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過去2

「武田~、お前、昨日の打ち上げしれっと帰りやがっただろ!」


「いや、今日のために早く寝ないといけないと思ってさ。睡眠大事だよ」


「安定の武田だよ、コレ……」


「「だよな」」


「人聞き悪いな。後片付けとかちゃんとやることはやったし、打ち上げは参加必須じゃなかっただろー」


 皆から少し離れた場所でもそのやり取りが耳に入る。ここ最近のやりとりで飄々しているだけではなく、意外とひねくれた皮肉屋な一面があることを知った。


「みなさん! 文化祭お疲れ様でした。受験に向かって気合いいれていけるように、今日は1日楽しみましょー。最後に集合写真とるんで遅れないように!」


 井上くんの号令を受けて、それぞれ思い思いの場所に散らばっていく。


 集合写真までここにいるわけにもいかない……。ここで帰ってしまう勇気もないし、ずっと外でうろうろもさすがに抵抗がある。仕方なく皆があちこちに進みきったタイミングを見計らってわざとゆっくり館内に足を向ける。世間的には平日に関わらず、私たち以外のお客さんも割かし来館していて、家族連れにデートと思わしき男女、みんな楽しそうに過ごしているのが少しまぶしく感じた。


 エントランスを抜けた先にある大きなトンネル型の水槽をくぐると、ゆらゆら煌めく光のカーテンがひらめく。その中に包まれるようにターコイズブルーの空間が広がっていて、まるで海の中にいざなわれるように、泳ぎ回る色鮮やかな魚達が出迎えてくれる中へ1人足を踏み入れる。


 水族館自体は好きだ。色とりどりのお魚、可愛いペンギン、つぶらな瞳のアザラシにふよふよ漂うくらげ。たくさんの珍しい魚が織り成す海の中を切り取った非日常の世界。


 でも、どことなく寂しげに見えるのはなぜだろう。ここが海じゃないってお魚達は気づくことはあるのかな。この限られた世界で群れからはずされてしまったらどうなるのだろう。


 水族館にきてこんなことを考えるなんて初めてだな……。たかだか2、3か月なのに人ってここまで卑屈に後ろ向きにかわれるのだ、と深いため息をついた。ジンベエザメが雄大に泳ぐ海中を模した大水槽。その中で合間をぬうように集団で泳ぐイワシだかアジだかをぼんやりと見ながらトボトボと順路を進んで行く。


 あの辺の群れの端っこのイワシが私かなあ……。


 そうして、終盤にある深海コーナーに入ったところで、見覚えのあるひょろっとしたシルエットが見えた。


 武田くんだ……。


 入り口で話していた男子達とは別れたのか、1人仄暗いネイビーブルーの漂う水槽をどこか遠い目をして見つめている。


「武田くん、深海魚好きなの?」


 思いきって隣に並び声をかけると武田くんは、はっと私に顔を向けた。武田くんは1人でいたかったのかもしれないし、いつもの私なら気づかないふりをして通りすぎただろうけど、今は、一緒にいたいなと思った。


「あーびっくりした。津川さんか。いや、そこまで好きなわけじゃないけど……」


 そこで言葉をきって、どうしようかなと思案するような表情になったが、まあいいかと話を続けてくれた。


「や、うちの母親にお前は深海魚だって言われたことあって……」


 深海魚?と思わずネイビーブルーの中でゆったり泳いでいる生き物達と彼を見比べた。


「さすがに外見じゃないって思いたいんだけど……。でも、自分でいうのはあれだけど、タカアシガニはちょっと似てるかもね……」


 彼は複雑な表情で、水槽の中でたたずむ足の長いカニを見つめた。


「あ、なんかごめんね……」


 深海にすむカニに似てると言われて嬉しい人は絶対にいないだろう。今さらそんなことないよと言うのも白々しいし、本音をいうと、手足のひょろっとした感じがちょっと似てるかもと思ってしまった自分もいたりして、どうフォロー入れたらいいんだろうかと必死に考えを巡らせる。


「ぶっ、津川さんて、結構顔にでるよね」


 ぐるぐる狼狽える私を観察していたであろう彼は心底おもしろそうに笑った。ひとしきり笑い終わったかと思いきや、しばらく顔を背けて肩を震わせていた。


「はー、何話そうとしてたか忘れちゃうじゃん」


「まあ、あのカニと俺の類似点についてはまた後ほどにしてだね。前に家族で水族館に行った時に、母親がしみじみ語ってきたんだよ。この閉じられた空間は学校みたいだって。


きれいで皆の目を引く鮮やかな熱帯魚、主役級のでかいやつとか個性満載のやつ。皆の人気者のペンギン、ラッコ、アザラシに、皆が恐れるサメ、群れてるイワシ。


その中で俺は深海魚だと言われたんだ」


ネイビーブルーの水槽を見つめたまま、武田くんは続ける。


「深海魚がどうやったって、いきなり熱帯魚やラッコにはなれないから、深海魚は深海魚なりにそれなりに暮していけばいいとか、深海魚は暗く高圧な環境にも頑張れる人だからそこは胸をはっていけだの。で、しばらくは決められた海しかいけないから深海魚の数も少ないけども、広い海に出れば少ないなりに深海魚仲間に会えるからって」


「正直、その時は突然何を言い始めたんだ? 何が言いたいんだろう? と思ってたんだけど、後々になって、我が親ながらうまい例えしてたんだなって納得したよ。あー、なんかごめん、思ったよりマジメに語っちゃって」


 視線は水槽に向けたまま、たれ目気味の目を細めて自嘲を隠すようかのように、少し大げさに口角を上げ、笑った顔を作った。


 武田くんも立ち位置を見失ってしまったことがあるのかな、お母さんは遠回しに励まそうとしてたのかな。それとも今の私の状況を分かっていてそんな話をしてくれたのかな。でも、武田くんはちゃんと自分の立ち位置を見つけてる。そんな風に笑うことなんてないのに。


「武田くんが深海魚なら、私はそこらのアジとかイワシかなあ。群れにいないとなんとなく不安だし……。でも、わらわら泳いでるうちに、なんか、一匹いなくなってもパッと見、気づかれないだろうな、私」


「あ、今度は私の方が変なこと語っちゃって……」


 武田くんを元気づけたかったのは本当。だから話をつなげたはずなのに……。


 少し前の私はこんなじゃなかった。

 群れの中で楽しくやっていたのに。

 はぐれてしまった私はどこにいけばいいんだろう。


 そんなことが頭の中でぐるぐるとまわり、次の言葉が繋げずにいた。


 黙りこんでしまった私をしばらく見つめていた武田くんは、水槽から私の方へ体を向け覗きこむように体をかがめた。長めの前髪からのぞくメガネ越しの目。じっと伺うようなその視線をなぜだかそらすことができなかった。


「大群で泳ぐ魚、俺は結構好きだよ。大勢でキラキラして青春って感じするよね。深海魚としてはまぶしい限りだよ」


 伺うような視線はそのままに、にやっとした表情にかわる。


「ま、実際水槽の前では大抵の人は主役の魚に目が行くから、その他大勢の魚の一匹二匹くらいはぐれて離れてても気づかないんじゃない?大抵の人は、イワシみたらきっと、うまそーだなーって思う人が多いんじゃない?」


 口元を手で覆ったまま、意地悪そうに笑っている。まるで大したことないように、お互いにこれ以上、カナシイ事実に踏み込まないように。


 私もそれに乗っかることにした。


「ふふっ。お互いすっごくマジメに話してたような気がしたけど、最後はそこなの?武田くん。イワシフライ食べたくなるじゃん」


 ふっと笑いあった。


「では、イワシさん。深海魚と共に集合まで時間つぶせるとこ探しますか? 暇潰しの仕込みは大丈夫ですかね?」


「もちろんですよ。仕込みはばっちりできてますよ」


 差し出してくれた手におずおずと手を重ねる。私とは違う男の子の手。触れるとひんやり冷たくて……。


 イワシさんと深海魚……。なんだか、絵本になりそうだな。


 むれからはぐれたイワシさん。

 ひろいひろいうみで ひとりぼっち。

 かなしみにくれていたイワシさんは うみのなかで ほのかな光をみつけました。

 光をたよりにすすんでいくと、そこには1ひきの深海魚くんがいました。


 ふふ、と笑いがこぼれる。どうしたの?と聞く彼に、今思い付いた話をする。


 私よりも大きな手のひらで口元を覆い、私の思いつきを思い浮かべようとしているのか、目線を上にあげる。しばらくして、口元に当てた手を顎にずらして、またいたずらっ子のような顔で笑った。


「確かにそれだけ聞くとほのぼのするけど。その深海魚がタカアシガニだったらすっげーシュールだよね」


 思い浮かべているのだろうか、楽しげに続ける武田くん。


「あのカニ、さっさか動かないしなー。イワシさんにおいていかれるんじゃない?」


「イワシさんは優しい設定なので、そんなことはしないんですよー」


 私と武田くんに置き換えてくれたのがすごく嬉しかった。


 いつも一歩引いている彼とは違う、初めて見た真面目な表情。からかうような笑い方、心底おもしろそうな顔、私を見透かすようなまっすぐな視線。触れた手の冷たさとか、くだらない思いつきを気遣わずに話せる心地よい空気感。


 目を閉じると、そんなことが次から次へと浮かんできて、その日の夜はなかなか寝付けなかった。

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