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宝物になる日  作者: momo
本編
51/96

捜索



 ラシードの指示で、高い壁に囲まれた城の門は全てが閉ざされた。

 報告もせずにキアラが自らの意思で姿を消したとは誰も考えない。

 連れ去られたのは間違いなく、何者かに連れ去られたのなら既に城内に留まってはいないだろうが念のためでもある。

 同時に都と外を繋ぐ門では警備が厳重になり、出入りの商人や旅の人間たちで長い列を作った。


 セオドリクはロルフと共に、キアラを連れ去った何者かが残したであろう痕跡を探している。

 カイザーと結ばれないせいで儚くなっているのかもしれない――と案じるセオドリクの予想は無視された。

 もしそうならとっくの昔に儚くなっているとロルフに返されたのだ。その他大勢の女と浮名を流されるのと、妻と仲良くしている様を見せつけられるのは別物だと主張したが取り合ってもらえない。


「ハウンゼル殿の言うように儚くなってはいないかも知れないけど、どこかの物陰で泣いているかもしれないじゃないか。一緒に探すより手分けした方がいい。僕はあっちを見て来るよ」


 何事も恋に結び付けるエルフに、ロルフは諭すように強く言い聞かせる。


「キアラは勝手に予定を変更したり、規則を破るような娘ではない。これまでだって自分の意思で身勝手に動くようなことはしたことがなかったんだ。辛い時に隠れて泣くには同意するが、魔力がないことに引け目しか感じていないキアラが人に迷惑をかけるなんて絶対にない」

「もしそうだとしても一緒に探す必要はないじゃないか。僕はあっちを――」


 駆けだそうとしたセオドリクの腕をロルフが掴む。その力があまりにも強くてセオドリクは驚いた。


「ハウンゼル殿?」

「セオドリク、君は僅かな魔力でも追えるな?」

「追える――ああ、捜索ね。この前みたいに濁流に呑まれたりしないで、ちゃんと地面を辿っているなら追える自信はあるよ。でもキアラには魔力がないから無理」

「いいかセオドリク、よく聞いてくれ。キアラは宿舎からラシード様の執務室へ向かう途中で拉致された可能性が高い。私は道程に不自然な痕跡がないか探している。君はそこに残された魔力を察知し、誰のものであるのか特定して欲しい」

「知ってる人の魔力なら誰のものなのか分かるけど、キアラを攫ったのが僕の知らない人なら無理だよ」

「だから覚えろと言っているんだ。覚えた先で城の中にいる人間をしらみつぶしに調査し、同じ魔力を持つ人間を探し出せ」

「そんな途方もないこと、どれだけの時間がかかると思ってるんだよ」


 自由にキアラを探したい気持ちが逸るセオドリクは、掴まれた腕を振りほどこうとして更に強く握られてしまった。「痛いから離せ」と苦情を言った先で、鬼気迫る気配を放つロルフの様にはっとさせられる。


「目を使った捜索は他の人間でもやれるが、魔力を追うのはヴァルヴェギアの魔法使いでは困難だ。攫ったのがどこかの国ならまだいい、キアラを利用するつもりだろうからな。だがキアラ自身に恨みのある人間の仕業だったらどうする。やっと見つけた、大事な妹だ。私は二度と彼女を失いたくない」


 幼い頃に奪われた妹を、ハウンゼル家の人間はまさに命を懸けて探していた。

 強い眼差しにはキアラを案じる気持ちと焦り、同時に奪った輩に対する怒りが秘められている。それでも判断を間違えない為に冷静でいようとする様を強く感じて、セオドリクは駆けだそうとする体から力を抜いた。


「分かった。僕は魔法が得意だけど、事件に対する判断能力はないに等しい。キアラを取り戻すためにハウンゼル殿が言うとおりにするよ」


 悪意ある人の手でキアラの命が奪われる可能性があることに今更ながらに気付かされ、セオドリクはロルフの背を追う。

 ロルフが不自然な動きをした足跡がある場所を指摘し、セオドリクは残された魔力の痕跡を覚える。それでもキアラが普段通る道に怪しいと思われる痕跡は大して残されてはいなかった。


「魔力の痕跡が一番強く残されている場所はあったか?」

「持っている魔力の量で残される強さを判断していいの?」


 魔力の痕跡は同じ場所に長く止まれば強くなるという単純なものではない。個人が持っている魔力の強さで残される量が異なるからだ。香水を大量につければ残り香が強く、少量なら僅かに香る程度。それと同じである。


「全部で百近い人間が通ってた。彼らがそこに立ち止まったのがほんの一瞬か、キアラを連れ去る時間分なのかなんて判断できないよ。でも仕分けは出来る。魔力が強い人間が五人通ってるけど、それは魔法使いだろうし、弱い人間はハウンゼル殿を含めたその他の人間だ」


 魔力が強い者は大抵が魔法使いだ。面倒なのは魔力が少ない者。城には多くの人間が勤めており、その中から九十人以上を探し出して行かなければならない。それでもセオドリクが記憶した魔力を間違えなければ、必ずキアラを攫った人間に行き着く筈だ。


「特定しやすいのは五人の魔法使いだな」

「四人分はフィスローズに行くときに一緒だった人たちだから覚えているよ」


 セオドリクが魔法使いたちの名を告げるとロルフが記録して、通りかかった同僚の騎士にラシードへ届けるように指示を出す。彼らを調べるのはロルフとセオドリクでなくてもできるからだ。


「残りの一人は同行しなかった魔法使いということだな」

「よし。さっさと特定してしまおう。その他大勢に時間がかかるからね」


 魔力の強い人間の特定、それも一人なら簡単と思えたが、セオドリクの予想に反して困難な状況に陥った。痕跡を追った先にそびえる建物が王族の居住地で、ラシードの覚え目出度い二人であっても許可なく出入りが許されない区画であったからだ。


 王族を疑うのは国に仕えるものとして許されない。

 問題なく許可を得るため、残りの魔法使いを一人残らず訊ねたのだが、セオドリクが感じた魔力の持ち主はどこにもおらず、ロルフは難しそうに眉を寄せた。


「魔法使いではないのか?」

「かなり強い魔力だから魔法使いだと思うけど。あ、王様とかは?」


 王族といえば国王の他にはカイザーとラシードだ。王子二人はセオドリクも知っているので、知らないとなるとヴァルヴェギア国王になるが――


「陛下は両足を失っているから出歩けない。他に魔力が強い人間となると侵入者か、あるいは……」


 腕を組んで難しく考え出したロルフを前に、セオドリクは首を傾げる。


「悩んでる時間が勿体無いから、僕はその他大勢を特定して来てもいいよね?」

「待て。ラシード様の指示を仰ごう」

「え、僕も行くの?」

「当然だ」

「ハウンゼル殿が指示を受けて教えてくれるってのでいいんだけど?」

「ついて来い」

「えー」


 キアラが心配なのでほんの少しでも早く容疑者の特定を急ぎたかったが、魔法が得意で人など足元にも及ばないにしても、こういった件において自分は素人である。仕方がないと己に言い聞かせ、不満と不安を抱えながらもセオドリクはロルフに従って後に続いた。





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