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05 対価と聖都フロンテラ



 とりあえずお風呂に入っておいで。


 そう家主に促された俺は、冒険の汗と埃を落とすべく風呂を借りる事になった。

 賢者様の家のお風呂は、廊下や他の壁と同様、更衣室から浴槽まで一つの茶色い木で出来ている。

 まるで、ひとつの木をくり抜いて作られたかのような家だ。


 そして、その浴槽の中に浮かぶ湯船からも木の香りが仄かに香る。

 もしかして、樹液なのだろうか?さらさらとした肌触りなのだがどこか肌に吸い付く、不思議な湯だ。


 一人暮らしの家屋の中とは思えない程開放的な風呂場で、ちょっとした迷宮の小部屋ほどもある。

 こんな時にも迷宮を連想する自分にちょっと笑ってしまう。初心者ながら職業病に掛かりかけているのかもしれない。俺は備え付けの薬液で髪と身体を清めた後に湯船にどっぷりと浸かる。すると、自分では自覚出来ていなかった疲れが、急速に癒えてくるように思えて、思わずおやじくさく「ふぅ」と吐息を吐いてしまった。


 思えば、激動の半日だった。

 元居た世界からこちらに落ちてきて、スフレ様に助けられ、新たな力を得た後に迷宮に潜り、調子に乗り過ぎてしまい肝心の石箱の確保に失敗した。


 まるで夢物語のような濃密な冒険をしたものだと、我ながら思う。


 それもこれも、スフレ様が手厚く施してくれたからこそ出来た事だ。

 何から何までお世話になっている、なり過ぎている。今の俺ではこの借りを返す方法はなかなか思い浮かばないけれど、すこしづつでも返して行かなければならないなと俺は強くそう思っていた。



 ──そろそろ床につこうか、というタイミングだった。


 スフレ様が唐突に、こう提案してきた。



 それじゃあ今回の対価を貰おうか、と。



『対価ですか……?そういえば初めてお話した際にもそのようなお話をしていましたが、一体何を差し出せば……?』



 答えは行動で示された。

 唐突に意識が薄まり、手足が嘘の様に重く、動かなくなったのだ。

 俺は思わずベッドに仰向けに倒れこんだ、何らかの魔法をかけられたのは明らかだ。


 このままでは不味いと思い出来るだけ彼女から遠ざかろうと這って逃げようとしたが、唐突に甘い香りがしだしたと思った矢先に、柔らかくしなやかな腕が俺の肩を割れ物を扱うかのように優しく、けれど決して逃げれないようにしっかりと包み込んできた。


 耳元から、湿った吐息と共に彼女の問い掛けが聞こえてくる。


 ──お金も、地位も、力もまだない君が私に払えるものなんて、そう多くは無いだろう?と。


 その声を聞きながら、俺の覚束無い意識と横たわり言う事を聞かない身体は、彼女の長く綺麗な長髪が揺れ動く様をただただ他人事の様に見つめる事しか出来なかった……。



 その日、俺は女性のやわらかさと快楽、そして何の下心も無しに見ず知らずの他人に施す馬鹿なんて居ないという事を、思わぬ形で思い知らされてしまったのだった。


◆◆◆◆◆◆



 それから四日後、どうにか許されて俺は遂に賢者様の家から出る事を許された。


 本来なら身体のあっちこっちがガタガタになりそうなものなんだけど、そこはさすが賢者様、いやもう賢者でいいか、賢者の回復魔法のおかげで表面上は問題ない。心にまで回復魔法が効いてない事だけが問題だけどね……。


「仕事さえなければずっとココに居てもらっても良かったんだけど、これでも結構飛び回る仕事でね、ずっと面倒は見てあげられないんだよ。ごめんね」


 そう言いつつ、スフレは俺の腰を抱きながら俺を門まで送ってくれている。

 賢者の家は聖都の中の小高い丘の上に建っており、敷地が恐ろしく広い為に門扉まで距離があった。

 その道中をずっと腰を抱かれたまま付き添われている。恋人気取りかよと思わず毒づきたくなるが、その対価はきっとここ数日のそれとは比べ物にならない物になりそうなので口を噤み我慢した。


「困った事があったら、いつでも相談に来なさいね?すぐには無理でも必ず力になるから」


 別れ際にそう優しく耳元で呟き、唇同士の触れ合うだけの軽い口づけをし、彼女は軽く指を鳴らし消えていった。その消える間際の顔が、すがすがしく晴れやかですっきりした表情だったのが印象的だった。



 この聖都フロンテラは円形をした大都市だ、スフレの家が丘の上にあったおかげでその広大な街並みを見渡す事が出来た。家から出られた時に一回だけだけどね、元居た世界では有り得ない繁栄っぷりだ、行った事は無いんだけどもしかしたら元居た世界の王都に迫るぐらいの広さかもしれない。見渡す限り不思議な青色の建造物が並んでいるんだ。


 あの青色の不思議な石材は、この都市をドーム状に囲う賢者特製の結界に干渉しないように建築する際に使用する事を義務付けられているらしい。


 俺の居た世界とは建物の趣も大分違う、俺の居た世界では木造の2階建てぐらいの家が多かったが、この世界の人々は大きな五階程もある大きな家に集団で住むそうだ。一人が一つの建物を所有するわけではなく中で部屋ごとに割り当てがある。つまり常に宿屋に泊まってるような感じだろうか?

 お金持ちは一人で一つの家を持つみたいだけど、俺の居た世界に比べてそのような家を買う敷居は高いそうだ。


 周囲の建物をじろじろ観察しながら道を進む。とりあえずこの都市を8つに割る様に伸びる大街道を歩いていく、この世界の冒険者ギルドへ向かわなくてはならないからだ。

 俺の居た世界の冒険者ギルド証とこの世界の冒険者ギルド証は全く違うらしい。当たり前といえば当たり前なんだけど、改めて冒険者として登録しないといけないからそれを最優先で済ませる事にする。


 冒険者ギルドは都の中央にある行政区画にある遠目にもはっきり分かる大きな神殿みたいな建物だ。

 まず見失う事は無いだろう、むしろあの建物との相対距離で街の何処にいるか把握するのに役立ちそうだ。それにしても一体どのようにして組み立てたのか謎なほど大きい、日照権という言葉に全力で喧嘩を売るデカさだ、あの神殿の近くに住んでいたら毎日魔法で洗い物を乾かす羽目になるだろうな。


 うーん、それにしても人が多い、多過ぎる。

 さっきから遅々として冒険者ギルドに近付けている気がしない。祭でもやっているのか知らないが常に周囲に人がいる、これは村育ちの俺からすると結構いらいらするというか落ち着かない。

 時折近くを歩いている人の杖だの剣だのがぶつかってくる、俺はすっごく気になるんだけど周囲の人が同じような出来事があっても全く動じず無言で歩いていくので俺だけ怒る訳にも行かない。


 ……なんというか、ちょっと息苦しいなと感じてしまった。

 みんな他人に無関心で、足早に目的地に向けて歩いてる感じだ。後ろにも人がいるから仕方ないのかもしれないけどね。あんまり好きな雰囲気ではないかもしれない。


 この都に慣れられるのか?とか色々もやもやしつつもてくてく歩いていればいつの間にかたどり着いていたよ!待たせたな!冒険者ギルド!


「でっかぁ……遠目にも見えてたけど近付くと迫力がすげえな」


 遠目にも見えていてでかい事は分かっていたのだが実際に目の前に立つと改めてその迫力に圧倒される。本当にこれ冒険者ギルドだよな?俺の前に登録したギルドの3倍ぐらいの大きさがありそうなんだけど……。しかも建物がめっちゃ綺麗だよ!比喩抜きで輝いてるよ!何で輝く必要があるんだよ!


 冒険者ギルドの出入り口に向かう階段、そして施設自体が青い石材で出来てるのは他の建物と同じなんだけど、質が違うのか特殊な魔法がかかっているのかやたらピカッピカで輝いている。魔力の気配は感じないけど、本当に高位の魔法使いだと魔法の気配を消せるからな……防護魔法とか覗き見禁止、もしくはそれらの複合魔法でも掛かってるのか?俺の拙い知識だと判別出来ないな。


 しばらく階段の片隅に座り込んで、指で床をカリカリしながらあーでもないこーでもないと考えていたが、気付けば周囲から「なにやってんだあいつ……」という不審な目で見られていたので顔を真っ赤にしながら逃げ込むように施設内に飛び込んだ。


 中に入ると静謐な空気が辺りを包み込んでいた、まるで礼拝堂のようだ。

 冷たく、神聖な霊気を感じる、ここはもしかしたら本当に昔は神殿として建築されたのかもしれない──そう思えてしまうほど雰囲気のある部屋だ。


 そんな室内にムキムキの剣士らしき冒険者、胡散臭い格好の魔術師、ギラついた目つきの弓使いなどの明らかにこっち側(・・・・)の見た目の人がたくさんいたのでカウンターに向かいつつも思わずほっとしてしまった。これで神殿騎士と聖職者ばっかり溢れていたら回れ右して帰ってたかもしれない。


『新規登録をお願いします』

「はい、この用紙の空欄へ記入をお願いします。代筆は必要ですか?」

『大丈夫』


 俺の居た世界とこの世界は文字も言葉もほとんど一緒だ、言葉や文字は神から与えられるものだから当たり前といえば当たり前なんだろうけど。記入する内容は名前と年齢と……役割(ロール)?役割って何だ?


『あの、すみません』

「はい、なんでしょうか」

『この役割って何ですか?』

「はい、役割と言いますのは剣士や魔法使いや聖職者など、自分がパーティーにおいてどの役割を担う事が出来るかを書く欄ですね」

『なるほど』


 要は俺の居た世界で言う(ジョブ)みたいなものか、同じ言語でも解釈や言い回しが微妙に違うのは面倒だな。俺は用紙に「剣士」と書いて記入しておいた。実際は下手の横好きなんだけど。


『はい、記入しました』

「……確かに、それではギルドのエンブレムを作成しますので少々お待ちください」


 そう言ってギルド職員は奥の部屋へはいっていき、それほどの間も置かず小さなバッジを持って戻ってきた。


「これが冒険者ギルドのエンブレムとなります。身分証にもなりますので無くさないよう気をつけてください」

『ああ、そうするよ』


 俺はバッジを受け取りしげしげと観察する。

 銀色の鉱石で作られた山羊が描かれたバッジだ。これはこの聖都フロンテラ支部が認可し冒険者ギルドに所属した事を示す、そして各ギルドを象徴する動物──ここの支部だと山羊だな、山羊の瞳に嵌められた石がその冒険者の格を示す。黄石<青石<赤石<金石<青雷石<極楽石<紫星石の順で格付けされるらしいんだが……正直この世界の鉱石の名称なんてまるで分からないので俺的にかなり不便なランク制度だ、数字とかF~Aで表記して欲しかった。


「ギルドの細かい規約などはこちらのハンドブックをお読み下さい。黄石から青石に至るまでに必要な魔物や採取物等についても記載がありますので、一度しっかり目を通す事をお勧めいたします」

『分かった、早速読んでみるよ。ところで……ギルド内に資料室はあります?』

「資料室でしたら、振り返って右手側に見えます階段を上って三階に上がっていただければすぐ見つかるはずです」

『ありがとう、世話になった』

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