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宝物になる日  作者: momo
本編
9/95

カイザーの本心



 眉間に皺を寄せ険しい表情で大理石の廊下を歩くのは、ヴァルヴェギアの第三王子であり、第一王位継承権をもつカイザーだ。

 金髪に緑の瞳をした、今年で二十二歳になる青年。

 彼を幼い頃より知る者は、彼のこのような表情を珍しいと感じるだろうが、城に戻ってからのカイザーは、常に何かに苛立ったような、人を寄せ付けない雰囲気を醸し出している。


 その彼に声をかける者がいた。

 カイザーと同じ瞳は父である国王から譲り受けたものだが、髪色は異なる茶色だ。カイザーにとっては二つ年上の異母兄であり、現在はヴァルヴェギア王国騎士団団長の地位にあるラシードである。

 カイザーに気付いて声をかけたラシードは、気安く片手をあげた後、その手をカイザーの肩に置いた。


「彼女、気付いたみたいだな」


 僅かに大きくなったカイザーの瞳が、一拍の呼吸を置いて元に戻る。

 動揺を悟られないように静かに息を吐きながら、真意を隠して慎重に口を開いた。


「ようやくですか」


 望んで自らやったとはいえ彼女――キアラが心を傷つけていると思うと、カイザーの胸は酷く疼いたが、キアラはそれ以上の疼きを覚えているに違いない。

 子供の頃に出会い、共に依存しながら成長した大切な女性だが、王家に生まれたカイザーは立場を弁えなければならないと理解できる大人になっていた。

 特に同腹の兄であるマクベスの死に深く関わった身として、国を守るためにも責任を取らなければならないのだ。仕方がないことだと自身に言い聞かせ、肩に置かれたラシードの手から逃れるように一歩退いた。


「これで無駄に遊びまわる必要もなくなるな。本来の仕事に集中できるという所か?」

「思った以上に時間がかかりましたが、ようやくです。兄上、彼女を頼みますよ」


 カイザーはラシードを避けるように足を踏み出した。一度外に視線を向けたラシードは、最後の確認とばかりにカイザーの背に向かって声をかける。


「本当にいいのか?」


 カイザーは歩みを止める。振り返りはしないが、拳を握りしめているせいで肩が揺れていた。


「己の愚かさが招いた結果です。あの時、王太子殿下にキアラを渡していればと――今更どうしようもないと分かっているのですが。やはり、どうしてもそう考えてしまいます」

「渡していたら間違いなく奪われただろう。お前と違って兄上マクベスは手が早かったからな」


 ラシードの言葉にカイザーは驚いて振り返る。

 緑色の瞳は揺れ、何故それを知っているのかと問い、失われていた表情も驚きに塗り替えられていた。

 カイザーの反応はラシードの予想が正解だと告げてしまっていた。

 ラシードは「やはりそうか」と呟き、憐れまれているような感覚を受けたカイザーは顔を背ける。


「手を出したら歯止めが利かなくなるのが分かっていましたから。彼女に魔法は効かない。子供でも出来たら責められるのは彼女の方です」

「確かにお前の考えは間違っていなかったよ。もし子供ができていたら処分されただろう」


 自分たちが身を置く場所はそういう場所だと、ラシードはどこまでも続く冷たい廊下の先に視線を向ける。

 延々と続く、硬質で磨き上げられた大理石は美しいが、この世界は二人にとって決して優しくない世界だった。


 生まれたのは王城だが、多くの時間を過ごしたのは戦場だ。

 両足を失い戦場に立てなくなった国王の代わりに、国を継ぐ定めにある王子たちが立つのは当たり前のことだった。


 子供の頃は後方で戦いがどんなものかを学ばされた。

 やがてラシードが剣の才に秀でていると知れると、年齢など関係なく問答無用で前線に放り出される。

 死なせないために騎士と魔法使い、そして魔力なしが与えられていたが、生死のやり取りをする血生臭い戦場など子供が生きる場所ではない。

 ラシードの母親の身分が劣っていたことと、正妃腹の兄と弟が一人ずついたために、死んだとしても大した損害ではないと考えられていたのだ。


 けれど思惑に反しラシードは生き残った。

 魔力があっても魔法が使えない分、生き残るためにあらゆることを学んで自ら力を得たのだ。

 そして二つ年下の弟カイザーが戦場に立つ頃には、正妃腹の弟よりも貴重性のある王子として認識されていたのである。


 それはカイザーにとってもある意味いい方向に働いた。甘えるだけの子供ではなく、自分だけの力でのし上がるしかない世界を見せられたのである。

 カイザーは身を守るために、自分より年下の少女を側に置くことになり、年の近い魔力なし(キアラ)と共に戦場で身を守り戦う術を学んで育った。


 魔力なしは戦場で魔法を無効化するしか能のない役立たずだ。

 けれど魔力が強い者ほど魔力なしの力を無視できない。魔法使いは魔力なしを否定しながら、同時に強く執着してしまう現象が起きる。

 魔力なしが彼らの誇りである魔法を否定する存在であるため、恨みの念と、決して敵わない存在に対する、表現しきれない強い感情を心に渦巻かせるのだ。

 権力と力を有している魔法使いほど強く抱く、言葉では上手く説明できない、どうしよもない感情であった。


 カイザーはキアラが魔力なしだから好きになったのではない。だが王をも凌ぐであろう魔力を有したマクベスにとって、キアラはただの魔力なしではなくなっていた。


 魔力なし自体が極めて稀な存在だ。敵に殺された他の四人の魔力なしは全員が男性だった。女性の魔力なしはキアラだけで、戦場に立つ全ての輩は、本来は守るべきか弱いとされる女性に守られる立場に置かれるのである。


 マクベスはキアラを魔力のない女と罵り、蔑んで気のないふりをしていた。

 幼すぎて役に立たない、手のかかる存在だと、己が得た二人の魔力なしを使い捨てにすることで満足感すら得ていたのだ。


 しかし成長したキアラに向けるマクベスの目は、日々熱を孕んで行き、誰の目にも危険を感じさせた。

 そんな相手に命令であっても大切な恋人を渡せるはずがない。

 魔法使いであるマクベスにとって魔力なしとの相性は重要だ。一歩間違えば魔法の攻撃から守られるどころか、反対に己の魔法も消滅させられる危険性がある。

 カイザーは魔法に特化したマクベスが、慣れない魔力なしを側に置くのは危険と、尤もらしい言い訳を主張してキアラを手放さなかった。


 奪われるのを恐れ拒絶した罰なのだろうか。

 マクベスは戦死し、カイザーには望みもしなかった王位継承権第一位の権利が舞い込んでしまった。


 長い戦いで力を失ったヴァルヴェギアを守るためには、大きな力を持った国の協力が必要だった。

 あらゆる援助を受けるための近道は、王位継承権第一位のヴァルヴェギア王族と、ヴァルヴェギアに力を貸してくれる国の王女とが婚姻によって結ばれること。

 立場的に弱いヴァルヴェギアはカイザーの身の回りを綺麗にしておく必要がある。

 魔力なしの、いつ死んでしまうか分からない地位も権力もない娘など、未来の王の傍らに置いておけるわけがなかった。


 話をすればキアラは納得して身を引くだろう。

 けれどそれでは彼女の未来が明るくないとカイザーは知っていた。


 たとえ東の大国カラガンダから王女を妻に迎えても、カイザーが心から愛するのはキアラだけだ。

 カイザーが本心を告げるのは簡単だが、そうするとキアラは永遠にカイザーを想い続けてしまう。

 何よりもキアラの心が自分から離れない以上、カイザー自身が王位継承権第一位の身を貫く自信がなかった。

 いつか国を捨ててキアラと共に逃げてしまうのではないか……そんな不安が常に付きまとうのだ。

 それなら嫌われ、けして届かぬ相手になってもらわなければならない。

 カイザーは、王族としての役目を貫かねばならなくなった時点で、キアラと決別すると決めたのだ。


 キアラと接触を断つと裏切りを明確にするため、キアラから愛想を尽かされる為に女遊びを始めた。

 真面目だった男が王位継承権が格上げされた途端に堕落したのだ。

 全てはこのためにキアラを利用したと、兄の死も悲しみ所か喜んでしまうような、権力に執着した男なのだと――カイザーはキアラから、こんな酷い人間だったのだと失望されることを望んだのである。


 これはヴァルヴェギアを背負うカイザー自身が、キアラと決別するために選んだ道だ。

 恋人の裏切りにキアラはとても深く傷つくだろう。

 けれど傷は何時の日にか癒えるものだ。

 やがていつか、近い将来にでもキアラを心から愛する者が現れ、再び心を通わせるようになれば、過去の恋人のことなど酷い男だったと語れるようになる。


 カイザーには、戦場で利用されるキアラを側で見守ることが許されない。だから兄であるラシードに頼んだ。

 これから城に籠るカイザーと異なり、王国騎士団を預かる身となったラシードには、魔力なしは必要な存在だ。キアラの力を使う代わりに、見守る役目をと頭を下げたのである。

 カイザーは、ラシードなら魔力なしを使い捨てにするようなことにはならないと信じて託したのだ。





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