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06 初依頼



『うーん、こんなもんかなあ』


 ギルドの資料室に2日ほど通いながら、黄石級で閲覧可能な資料と受付から貰ったハンドブックを読みきった。まだ最初の等級なので一番手前の方にある棚の本しか閲覧出来かったが十分有用だった、初心者が手を出すべきではない魔物や薬草と勘違いしやすい毒草の見分け方だとか、本当に必要最低限の内容だな。


『まずは黄石級からのランクアップと生活費の確保が最優先だな』


 何故黄石級からのランク上げを優先するかと言うと、冒険者のランクによって潜入して良い迷宮の格が変わるからだ。迷宮の出入り口にわざわざ門番が立っていたりするわけではないが、素材売却などをする際に明らかに高ランクの迷宮産素材を売却している形跡があったりすると咎められる事があるらしい。


 とは言っても、これは本当に低級の冒険者が無謀な探索をしないように取り決められた誓約だから赤石以降はどの迷宮に挑んでも良いらしい、ある程度経験を積んでなお挑むなら自己責任ってことだな。


『まずは青石級になって下級迷宮に挑む権利を得ないと、剣も育てられないからな』


 俺の愛剣である流星は迷宮を攻略すればするほど強くなる、出来るだけ早く迷宮に潜れるようにならないと話にならない。黄石級はどの迷宮にも潜る権利が無い、上のランクの同行者でも居ない限りはだが。


『あとは生活費、スフレから貰ったお金がまだあるけど……急な出費もあるだろうしもう少し余裕が欲しいな』


 スフレからは当面の生活費として20万ポッチを貰っている、ポッチっていうのが貨幣単位だ。

 街を回って大まかな物価を把握したけど今泊まってる安い宿が一泊3000ポッチ、食事が一食300ポッチぐらいだから、一日二食を宿で取るなら55日分ぐらいは無給でも生きていけるけどね。


 でも飯と宿にしか金を使わないなんて有り得ない、せっかくの見知らぬ地でそんなつまらない人生を過ごしたくない。まだ見ぬ珍味に見知らぬ魔法書、遠くに行くなら馬車代だって掛かる、金策は急務だ。


 俺はとりあえず貯金の目標を100万ポッチにする事に決めた、キリが良くて分かりやすいからだ。


 かなり大まかだがここ2日間で今後の活動方針は決まった。兎にも角にも働かなければ始まらない。

 俺は外套の胸元に刺したバッジに手を当て呪文を唱える。


『<依頼板検索(クエスト・サーチ)>』


 バッジが輝くと同時に、今の俺が受けることが出来る依頼が頭の中に浮かんでくる。


 これはギルドエンブレムを持っている冒険者なら誰でも使える魔法だ、黄石ではこの魔法しか使えないけど、ランクが上がりバッジに嵌められた鉱石の等級が上がればより多彩な魔法が使えるようになるんだとか。


 今回受けられるのは──薬草摘みや回復薬の素材になる虫の採取などの採取系ばっかりだな。

 これが高ランクになってくると討伐や護衛の依頼なども増えてくるらしい、今はまだそんな依頼を受けられるほどの信頼を得てないので無理だけどね。


 まずは薬草摘みと虫の採取を受注した、ハンドブックに図解付きで丁寧な解説が書いてあるし納入期限も特に無い。失敗するリスクが限り無く少ないのでこれにした。



◆◆◆◆◆



 フロンテラの東門を抜けすこし歩くと鬱蒼とした森が見えてきた。

 ここの森は魔物がほとんどいない平和な森で、子供や老人でも安心なぐらいの危険の少ない森らしい。

 今回俺が依頼を受けた薬草と虫──ヒーリングハーブと魔女虫はここで簡単に手に入るらしい。

 ハンドブックにご丁寧にその特徴と群生地が地図付きで載っている、ここらへんの依頼は採取依頼の雰囲気を掴ませるのが目的なんだろうな。


 魔物がそれなりに出現するなら、いまだに掴みきれてないドレッドノートの性能調査をする為の当て馬に使えたんだけどな。無害な動物しか居ない森で召喚しても何の意味も無いから……彼女はお留守番だ、多分また湖畔辺りでとんぼでも追いかけているだろう。


 森の木々の間をするりするりと歩んでいく。

 今、時刻は昼をやや過ぎたあたりだが木々に阻まれ日光はあまり差し込んでこない。

 だが、視界は良好だ、普通の人間ならかなり警戒しながら進みたくなる光量だけど俺は問題ない。

 森の草花の青臭い匂いを嗅ぎながら草木を掻き分け奥へ奥へ。

 虫や鳥の声だけが周囲に響いている、異なる世界に落とされて人々の営みは変わっても、森だけはかつての世界と大差が無いな。


 やがて薄暗い森の中に紅色の光の玉がゆら~っと動いてる様子が見えてくる。

 あれが魔女虫と呼ばれる虫の放つ光だそうだ、森の中で光りながら不気味に動くその様から魔女の放った奇怪な術を連想させられる。だから魔女虫って言うんだって、魔法が一般的じゃなかった頃の逸話が元になってるんだな。


『えーっと、このバグイーターの蜜を木に塗って、蜜を吸いに来た所を捕まえる……と』


 ハンドブックを片手に、魔法の袋からあらかじめ用意しておいた蜜の瓶とハケを取り出す。

 このバグイーターという草は食虫植物という虫を食べる草で、その体内に虫を誘引する甘い蜜を生成する。ギルドの受付に許可を貰えば専用の花壇から無料で蜜を分けて貰える、今回はそのサービスを使用した。


 蜜を木に塗るとふわ~っと紅色の光が蜜に導かれて木に寄って来る。

 蜜に夢中になってる虫を刺激しないようにそーっと近付いて手で捕まえる。

 意外とでかい、親指ほどのサイズだ。尾部から発する光しか遠目では目に付かないので勝手に小さい虫と誤認してしまったんだな。とりあえずカゴの中に放り込んで次の獲物を待ち構える。


 一箇所では指定の数が集まらなかったので3箇所ほどまわり数を揃えた。

 この依頼の趣旨は虫の捕獲には罠が有効、転じて収集依頼は力押しだけじゃなくて色んな工夫をしつつこなしましょうって事を伝えたかったんだろうな。


 ハンドブック片手にヒーリングハーブの群生地をまわっていく。

 しかし全く見つからない、自分以外にも黄石級の冒険者は当然居て同じような依頼を日々こなしているのだからハンドブックのポイントにハーブが無いのは当然と言えば当然なんだけど。


 しばらく歩き回っていると獣の群れがぞろぞろとこちらに近付いてきた。

 フロンテラブラックウルフというこの地域では一般的な小型の狼だ。

 小型と言っても魔物の中ではという意味なので体長1メートル以上はある、黒い毛が全身を覆っているがピンっと立った耳と意外と可愛らしい目をしていて何とも愛嬌がある。ただここらの森の浅い地域にいる魔物にしては強いらしい。初心者冒険者や薬草摘みに来る一般人にとっては強敵だ。


 俺はするりするりと身近な木に登り狼を待ち伏せてみた。

 狼は俺に気付いてやって来たわけでは無いようで単純に出くわしただけのようだ、こちらに気付いた様子は無い。


 近付いてくるにつれて数がはっきりした、5匹だな。しきりに地面に鼻を押し当てて匂いを嗅いでいる、獲物を探しに来たのだろうが──獲物はお前らなんだよ。


 狼が真下を通り過ぎようとしたタイミングで俺は魔法を発動させた。

 <石化>の魔法だ、今回は準備する時間を十分確保出来たのでより確実に足止め出来る様にかなり丁寧に発動させた。狼の群れの中心から発生した魔力の霧が狼にまとわり付くと、その足から徐々に身体の自由を奪っていく……たたらを踏むように何歩か歩んだ後に、魔法が狼の全身を蝕み──やがて5匹とも動かなくなった。


 俺はスッと木の上から狼の傍へ下り立ち一匹一匹丁寧に止めを刺して回った。

 今回は、水とかげの迷宮での反省を活かした立ち回りだ。剣と相性がさほど良くない獣型魔獣対策に、知識としては知っていても使った事がなかった<石化>の魔法で足止めする作戦を採用した。


 この魔法によってより安全で素材のロスも少ない形で獣型に対処出来るようになったはずだ。

 魔力抵抗の高い高位の魔物や不意打ちを食らった場合にはここまで上手に対応出来ないと思うけどね。


 狼の剥ぎ取りには想いの外時間が掛かった、初めてこのタイプの魔物を処理したので仕方ないけど。

 狼5体の処理のせいで血生臭い匂いが身体にこびりついた、魔法で消臭した後に再び薬草を求めて森の探索を続行する。


 永遠に続くかと思われたヒーリングハーブ探しだったが、日がやや傾き始めた頃になんとかそれらしきものを発見する。皮肉にもハンドブックに示された群生地以外の場所に生えていた。もしかしてこの本の情報は罠だったのか?


 青紫色の艶やかな色をした小さな花が連なっていて、葉は丸みを帯びつつも部分的にぎざぎざしている。ハンドブックと何度も見比べながらチェックしていく。


『花の形良し、色良し、葉っぱや茎もこれであってて……類似した草花との違いも大丈夫だ、これで合ってるな』


 初依頼と言う事でかなり慎重に確認し、納得がいったので採取する。

 一株一株丁寧に根っこの部分の土ごと回収し袋詰めしていく。根と一緒に採取するのがミソらしい。

 なんでも、ヒーリングハーブに捨てる所なしと言われるほどに各部位が有用なんだとか。

 一応間違った採取方法でも依頼達成にはなるものの報酬が減ってしまうらしい。


(それにしても、意外と疲れたな。最低ランクの依頼だからと少し侮っていた)


 森の中をずっと歩き回るというのは大変だ。

 薬草を探す為には下を向かなければならないが、周囲や頭上の警戒を怠れば魔物の不意打ちを受けてしまう。数時間ならともかく半日近くそれを続ければ当然身体が疲れてくる。


(今回反省すべき点は、適切なタイミングで休息を取らなかった点か。頭では分かっていても実際にやるとなると難しいな)


 初めての依頼という事で多少急いていた部分もあったと思うけど、結局は行き当たりばったりな探索をした結果だ。次回以降は自分の疲労具合を適切に見極めながら、計画的な探索をしないといけないとハンドブックのメモ欄に軽く書き記しておく。


 座るのに具合のいい木の根に腰を下ろし、小休止を取った後に街へ向けてゆっくり歩き出した。

 

 

 

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