魔法で飛ぶなんて死んでも御免です
ーー某月某日、黄泉霧高校「科学準備室」
「玉城君。私、ビートを刻みたいの」
「急に何ですか姉さん。あとパンツ見えてますよ」
『ムーッ! ムーッ!』
「玉城君、誰が嗅いでいいって言った?」
「言ってねえよ! 湧いてんのか!?」
いつものようにいつもの姿勢でグダってたら姉さんがぶっ込んできた。
マジで何言ってるんだこの人。本当に壊れちまったのか?
「玉城君、これはね、異世界に行くための儀式なのよ」
「要ります? それ?」
「当たり前よ、和田がハンバーガー食べてる時に突然アフロになったら困るじゃない」
「和田のさじ加減だろ! ていうか和田って誰だよ!」
ああ、でも安心した。いつもの馬鹿な姉さんがそこに居たわ。
ちなみに例の箱は俺達が来るなり『なんちゃら王国』が云々抜かし始めたから、姉さんがガムテープでぐるぐる巻にして放置してある。
なんか呻ってるのはそれだ。
箱よ、そういうのはこっちから聞いてから喋るもんだぜ、聞かねーけど。
「ところで玉城君」
「なんですか?」
「ビートを刻むって何?」
「ググってから喋れ!」
ちょっと引いちゃったわ。もうなんなのこの人! 意味わかんねーな!
「それより姉さん、異世界どうします?」
「玉城君に任せるわ」
チラッと箱を見たら、ぷるぷる震えながらこっちを見ていた。うん、ちょっと可哀想かな。
しゃあない、助けてやるか。
ーービリビリ!
『ふぅ、ようやく解放されたわい、と言う訳行くぞ!』
ーーバコン! ヒュルルルルルルル
ーーぐぎゃ
ーーすちゃ
相変わらず着地に失敗した俺。しかしさすが運動神経だけは良い姉さんだ。綺麗な着地で例の草原へ降り立った。
「玉城君、3回目よ。いい加減慣れなさい」
『だらしないのぉ! 玉城よ!』
ほーん、うん、OK。箱よ! 後で殺すね♪
「おい箱、魔王とやらは何処にいるんだ?」
「箱に答えられるかしら」
『では説明するぞ、この大陸は7つの地方で成り立っておる、それぞれの地方に魔王が配置した邪神を倒し、オーブを手に入れるのじゃ!』
うわぁ、心臓からゴトラタン出ちゃうぐらいテンプレだなこりゃ。よくこんなもん作るわ。設定スッカスカだな、バードなんちゃらのおせちかよ。
ってあれ? 姉さん?
「玉城君、見て。あまりのテンプレ警報に蕁麻疹が出てきたわ」
「あ、あぁっと……そうっすね」
やばい、姉さんは本当に馬鹿だ。
姉さん、それは蕁麻疹じゃなくて鳥肌だ。
まぁ『ビートを刻む』が分かんないくらいだし、いいか。
「ところで、何で邪神のオーブが必要なんだ?」
「箱さん。簡潔に説明なさい」
『邪神を倒した時のオーブが魔王城に入る鍵となるからじゃ』
「おいめんどくせぇぞ箱! どうにかしろ!」
「魔王はどうやってコンビニに行くのかしら?」
ちょっと姉さんは黙ってて欲しいなー。色々やりづらいなー。
『どうしてもじゃ! そのオーブが魔王の弱点ともなるから、お主らにも好都合じゃろ』
うーん、さっきから話に出てくるオーブってのがやけに引っ掛かるなぁ。
「まぁとりあえず分かったよ。で、この地方のオーブは何処の誰が持ってるんだ?」
『1つ目のギガントじゃ! 強敵じゃぞ!』
…………
……
…
俺と姉さんはお互いを見つめ合う。
お、良かったぁ、姉さんも同じ気持ちみたいだ。
では1句。
言ってやるゥゥゥゥ
俺と姉さんは最強のチートだァァァァァァ
受けてやるゥゥゥ
ごめんなさいしてやるうゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
ごめん! ごめん ごめん! ごめん!
ごめん ごめん ごめん ごめん ごめん ごめん ごめん
ごめんなさいと言うぞォォ~~っ
「「ごめん。オーブ失くした」」
俺と姉さんは素直に謝罪した。素謝である。
そして、その後滅茶苦茶怒られた。
だってしょうがないじゃないか。人間だもの。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「姉さん! お城見えましたよ!」
「玉城君、あなたに見えるなら私にも見えるわ」
俺達はとりあえず姉さんがホームランを打った方向へあるき出した。
飛んでいった方が早いのは分かってるんだ。でもほら、魔法使いが魔法使わない至上主義だし。
もうこれはしゃあないよね。
しばらく『チート徒歩』という新技で進んでいると一本の大きな木が見えてきた。
その木から進行方向を見ると、まぁテンプレなお城が佇んでいる。
左側と右側にも轍はあり、左側はなんか森、で右側はこの前薄っすら見えた街っぽい所に繋がってる気がする。
せっかくなので俺と姉さんはその大きな木の枝に腰掛け、高い位置で一休みしている。
箱は女々しかったから姉さんのアイテムボックスに投げ入れた。グッジョブ姉さん。
「道中の敵を見る限り、やっぱり俺たち結構なチートみたいっすね」
「そうね。スイングする前に吹っ飛んでしまうものね」
実は結構道中でモンスターは出ていた。
そして、姉さんはギガントを一撃で撲殺するレベルの魔法使いなためか、振りかぶるだけで逃げるか蒸発してしまうのだ。これはちょっと次元が違いますね。
「結構動いたんで、ちょっとお腹空きましたね」
「………」
あれ? あのクソ寂しがり屋が俺を無視するだと?
いい度胸じゃねえか。
あ、姉さんハンバーガー食ってやがるッ!
クソッ俺のは? ねぇ俺のは?
「姉さん一口くださ……」
「あげないわよ。今日のお昼だもの」
「あー、めっちゃいい匂いっすね。美味いすか?」
「幸せの繰り返しよ玉城君」
「照り焼き?」
「照りダブチーズマヨ」
出てくる単語全部美味そうじゃねえか! 糖尿になれ!
つかさっきのハンバーガーの件はこの振りか!
やられたぜ姉さん!
その時、お城から女の子がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
そして、その後ろから騎士団みたいな連中が女の子を追っているように見えた。穏やかじゃねえな。
「姉さん、あれって」
「ええ、妖怪『テンプレ追われ』ね」
「見過ごすのはちょっと気分悪いですよね」
「玉城君、信条と薄情は違うわ」
姉さんが! あの馬鹿な姉さんが、
なんかうまいこと言った! すげーこれが異世界パワーなのか!
ただ、ちょっと距離があるな。
砂煙舞うチート徒歩だと無理かもなぁ
「玉城君、ちょっと降りて。私に考えがあるわ」
「考え? 馬鹿なのに?」
皮肉ると同時に俺と姉さんは既に木から降りている。もうそういう仲としか言いようがないんだなこれが。
「玉城君、力を抜いてお尻をこっちに向けて」
「え? こうですか?」
言われた通りにする。姉さんは俺のお尻のやや後ろに立った。あーこれはあれですね。
そっかぁ! やるってのか! 頑張れ俺!
「いい姿勢よ玉城君。じゃあいくわね」
「や、やさしくね! 姉さんやさしく頼むよ!」
「玉城君の防御力であそこまで飛ばすのよ? 寝ぼけないで頂戴」
「えええい、もう分かりましたよ! ガツンとおなしゃすッ!」
耐えろ俺! これは人助けだ! そういうプレイじゃない!
姉さんは大きく息を吐き出す。
「行ってらっしゃい……『ビシエド』ッ!」
ーーーパコーーーーーン! うわいてぇああああああああ!!!
グッバイ俺のアナル。今夜は寝かさないぜッ!