07 素材買取
フロンテラに着いた頃にはすっかり陽が落ちていた。
夜空を照らす星々に負けないぐらい、都の中は活気と光に満ちている。
どうやら道や建物の一部にマジックアイテムが仕込まれているのか夜でも明るい。
青色の建物と紫色の光が点々と点る様子はなんとも幻想的だった。
大通りに面した酒場では仕事終りに一杯引っ掛けに来た職人や冒険者などが杯を交わしている。
肉や魚の脂の匂い、酒の匂いが鼻腔をくすぐってきて空きっ腹の俺からすると拷問に近い。
ぐるぐると音を鳴らしこれでもかと自己主張をしてくる。
『ギルドへの報告が終ったら宿に戻って飯にしよう、そうしよう』
大勢の人々で賑わう大通りを掻き分けながらギルドへ向かう。
ギルドはこの都の中央にあり、都から出て探索を終えた後に戻って報告するとなると中々手間だ。
『機能性で考えたらどう考えても街門の傍とかの方がいいだろうに、何故あんな場所に建てたんだよ』
文句を呟きつつも歩いていれば、やがて人がまばらになっていき巨大なギルドの施設が見えてきた。
階段を上り、霊気を感じるギルドホールをつっきりカウンターに座る受付の女性に声をかける。
『すまない、依頼の報告へ来た』
「はい、エンブレムをお預かりしますね」
俺が胸元からエンブレムを外し手渡すと彼女は銀色の杯の中にそれを入れた。
受付嬢は目を閉じ、小声で二言三言呟きそのまま沈黙する。
何をやっているんだろうか?これは依頼と何か関係があるんだろうか?
分からないので俺は黙ってその様子を見守るしかない。
手持ち無沙汰だったので隣のカウンターを覗き見てみると、そこでも別の受付嬢が同じ様な事をしていた。どうやら俺だけが特別なわけではないらしい。
「うーん、とても数日前に冒険者になられた方とは思えない立ち回りですね」
彼女は目を開くと同時に首をかしげながら問いかけてくる。
「本当に冒険者としての経験が無いのですか?別の大陸で活動をしていたとか」
『いや、そのような経験は無い』
「そうなんですか……それにしては狼の群れを倒す手際が良過ぎると思いますが。名のある方に師事していたりしたんですか?」
『村の元冒険者の猟師に少し教わったぐらいだ、ところで何で俺が狼を倒した事が分かったんだ?』
「エンブレムの瞳石が見た映像を読み取ったんですよ、不正をせずに依頼をこなしたのか確認する為に必須ですので」
『そんな機能があったのか……』
どうやらギルドエンブレムにはその瞳に映った映像をギルドが管理する機器、銀色の杯を介する事によって参照する事が出来る機能があるようだ。だから俺の冒険の立ち回りや狼を倒す際の手際について言及する事が出来たのか。
「たまに貴族や商人の子息の方々が他の冒険者から依頼品を買い取って、手早くランク上げをしようと画策する事もありまして」
『不正防止の策としてこのような監視体制が必要になったと』
「はい、その通りです」
なるほど、黄石の冒険者が受ける事が出来る依頼は大抵が採取系だ。
金銭に余裕のある人間が時間を金で買う場合もあったんだろう。
「討伐系の依頼でもかつては討伐証明部位の持ち帰りで討伐を証明していたんですが、これも買い取って済ませる事も可能でしたし……すごい魔法使いの方だと証明部位を複製されて荒稼ぎ、なんて事も出来ますので」
そんな事が出来る魔法使いも居るのか、それ程の腕の魔法使いなら不正をせずとも真っ当な方法でいくらでも稼げそうなものだが……どちらかというと高ランクに至った事で得られる名声目的なのかもしれないな。ハンドブックによると黄石から金石までの鉱石級はともかく、青雷石級から先の魔法石ランクの冒険者は一般人どころか貴族ですら無視出来ないほどの称号らしい。ギルドエンブレムに嵌る石の格はただの証明書ではない、言ってしまえば勲章のようなものなのだ。
「調査依頼の報告についてもコレが無かった時代は手書きで地図や調査する魔物を書いたりして、すごく大変だったみたいですね」
ああ、確かにそうだろうな。実際俺の元居た世界では調査依頼を専門的に受ける冒険者が居た筈だ。
魔物が蔓延る危険地帯で手に汗握りながらスケッチを描かなければ行けない、絵ズラに反してハードな仕事内容だと聞いた事がある。
「それでは、記録の参照も問題なかったのでヒーリングハーブと魔女虫をカウンターに出していただけますか?」
『ああ、これだ』
俺は5株のヒーリングハーブと10匹の魔女虫が入ったカゴを魔法の袋から取り出す。
カゴの中で蠢く魔女虫のガサガサとした音が周囲に響く。
「え?それってもしかして本当に魔法の袋なんですか?」
受付嬢が袋を指差しながら目を丸くして驚いている。
『そうだけど、何か問題があるのか?』
「とんでもないお宝じゃないですか!親が超凄腕の冒険者の方だったとか?」
どうやらこの世界では魔法の袋はお宝らしい、近所のおっちゃんから適当に買い取ったって聞いたら驚くだろうな。
『引退した冒険者から譲り受けた物だ』
「おぉー、やっぱりそういうツテがあるんですねえ……どおりで」
受付嬢は勝手に納得したようだ。
実際あのおっちゃんは元冒険者なので嘘ではないけど。
「うんうん、魔女虫もヒーリングハーブも完璧な状態での納品ですね。報酬は1万6000ポッチになりますね」
受付嬢が腰から杖を取りカウンターに置かれたトレーを3度叩くと、銀色の硬貨が一枚と銅色の硬貨が六枚トレーの上に現れた。銀貨は一枚一万ポッチ、銅貨は一枚百ポッチだがトレーの上に置かれてるのは大銅貨なので一枚千ポッチ──トータルで1万6000ポッチだ。
(安いな、半日駆け回ってこれか)
(一つの仕事の対価がこの値段ならともかく、今回は二つの依頼をこなしてこの額だ)
(この調子では目標の100万ポッチはあまりにも遠い、策を練る必要があるな)
『ありがとう、ところで狼の素材は何処で売ればいいんだ?』
「素材はバルさんから見て右奥にあります素材買い取りカウンターでお願いします、大きなものに関しては買い取りカウンターのスタッフからの指示に従って頂ければ」
『そうか、早速向かってみるよ』
俺は親切な受付嬢の座るカウンターを離れ、先程説明された素材買い取りカウンターに向かった。
買い取りカウンターには他に誰も居らず、暇そうな女性がぼーっと座っていた。
『すまない、ここが素材買い取りカウンターであってるか?』
「?はい、合ってますが……どういったご用件でしょうか?」
『フロンテラブラックウルフの買取をお願いしたい』
「そうですか、牙か爪ですかね?ここのトレーの上に出していただけますか?」
なるほど、確かに魔法の袋が珍しい社会ならそう思うのかもしれない。
今の俺は一見手ぶらだ、爪や牙ぐらいならともかく丸ごと持ってきてるとは夢にも思わなかったのだろう。
『そんなトレーの上に載せられる程小さくないんだが』
「はあ」
うーん、魔法の袋を持ってる事を正直に伝えてみるか。
さっきの受付嬢は珍しいとは言っても有り得ないとか伝説でしか聞いた事が無いとかそんな感じの大げさな反応は示していなかった、初心者なのに持ってるのはすごいですねーレベルだ、教えてしまっても構わないだろう。
『魔法の袋があるんだ、だから手に持つ必要が無い』
「魔法の袋って……その薄汚れた袋ですか?有り得ないでしょう、あんまりギルド職員をからかうものではないですよ?」
……もう面倒だな、実際に出さなければ納得しないだろう。
俺は袋を逆さまに引っくり返し狼の素材を取り出すイメージを頭の中で練り上げる。
ドササササササササッ……ベチャッ
トレーの上に狼の毛皮と爪や牙、内臓や肉などが降り注いだ。
1メートル以上の体躯を持つ獣の素材5匹分が降り注いだ素材買い取りカウンターは凄惨な有様になった。
『これで全部だ、精算を頼む』
「ちょっとお!何するんですかあ!ていうか本当に魔法の袋!?あんなぼろ切れみたいなのに!?」
『あんたの指示通りトレーの上に出したんだ、きちんと精算してくれ』
「めっちゃこぼれてるじゃないっすかー!全然トレーの上に乗ってないじゃないっすかー!?」
彼女の言うとおりカウンターの上はもちろん俺の足元にも爪が散乱しているし、カウンターを挟んだ向こう側も凄い事になっているだろう。
『トレーの上に載せきれないとあらかじめ忠告したはずだ、にも拘らずトレーの上に載せろという指示を撤回しなかったそちらの落ち度だろう』
「ぐっ……」
受付嬢は悔しそうに歯を食いしばりながらカウンターの下に潜り素材を掻き集め始めた、俺も手前側に散乱した素材をカウンターの上に並べる。
「この量だとすぐには鑑定が終りませんので、この引き換え札を持ってしばらく待って頂くか明日改めてお越し下さい」
すごく嫌そうな顔をしながら彼女は何やら細長い木札を俺に渡してきた。
木札には【マリー ④】と書かれている、この受付嬢の名前がマリーで精算待ちが自分の前に三人居るという事だろうか。その割には暇そうにしていたが俺がつべこべ言う問題でもないので黙っておこう。
『ああ、それじゃあ明日また来るよ』
「ハイ、オマチシテマース」
……明らかに「二度と来るんじゃねえ」という顔をしているマリー(仮)を他所に、俺は宿への帰途に着く。依頼だけでは稼げない最下級冒険者、ここからどのようにお金を稼ぐべきか。悩みは尽きないな。