護衛騎士の特別な女性
翌朝、キアラがセオドリクと一緒に朝食を受け取る列に並んでいると、ユリンがセオドリクに擦り寄って来た。
「ねぇセオドリク。しばらく離れることになるし、わたしと一緒に食べない?」
ユリンの手には二人分の椀が抱えられている。あとはパンを受け取るだけの状態だ。
「え……私と、君とで?」
「そう、二人でよ。昨日はちょっと嫌味を言いすぎたかなって思って反省したの。だから二人でどう?」
思わぬ誘いにセオドリクの心が湧き立っているのが一目で分かる。
それなのにキアラを一人にしてしまうと案じて、「君も一緒にどう?」と誘ってくれた。
せっかくユリンが声をかけてくれたのだ。「二人でどうぞ」と断るとセオドリクは迷いを見せたが、ユリンに再度誘われると、慌てて列を抜けてついて行った。
もともと一人で行動していたが、近頃はセオドリクがいつも側にいてくれたので少し寂しいと感じる。
その前はカイザーが一緒にいてくれたが、あの優しさは悲しい思い出に変わってしまった。
今日中に西の国境へと到着する予定だ。そのため昼食の休憩は取らずに進むことになるので、朝食はいつもより豪華だった。
硬いパンには焼いたチーズが乗せられていて、温かいスープの入った椀からは大きな骨付きの肉がはみ出している。
キアラは人々から少し離れた場所に移動すると地面に直接腰を下ろし、両手に抱えた椀を広げた布においた。
「一緒にいいかな?」
不意に声をかけられ見上げれば、椀とパンを手にしたロルフが立っていた。「どうぞ」と返事をするとロルフも地面に直接腰を下ろして、布を広げて椀とパンを置いて食事を始める。それにならってキアラも椀に口を付けた。
「昨夜のことだけど、本当にすまなかったね」
「気にしていませんから大丈夫ですよ?」
ロルフのことを、妻と子供がいるのに他の女性に手を出すような人だとは思っていない。
勿論セオドリクのことも、ユリンが好きなのにキアラと二股するようなエルフだとは思っていなかった。
それにチュニックを脱いだのを、他の誰かに見られていたとしても平気だ。
キアラは魔力なしで戦場に立つせいで沢山の怪我をする。その度に治療をするので、軍医限定だが、男性に裸を見られた経験もあるのだ。今更ワンピースの上に来ている布一枚脱いだところで騒ぐような立場でもない。
「セオドリクの言ったことだけど、ある意味当たっている」
思わぬ言葉に、キアラは食事の手を止めてロルフをじっと見つめた。
ロルフも同じように灰色の瞳をキアラに向けると、力強い眼差しで紫の瞳を覗き込む。
「君と二人で話をしたくてね、ユリンに頼んで彼を誘ってもらったんだ」
「ロルフ様、それは……」
あんなに喜んでいたのに、あれはユリンの意思ではなかったのか。
セオドリクの気持ちを思うとロルフを責めたくなるが、キアラはその立場にない。
「前の戦いの時からだけど、ようやく君に会えたというのに話す時間が取れなくて。このままだとセオドリクに邪魔をされて終わりそうだから、悪いと思ったけどこんな手を使ってしまった」
じっと見つめられ、思わぬ言葉をかけられて、キアラは身を硬くしてしまう。気付いたロルフは困ったように眉を下げると「ごめん」と謝罪を口にした。
「そういうつもりではないんだよ。確かに君のことを快く思っているけれど特別な女性として……いや、君は私にとって特別な女性なんだ。だけどなんていうか、セオドリクが疑ったような、世間一般の男女の関係というか、やましい思いがあるわけじゃない」
特別とは何だ、やましいとは何だろうか。
想像もしない言葉の羅列に驚いたキアラは、ロルフの一挙手一投足を見逃さないようじっと見つめたままで、残った食事を慌ただしく口に押し込むと、空の椀を手に立ち上がって頭を下げた。
「ごめんなさいロルフ様。まだテントもたたんでなくて、やることが沢山あるんです。お先に失礼します」
「待ってキアラ!」
伸びた手がキアラの腕を掴む。既に駆けだしていたキアラは反動で引き戻され尻もちをつき、手にした椀が地面に転がった。
「すまない、大丈夫かい?」
自分のしたことに気付いたロルフは即座に謝罪したが、キアラは「大丈夫です」と相手の目も見ずに転がった椀に腕を伸ばす。だが先に椀を手にしたのはロルフで、キアラは伸ばした腕を戻すと腹の前で握りしめた。
「ごめん、本当にすまない」
力のない申し訳なさそうな声と共に椀が差し出される。
一瞬躊躇したが、差し出された椀を恐る恐る受け取って頭を下げた。
「失礼します」
「私には妹がいた」
踵を返したキアラの背にかろうじて届いた声は震えているようだった。
急に何を言い出すのか。
妹がいたから何なのかと思うが、何故かその言葉に引き寄せられるようにキアラはゆっくりと振り返る。
すると今にも泣きだしてしまうのではないかと錯覚させるような、悲しい表情を浮かべたロルフがじっとキアラを見下ろしていた。
思いつめたような、とても悲しそうな姿を前に、キアラは怪訝に眉を寄せて様子を窺う。
「その妹さんにわたしが似ているとか?」
「分からない。生まれてすぐに死んでしまったからね。だけど――」
言いかけたロルフが視線を反らした。
キアラは釣られるように振りかえる。すると少し離れた場所にセオドリクが立っていて、こちらの様子をじっと窺っていた。




