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08 多分これが一番早いと思います



『8万500ポッチ……依頼より素材売却の方が圧倒的に美味いじゃないか!』


 翌日、素材買取カウンターのマリー(仮)から買取額を聞いた俺は唖然とした。

 依頼より圧倒的に素材売却の報酬の方が高かったのだ。

 あのめちゃくちゃ苦労したヒーリングハーブ探しとは何だったのか……くそぉ……。


(黄石級は最低ランクの冒険者、そしてハンドブックには最低ランクの依頼をどのように攻略するかについて事細かに書かれている)

(つまり、誰にでも出来る仕事だった訳で、狼の素材回収より圧倒的に低く見られているんだ)

(だけど、素材回収の売却益はギルドへの貢献度に反映されない。より旨味のある依頼はランクを上げなければ受ける事が出来ない。今の俺には信頼が無いのだから)


 どうしたものか。

 お金を優先するか、ギルドへの貢献度を優先するか。

 両方やれればいいが、そんな都合のいい方法はあるのか。


(こう考えると討伐依頼は破格なんだよな、獲物を持ち帰る手段さえあれば貢献度と素材売却の両取りが容易に可能なんだ)

(一刻も早く討伐形の依頼が出る上のランクを目指さないとジリ貧だな、黄石でくすぶってる期間が長ければ長いほど機会損失が増す)


 黄石を脱する、それが栄光への最短ルートだ。

 ではどうやってひとつ上のランクへ上がるか?ランク昇格の条件を見てみよう。


 ・黄石級から青石級への昇格には十種以上の依頼を合計で五十回こなす必要がある。

 ・上記の条件を満たした後で冒険者ギルド受付にて昇格試験を申し込み、合格する事によって青石級への昇格となる。


 最初の等級ということでそこまで難しい内容じゃない。

 今の自分は二種の依頼をこなし、合計二回達成している。あと八種類の依頼と四十八回の達成が必要だ。



 十種類で五十回という事は同じ依頼を何度も受けて達成以来数を稼いでも良いと言う事だ。

 そもそも黄石級で受けれる依頼自体がとても少ないので、これは当然の措置だ。



 ──となったら、やる事は決まってるよなあ?



 俺はハンドブックを手に早速作戦を実行する為の下準備を始めるのだった。



◆◆◆◆◆



 それから六日後、俺は久々に冒険者ギルドへ訪れた。

 靴や外套は魔法で血糊こそ落とされているものの、枝葉や藪の洗礼を受けてくたびれきっている。

 神聖な霊気に満ちたギルドホールのドレスコードを完全に無視したいでたちだ。

 周囲の冒険者があまりにみすぼらしい俺の格好にザワつき始める。


『依頼の報告だ』

「えー……はい、エンブレムをお預かりしますね」


 よく見てみれば、以前俺の依頼報告を担当してくれていた受付嬢かな。

 彼女は以前とは全く違う変わり果てた俺の身姿に戸惑っている様子だ。


 俺は胸からギルドエンブレムを外し、カウンター上のトレーにそっと大事に置いた。

 受付嬢は以前と同じ様にエンブレムを銀色の杯に入れ、目を閉じ二言三言呟くと口を結び静止した。

 恐らくは俺のここ六日間の様子を見ているのだろう、最初は結ばれていた口が半開きになり、プルプルと震えだした。


「なんて……」


 目を開けるとその瞳はぎらぎらと輝きだす。

 怒っているんだろうな、怒っていいと思う。

 でもそれは……ルール違反では無いんだよなあ。


「なんて事してくれるんですかあああああああああああああ」


 ギルドホールに受付嬢の声が響き渡った。


「確かに、ハンドブックを参考に依頼を受ける際にどれぐらい(・・・・・)採取してよいかについて言及されてはいません」


 ギロッと俺の方を睨みつけながら彼女の説教は続く。


「ですが……で・す・がっ!!ハンドブックに載っている採取依頼対象の群生地は黄石級冒険者全員で共有している物です!!ひとりの冒険者が根こそぎ採取していったら他の黄石級が依頼を達成できないじゃないですか!だからこそ……依頼では、本来もっと必要な場合でも環境を壊さない程度の数しか依頼していないのに!」

『環境っていうのは日々変わるもんだ、そんなに保護したいなら畑でも作るんだな』

「よくもいけしゃあしゃあとそんな事言えますねえ!!」


 普段のクールな様は何処へ行ったのか。

 完全に怒り狂い顔を真っ赤にしている受付嬢、それに対して俺は冷静だった、完全に想定内のリアクションだったからだ。


 わざわざ、ご丁寧に自分達の出した依頼の達成方法を書き連ねているハンドブックを配布してまで黄石級の冒険者をここのギルドは保護しているのだ。途中で冒険者としての道を諦めないように、丁寧丁寧丁寧にその後の冒険者としての活動に必要な気付きを与えるような依頼を与えて。



 でもそれって、すっごく退屈なんだよな。

 過保護過ぎて、どうしようもなくつまらないんだよ。


 試行錯誤する訳でもなく、自分で調べ行動する訳でもない。

 導いている側は達成感に満ちているかもしれないけれど、やられている側からすれば与えられるだけで、やらされている感が半端ないんだよ。



 だから、申し訳ないけど、後輩君や同ランクの人間には悪いけど一抜けさせて貰う。


 数少ない依頼の中から、ハンドブックに載っている群生地に本当に(・・・)群生している薬草を根こそぎ引き抜いてきた。恐らくは、与えられた情報が正しいとは限らないって事を教える為に、いくつかの薬草は群生地として示されてるポイントには全然生えてなかったりするんだよな。俺は地図と実情が重なってるモノを根こそぎ刈り取ってきたのだ。


 品質はさほど重要じゃない、達成出来れば良い。

 十種の依頼達成と五十回依頼達成っていうハードルさえ越えてしまえば報酬金などどうでもいい。こんな所でぐだぐだ品質を気にして採取する時間が完全に無駄だ。無駄を切り捨て誰よりも早く、何よりも早く。


 ドレッドノートにも別行動で採取をさせる方法でこの戦いは更に加速した、あいつは素晴らしいサーモンだ。「もうやだ……草をちぎりたくない、もうちぎりたくないのよ」とか聞こえた気がするが気のせいだ。


『薬草採取系を八種類の達成、そのうち「ねこのひげ」の採取を二十八回と「マナハーブ」を三十五回……ちょっとだけ取り過ぎたか、でも青石級への昇格試験への条件は満たしているだろう』

「……」


 カウンターに丁寧に小分けにした薬草を並べていく。

 鬼神のような形相で荒々しく採取していたが、改めて見てみれば想定していたほど酷い有様でもないな。店売りされていても問題ない程度の見た目だ。


 やがて陳列された薬草で溢れかえるカウンター。

 さりげなく隣の席の受付嬢の領域を侵害していて睨まれる。


 受付嬢は何も言わずにその内容を検めだした。

 あまりにも数が多いため気を利かせた他のギルド職員が助勢に入る。


 そして、何度も何度も確認した後にようやくその重い口を開いた。


「……いいでしょう、確かに指定数の薬草がありますね。報酬は42万ポッチになりますね」


 トレーの上に銀貨が四十二枚置かれ、こちらにススッと渡される。

 俺はその硬貨を見て思わず頬が緩んでしまう。金だ、目標金額の半分近くにも及ぶ金。

 宿屋を出てキャンプしながら森を駆けずり回った甲斐もあったってもんだぜ!


「バルさんは青石級への昇格試験へ参加する資格を得た訳ですが、いつ頃挑戦されますか?」


 そんなのもちろん。


『今だ、今すぐにだ。とはいえ青石級への昇格試験は試験官との立会いだ』


 青石級への昇格は冒険者ギルドの試験官と戦いその実力を示さなければいけない。

 勝たなくても「青石級でやっていける実力がある」と認めてもらえれば問題ないようだ。


『冒険者ギルド側の都合もあるだろう、最速で受けれるタイミングで試験を受けさせてくれ』

「それなら待つ必要は無いぜ、俺が見てやるよ」


 コツコツと靴を踏み鳴らしながら、ド派手な白銀のマントをたなびかせた男がこちらへやってくる。

 蜂蜜色の長髪に優男のような面構え、しかしその顔に似合わぬ歴戦の傷跡が残る鎧と身の丈ほどもある大剣が、只者ではない雰囲気を醸し出している。


「いえ、あの……彼は黄石級ですから、ガバーム様が相手では実力を見る前に終わってしまいますよ!?」

「……いいや、大丈夫だろう」


 静止する受付嬢を無視して優男は俺を見つめて来る。

 残念ながらそういう趣味は無いので遠慮したいんだが。


「この男は只者じゃない、普通の黄石級とは思わない事だ。俺が相手をするに値する男だろう」

「──分かりました、ガバーム様がそう仰られるならお任せ致します」


 受付嬢が憂いを秘めた目で俺を見つめて来る。



 俺が勝つなんて、試験をパスするなんて微塵も思ってない顔だな、おい。



 馬鹿にするのも大概にしろよ。

 まだ、始まってすらいないのにそんな顔するんじゃねえ。



『話はついたか?』

「ああ、すまない、待たせたな。こっちだ、ついて来い」


 俺は黙ってガバームの後へ続いた。

 ガバームは全然悪くない、むしろ自分から進み出て試験官を務めてくれるいい奴だ。


 でも、超個人的に気に食わないんだよな。

 発言の端々で、さり気ない態度で見下してくるタイプって言えばいいのだろうか。


 そして何よりあの受付嬢の目。

 別にあの女も意識してああいう態度を取った訳じゃないんだろう。咄嗟にそういう風な目で見てしまったんだろう。言ってしまえば素な訳だ。



 余計気に入らないわ。



 ガバームに恨みは無いが必ず倒す。

 青石級に気分良く上がる為に完膚なきまでに倒す。

 俺は強く強く決心した。


「ここいらでいいか」


 しばらく、ガバームに連れられて俺は練兵所のような空き地に連れてこられた。

 周囲を冒険者ギルドの施設に囲まれているから中庭か。

 魔法か矢の練習でもするのか、的や弓が置かれ、木剣なども吊るしてある。

 広さは迷宮内の小部屋4つ分ぐらいか、剣や魔法を使っても問題ない広さだ。

 地面は踏み固められた土、今まで多くの冒険者がここを訪れ、その腕を磨いたのだろう。

 中庭のあちこちに鍛錬の痕跡が見て取れる。


「好きなタイミングで打って来い、お前が向かってきたら試合開始だ」

『それは、瞳石に誓って……ですか?』


 この世界の冒険者にとってギルドエンブレムに嵌っている瞳石は特別なものだ。

 誓いを立てる時には瞳石に誓う。


「いいだろう、瞳石に誓ってやる」

『分かった』


 俺は魔力を練り上げ始める、奴を一撃で倒せるように入念に。

 ガバームは俺がまだかかってこないので手を出さないし出せない。

 そのうちに準備を整えるのだ。


「お前、そのナリで魔法使いだったのかよ……」


 剣士であるガバームですら魔力に気付いたようだ。

 俺は魔力を一切隠蔽して無い、いや、出来ないから当然かもしれないけど。


『行くぞ』


 ガバームが改めて剣を握り締める。


 その顔に緊張が浮かんでいるのが分かる。

 剣同士ならともかく魔法も剣も使う相手とはあまり戦った事が無いんだろう。


 それも、慢心から魔法使いに魔力を練る隙すら与えてしまった。


 圧倒的不利をきちんと理解しているんだ。

 冒険者ギルドの階級が高かろうが低かろうが、それだけで強さが変動する訳じゃない。

 火力・射程・状態変化。千変万化な魔法に対応すべく気を巡らせているに違いない。


『超余裕だったわ』


 ガバームの両足が内側(・・)から爆ぜた。

 <炸裂>の魔法をガバームの体内を指定して発動させたからだ。


 本来は人や魔物の体内を指定して発動する炸裂は強力だが決まり辛い魔法だ。

 当然だろう、座標指定の魔法って言うのは呪文が成立する前に相手が少し動けば失敗してしまう。

 視線の通らない場所を指定して魔法を発動するには独特のセンスが必要で、通常の遭遇戦では偏差や追い込む形で当てるなどの一工夫が必要。


 ──でも棒立ちの人間になら当然超余裕で仕込める。ガバームの敗北は必然だった。


「う、うああああああああああ」


 炸裂で吹き飛んだ両足の痛みに悶え苦しむガバーム。

 地面を転がり、唸りながら必死に足を押さえている。

 このままでは、試験の合否なんてとてもじゃないが聞けないな。


 仕方ない。


『慈悲深き我らが主よ、神敵に立ち向かいし英雄へ、施しの光をお与え下さい』


 祈りを捧げ、奇跡を(こいねが)う。

 例え別世界へ旅立とうとも、神の慈悲は届くようだ。

 俺の体内を巡る聖気に応え奇跡が地上へ顕現する。


『<揺り戻し(リカバリー)>』


 まるで時間が撒き戻るかのように、ガバームの足が、血や骨が、正常な状態に戻っていく。

 それは魔法では実現困難な奇妙な挙動で、俺にとってはとても見慣れた動きでもあった。


『大丈夫か?』


 俺がガバームに話しかけると。


 ガバームは俺に向かって剣を振り上げた。

 恐らくは「まだ試験は終ってないぞ」とか言いたかったんだろう。


 残念ながら予測済みだ、俺なら同じ事を絶対やるから、簡単に予想する事が出来た。

 その剣速の速さと鋭さは想定外だったが相手は足がくっついたばかり、完全な状態なら見事に切られていたな。こいつも結構性格が悪い、俺の方が更に悪いけど。


「はあ、今のを避けるのかよ。もういいよ、お前の勝ちで」

『ちゃんと試験合格って宣言してください』

「合格だよ合格、そんな心配しなくたってここまでやられて不合格なんて言えるわけないだろう?」


 まだ青褪めた表情のガバームは、もううんざりっていう表情でそう答えた。

 

 こうして、紆余曲折ありながらも、俺は青石級へ至るのだった。

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