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宝物になる日  作者: momo
本編
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野良の魔法使い



 戦争が終わっても何もかもが終わったわけではない。何時の時代も国同士が諍いを起こし、領土を求めて戦いが始まる。

 次代の王となるカイザーがカラガンダ王国より王女を妻に迎えるとはいえ、その王女がヴァルヴェギア入りし、婚姻が確定しなければ確実な後ろ盾は得られない。

 多くの貴重な人材を失ったばかりのヴァルヴェギアなら落としやすいと、格好の標的にされるのは当然だった。


 西の隣国フィスローズとの戦いは先代の王の時代より続いていた。

 その戦いにかろうじてヴァルヴェギアが勝利し、ようやく終止符が打たれたが、負けを認められない輩がいるのも当然のことだ。

 多くの犠牲を払ったが態勢を立て直し隙を突けば立場を逆転できると、敗戦国となったフィスローズが国境で密かに兵を集めているという情報がもたらされた。


 互いに条約を取り交わしたとはいえ、それを信じて対応をしなければ攻め入られて終わりだ。

 そうなる前に不穏分子を徹底的に排除するのは当然のことで、フィスローズとの最後の戦いで将となったラシードが、自ら指揮を執るため、西の国境に向かうことが決まった。


 ラシードの出陣に合わせ、魔力なしであるキアラが同行するのもまた当然の成り行きだ。

 ようやく交わされた戦争の終結と、平和を約束するために取り交わした条約を反故にする動きがある。

 フィスローズ中枢の考えでなかったとしても、ヴァルヴェギアにとって再び敵となるなら容赦なく徹底的に潰さなければならない相手だ。


 間もなくカラガンダ王国より妻を迎えるカイザーに出陣の予定はない。

 大国の王女を迎えるのに妾腹であるラシードでは不足だからで、婚姻が正式に執り行われるまでカイザーは危険とは無縁でなくてはならなかった。


そのカイザーからは、別れたとはいえ恋人であったキアラを連れて行くなと苦情の一つも入らない。

 魔力なしを己が治める国のために役立たせるのは当然のことだ。

 元恋人(キアラ)に降りかかる危険など考えるまでもない、駒の一つという存在となり果てたのだ。


 共に戦場で暮らしていた時には、キアラが魔力なしであることを嘆いてくれた。僅かにでも魔力があれば家族から引き離されず、幸せな生活をおくることができたのにと。

 しかし今は特異性を利用され、いつ命を落とすかもしれない状況を嘆いてもくれない。

 王になるカイザーにとってキアラは元恋人ですらなく、あくまでも利用すべき魔力なしなのだ。


 キアラは前を歩くラシードを速足で追った。

 行く先には重厚な扉がいくつも鎮座していたが、ラシードが手を触れる前に自動で開く。キアラ一人であったなら扉についた取っ手を握り、力任せに動かさなければ開くことのできない扉だ。その取っ手も一般的には無用な物なので珍しい。王城やキアラが滞在する場所には取っ手が付いているだけでもありがたく、魔力なしに優しい作りとなっていた。


 最後の扉はラシードの執務室だ。

 後についてキアラが入ると、二人の入室に気付いた先客が振り返った。


 狂いのないアーモンド形の目。瞳は瑠璃色で、腰まで届く銀色の髪。その人が振り返った途端、部屋の中に宝石がちりばめられたかの輝きが溢れる。


 その人のあまりの美しさにキアラは息をのんだ。

 言葉がなく唖然と立つ尽くすキアラの思考から全てが失われ、世界が目の前の光景一色に塗り替えられる。

 

 驚き過ぎたキアラは声なく凍り付くが、ラシードは何でもない風に真正面から輝く瑠璃色の瞳を捉えると、「来ていたのか」との言葉を発して表情を緩めた。


「キアラ、彼は新しく雇った魔法使いのセオドリク=キルヒだ」


 紹介するラシードの声など耳に入らない。

 驚きのあまり唖然と見上げたキアラの瞳に映るのは人ではなく、絶世の美貌を持つと謳われるエルフ族の青年だ。

 初めて目の当たりにするその姿に驚きのあまり、無意識に口が開いてしまい、間抜けな表情のまま声を失う。


「セオドリク、彼女はキアラ=シュトーレン。魔力なしだ」

「魔力なし、ですか?」


 薄く艶やかで、ほんのりと色づく唇が呟いた。

 その声は低い男性の物だがとても清らかで、まるで天使が耳元で囁き、謳っているような感覚に陥る。

 比喩ではなく、彼自身が光り輝いて美貌のオーラを放っていた。

 あまりにも美しいものを目にしたキアラは、魂を抜かれ、ぼうっと立ち尽くすだけだ。


「キアラ?」


 反応のないキアラの様子に訝しむ声が届くが返事をすることができない。

 ラシードの声が確かに届くのに、何処か遠くで呼ばれているような夢心地の世界に浮かんでいる。

 ついには体の力が抜けてしまいその場に蹲ってしまった。


「キアラ、どうしたのだ。大丈夫か!?」


 驚いたラシードが「しっかりしろ」と肩を揺すり、キアラはようやく現実に引き戻される。

 見上げれば、ラシードの肩の向こう側で光り輝く青年が薄く微笑み、瑠璃色に輝く瞳でキアラを見下ろしていた。

 銀色の髪から少し尖った耳が覗いている。

 エルフだ――と気付いて、キアラは止まっていた息を吐いた。


「あの……えっと。彼は――」

「野良の魔法使い、セオドリクです。キアラさんでしたね、どうぞ宜しく」


 さらりと伸びた銀色の光り輝く髪から覗く、尖った耳の先。世界中の女性たちが羨む真っ白な肌に、髪と同色の長い睫毛。

 人ではない長寿の種族として存在するエルフ族は自然の声を聞き、人では扱うことのできない魔法を身に着けている存在であるが、滅多に人前に姿を現すことがないと有名だ。

 彼らに会うことがあれば全ての幸運を使い果たしたと思え――そう言われるほど貴重で稀な存在のエルフ族が目の前にいる。


 キアラは興奮と同時に、幻でも見ているのかと思い頬をつねった。

 なにしろラシードが平然としているのだ。

 神がかりな美貌と光を放つ存在を前にして、ラシードは何故こうも落ち着き払っているのかと考え、はたと気付いた。

 見下ろすエルフの青年の瑠璃色の瞳が語っているではないか。決して口にしてくれるなと。

 彼は幻術を使って姿を欺いているのだろう。

 でなければエルフである青年を前に、ラシードとはいえ、これほど普通に接することが出来る筈がない。

 もしそうだとしても腰を抜かすほど神々しい奇跡の美貌を宿しているのである。本来の姿でうろついたら大騒ぎになっているだろう。エルフの青年は正体をラシードにも隠しているのだ。 


「野良の……魔法使い?」

 

 妙な名のり方をしている時点で既におかしいと、注目がエルフの美貌から反れ、ようやく頭が動き出す。


「主を持たず、金銭で雇われて仕事をする魔法使いですよ」


 美しく微笑んだエルフの青年から視線を反らす。彼の美貌は直視して平静を保てる領域ではなかった。

 しばらくすれば慣れるかもしれないが、彼の肩に流れる銀色の髪や真っ白な肌が名実ともに輝き、瑠璃色の瞳は煌めいて何もかもが眩しすぎるのだ。

 エルフは粉にした宝石が散りばめられた種族なのだろうかと本気で考えるほど、目の前の青年は光り輝いている。


 ラシードからは立つよう促されるが腰が抜けているせいで無理だ。どうしたのかと訝しむラシードの手を借りどうにか椅子に座った。

 セオドリクが微笑みを浮かべたまま見つめているが、彼の目は少しも笑っていない。

 彼はラシードの背後にまわると、キアラから距離を取って佇んでいる。

 魔力なしのキアラに触れられると、自らにかけた幻影の魔法が解けてしまうので警戒しているのだ。


「野良とは随分と古い言い方だな。キアラ、セオドリクは組合ギルドに所属した極めて能力の高い魔法使いだ。今回の遠征で使ってみることにした」


 ヴァルヴェギアは戦争が終わったばかりで、騎士を始め魔法使いに至るまで深刻な人員不足だ。

 本来なら一般向けの組合ギルドを王国騎士団が利用するなど有り得ないが、国の安全を自国で確保できない現状では仕方がない。

 まずは西の国境で起きているフィスローズとの争いで使ってみて、実際に役に立つなら異国の人間であっても騎士団に引き抜こうとの考えがラシードにはあった。

 戦場に立てるほどの能力を有しているのに、主を持たない魔法使いは貴重な存在だ。他国に引き抜かれる前に実力を知っておきたいというのもある。


「それにセオドリクは大陸中を旅していたらしいが、生まれはヴァルヴェギアだ。組合とはいえ魔法使いの身元保証に抜かりはない」

「はぁ……そうですか」


 キアラはラシードの後ろに立つエルフの青年を見ようとして寸前でやめた。

 ヴァルヴェギアでは髪や瞳の色は様々だが、光り輝く銀色の髪に瑠璃色の瞳など初めて知った。

 髪や瞳の色の違いもあるが、なにより種族の違いから、何処からどう見ても彼はヴァルヴェギアの民ではない。


 エルフという種族はどの国にも属さず、人の出入りできない場所に集まって、国を持たず同族同士の争いもない穏やかな環境で生活しているとの噂だ。

 たまに人の世界に姿を現すことはあっても、根付いて生活しているなど有り得ない。

 今回初めてエルフを目の前にして、彼らが人の世界で生きたなら争いが起きると確信した。

 なにしろラシードの後ろに立つエルフは、恐ろしい程の神がかり的な姿形をしているのだ。


「出発は明後日だが……キアラ、本当に大丈夫なのか?」


 ラシードは、キアラがセオドリクを見もしないことに気付いて眉を寄せた。

 視線を合わせもしないなどあまりにも酷い拒絶だ。

 もしかして二人は知り合いなのかと問われ、キアラとセオドリクは同時に首を振る。そしてラシードが話を続ける前にセオドリクが口を開いた。


「騎士団長殿、私は魔力なしと仕事をするのは初めてなのです。現場で何かあっては困るので、私の魔力が彼女によってどう無力化されてしまうのかなど、あらかじめ知っておきたいのですが」


 宜しいですかと、セオドリクの問いがラシードだけではなくキアラにも向けられた。


「それもそうだな。しかしキアラ、お前は大丈夫か?」

 

 よほど酷い顔をしているのだろう。

 何度も心配され大丈夫だと、ラシードだけをしっかりと視界に捉えて頷いた。


「わたしのせいで彼の能力が削がれてしまってはいけません。魔力なしがどういうものなのか、初めての経験なら実際に魔法を向けてもらうのが一番わかりやすいでしょう」

「そうだな。演習場でも中庭でもどこでも好きな場所を使っていいが、物は壊すな」


 美しすぎるものを見たせいか、背中がぐっしょりだ。

 キアラは気力で立ち上がると頭を下げ、額に浮かんだ汗をぬぐいながら部屋を後にした。




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