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3分読み切り短編集

憧れの純黒

作者: 庵アルス

 ランドセルを置いてから、友達のしょーくんの家に遊びに来た。

「なぁなぁ、これ飲もうよ!」

「なになにー?」

 しょーくんが見せてくれたのは、手のひらくらいの小さな袋。緑色でツルツルした四角い袋だった。

 表面には文字が書いてある。

「コーヒーだ」

「パパが飲んでるコーヒーだよ、大人の味だよ!」

 しょーくんが興奮気味にそう言うのも無理はなかった。

 今日、クラスでちょっとした騒動があった。

 給食にコーヒー味の牛乳用調味料が出たのだけど、クラスメイトのまーくんが言ったのだ。

『コーヒーはやっぱりブラックだよ。こんなミルクコーヒーはお子様の味!』

 甘いコーヒー牛乳を飲んでいた僕は、その言葉が不快だった。僕としょーくんは席が隣同士で、甘くて美味しいねと頷きあっていたところだったので、尚更ムカッとした。

「ブラックコーヒー、飲んでみようよ」

 僕たちはワクワクしながら台所へ行った。

 包装を破り、中身を取り出す。個装の裏書を読みながら、線の通りにフィルターを破り、マグカップにセットする。

「あ、職員室の匂いする」

 僕の家族はコーヒーを飲まない。だから、コーヒーの匂いは職員室か、たまに行くファミレスのドリンクバーでしか嗅がない。

「これなに、土?」

 フィルターの中に詰まっている物は、黒い砂にしか見えなかった。僕にとって全くの未知だ。そもそも、コーヒーを作る為の物を初めて見るのだから。

「わかんない⋯⋯お湯掛けたら溶けるのかな」

「しょーくんのお父さん、いつも飲んでるんじゃないの?」

「パパはいつも飲んでるけど、俺別に見てないもん」

「それもそっか。飲まない物の作り方とか、見ないよね」

「うん」

 僕たちはフィルターの中身をしばらく見つめた後、意を決して舐めてみることにした。指先にちょっとつけて、恐る恐る舌に乗せる。

「⋯⋯うぇっ、苦い」

「ジャリジャリする⋯⋯土じゃん」

 ふたりしてペッペッとティッシュに吐き出した。

「まーくんはこんなの飲めるの?」

「いや、もしかしたらお湯掛けたら美味いかもしれないぞ!」

「そうかな?」

「そうだって!」

 しょーくんは力強く言った。

「だってさ、ただ苦いだけなら大人だって飲むわけないじゃん! 美味しいからみんな飲んでるんだよ」

 そう言われればそんな気がする。それに、コーヒーからコーヒー牛乳ができるなら。あんなに美味しいコーヒー牛乳ができる前の物が、不味いはずもない。

 僕たちはドキドキしながら電気ケトルでお湯を注いだ。

 真っ黒な液体がマグカップに溜まる。ティーカップに分けて半分こした。

「⋯⋯どっちから飲む?」

「⋯⋯じゃんけんする?」

「じゃん、けん、ぽん!」

 負けてしまった。

 僕はさっき以上に勇気を出して飲んだ。

 口いっぱいに温かさが広がり⋯⋯苦味がじわじわと襲ってくる。

 飲み込みたくない。

 けれど、いつまでも口に入れていたくもないから、諦めて飲み下した。喉の奥から苦味が込み上げる。遅れて、何故か酸っぱく感じた。

 なんで大人はこんなものが飲めるのだろう。

「不味いよ、不味いよこれ⋯⋯」

 大事なことだから二回言った。

 続いて飲んだしょーくんも、似たようなことを言った。

 ブラックコーヒーは、カップにたくさん残っている。揺れる黒い水面が、窓からの明かりをゆらゆらと反射するのが挑発的に思えて不気味だった。

 不味くても、たくさんあると捨てるのももったいない。

 どうしようか悩んで、僕たちは、残ったコーヒーに牛乳と砂糖をたくさん入れて、甘くしてからやっと飲んだ。

 僕は改めて思う。

 コーヒー牛乳の方が美味しい、お子様の味の方がいい、と。

2020/11/13

コーヒーよりも紅茶派です。

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