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#1 光彩

秋の日差しが教室に差し込んでいる。先生が黒板に文字を書く硬い音を流しながら、櫻田薫は板書を取っていた。

星花女子学園中等部に入学してからはや2年。もう何ヶ月か経てば3年にもなるというのに、この教室には感慨も焦燥もない。このままこれまでを続ければ半自動的に高等部に進学して高校生になれるのだから、当然といえば当然だ。

「ではこの問題を……櫻田さん、解いてくれる?」

「はい」

昨日しっかり予習しているので、特に苦労することもなく数式を黒板に書き加える。ちょっと応用を効かせれば見た目ほど難しい問題ではない。

「さすが櫻田さんね。正解よ」

「ありがとうございます。先生」

口角をあげて軽く会釈し、自分の席に戻る。

先生はさすがと言うけれど、自分ではその感覚がいまひとつわからない。予習と復習をすること。ドリルやワークを解くこと。そんなのは当然のことであり、それができてさえいればあんな問題は誰にでも解けるはずだ。

私は歌が上手な訳でも、絵が上手な訳でもない。テストの点がいいのは何週間も前からしっかり対策しているからだし、本をたくさん読むのもスマホやゲーム機を持っていないからでしかない。

自分にできることは、誰にだってできることだ。なにかひとつくらい、誰がどうやったって自分にしかないものがあればいいのに。


日が落ちるのも随分早くなった。放課後、1度帰ってから参考書をいくらか見ていただけなのにもう街灯に明かりがついている。あといくらか経てば空は真っ暗になってしまうだろう。

(早く帰らないと)

寄り道しようと思っていたコンビニを諦め、薫は自宅の方へと足を進めた。



それは、運命のように視線をさらった。



「五……刻……堂……?」

普段なら目に止めることもなく通り過ぎる商店街の一角にあるアンティークショップだ。

シンプルながらセンスのいい看板が、今日はやけに気になる。

これが胸騒ぎというやつなのかもしれない。

第六感がなにかを感じ取って自宅に帰るための足を止めてしまう。

そんな魔法の看板にどれほどの間見入ってしまっていただろうか。

数秒が数時間にも感じられるような不思議な静寂を破ったのは女の子の声だった。

「あなた、私のホームになにか用かしら?」

コロコロしたかわいい声に振り返ると、目を引くクリーム色の髪を肩まで伸ばし、薫と同じ学年であることを示す校章をつけた制服を身につけた女の子が立っている。

緋色の夕焼けをバックにきょとんと首を傾げるその姿は凄絶なまでに美しく、薫は目を奪われてしまった。

「っ……!」

「ん?」

「ご、ごめんなさい!」

挙動不審になっているのを自覚しながら薫は自宅の方向へ走った。


家にたどり着くまでの記憶がない。気がついたら薫は部屋の中で息を切らしていた。

心臓が稀に見るスピードで全身に血を巡らせている。

(乖離……って、本当にあるんだ……)

少しだけ理性が戻ってきた頭の中であの光景が浮かぶ。

「……綺麗だったなぁ」

思わず口に出して呟く。いつもと同じ商店街の景色。なのにあの瞬間はまるで物語の舞台のように緻密で繊細な輝きを放っていたようだった。

体がかつてないほど疲れているのでフラフラとベッドの上に横になる。深呼吸を繰り返して、ようやく呼吸だけは平常運転に戻った頃ノックもせずにドアが開き、姉、櫻田茜が顔を出した。

「薫~。あたしのコンシーラー知らない?」

「知ってる訳ないでしょ、お姉ちゃん。私はお化粧しないんだし」

「お化粧しないでそんなにかわいいのって反則だよねぇ」

そう言って茜は無遠慮に部屋に入ってきて勝手に椅子に座る。高校卒業と同時に染めたけばけばしい茶髪やピアスがこの姉の性格を代弁するるようだ。

「ていうか薫、どしたの?薫がただいまも言わないで走ってくなんて初めて見たんだけど」

「ほっといてよ。疲れてるの」

掛け布団を引っ張って顔を背ける。今は1人でいたいのだ。

「ふ~ん。薫も遂に恋しちゃったか」

「そんな訳ないでしょ。お姉ちゃんじゃあるまいし。今何人目だっけ?」

「4……いや5人目だね」

「なんでちょっと間が空くのよ……」

そんな人の言う恋なんて、どうせちょっと相手に好意的な印象を持っているだけの、友情ですらない軽い感情のことだろう。そう、まさに今日出会ったばかりのあの女の子に対しての感情よりも、ずっと軽い。

「いや~薫もついに初恋か~。青春だねぇ~」

「違うって言ってるじゃん。出ってってよ。うるさいから」

ベッドから降りて半ば無理矢理茜の背中を押す。まったくこの姉はいつも私の体力と集中力を奪いに来る。大学生は暇人なのか。

いやいやと言われながらも抵抗されることもなく茜を追い出した薫は、再びベッドに横になってから思考の渦の中にゆっくりと沈んでいった。

(……恋とか……そんな訳ないじゃん)

その証拠を探すうち、薫は微睡みに落ちていった。





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