仲良し
西への道中には、ラシードが婚約している令嬢の父、テヘラゲート公爵が治める領地がある。
テヘラゲート公爵領は金剛石を算出する鉱山を有し、その財力は今後も王国の重要な一部として尊重されるものだ。
公爵にはパフェラデルという十八歳の娘が一人いるだけなので、ラシードが婿入りして公爵家を受け継ぐ予定になっており、ラシードと婚約者の顔合わせも兼ねて、一行がテヘラゲート公爵家に立ち寄ることはあらかじめ予定に組み込まれていた。
遠目から見てもパフェラデルはとても美しい娘だった。
金色に輝く髪に青い瞳のパフェラデルは、王族であるラシードの隣に立つに相応しい姿をしている。
二人を遠くから眺めていたキアラは、カイザーと並んだ自分自身を思い出してしまい、幾度目になるか分からない劣等感に襲われていた。
魔力なしは戦場で貴重な存在とされているが、世間では何の力もない食べるだけのごく潰しでしかない。
何をするにも手間のかかる役立たずで、キアラが必要とされ生きていける場所は、魔法によって攻撃を受ける危険な争いの場にしかなかった。
自軍のために盾となる。
それが魔力なしが国に飼われ続ける理由だ。
「王族ってのも大変なんだなぁ……」
ラシードと公爵たちが挨拶を交わす間、多くの騎士や魔法使いが膝をついて控えている。
その中で、キアラの隣で膝をついていたセオドリクが、誰に言うでもなく呟いた。
「急にどうしたの?」
離れているので聞こえないだろうが、もっと声を小さくしてと注意を促す意味を込めて、とても小さな声で聞き返す。
「う~ん。なんていうのか……騎士団長がね、恋してもいない婚約者にお世辞言っているのが気持ち悪くてさ」
「ちょっとセオドリクさん?」
なんてことを言うのだと、キアラは周囲を気にしながらセオドリクの口を閉じさせるため、手にした荷物でつついた。
運の良いことに公爵とラシードは、話を終えて屋敷に向かって歩きだしている。
見送った周囲が立ち上がるのに合わせて、キアラとセオドリクも地面から膝を離した。
「あの女に綺麗だってさ。お互い仮面で真実を隠して薄ら寒いよ」
「セオドリクさん止めて!」
セオドリクからすると正直に言葉にしているだけだが、キアラからすれば暴言だ。
「あの方はとても美しい女性で間違いないわ」
「キアラにはあれが綺麗に見えるの? 表面に仮面を貼りつけただけで、醜悪さしか感じないけど。そりゃ形だけなら綺麗な部類に入るかも知れないけどさ。あんな娘に比べたら、ユリンの方が何百倍も綺麗だよ」
「やめてやめて。誰かに聞かれたら本当にまずいです!」
人に聞かれて争いになったり罰を受けても困るので、キアラは必死にセオドリクの口を閉じさせようと試み、手にした荷物を彼の顔に押し当てた所で、背後から不意に声をかけられる。
「二人とも何をしているんだ?」
魔法使いと魔力なしの組み合わせは最悪だ。キアラ自身は何とも思っていなくても、魔法使いは自分にかけている魔法が解かれるのを恐れて近づこうとはしない。
そんな二人がじゃれ合っているように見えたのだろう。
野営のテントを抱えた騎士が不思議そうな顔で二人を見ていた。
「あ、ロルフ様……これは別になんでも」
慌てて荷物を抱え直して誤魔化すと、ロルフと呼ばれた騎士は、セオドリクを一瞥して二人に荷を差し出す。
「これは君たちの分だよ」
「どうもありがとうございます」
「どうも」
キアラは丁寧に礼を言い、セオドリクは真面目な顔を作って、少しばかりそっけない礼を述べる。それから二人は小さく丸められたテントを受け取った。
「珍しいね、キアラが誰かと一緒にいるなんて。道中も馬を並べていたけど、二人とも仲がいいの?」
「えっと……そうですね。知り合って間もないですが、仲は良いと思います」
どう答えるべきか迷ったが、同意してセオドリクの様子を窺うと満足そうに頷いていた。
あれだけ彼の恋話を聞いてあげているのだ、仲良しでいいだろうと思ったら、どうやら正解だったらしくてほっとする。と同時に、キアラに友達と呼べる存在は一人もいなかったので、仲良しだと認めて貰えてとても嬉しかった。
キアラの様子に「そう、良かったな」と目を細めたロルフは今年で二十九歳になる、戦場ではキアラの護衛を勤める騎士だ。
キアラが護身術を身に着けていても、最前線で射られた矢や、向けられる剣を凌いで生き残るには無理がある。
ロルフとは先の戦いでラシードの部隊に入った時からの付き合いで、今後もキアラの護衛として側にいることが決められていた。
「君はセオドリク=キルヒだね。直接話をするのは初めてとなるが、私はロルフ=ハウンゼル。普段はラシード様に仕えているが、彼女の護衛騎士にも選ばれている。どうぞ宜しく」
「こちらこそ宜しく。護衛騎士ってことは魔法が使えないのですね」
魔法使いとまではいかなくても、騎士で魔法が使える者は数多く存在する。そのような者は、魔力なしの側にいると魔法が使えなくなる危険があるので、キアラの護衛には選ばれない。
「残念ながら全く使えないよ。こんなことならいっそ魔力なしであればと思うのは失礼かな?」
戦場において日常生活に必要な魔力は不必要だ。それならいっそ魔力がなく、魔法による攻撃に影響されない体が欲しかったと告げるロルフに、少しも失礼ではないとキアラは首を振った。
「ラシード様も同じようなことを仰っていました」
「あの方は剣に嵌っているからね。争いを好むわけではないが、戦場で生きる道を見つけてしまったのだから、そう思うのも仕方がないのかもしれない」
「ハウンゼル殿も騎士団長と同じようなものでは?」
「私は妻と子のために生きて帰りたいからそう思うのだよ。けれどあの方は戦場で生きるためにそれを望む。同じようだけれど違うものだ」
よく分からないとでも言うかに、セオドリクは首を傾げ、ロルフは小さく笑うにとどめた。
「ところでセオドリク、君は彼女の側にいても平気なのかい?」
「私はそこいらの魔法使いと違って、高額で雇われるほど優秀なのです。調査書を確認してはおりませんか?」
「初めて外部から受け入れた魔法使いだからね、失礼だけど私も目を通させてもらった。特に問題はないし、疑っている訳ではないから気を悪くしないでくれ。ただ、彼女と仲良くしている魔法使いは初めてだから驚いているんだ」
魔力なしのすぐ側で行動して、もしもがあった時に対応しきれるのか。魔力なしの側では、大事な場面で己の力を削ぐ危険もある。
「たとえ優秀であっても、外部の人間である君を軍の魔法使いたちは認めていない節がある。不用意なことが起きて国境に辿りつく前に、君の力が削がれるのは避けたいのたが大丈夫だろうか?」
仲良くしていることに問題はないが、咄嗟に攻撃を受けるということもある。
それが外部の人間を良く思わない、内部の人間による可能性もあるのだ。
仲間内での問題は避けたいので、優秀なら自分の身はきっちり守り抜けとの意味を込めてロルフは問うていた。
不用意にキアラに触れて、力が失われた所を狙われないとも限らない。
十分気を付けるように注意を促す意味での忠告だったが、ロルフの言葉をセオドリクは笑って払いのけた。
「確かに魔力なしと知らずに接触したら影響があるでしょうけど、私は既に彼女を知っています。直接触れなければ私の魔力や行使する魔法に影響は皆無ですよ。魔力なしだからと、嫌厭して会話することもできない間抜けとは違うのです」
セオドリクはにこやかに微笑みながら、暗に軍の魔法使いは腰抜けだと語っている。
薬と同じで毒になるか良薬になるかは扱い方次第だ。人間がどうしてそれが理解できないのかと、セオドリクは不思議でならないらしい。
こういう考え方はキアラにとって有り難いものだが、ロルフの前で堂々と口にされるのは落ち着かなかった。
「報酬分……いえ、それ以上の働きをして名を馳せて見せますから、どうぞ楽しみにして下さい」
そうしてユリンの心を射止めるのだと煌めく瑠璃色の瞳が語っていたが、事情を知らないロルフはセオドリクの表情から真意を測りかねて眉を寄せていた。
嫌味を言っているのかと思えば好意的な表情。瞬きの間に変わる様に様子が掴めず、ロルフは戸惑っているようだが、笑顔のセオドリクからキアラに視線を移した。
「テントを張るのを手伝おう」
「それなら私が。ロルフ殿はお忙しいでしょうから、どうぞ騎士団長の側に戻って下さい」
魔法が使えない女性一人ではテントを張るのは大変だ。気を利かせたロルフに、キアラではなくセオドリクが返事をした。
「君は自分の分もあるだろう?」
「私は彼女と仲が良いのですから当然のことですよ?」
セオドリクは当然とばかりに答える。それならとロルフは食い下がることなく、自身の仕事に戻って行った。