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宝物になる日  作者: momo
本編
16/95

便利は嫌い



 公爵邸では軍の全員が屋根のある場所で寝起きできるわけではない。ラシードと側仕え、侍女以外は野営になるのがこういう時の決まりだ。

 野営用のテントは魔法がかけられているので、紐を解けば勝手に開いて設営が終わるようにできている。しかしキアラは触れた途端に便利な魔法を無効にしてしまうので、骨組みを立て、布を開いてと、全て自分の手で行わなければならなかった。

 前もって誰かに設営してもらえばいいように思えるが、魔法によって強化されたテントはキアラが触れた途端に軟弱な状態に変わってしまう。骨組みも杭もしっかり処理しておかないと、風が吹いただけで壊れてしまうのだ。


「わたし一人でもできますから、セオドリクさんも自分のことをやって下さい」

  

 いつものことなので慣れているので、人の手を煩わせるほどでもない。

 遠慮するキアラだったが、セオドリクは平気だと膝をついてテントの設営を始めた。


「エルフ族はね、人間のように何でも魔法で便利に片付けることを厭うんだ」

「厭うって……どうしてですか?」


 紐を開くだけで寝床が一瞬で出来上がるのだ。膝をついて手を汚し、骨組みを立ててなどする必要がない。魔力がなく不便を感じているキアラは手元を止めずに、作業を続けるセオドリクに視線だけを向けた。


「時の流れが違うせいじゃないかな。魔法を使ってやってしまうと、すぐに終わってしまうだろう? それだと一瞬で楽しみがなくなってしまうからね。魔法に慣れてしまったら、汗をかいて喉を潤したり、冷たい水で手を洗ったりといった楽しさを忘れてしまうよ。だから僕たちエルフはお湯を沸かすのに薪を使うし、井戸にも魔法はかけてなくて、水を汲みあげるのには体力を使う。ああ、そうか。エルフ族の生活は魔力なしと同じなんだ。君はエルフの里でなら劣等感なしに生きていけるかもしれないね」


 骨組みを立てたセオドリクが空に布を放ると自然に風が起きる。

 キアラはその風に頬を撫でられながら、自分が感じている劣等感をセオドリクが払拭してしまうことに驚いて、ぽかんと口を開けていた。


 魔法を無効にしてしまう魔力なしは、戦場において特別な存在だ。

 剣や弓に槍といった物理的な攻撃が半分以上を占める中でも、魔法による攻撃はとても重要なものなのだ。

 物理的な武器に魔法を纏わせる者も多く、それらを無効にしてしまう魔力なしの存在は脅威でしかない。

 けれど魔力なしは極めて稀で、ヴァルヴェギアに五人の魔力なしが同時期に存在したことですら奇跡に等しい幸運だった。

 普通はいても一人、いないのが当然なのだ。


 だからこそ世界は魔力なしにとって生き難い。

 全ての物に魔力が込められ同化している世界で、井戸から楽に水を汲みあげる機能も、釜戸に薪を使わずに火を熾したり、風呂に水を汲みあげ湯を沸かすための仕掛けなどがあらゆる場所に施されている。

 けれどその全てが、魔力なしが触れてしまった途端に失われ、再び魔法使いの手によって魔法のかけ直しが行われるまで使用できなくなってしまうのだ。

 魔力なしなど厄介で面倒な存在以外の何物でもなく、キアラが生きられる場所は戦場以外にないのだ。


 それなのにセオドリクは何と言ったのか。

 彼が生まれ育った世界は、人では届かない高等な魔法が存在するのに、彼らが営む日常は、キアラが存在しても迷惑にならない、自らの労力で全てが補われている世界であると。

 水を汲んで疲れても、火を熾して煤が肌を汚しても、その先にある楽しみがあるから苦ではないと。その楽しみを忘れたくないから当然だと、当たり前のように言ったセオドリクに、キアラの視線は釘付けになった。作業の様子から手慣れているのが分かるので、キアラを慰めるための嘘ではない。

 唖然としているキアラにセオドリクが声をむける。


「ほら、ぼうっとしてないでそっちをしっかり結んで」

「あ、ごめんなさい。今すぐに!」


 慌てて返事をしたキアラは、しゃがんで布の端にある紐を骨組みに結び付ける。

 セオドリクはキアラを一瞥したが、特に何も言わずに手元に視線を戻して指を動かした。

 

 手伝いのお陰で何時もの半分以下の時間でテントが出来上がる。

 腰を上げたセオドリクは息を吐き出すと、額に滲んだ汗を袖で拭った。


「久し振りにやったけど、けっこう大変だね。君はいつもこれを一人でやっちゃうの?」

「手伝ってもらえる時もありますけど、大抵は一人で」


 魔法を使わない騎士の中には優しくしてくれる人も沢山いる。けれど彼らは必ず一定の距離を取ってキアラに接するので、もし万一にも彼らに触れて大切な守りの魔法を解除してしまってはいけないからと、断ることの方が多い。


「セオドリクさんのテントはどうしますか?」

「う~ん、そうだな。怪しまれるといけないから、普通に設置することにするよ」


 キアラの近くにテントを設置する輩はいない。

 辺りを見渡したセオドリクは広い場所があるにもかかわらず、その場にたたまれたテントを放り投げた。

 紐がほどけ、キアラのテントの真横に、セオドリクのテントが出来上がる。


「本当に便利ですよね」

「本当につまらないよね」


 一瞬で設営されたテントを前にして、それぞれが対照的な感想を述べると、視線を合わせて笑いを漏らした。





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