラ変わってたり、彼女いたりとかそれ以前にもう結婚とかしちゃってたりして、悲しいお知らせになっちゃったら瞳子に同窓会後に残念会に付き合ってもらえばいいじゃない。
叶わなかったが故のきれいな思い出のままの方がいいのかもしれない。でもあの時の私の気持ちに決着をつけてあげたくて、そっと参加をタップした。
『武田くん、参加で登録してるね~』
数日後、ニヤニヤしている瞳子を思い浮かべながら、参加登録済みに入ってるキレイな海のアイコンを確認する。まだ先の話だけど、何を着ていこうかなとか、ちょっとダイエットとかしてみようかなとか、久しぶりに甘酸っぱいトキメキというヤツを感じている自分はあの時よりも素直で前向きな気がした。
篤人!と井上くんが声をあげるのが聞こえ、その方向に視線を向けると男子の一団の方に向かう武田くんが見えた。10年振りに見る武田くんは、ひょろっとしたシルエットとスクエアフレームの黒ぶち眼鏡は相変わらずだけど、髪はずいぶん短くなっていていつも前髪で隠れていたタレ目がちな目がよく見えた。意外にまつげは長かったよなあ、と懐かしさがこみあげてくる。
「おー武田じゃん!お前絶対来ないと思ってた」
「そーそー、三つ子の魂もなんとやらで相変わらずの付き合いの悪さだし、井上の熱い想いがとうとう届いたのか?」
「いや、今回は篤人、珍しく自主的参加なんだよなー。後で根掘り葉掘り聞こうと思ってるんだわ」
「あのなあ、俺にだって懐かしいという気持ちくらいあるわ。相変わらず人聞き悪いな、お前ら」
「てか、あまりにフツーに話してるけど、武田と井上って高校の時はあんま話してなかったよな?」
その中の一人がそう問いかけをした。
「確かに高校はあんまり、というより、ほとんど交流なかったなー。あの頃につるめてたら休み時間の合間に語り合い、休日は名所めぐり三昧……。バラ色の高校生活だったのになー」
「バラ色って野郎同士で使う単語じゃねーだろ……。キモいな。高校時代は平穏に過ごせて良かったよ」
「そんなこと言って、なんだかんだと篤人もまんざらでもないくせに~。何より! 俺と行く夏ツアーを楽しみにしてるくせに~」
満面の笑みをうかべた井上くんが、遠い目をする武田くんの背中をバシバシと叩いていると、今度は武田くんがにやっと笑って井上くんの背中を叩きかえして続ける。
「確かに今年の九州三国志巡りは良かったよな。昼は史跡巡り、夜は酒飲みながら考察をのべあう、最高だったな」
「ふっ、俺のプランニングは完璧だからな。ちゃんと年代も考慮し、より盛り上がるようにだな……」
「「いい歳してなにしてんだ、お前ら……」」
そのやりとりに聞き耳を立てながら、今も歴史好きなんだとか、ちょっとぶっきらぼうなしゃべり方とか、早速変わっていないところを見つけられて頬が緩む。
「みーや! ニヤニヤと何見つめてるの~」
懐かしさをかみしめて物思いにふけろうとしたところを後ろから肩を叩かれる。そうこうしているうちにあらかた参加者があつまったようで、会場に移動となった。井上くんの乾杯の音頭のあと、あちこちでたくさんの「久しぶり」や「元気だった?」が飛び交う中、私たちも懐かしい思い出話と瞳子が暴露した私の青春についてひとしきり盛り上った。
一息ついて会場を見回すと、武田くんも井上くん達とは話終わったのか離れた隅の席でのんびりビールを飲んでいた。今も大人数でワイワイやるのは苦手なままなのかも、とまた変わらないところを見つけられて懐かしく思う。
いやいや、懐かしがるために参加したんじゃないぞ!と自分を鼓舞し、後ろから瞳子達の生暖かい励ましの視線を受けながら武田くんの方へ足を進めた。
「武田くん、久しぶりだね。3年の時クラス一緒だった津川だけど覚えてる?」
覚えてないとか誰だっけとか言われたくなくて、つい自己紹介をつけてしまった。
「津川さん?うん、覚えてるよ。本当に久しぶりだね」
記憶よりも輪郭がひきしまり精悍になった武田くん。前髪がなくなった分、表情がよく見える。こんなにまっすぐ目を合わせて話す人だっただろうか、よそいきの笑い方をする人だっただろうか。
「武田くん髪の毛すごく短くなっちゃってて、一瞬誰だか分からなかったよ。でもメガネで気づけたよ」
「男は太る禿げるっていう避けがたいダメージがあるけど、ひとまず無事避けられて、津川さんに俺だって気づいてもらえて良かったよ。実はメガネもフレームなしとか銀縁とかカラーフレームとかコンタクトを得て最近原点回帰したんだけど、これも気づいてもらうきっかけになって良かったのかな」
よそいきの笑い方が崩れ、ふわっと自然な顔になる。ちょっと冗談まじりに話すときに見た、いたずらっ子のような表情。つられるように私の緊張も緩む。
「ふふっ、個人的にはカラーフレーム、見てみたいかも」
「いい着眼点だね。カラーフレームはメガネだけ浮いてるだの、コメディアンにいた気がするだの散々な評価だったからソッコウ封印されたね。津川さんは髪の毛すごく伸びたね。短い時と印象変わってて、正直に言うと俺も一瞬誰だか分からなかったよ」
「そうだったの? 私は武田くんみたいな変遷は残念ながらなくて、一回は伸ばしてみようかと思ってやってみたら短いのより朝楽だし冬暖かいしで、最近はこの長さなんだ」
「ははっ、なんか津川さんらしいかも」
「武田くんは今も東京?」
「うん、大学出てそのままだね。津川さんは?」
「私は就職で東京に出たんだよ」
「そうなんだ。意外に近くにいたんだなあ」
とりとめもなく近況を話すうちに懐かしさは通りすぎ、同じ武田くんだけど武田くんじゃないところをみつけていく。……まるで間違い探しをするように。そして、10年の空白を実感し、もどかしく思う。
押し寄せる記憶のさざ波。あの頃話したこと、自分の気持ち、そして聞きたかったこと、ずっと気になっていたこと。寄せては返し私の中に満ちていく。
「深海魚仲間には出会えた?」
思わず飛び出した問いかけに自分も驚き慌てて武田くんを見ると、そこには目を見開きびっくりしたような顔をした武田くんがいた。……さすがに唐突すぎだよね。もう少し話して、あの時のこと覚えてるか確認して……。この空気に居たたまれなくてうつむく。
「津川さん」
苦笑混じりの声におずおずと顔をあげると、あの時と同じ伺うような表情、だけど記憶にあるよりも大人になった穏やかな顔で笑う武田君と目が合う。
「このあと時間とれないかな。軽くお茶でもいいし、ちょっと飲みなおすでもいいし二人で話したいんだ」