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過去1

~10年前~




「本当に大丈夫? もー、こんなときに同クラスじゃないなんて。美耶、いつでもこっちのクラスに話にきていいんだからね!」


 と、瞳子が心配そうに覗きこむ。瞳子は小学、中学、高校と長い付き合いの友人だ。私は帰宅部でインドアなタイプだが、彼女はバスケ部キャプテンを努める体育会系でハキハキとしたタイプ。しかし、性格も趣味も違うがどことなくウマがあいなんだかんだと一緒にいる。


 高校3年の2学期、私は同じクラスの友達とうまくいかなくなっていた。自分は誘われない週末の集まりや放課後の寄り道、暗黙の了解のように交わされているのに知らない話題が増えてきて、私はグループ内の、そしてクラス内の自分の立ち位置を見失ってしまった。


 きっかけは受験生ならではのテストの点の話だとか、ちょっとした行き違いで本当に些細なことだったように私は思った。けれど彼女達にしてみれば許せないことだったのだろう。


 瞳子はそんな私を心配して、ちょくちょくクラスから連れ出したり、話にきてくれたりする。でも、彼女には彼女のクラスや部活の付き合いもある中で気にかけてくれている。それはとても嬉しいはずなのにどこか心苦しかった。


 立ち位置をすっかりと見失った私は、独りの時間を何でもないことのように潰す名目で本好きな振りをすることにした。そうして日々、席で本を読んで過ごすうちに、隣の席の男子生徒も私と近しい頻度でそのように過ごしていることに気づいた。


 その男子生徒とはこれまでよく話したことはなかったけど、2学期から同じ班・隣の席、これまた偶然にも委員まで同じになり、今の私の状況も相まって勝手に彼に親近感を覚えていった。


 親近感を覚えてしまったせいなのか、日々の中で彼と言葉を交わすことと、ふとした時に彼を認識することが増えていった。




 彼……、武田篤人くんが授業をサボっているのは見たことがない。掃除当番や日直など、自分に割り当てられた役目は、積極的ではないけど真面目に黙々と取りくむ。


 かといって優等生という訳ではなく、忘れ物したり、実は字が汚かったり、読書に没頭して休み時間の終わりに気づかず注意されたり、それなりにはしゃいだりしているのを見かけたことがある。


 誰とでも話すけど特定の誰かとつるむことはない、大勢の輪の中に自分からは入っていかない、休日に集まることはかなり渋ったりするところもある、どこか一歩引いた立ち位置の人だった。




「美化委員って楽かなと思ってたら結構やることあるもんだね」


 帰宅部で委員未経験者のものが優先で委員をすること、立候補のない場合は該当者の中でくじをひきどの委員になるか決める、という担任からのありがたいお達しにくじで面倒な委員にあたるくらいならば、と、一番楽そうな美化委員に私たちはほぼ同時に立候補したのだった。


「だね。ゴミ捨てと掃除だけかと思いきや文化祭の時まで活動あるってのは大誤算かな。しかもいずれも期日ギリギリという理不尽さ付き」


 彼によく似合っている黒ぶちスクエアフレームのメガネを押し上げながら武田くんもぼやく。長めの前髪がさらりと揺れる。


「今日は塾もないから帰って続きしたかったのになー。あ、そろそろ書くの交代するよ」


「ありがと。じゃあ、ここからよろしく。続きっていつもの戦国シミュレーション?」


「そー、昨日の夜におとしきれなかった城があってさー。今日はずっと次どういくか段取りしてたね」


「受験シーズン間近の受験生というのに勉強そっちのけ感すごいんだけど……。あ、そこ漢字違ってるよ」


 私達はこうやって、委員活動の合間に他愛のない話をするようになった。お互いに何の本を読んでるのかという話題の時に武田くんが実はかなりの歴史好き(合戦の戦況とか陣形とかの方のオタク)だということを知った。1度、どこにそんなにはまるのか軽い気持ちで教えて欲しいというと、がちにドン引きされるほど熱く語る自信があると丁重にお断りされた。


 我を忘れて熱く語る武田くんをちょっと見てみたかった。


 一応塾もあるし受験生なんだから、帰宅部が暇と思われるのは非常に不本意だーといいながらも武田くんは、くせのある字で提出物を書き上げた。




「3年ももうほとんどが引退してるよね。文化祭終わったら本当に受験まっしぐらだなー」


 ゴミ捨てがてらに美化委員長に提出物を出し行く途中の廊下で、視線をグラウンドの方に向けてつぶやく彼の横顔を見上げる。グラウンドからは部活に励んでいるかけ声やボールの音がする。


 私より頭ひとつ分高い、ひょろりとした長身のシルエットが夕焼けの茜色に縁取られている。その横側からはいつもはメガネ越しにしか見えない彼の顔がみえる。たれ目がちでくりっとした可愛い目をしていて、意外とまつげが長かったりする。運動は得意というほどではないみたいだけど、軽々とゴミ箱を片手で持っている長い腕や骨ばった大きな手は男子なんだなあと、ついついじっと見ていた。


 何も言わない私を不思議に思ったのか、武田くんは運動場に向けていた目線を私におろした。


 前触れなく視線があってしまいあわてて下を向く。盗み見していたことをごまかしたくて思わず今、一番気がかりなことが口をついてでる


「そ、そういえば、武田くん、振り替え休日のあれ行くよね?」


「ああ……、全員参加をうたってるあれ? あんだけ全員参加! でモウレツに盛り上がってる中、行かないと言い出す勇気は俺にはないなー。カリスマ幹事井上恐るべしだね。うちのクラス、体育祭もだったけど、文化祭も準備から異様に団結すごいし。まあ、後は受験勉強まっしぐらだから、最後に盛り上がりたい気持ちはわからないでもないけどね」


 今の私には目の前に迫った文化祭よりも、その振り替え休日に企画された、何故か全員参加で異常な盛り上がりを見せている水族館遠足の方が気がかりだった。


 1学期の頃の私であれば、行く前から皆とどう回ろうかとか何を持って行くとか何着ていこうとかで盛り上がり、楽しみなイベントにだっただろうなと、ふと小さくため息がもれる。


「まー、全員参加って響きが何となく盛り上がってるだけで、当日はどうせそれぞれで自由行動でしょ。俺は抜かりなく暇潰し持ってくよ。津川さんも仕込んどけば?」


 武田くんは1学期の頃とは違う私の立ち位置に気づいているのかな……。彼の押し付けるでも突き放すでもない距離感が、今の私にはとても居心地が良かった。

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