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宝物になる日  作者: momo
本編
19/95

可愛い女性



 公爵領を出ると、残りは真っ直ぐ西を目指すだけだ。最後の町に立ち寄ると、キアラ以外の女性はここで一端お別れとなる。

 町外れを野営地とし、準備を終えるとささやかながら酒宴の場が設けられた。

 テントの中に引っ込んでいようと思っていたキアラも、セオドリクに誘われて出席する。魔法で灯された篝火をぼんやり見ていると、目の前に酒瓶が差し出された。

 視線を向けると、薄茶色の瞳に茶色の髪をした綺麗な女性が笑顔を向けている。


「挨拶するのは初めてね。私はユリン=ロング、ラシード様の乳姉妹で、侍女としてお仕えしているの」


 笑顔のユリンが、「どうぞ」と酒瓶を差し出す。

 キアラは驚いたが、差し出された瓶にカップを向けて酒を受けた。


「お気遣いありがとうございます」

 

 魔力なしにわざわざ近付いてくれるなんて。それも酌のために。

 ラシードの周囲には心の広い人が多いとは思っていたが、まさか侍女までだとは。彼女の目をみると仕方なくやっているのでないことが分かる。


「ラシード様を、ヴァルヴェギアを守ってもらうのだもの。あなたも敬う人の一人よ」


 芯の強そうな薄茶の瞳がキアラを捉え、見慣れない感情を含んで離そうとしない。探るようではあるけれど悪意ある視線ではなかった。

 これはどういった類のものだろうかと、何かを問うような視線を向けられたキアラは、注いでもらった酒を口に運ぶこともできず、ユリンをじっと見つめ返すばかりだ。

 すると人一人分あけて隣に座っていたセオドリクが、キアラとユリンの間を裂くように自ら手にしたカップを差し出す。


「私には注いでくれないのかな?」

「あら、魔法使いって魔力なしが嫌いじゃなかったの?」

「私は優秀だから、彼女を厭うようなことはないのだよ」


 自慢するセオドリクは、再びカップを掲げて酌を要求する。

 ユリンはセオドリクをちらりと見ただけで、視線をキアラに固定したまま、上手に酒瓶を傾けてセオドリクのカップに酒を注ぐと、溢れる前に瓶を立てる。

 見ていないのに素晴らしい感覚だ。ラシードの侍女ともなると、酒の場でも粗相がないようで驚かされた。


「あなたも胡散臭い魔法使いに付き纏われて大変ね。ロルフ様が心配していたけど大丈夫なの?」


 ユリンはとても気の強そうな美人だ。歳はラシードと同じ二十四だが結婚はしていない。

 女性がこの年齢で未婚なのは珍しく、これだけ綺麗なのだから言い寄られてうんざりでもしているのだろうか。

 親しくない女性からこんな風に気安く話しかけられるなんて初めてで、気押されたキアラは瞳を瞬かせると両手でカップを握りしめた。

 するとセオドリクがまさに言い寄る男の勢いで身を寄せ、キアラが慌てて横にずれて接触を避ける始末だ。


「胡散臭いって、もしかしなくてもあの男が言ったのかな?」

「ロルフ様はそんな口の利き方はなさらないわ。胡散臭いはわたしの意見よ。素晴らしい経歴のわりに、これまで噂にもならなかったなんて、胡散臭い以外に例える言葉があるかしら?」

「胡散臭いじゃなくて、素晴らしい魔法使いでいいんだよ。大丈夫、私は君がこの世界にいる限り守り通すと決めているから」

「気持ち悪い言い方なさらないで」


 互いに満面の笑顔だが、ユリンの目は少しも笑っていない。

 ユリンは立ち上がると「それじゃあね」と言って、キアラにだけ手を振ると酌の勤めに戻って行った。

 セオドリクがその後に釣られて腰を上げるが、後ろにも目がついているのか、振り返ったユリンにきつく睨まれ再び腰を落ち着ける。

 どうやらユリンはセオドリクのことを嫌っているようだ。嫌っていないにしても、鬱陶しく思っているのかもしれない。

 好きな相手に厭われるのはとても辛いことだ。

 キアラは心配してセオドリクの様子を窺う。

 すると予想に反して、セオドリクは幸せそうに頬を染めていた。


「可愛いなぁ……」


 成程、セオドリクはきつい性格の女性が好みのようだ。

 セオドリクの見た目は魔法によって何処にでもいる平凡なものに変えられているが、実際には女神の如き輝く美貌を携えている。

 これだけの美貌を持っている人は、他人の美醜に拘りがないのかもしれない。

 何よりも美人のユリンに可愛いと呟きを漏らしているところなど、見た目ではなく内面を指摘しているのだと分かる呟きだ。

 セオドリクが自分の内面を好きになって欲しいと願っているのと同じく、人を見た目で判断しない心を持っているのだろう。


 セオドリクの恋が叶うかどうかはわからない。

 エルフが人間に恋をすると破滅を招くらしいが、その破滅に興味を持って、人に恋をするためにエルフの里を出たのはセオドリク自身だ。

 そのセオドリクは、恋しい人につれなくされてもとても幸せそうだ。

 自分とはまるで違うと、キアラはカップに口を付けると、慣れない酒を口に含んだ。





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