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宝物になる日  作者: momo
本編
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恋した人の変貌




 恋人の兄であり、自国の第一王子であるマクベスの死はキアラに重く伸し掛かった。

 国一番の魔法使いで、次なる王になる人だったマクベスの死は、役立たずとして嫌われるキアラに大きな後悔をもたらしたのだ。

 

 カイザーもマクベスの死に責任を感じ、王の言葉を受けキアラをラシードに託す決断を下す。

 ラシードは己の陣営と残されたマクベスの配下を取り込むと、フィスローズ陣営へと奇襲をかけた。ラシードはキアラの隣に立って最前線で敵をなぎ倒し、多くの犠牲を払ってヴァルヴェギアは勝利を得た。


 しかしながら魔法に長けたマクベスを失った損失は大きい。

 ヴァルヴェギアは決して大きな国ではない。

 将来を担うとされたマクベスを失い、戦いにおいて貴重な魔力なしもたった一人になってしまった。

 お陰でこれまで警戒の必要がなかった他の国からも狙いを定められ、いつ何時攻め入られるかとの心配が増えてしまったのだ。


 マクベス亡き後、正妃腹である第三王子のカイザーが王位継承権第一位の身となった。

 カイザーの肩にヴァルヴェギアの将来が重く伸し掛かり、国の安定のために東の大国カラガンダの力を借りるため、カラガンダの王女を正妃として迎えることが決まる。

 そのためキアラはカイザーと引き離されることになり、カイザーが了承したので二人の別れは決定となった。


 キアラは恋人との別れを仕方がないことだと受け入れたが、表向きはどうあれ、心の内は簡単にあきらめきれるものではない。

 同時に己の立場も弁えず恋情を優先させたために、マクベスを死へ追いやってしまったと責任を感じていた。

 そうして落ち込む日々を過ごしていたというのに……


「この私が魔力なし(キアラ)に本気で肩入れするとでも?」

 

 身分違いの恋人であったけれど、確かに愛し合っていたはずだ。

 けれど国の将来の為に別れた愛しい男は、美しく整えられた庭園の東屋で、城に出仕する貴族娘の豊かな胸を包むドレスの釦を解きつつ、赤い唇に口付けを繰り返しそんな言葉を口にしていたのだ。


 魔力を持つ者は魔力なしの気配に気付き難い。

 そっと身を潜ませればすぐ側にいても、相手が振り返るか、こちらから声をかけなければ気付いてもらえない程に。


「あの娘は本気で殿下に惚れておりましたのに。そんなことを言っては可哀想ですわ」


 くすくすと笑いながら、口付けの合間に娘が囁く。するとキアラが恋した男は、冷たい眼差しで娘を至近距離から射貫いた。


「そなたではなく、あれを抱けというのか?」

「意地悪を仰らないで。けれど味見くらいなされたのでは?」

「魔力がないのだぞ。口付けすら恐ろしくて出来ぬ」


 魔力なしと交われば持っている魔力を失ってしまう――そんな偽りがまことしやかに囁かれていた。カイザーの言葉はそれを恐れての発言なのだろう。

 本気で恐れているかどうかまでは分からないが、振り返れば、キアラがカイザーから受けた唇は額か頬、そして手の甲にだけだ。目の前の娘のように唇に落としてもらったことなど一度もない。


「意外にも小心者ですのね」


 くすくすと笑う娘の声に合わせて白い肌が暴かれる。

 娘の言葉は王族に対するには失言だが、カイザーは気にもしていないようで、二人の関係性がとても深いことを窺わせていた。


 キアラが強請っても口付けは王に認めてもらってからと、誠実な恋人は翡翠のように輝く美しい瞳に熱を宿して、そっと額に唇を押し当ててくれた。

 なのに目の前の愛しい人は、恋人であった人は、娘の赤く塗られた紅を己の唇に移すだけではなく、剥ぎ取る勢いで執拗に舐ると耳や首筋に滑らせていく。


「あ……駄目です、こんな所で」

「誰も見ておらぬ」

 

 例え見えなくても、カイザーの側には必ず護衛が存在している。

 彼らに見せたくないからと、額に口付けられて頬を染めたキアラを、あの胸に匿ってくれたのはそう遠くない過去だ。


 少年の頃から知るカイザーの成長した手が娘の豪華なドレスを探り、白く細い足が招く様にカイザーに絡みついて、娘からは吐息が漏れる。

 こんなに近くにいるのに気付いてもらえない。

 娘が甘く漏らした声がキアラの耳を犯した。


 喘ぐ娘に顔を寄せるカイザーから熱は感じられないが、娘を抱きしめているのは間違いなく、衝撃を受けたキアラは動けなくなっていた。

 近々妻を迎えるカイザーが、派手に遊んでいるとの噂はキアラの耳にも届いていたが、まさかとの思いが勝っていた。


 カラガンダから王女を迎えては女遊びに耽ることは許されない。

 熱のこもらない瞳から相手が誰でもいいのだとわかる。

 それならわたしをと考えて、直ぐに自分が魔力なしであることを思い出し肩を落とした。


 ふと顔を上げると離れた場所に立つカイザーの護衛と目が合ってしまう。

 護衛が驚いているのは、護衛対象である主の側に人が立っていたからだろう。

 剣に手をかけた所で、相手がキアラと気付いて力を抜くと、哀れみの視線を向けられる。


 離れた護衛は気付いたのに、すぐ側にいるカイザーは気付いてくれない。

 キアラはこれ以上側にいられなくて、そっと後ずさると庭園から姿を消した。






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