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35 精算



 虹箱騒動から一ヵ月後。

 遂に第三夢幻回廊に関する精算が全て完了した。

 迷宮の報告報酬、財宝や素材の買取など占めて青硬貨十二枚だという。

 青硬貨一枚で一億ポッチなので──合計十二億ポッチという莫大な金額だ。


 青硬貨は青雷石という金属より高価な魔法石で作られた硬貨だ。

 通常の硬貨はその表面に発行した国や年代が分かるように型で模様がつけられているけど、青硬貨のような魔法石製の硬貨の場合は硬貨の中に模様が刻まれている。これは硬貨として使われている魔法石が宝石のように透き通っているからこそ出来る事みたいだ。見た目的には硬貨というより、貴族の女性が身につける豪華なペンダントやリングから抜け落ちた宝石のような感じだ。


 いきなり大金を手にした俺を心配したのか、シャウラからは金の使い方について色々注意された。

 というのも、俺の様にいきなり大金を手にした冒険者は大抵投資や詐欺で騙されて身持ちを崩してしまう物らしい。それに、今はまだいいが冒険者としてキャリアを積んでいくと手に入れる利益はもちろん増えるが逆に支出も天井知らずに増えていってしまう。主にマジックアイテムの購入のせいだ。


 冒険者にとってマジックアイテムとは生死を分かつ命綱だ。

 一見困難な依頼も持っているマジックアイテムによっては誰よりも簡単に遂行出来る事が出来るし、必要なマジックアイテムを持っていないが為に迷宮への侵入すら困難な場合も有り得る。


 必要なマジックアイテムが人によって作られるものならまだいいが、大抵の高度なマジックアイテムは人の手によって迷宮から掘り当てられた物なのだ。相手に足元を見られればどこまでも高騰してしまう。それでも買わなければいけない時の為に、今から計画的にお金を残しておいた方が良いようだ。


(そんなたられば(・・・・)の話なんて知ったこっちゃないけどな)


(この面倒な精算のせいで散々苦労したんだ、ちょっとぐらい遊んでも問題ないだろ)


 思えば苦難の連続だった。

 迷宮の踏破よりその後の方が大変だったと言っても過言ではない。


 まずはしっかり休みたい。

 充分に静養が済んだら、改めて迷宮探索の日々に戻るんだ!




「やぁやぁお兄さん、随分と景気が良さそうだね」


「お姉さん達と楽しいところ行こうか……まさか放ってどこかへ遊びに行ったりしないよね?」



 報酬を受け取り冒険者ギルドを立ち去ろうとした瞬間。

 後ろから突然声をかけられた。


 おそるおそる後ろを振り返るとニヤニヤと笑みを浮かべている知り合い冒険者がふたり。

 もちろんアリアとティアだ。


 ……そういえば、以前この二人に食事に誘われたのに、断って以来ずーっと埋め合わせをしていない気がする。


いいわけは色々あるんだけど、相手からしたら約束を破られた訳だから……ここは大人しく奢る事にしよう。まさか金貨使うほどの意味不明な食事を強請られたりはしないだろうしな。




「はい、それじゃあ仕事が無事完了した事を祝ってー!」


『「「乾杯!」」』


 ティアの音頭にあわせてジョッキを交わす。

 アリア達に連れられて入ったのは意外にも普通の酒場だった。

 俺は一度も入った事の無い店で、個室で他人の目を気にせず飲む事が出来る店のようだ。


 今回の仕事で手に入った報酬は莫大だった。

 他人にその話を聞かれてしまえば面倒な事になるかもしれない。

 そういった配慮からこの店が選ばれたのかもしれない。


(もしかしたら、結構気を使って貰ったのかもな)


 ティアとアリアは普段はふざけているけれど、何だかんだで先輩なのだ。

 もしかしたらそういう話でモメた経験がある、もしくは話を聞いた事があるのかもしれない。


「いやぁ、それにしてもバルくんが未発見の迷宮を踏破出来るほど凄い冒険者だったとはねー」


「普通そういうのは魔法石級の冒険者の中でも一握りだものね、しかもソロだし」


「最初会った時から何か他とは違うなーとは思ってたけどね!だからこそパーティーに誘ったんだし!」


「まあ、思いっきりフラれてたんだけどね、終いに泣いちゃうし」


「な、泣いて無いし……」


『そういえば言ってなかったな。言うつもりも無かったけど』


「これですよ」


「まあまあ、会ったばっかりなのにそんな儲け話を漏らす訳にはいかなかったんでしょ」


 アリアとティアに会った当初は二度と再会するなんて思ってなかったしな。

 ベアヘッドを出る際に再会の約束をした記憶がうっすらとあるけど、社交辞令的なものだと考えていた。そもそも冒険者は儲け話を迂闊に他人に漏らしたりしないものだと聞く、最悪横取りしようとする輩に襲われて奪われてしまう事も有り得るからだ。


 アリアとティアが直接そんな事をするとは思えなかったが、二人がうっかり口を滑らせた内容を誰かに又聞きされて因縁をつけられる可能性は充分に有り得た。だから今回の様にこっそりと冒険者ギルドとのみ交渉するのはきっと正解だったはずだ。


「私は空間魔法で場所を用意するだけだったのにやたら大変だったなあ、広げても広げても足りないし」


「魔力が足りなくなるたびにバルくんから分けてもらってたもんねー。疲れてもバルくんが満足するまで許して貰えなくて、アリアちゃん毎回へとへとだったねー」


『微妙にイヤラしい言い回しをするな』


「え?何の事かな?」


「バルより魔力が少ないのかもって思うと結構凹んだわよ。私これでも結構自信があったんだけど」


 アリアは俺から見てもかなりの量の魔力を持っている。

 ただ、彼女は<増殖>などの魔法が使えないようなのだ。

 彼女がたまたま使えないのか、この世界には存在しない魔法なのかは俺には分からないけど。


 <増殖>とは簡単に言えば魔力切れを起こさないように手持ちの魔力を増やす魔法だ。

 大昔の魔法使いは魔力を使いきった場合、睡眠や瞑想を通じて回復を図らない限りはそれ以上魔法が使えずに役立たずであった。


 当然、そんな状況を改善する為に長い歴史の中で魔法使いたちは研究を始めた。

 はじめは魔力を回復する為の数々の魔法薬やマジックアイテムが生み出された。

 それらによって事態は多少改善したが、持続性や希少性に難があった。

 それからも彼らは足掻き続け……そして遂には魔力切れを防止する魔法を開発するに至った。


 それこそが<増殖>の魔法だ。

 自らの魔力を増殖させ魔力切れという古代の魔法使い達が克服出来なかった弱点を潰す魔法。

 生み出された当初は詠唱などが必要な魔法だったが、現代においては無詠唱で行使する事が可能だ。


 俺の居た世界ではどんな魔法よりも早くこの魔法をまず覚えさせられる。

 他の魔法から覚えると途中で魔力切れを起こして練習が滞りがちになってしまうし、この魔法は最終的に息を吸うかのように自在に使えるようにならないと話にならないと言われていた。この魔法を使うたびに気を割いたり足を止めていたら、戦いにおいて致命的な隙と成り得るからだ。どんな魔法よりも早く身につけ、錬度を上げるのが常識だった。


「もしかして──特殊なマジックアイテムの効果とか?」


『さあ、どうかな?』


「別にいいじゃない教えてくれても!」


「そういうのは秘密にするものだよね~?冒険者だもの」


 わざわざ他人に教えて優位性を損ねるのもあほらしい。

 弟子とかならまだ分かるんだけど、アリアはただの知り合いだからな。

 教える義理なんて無いのだ。教えるのが面倒だというのもあるけど。


「……冒険者としてならともかく、魔法使いとしてすら負けるのはちょっと許せな過ぎるのよね」


「アリアちゃん……魔術学校を主席で卒業した事だけが誇りだったのに……ちょっぴり憐れだねー」


「めちゃくちゃ腹立つわ!ティアだって剣技で負けてるんじゃないの?!」


「剣技は体格とかも重要だからねー。正直男の子に負けてもあんまり悔しくは無いかなあ」


「言い訳がセコい、剣士としての誇り的なのは無いの?」


「無いねー、あんまり他人の腕とか気にしたことないよー」


『そもそも魔力量だけが全てじゃないと思う』


「フォローされると余計空しいんですけどぉ?!」


 アリアは悔しそうに叫びながらジョッキを呷った。

 実際問題魔法使いにとって魔力の量は才能を測る物差しのひとつでしかないと思う。

 超複雑な空間魔法を自在に使えるアリアの方が、俺からしたら凄い魔法使いだ。

 戦闘に関しては一緒に探索した事がないので、何とも言えないけど。


「アリアちゃんのショボさは置いておいて」


「おい」


「バルくんは今までどんな感じで活動してきたの?よく考えたら前はそういう話全然しなかったなーって思って」


「確かに、自分からは全然話さないものね」


『青石級になるまではずっと採取依頼だったな、青石級になってからは小規模迷宮を周ってる』


「そう!それ!バルくんってどんな感じで迷宮に挑んでるの?」


『そうだな、たとえば──』


 そこからは俺がいままでどんな迷宮をどのように巡ったかについて話した。

 水とかげの迷宮で迂闊に強力な魔法を使い石箱ごと消失させてしまった事件。

 月夜の迷宮の地下に未発見の迷宮があり、それに挑み竜や人形との熾烈な戦いをした事。

 餓獣の迷宮での白かまきりとの死闘、ダイモスの迷宮での王冠コボルドとの死闘についても話した。


 ……改めて話すと毎回死闘をしている気がするが、迷宮探索をする冒険者なんてきっとそんなものだろう。ふたりには「もうちょっと命を大切にした方がいいよ?」とシャウラのような事を言われてしまったけど。


 長話をしたせいか、個室の外から店員に扉をノックされ閉店時間であると告げられた。

 思いの他時間が経っていたようだ。


「それじゃー次の店いこっかー!」


『え?』


「ふふふふふ、今夜は寝かせないわよ?」


 アリアとティアのふたりにがっしりと両脇を固められ、俺は次の店に向かう事になってしまったのだった……。俺達の夜はまだまだ終わらないらしい。



◆◆◆◆◆◆



●アリア視点●



 まずいことになった。

 思いの他バルが酔わない。


 冒険者ギルドを出る所でかろうじて彼を捕まえ、先延ばしになっていた食事に誘えた所までは良かった。

 目をつけていた個室有りの酒場に連れ込む事にも成功した為、横から邪魔な女が入ってくる事も無い。


 計画ではバルを酒に酔わせ、そのまま自分達の宿に連れ込むつもりだった。

 彼も何だかんだで男だし、状況を作ればこちらに手を出すと思う。

 出さなかったら最悪、こっちから押し倒してしまえばいいのだ。


 男女として縁を結んでしまえば、何だかんだで情が生まれる。

 そうすればすぐに恋人になれるかはともかく、パーティーぐらいは組んで貰えるだろう。

 そこまで距離を詰めれば、後はどうにでもなるはず。

 非常に現実的で、難易度もそう高くない作戦に思えた。


 彼は私からすれば男性として魅力があったし、財力もついさっき手に入れた。

 恋人としてとても魅力的に思える要素が揃っている。


 ティアも私とは別の理由で彼をパーティーに誘うことに拘っている。

 彼女がどうしても挑みたい迷宮の攻略に彼が必要ならしい。


『──で、そこで手に入れたつぼ型のマジックアイテムを使って今はマジックアイテムを作ってる。うちの使い魔がだけど』


「へ、へぇー!そんな事が出来るんだ!すごいねえ」


 既に二つの店を巡り、今は三つ目の店で飲んでいる。

 時刻は既に深夜で、この店を追い出される頃には夜が明けているだろう。

 ……にも拘らず、バルは多少頬に紅が指す程度で泥酔した感じではない。


 私とティアはあらかじめマジックアイテムと魔法薬でがっちり酔い止めの対策をしている。

 全員泥酔してしまえば宿にすら辿り着けないし、宿に辿り着く前に良からぬ輩に襲われてしまいかねないからだ。イーストエデンが比較的治安の良い街とはいえ、酔った状態で深夜に出歩くのはそれなりに危険だ。


 しかし、対策をある程度したとはいえ完全に酩酊に対して耐性を得られるわけでもない。

 私達が用意したマジックアイテムはあくまで人造の物で、お金さえ払えば誰でも入手可能なものだった。

 迷宮の石箱から手に入るでたらめな性能を誇るようなマジックアイテムではない。

 なので、魔法薬の方の効果が時間と共に薄れていくにつれ効能が危うくなっている。

 ……正直若干頭がぼんやりしてきたし、瞼が重たくなってきていた。


(四つの迷宮を何度も踏破しているらしいし、何らかのマジックアイテムで対策をしてるのかな?)


 意味不明な事に彼は迷宮に一度潜るたびに七回同じ迷宮主を倒すらしい。

 それが彼にとってのジンクスで、そうすると良いマジックアイテムを石箱から拾えると師に当たる人から言われて実践しているそうだ。一度倒すことすら困難な迷宮主を泊りがけで七度も倒すなんて、私からすればどうかしていると思える所業だが、彼にはそれを実行できるだけの実力があるらしい。


『──確かに効果はすごいんだけど、冒険者からしたら微妙なんだ。将来的に隠居して畑でも耕すなら便利なんだろうけど』


「うーん、農業ギルドに売り込むとか?」


『どうするかな?いっその事冒険者を引退したら畑でも耕してゆっくり暮らそうかな?』


「えー?あんま似合わないよ。話を聞いてるとおじいちゃんになっても迷宮に潜ってそうじゃない?」


『自分でもそんな気はしてる』


 ティアは元々お酒に強いから普通にバルと話している。

 私は正直そろそろギブアップしたい所だ。

 平衡感覚が危うくて首がぐらついてる気がする。


「アリアちゃん?大丈夫?」


 全然大丈夫じゃない。

 一晩呑んでて何でそこまで正気が保てるのか。

 訳が分からないよ。


「バルくん、アリアちゃんが酔ってきちゃったみたいだから宿に運ぶの手伝って(・・・・・・・・・)くれる?」


「!!!」


 ティア……?!

 仕掛けるの……?!今!!ここで!!


『しょうがないな』


 呆れ顔のバルに肩を貸され席を立つ。

 顔と顔が触れ合いそうなほど近くにあり、呼吸をする音さえ聞こえてしまいそうな距離感だ。

 身体に至ってはほぼ密着している、心臓の音とか聞こえてないよね?

 私は出来るだけ浅く、呼吸音を立てないように意識しながら彼に運ばれていく。


 それにしても……相手が酔わないと見るや介抱を理由に宿へ呼び込むとは。

 ティア……なんて恐ろしい子!!!


「あちゃあ、もう薄っすら夜が明けてるねー」


 酒場を出ると冷たい空気が頬を撫でた。

 早朝特有の清涼な空気に当てられて頭が少し醒めた気がする。


 それから、彼に気遣われながら宿に運ばれていく。

 あまり早く歩けない私に合わせてゆっくり歩いてくれる。

 そのさり気ない気遣いが少し嬉しかった。


 そんな彼を罠に嵌めるのは若干心苦しかったけど。

 後になって他所の女に取られちゃいました、なんてオチになったら悔やんでも悔やみきれない。

 ここは心を鬼にして作戦を遂行すべき。




「この部屋だよ、さあ入って入って」


 ティアに導かれて部屋に入る。

 いよいよ私も女になるのか……そう思うと緊張する。

 出来れば最初は二人きりが良かったけど。


「だ、誰だ!!」


『「え?」』


 突然見知らぬ声が聞こえたので声の主を探してみると。

 素っ裸のおじさんとおねえさんが抱き合っていた。

 え?どういう事?


「出て行け!!」


「すいませんでしたー!!」


 激昂したおじさんに怒鳴られ慌てて部屋を出る。

 一体何が……?


「えへへ、部屋間違えちゃった」


『おいおい、酔い過ぎだろ……』


「鍵掛かってないから変だなーとは思ってたんだよねえ」


「あんたね……」



 その後、何とか自室に辿り着いたが先ほどの事件のせいですっかりそういう雰囲気ではなくなってしまった。それでもティアが果敢にバルに飛び掛り、押し倒そうと試みていたけど見知らぬ魔法でベッドに弾き飛ばされていた。短距離転移魔法……?自分ならともかく自分以外の誰かを強制的に転移させる魔法なんて初めて見た。相変わらず謎の多い男だ。


『どんだけ酔ってるんだか』


「げほげほ、バルくんは素直じゃないなあ……」


『はあ?』


 ああ、何か駄目な予感がする。

 このままティアに任せたままじゃ絶対失敗する。


 ここはせめて次に繋がるよう妥協するしかない。


「バル、部屋に運んでくれてありがとう」


『ああ』


「ところで話は変わるんだけど、バルってまだパーティーとか組んでないわよね?」


『組んでないしまだ組むつもりもないよ、前にも話した筈だ』


 彼は不愉快そうにそう答えた。

 どれだけパーティー組むの嫌なんだよ!と思わざるをえない。


「ええ、それは以前にも聞いているわ。だからね?」




「私達と臨時パーティーを組みませんか?」



 他人に縛られながら冒険するのが嫌なら臨時的に組んで冒険しましょう。

 一時的な関係なら、長期的に組むパーティーよりは気楽に参加してくれるはず。

 どうしても気に入らないのなら、それっきりにして距離を開ける事も可能だからだ。


 いつかきちんとしたパーティーへ組み込む為に、私はそう提案したのだった。

次回は「紫氷竜の迷宮」編です。

久々の迷宮回になります。

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