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宝物になる日  作者: momo
本編
21/96

さぁ脱いで



 就寝の挨拶をしてテントに入ろうとしたキアラだったが、セオドリクに引き止められた。

 成就しなかった恋のせいで暗い気持ちになっていたキアラは、陰鬱な気持ちのままセオドリクを見上げる。


 暗闇の中でも薄っすらと光る銀色の髪が、美しいかんばせを浮かび上がらせる。

 人では到達できない美貌の、見目麗しいエルフの青年。

 見上げた彼は美貌に反して、人好きのする雰囲気を纏い首を傾げると、見た目よりもずっと幼い仕草で笑顔を見せていた。


「今から洗っても朝までに乾かないでしょ」

「え?」


 一瞬意味が分からなかったが、咽た酒が零れて服を汚したのを思い出す。

 着替えるために戻ったのにすっかり忘れていた。誤魔化すように「そうかもしれないけど……」と答え、どうしようかと迷う。

 辺りは暗いし、気持ちが落ち込んでいるせいで洗濯が面倒でならない。

 このままだと酒の臭いが残ってしまうので嫌だが、それに気力が勝る気配はなかった。

 臭いは気になるが、明るくなってから洗濯しようかなと思っていると、セオドリクから「さっさと脱いで」と急かされる。


「脱いだら魔法で処理してあげるよ」

「魔法で?」


 キアラが瞳を瞬かせると、セオドリクは「そう、魔法で処理するんだ」と言って一つ頷いた。


「浄化して汚れを剥ぎ取るんだ。魔法で処理をした後だから、君が着ても汚れや臭いが再付着するなんてことにはならないよ」

「それって、わたしの服をセオドリクさんが、魔法で洗濯してくれるってことですか?」

「そうだよ。やったことないけど水を使わなくてもできると思う。ほら、早くしなよ。それとも脱がすのを手伝ってほしい?」


 セオドリクは冗談めかしてテントに入ろうとするが、「魔法で洗濯」という、思わぬ言葉をかけられたキアラは瞳を瞬かせ驚くばかりだ。

 自分のために魔法が使われるなんて、過去の一度もなかったし、考えもしない出来事だった。

 魔法をすべて無効にしてしまう、魔法が効かない魔力なしを、セオドリクは魔法を使って助けてくれるという。

 しかも魔法で洗濯をしてくれるというのだ。

 魔力が労力に変換されるのは分かっているが、洗濯そのものを魔法でやってしまうと……できると思うと言った。それは過去にやったことのないやり方を意味しており、キアラのために即興で考えてくれたものだ。


 自分なんかのために貴重な魔力を使って洗濯してくれるというセオドリクの言葉に、キアラは戸惑い後ずさってしまった。

 その行動はまるでセオドリクのために入口を開けたようなものだ。


「え、洗濯?」

「だからそうだってば。やったことないけど僕ならやれるよ。ほら、じっとしてないでさっさと脱ぎなよ。それとも本当は僕に脱がせてほしい?」


 セオドリクが急かすように身を寄せキアラをテントに追いやる。触れると魔法が解けてしまうので後退するしかないキアラだったが、不意に目の前からセオドリクが消えた。


「何をしている!?」


 咎める声がしたので外を覗くと、テントの前にはロルフが立ちふさがっていた。

 どうやらロルフによってセオドリクはテントの外へと引き戻されたらしい。


「ハウンゼル殿こそ、彼女になにか御用でも?」

「彼女が戻るのが見えたのでね。何かあってはいけないと様子を見に来ただけだ」

「私がついているので問題ありませんよ」


 セオドリクは危険はないと堂々と宣言する。ロルフはその言葉に苛立ちを募らせたのか、荒らげはしないが明らかに敵意のある口調で返した。


「君との間に何か問題が起きないかと心配している」


 魔法使いと魔力なしの相性は最悪だが、セオドリクのキアラに対する態度はとても友好的で、身体的な距離も近い。

 全ての人間がキアラを差別しているわけではないが、魔力がない、ただそれだけの理由で理不尽な立場に置かれているキアラを騙して、よからぬ悪戯をするのではないかとロルフは案じているのだ。

 そんな心配はないと口を開こうとしたが、その前にセオドリクが鼻で笑った。


「私と彼女との間でですか。何故ハウンゼル殿が私と彼女の間柄を気にする必要が?」


 セオドリクはロルフを嘲笑うように目を細めて火花を散らす。

 側で様子を窺っているキアラは、魔法使いと騎士の間にある剣呑な気配を察してはらはらしていた。


「心配するのは当然だろう。彼女は軍にとって大切な存在なのだから」


 ロルフが眉間に皺を寄せると、セオドリクは楽しそうに口角を上げた。


「へぇ……それだけかな?」


 セオドリクの瑠璃色の瞳が挑発的に輝き、それを認めたキアラは瞳を瞬かせた。

 二人とも険悪な雰囲気を纏って、互いに引く様子がない。

 互いに主張があるのかもしれないが、まさかここで喧嘩になったりしないよなと不安を覚える。

 キアラは二人の会話に口を挟めず、セオドリクとロルフを交互に見上げるばかりだ。

 

「ユリン=ロングにも執拗に付きまとっているだろう。こう言っては何だが、キアラは傷心の身だ。セオドリク、私は君の経歴は知っていても内面は良く知らないのでね。君がキアラに良からぬ悪戯をするのではないかと案じている」

「私がキアラを弄ぶといいたいのですか?」

「そういうことだ」


 じっと睨むように見据えるロルフを前に、セオドリクは思わずといったふうに吹き出すと「そういうあなたはどうなのですか?」と、言葉こそ丁寧ながら挑発的に返した。


「心配だとかいってユリンに探りを入れさせたでしょう。護衛騎士だから特別だとでも?」


 セオドリクの言葉にキアラははっとする。

 ユリンがキアラに酌をしてくれたのは、ロルフの命令があってのことだったようだ。

 これまでユリンはキアラに対して接触を持つことなどなかった。

 ユリンはラシードに仕える侍女であるし、末端とはいえ貴族のご令嬢だ。キアラとは身分も生きる場所も違い、同性であっても同じ馬車に乗ったり、同じ部屋を使ったりすることはない。

 彼女の様子から仕方なくやっている風には見えなかったが、キアラの読み違いだったらしい。

 キアラは少なからずショックを受けて胸を押さえた。


「私は特別だ。彼女を守るのが私の役目なのだから」

「その役目は戦場においてであって、酒の席ではないのでは。役目に徹するだけなら、私とキアラの関係がどうあろうと気にする必要はないはずです」


 そこでセオドリクは腕を組むと、わざとらしく口角を上げて嫌味な表情を作った。


「それにキアラは、私がユリンに恋していると知っていますよ。邪推はしないで頂きたい」


 二人の言い争う理由がキアラにもなんとなく分かって来た。

 どうやらロルフは、セオドリクがユリンに迫っているのに、キアラにまでちょっかいを仕掛けているように見えたのだろう。

 キアラのためを思って気にしてくれているのだろうが、そんなことでセオドリクとロルフの関係が悪くなるのは好ましくない。

 何しろ二人は同じ軍内で命を懸ける者同士なのだ。

 戦場ではいつ何が起きるか分からない。妙な誤解のせいで二人の仲が悪いままでは、有事の際に不都合が起きる可能性もある。


 キアラがロルフを見上げると、ロルフは怪訝に眉を寄せ「そうなのかい?」と、事実確認をしてきた。

 気遣ってくれているのだとわかるだけに、面倒をかけて申し訳ないという気持ちでいっぱいになる。

 ユリンに命令して酌をさせたのも、キアラに同性の友人を宛がおうとしてくれたのかもしれない。何しろロルフは、セオドリクを見境なしに女性を口説く悪辣と思っていたようなのだ。


「勿論知っています。道中もセオドリクさんはユリンさんの話ばかりしていますし。何よりも、セオドリクさんがユリンさんを好きだというのは、誰の目にも明らかでは?」

「それはそうだが……君と親密だというのも誰の目にも明らかだ。もし本当に口説かれていないとしても、こんな時間に女性のテントに入り込もうとするのは見過ごせない」


 セオドリクがユリンを口説いていること、キアラと親密だということ。その二つは誰もが認識していることであった。

 ユリンにすげなくされてもキアラと楽しそうに過ごしている様子に、セオドリクが二人同時に言い寄っているのだと思う人間は少なくなく、ロルフもその内の一人なのだ。





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