恋するエルフ
セオドリクは大切なものに触れるように、男性ではあるが繊細で美しい両の手を胸に当て、それはそれは幸せそうに美しく微笑んだ。
「僕が大人になる前に長老が教えてくれたんだよ。人とエルフの寿命は異なる、だから不用意に真実の恋を人にしてはいけない、愛してはいけないと。真実に愛する大切な存在を失えば、我々エルフは悲しみで己の命を潰してしまうから気を付けなさい――とね」
エルフにとっての長老は王様のような存在だが、人の世界とは異なってエルフを支配する権力者ではない。長い時を生き、あらゆる知識と知恵をもっているから敬うべきと認識されている。エルフの世界は、人の世界と異なり、権力者というものがなく、長老も一族を支配しているわけではないのだ。
エルフは年上を敬いはするが個人主義で、誰かの下で命令に従う種族ではない。
世界のどこかに隠されているエルフの里で生きるエルフたちは、自分達を大切にしているから里の外に出ることは滅多いないとされている。それでも成人したエルフが自ら望んで里を出るのを止める者はいない。
「エルフの里は美しくて平和だけど、長い時を生きるには退屈でね。君達が知るように、ほとんどのエルフは里を出ることはないけど、僕は長老の言葉を聞いてから人の世界に興味を抱いた。だけど踏み込んだ人の世界は欲にまみれて、騒がしくて面倒だった。大したものじゃないと見切りをつけて里に戻ろうとしたときにね、フェルラって名前の、赤毛の可愛い女性に出会って恋に落ちたんだ」
「ユリンさんじゃないんですか?」
ラシードの侍女をしているユリンに恋をしたのではなかったのか。
キアラの問いに、セオドリクは少し恥ずかしそうに頬を染めた。
「初めはフェルラに恋したんだ。だけどフェルラは僕にとって真実の恋じゃなかったみたい。エルフだってのを理由に彼女に振られて悲しかったけど、死ぬほどじゃなかったからね」
エルフと人間の恋は稀に存在する。美しいエルフと人間の恋。人と異なりエルフの寿命は人の十倍といわれ、果てしなく長いので、余程のことがなければ先に死ぬのは人間だ。
人とエルフの恋において、エルフが男性で人が女性の組み合わせは特に珍しい。
エルフは容姿に拘りがないのだが、人の方が重要視してしまう。特に人間の女が美しいエルフの隣に並ぶのは勇気が必要だ。
人間が男なら、美しいエルフの妻を得ることに積極的になるが、女性の場合は、同性をも惹きつける美貌を有したエルフの男性に、とても強い劣等感を抱いて拒絶してしまうのが常だった。
セオドリクは本来の姿でフェルラの前に姿を現してしまったせいで、美しすぎるエルフの相手は無理だと辞退されてしまったのである。
「フェルラにふられた僕は、僕自身を愛してくれる人を求めるようになった。けれどそんな相手はエルフの世界でもすぐに得られるものじゃない。だって僕らは自分にしか興味がないからね。そのせいでエルフは絶滅するって言われているけど、まぁ僕にとっては種族の消滅なんて真実の愛に比べたら小さな問題だよ」
それよりも大切なのはユリンだと、セオドリクは胸に手を当て悩ましい吐息を吐いた。
「フェルラに振られた衝撃から立ち直るのに七十年くらい必要だったけど、お陰でユリンに出会うことができた。里に引き籠っていたけど、涙が止まってからしばらくすると、フェルラはどうしているだろうかと気になって彼女を訪ねたんだ。そこにフェルラにそっくりなユリンがいて、これこそが運命の出会いだと思ったよ。彼女が僕の女神、唯一の伴侶だとここが教えてくれんだ」
そう言ってセオドリクは両手で胸をぽんぽんと叩く。
「運命の出会い?」
首を傾げたキアラに、セオドリクが「そう、運命」だと宣言し満面の笑みを向ける。
「よろしくセオドリクさんって、彼女が若い頃のフェルラと同じ笑顔で僕に手を差し伸べたんだよ!」
フェルラはユリンの曾祖母だ。血の繋がりがあるので顔や髪の色が似ていてもおかしくないが、セオドリクはそれを運命だと言って大変盛り上がっている。
黙って聞いていたラシードは眉を寄せて疑問を口にした。
「エルフの姿でか?」
ユリンの母親であり、ラシードの乳母である女性は既に亡き人だ。フェルラは百歳近い高齢で、ラシードとは交流がない。それでもユリンはラシードと同じ年齢なので、エルフに会っていたなら報告くらいするだろう。
魔法を使ってユリンを操っているのではと疑念を抱いたラシードだが、セオドリクは気にもせず自慢げに答えた。
「同じ過ちは踏まない、ユリンは僕がエルフだと知らないよ。僕はちゃんと幻術でこれと同じように姿を変えていたからね。悲しい事実だけど、フェルラは僕の事は忘れてしまっていた。でもフェルラが生きていて嬉しかったし、ユリンとも出会えた。ユリンの愛を得るためなら何だってするよ。平凡な人間の姿で功績をあげて、ユリンに惚れて貰えれば完璧だ。エルフの姿を曝すのは惚れてもらった後にするべきだと、フェルラとの件で学んだのだよ」
どうだい、完璧だろうと誇らしげなセオドリクに、キアラとラシードは無言のまま見つめ合う。
ラシードやキアラが様々な問題を抱えているのと異なり、セオドリクを支配しているのはユリンへの恋情だけのようだ。