04 水とかげの迷宮②
第一層から第二層へのゆるやかなスロープを下っていく。
スロープは、まるで整備した道の様になだらかで、起伏の無い形状をしている。
もしかしたら、冒険者ギルドが整備したりしているのかもしれない。ギルドの管理している迷宮ってさっき賢者様も言ってたからな。
「そう言えば、バルくんは魔法とかは使わないのかい?」
スロープを降りている最中、暇になったのか賢者様が話しかけてくる。
まあ、賢者様からしたら低難易度ダンジョンは暇なんだろうなー。聞かれて不味い事でもないので素直に答えるか。
『うーん、一応使えることは使えますよ?戦闘魔法はあんまり得意では無いんですけど』
「ほほう、それは逆に言えば、戦闘以外の魔法は得意という事かな?」
うーん、さすが賢者様。
魔法に関する事では隠し事が難しいみたいだ。
『賢者様に対して誇れるほどの魔法なんて使えないですよ。』
「本当かな~?まあ、いいんだけどね」
嘘は言ってない。
魔法は普通のしか使えないからな。
「それで、戦闘や探索に使えそうな魔法は何が使えるの?」
『そうですね、例えば雷槍とか』
俺は空中に雷槍を数本生み出し、スロープ内を高速で走り回らせる。
青白い光の槍を天井と壁と床、それぞれに接触しないようにギリギリを通す。
雷槍が、空気を引き裂く轟音が、スロープ内に響き渡る。
たまに石や見落とした凹凸に触れてバチッという音も響いてくる、未熟だ。
最後は手許に戻し、手のひらの上に球状に丸まるようにコントロールした後に──霧散させていく。
今やったのは主に魔力操作を鍛える為の、曲芸的な使い方だけどこれが結構面白い。雷速で飛び交う複数の槍をコントロールするので、俺の使える魔法の中では一番やり応えがあるのだ。槍だけに。
『あとは抹消とか貫通が攻撃的な魔法ですかね……』
抹消は視界に映る全てを消し飛ばす大魔法。
詠唱と儀式と儀式用の聖煌石と呼ばれる特殊な鉱石が要るので、迷宮内での行使は基本無理だけどね。
迷宮内で儀式なんて悠長にやっていたら、魔物にやられているだろうし。
戦争とかなら、圧倒的な火力で敵軍をまとめて吹き飛ばす事も可能だから便利なんだけどなー。
貫通は文字通り対象の物質を貫通する槍を作り貫く魔法。
これだけ聞くと地味で使えない魔法に思えるけど、その名に恥じぬ圧倒的貫通力は巨龍の外皮すら貫き穿つ。正直使い勝手も考えると、汎用的攻撃魔法としては最強だと思ってる。雷槍の方が数と発動速度では優れているので、そっちを使うことの方が多いけど。
『一応、知識としては知っていて行使自体は可能な魔法は他にもありますが』
『治癒系の魔法なんかは燃費が最悪なので基本覚えてないです、神に祈った方が早いですから』
治癒系魔法は、よっぽど専門的にやってる奴以外は手を出すべきじゃない。
大抵の魔法が神への祈り、奇跡で代替出来る上に効率が高いからだ。
奇跡での対処が難しいレアケースや、新しい治癒魔法を探求するぞ~みたいな人以外には、お勧めできない。
「ほう、キミは奇跡が使えるのか」
『むしろ使えない人なんているんですか?よっぽど不敬な事をしない限りは、使えると思いますけど』
「上だとそうなのか……こっちだと、聖職者ぐらいしか使えないかな?」
そんな事有り得るのだろうか?
もしかしたらこの土地には、あまり深く神に対しての信仰が根付いてないのかもしれない。
「話を聞いていて思ったんだけど、君って本来は魔法使い向きの適性なんじゃないかい……?」
『そんな事は無いと思いますけど、それに魔法より剣を振る方が好きです』
「うーん、バルくんがそうしたいならいいけどね。でもあんまりこだわり過ぎて死ぬなよ?本来冒険者ってのは、使える手札は全て使うものなんだからね?」
まあ、俺だって剣に人生を捧げているような人間じゃない。
使うべき場面ではきちんと使っていく予定だ。
『今回は、賢者様に力を授かった流星の具合を見る為に魔法を控えていただけですよ?今からは魔法も駆使して戦いますよ!迷宮主との戦いもありますしね!』
遊びは終りだ。
ここからは本気で迷宮を探索していく。
第二層は床が一層と同じ岩なんだけど、表面に苔が生えていてなんかぬるぬるする。とっさの場面で滑って転んで、隙を見せた瞬間に水とかげにやられたりしてしまいそうだ。
足場を気にしつつも俺達は第二層を進んでいった。何か静かだと思ったら、ドレッドノートがスフレ様の外套のフード部分に潜んで寝ていた。俺は起こそうとしたんだけど、スフレ様が寝かせてあげなさいと言うので渋々了承した。
スフレ様によると、契約したばかりの使い魔は「召喚酔い」と呼ばれる現象によって体調を崩しやすいのだとか。むしろ、第一層での戦闘に参加できただけでもすごい事らしい。
俺は駄目だな、自分の使い魔なのにドレッドノートの事見てあげられてなかった。魚だから、感情とか分からないからって、言い訳しつつ目を逸らしていたかもしれない。こいつは、失礼な態度を取りつつも頑張ってたんだ。俺ももうちょっとしっかりしないとな。
第二層は第一層に比べて出てくる水とかげの数が多い。
しかも一度に三体ぐらい同時に襲い掛かってくる。
しかし、第一層で大分しっかりその動きや攻撃パターンを見て学んだので、全く苦戦する事はなかった。水とかげは遠距離の攻撃手段を持たない、愚直にこちらに突っ込んできてその大きな口で敵を食らう。
だからまずは距離のあるうちに魔法でけん制すればいい。
一発目の魔法で怯んだ所を剣で切り裂くか、第二射で足を貫いて動けなくした後に止めを刺せば終りだ。戦闘パターンを確立した後は流れ作業だ、どちらかというと戦闘より解体に手間取るようになる。
解体って難しい、今は貴重な素材が手に入る相手ではないので雑に攻撃しているけれど。もし、特定の部位を剥ぎ取ろうと考える場合は倒し方にも制約が生まれてくる。
具体的に言えば、内臓系が薬になる魔物の場合頭部や首を攻撃して倒す等の工夫が必要になってくるみたいなんだよね。狩人染みてきたな。
それにもし傷つけずに倒せたとしても、ちょっとしたミスで素材としての価値がなくなるものもあるんだとか。特に魔法的効果を持つ魔物の部位は難しく、専門的な知識が必要になるんだって。
ただ魔物を倒せばいいだけじゃない、それではお金が稼げない。生活が出来ない。生業には成り得ない。だから冒険者は勤勉でなければならないんだとか、未知の魔物やより良い解体の手法などの情報を常に収集する事も必要……何だか冒険者ギルドの研修で聞いていたより大変そうだ。
本来こういう事は冒険者として格を上げていく過程でちょっとずつ学んでいくんだろうな。
そんなこんなで第二層をずんずん進んでいくと大きな部屋に出た。
中央には灰色の大型な水とかげ……これはとかげと呼んでいいのだろうか?もはや竜と呼んでいいサイズ感な気がするんだけど。
『でっかい……これがここの迷宮主ですか?』
「そうだね、通称ボスとかげ先生だよ。これを単独パーティーで倒せたら一人前の中級冒険者さ」
おい。
この人さっきと言ってる事全然違うぞ。
『……ここって初心者向けのダンジョンじゃなかったんですか?』
「ははははは、クリア出来そうだしいいじゃないか」
やっぱりかああああああああ!何かおかしいと思ってたんだよ!
いくらなんでも大角カエルと全然違うし!
「誤差だよ、誤差。初心者(卒業)向けのダンジョンだから」
『ちょっと、イタズラにしては悪質過ぎますよ!』
「このぐらいはイタズラのうちにも入らないさ、君に渡した力の大きさを考えれば、この程度の迷宮は試し切りにも不適当なぐらいさ」
うーん、そうかな?
正直、まだあまり成長させられていないせいかもしれないけれど、目に見えて剣が強くなったっていう実感がないんだよなあ。元の性能がいいからバッサバッサ斬り伏せられていたけど。
兎にも角にも迷宮主をどう倒すか考えないといけない。
ドレッドノートはまだ熟睡中。これは仕方ない、いつだって万全の状態で戦えるとは限らないからな。
大部屋は本来かなり大きな部屋なんだろうけど、中にいるボスとかげが大きすぎて体感狭く感じる。広さも高さも走り回れなくは無いけど、そんなに余裕は無い感じだ。
俺は部屋に入る前にあらかじめ魔法を詠唱する。
そして魔法を発動待機状態にしてストックしておく。
魔法のストックは才能や努力によってその待機させられる数が異なるけど、俺の場合は魔法の種類にもよるけど三個出来たら上等、大体の魔法が二個が限界だ。ストック出来るか出来ないかは、体感で何となく分かる。もう無理なのに強引にストックしようとすると、ストックしていた魔法が誤爆したり、魔力が呪文から自分に逆流したり大惨事になるからな。
部屋に入ると同時に雷槍でけん制しながら手足を穿つ、雷槍は着実にボスとかげの体力を削っているが、さすがに水とかげとは格が違うのか数発手足に当った程度ではびくともしない。
そして、ボスとかげも黙っていない。その身の丈に合った長大な尻尾を鞭の様に振るって攻撃してくる。
風斬り音を響かせながらうなる尻尾の一撃が、床を砕き壁を大きく削り取っていく、そして削り取られた壁の破片が礫となって周囲に高速で拡散する弾丸と化して襲い掛かってくる。
『ガッ……』
左腕に礫の弾丸がいくつか直撃し、大きく弾き飛ばされてしまう。
つい手に持っていたランタンも、取り落としてしまった。
コロコロ転がっていくランタンを追うか一瞬迷ったが、ボスとかげの前足が接近している事に気付いて慌てて退いた。
もういい、殺す。
本来はもっと弱らせてから確実に当てて止めを刺そうと思ってた。
でもいいだろ、的はデカいし二発ある。掠っただけで致命傷な筈だ、二発で止めをさせなきゃ切り伏せればいい。俺はストックさせていた魔法を起動する。
──<貫通>
俺の目の前に銀色の巨大な力の奔流が生まれ、混ざり合い、固まっていく。
やがてそれは巨大な槍となって、目の前の強敵を刺し貫いていく。
ボスとかげ先生の右後足から背にかけてを大きく削り取った銀槍は、その勢いのまま斜め上に迷宮を貫きながら消えていった……。
……あれ?これってもしかして不味かった?
迷宮の壁を貫通してどっか行っちゃったけど──見なかった事にしよう。
『これで終りだ』
俺は貫通の魔法を受けパニックになっているボスとかげ先生に、もうひとつ待機させていた貫通を思いっきり叩き込んだ。片足と背中が消し飛び仰向けになってる所を銀槍で直上から刺し貫いた。
ボスとかげ先生の腹部から胸部にかけてが一瞬で消し飛んだ。
もちろん、即死だろう。
『あ~っ、終ったー!!』
俺が思わずそう叫んで地面に寝っ転がってると、スフレ先生が部屋に入ってきた。
「おつかれさま。良くやった……と言いたい所だけど、あんな止めの刺し方したら石箱も素材も消し飛ぶわよ?現に今回は──見るまでも無いわね」
ボスとかげは頭部こそ残っているものの他の部位は見るも無残に千切れ飛んでいる。
こんな状態では石箱も魔石も消し飛んでいるだろう。貫通はもう少し使いどころを考えて使わないといけないな……。
冒険者が迷宮に潜る理由のひとつに、石箱と呼ばれる不思議な石の箱の入手が挙げられる。
この石は迷宮の主の魔石の近くに存在し、その箱の中にはマジックアイテムやアーティファクトなどの貴重な品が必ず入っている。石箱には様々な色があり、低い方から白<銅<銀<金<青<赤<虹色の順で中身がより希少で強力な物になっていく。また、難易度の高い迷宮ほど希少な石箱を持つ迷宮主が居ると言われている。これを持ち帰れないというのは、迷宮攻略に失敗したのとほぼ同義と言っても過言ではない。
『ああ……初めてのお宝ゲットならずか……』
俺はその場に崩れ落ちた。
大角カエルに引き続きまたしても、どんだけドジなんだ俺は。
「死体がこんなんじゃ解体の練習にもならないし、今日はさっさと帰りましょうか」
スフレ様が指をパチンッと鳴らすと、岩壁で出来た洞窟から一転、木で出来た不思議な一室──スフレ様の家の一室に戻って来ていた。