22 イーストエデンへ
翌日は朝からベアヘッド内を駆け回り、ここですべき用事をこなしていった。
ミザールからイーストエデンの冒険者ギルドへの引継ぎ用の報告書を受け取り、ティアに勧めてもらった防具屋で盾を肩にかける為のベルトを買った。これで盾を構える必要の無い時でも両手を塞がずに持ち運べるようになった。その代わり盾を背負うと腰に吊り下げた幸運剣が邪魔になった、これからは剣二本を背負う事になる。
その後イーストエデンに付くまでに必要な食料を少し多めに購入した、前回は結局かなり切り詰める羽目になったし、旅にトラブルはつき物だからね。余裕は大事だ。
ティアとは昨夜少し気まずくなりかけたけど、彼女の宣言通り日を跨いだ後は以前と同じ様に接してくれた、含むところもあるだろうに……。大人な二人に感謝しつつ、最後は笑顔で彼女達に別れを告げて改めてイーストエデンへの旅を始める事になった。
ベアヘッドからイーストエデンへは五日も掛からない程度の距離な筈だ。
最初は馬車に乗ってみようかとも思ったんだけど、鎧を着てなくても神秘盾が場所を取りすぎる上に重さがありすぎて、毎度満員で肩と肩をぶつけ合うほど込み合うベアヘッド─イーストエデン間の馬車に乗るのが難しそうだったので乗るのを諦めた。魔法の袋に入れればいけるだろうけど、馬車の旅の途中でホルさんが帰ってきて途中から歩きなんてあほくさいからね。
ベアヘッドの東門から少し歩き、人気の無くなった辺りから森を突っ切っていく。
街道沿いは相変わらずコボルドと馬車のトラブルが頻発しているらしいからね、これ以上の厄介事は御免なのだ。
そういえば森の中で何度か本物のコボルドを見かけた。
灰色の毛を纏った犬の顔に人の身体を持つ異形の魔物だ。
俺が以前コボルドだと勘違いしていた生き物は実は狼人だったらしい。
今朝、狼人の素材を売却する際にギルド職員から説明されて分かった事だ。
狼だのコボルドだの犬っぽい魔物は仲がいいんだろうか?紛らわしいから近い所に生息しないで欲しい。
コボルドは常に何体かの集団で行動していて、剣や弓、そして棍棒など様々な武器をその手に握り締めていた。冒険者の様にそれぞれ前衛や後衛を務めて集団で協力して人間を襲っているのかな?
俺はちょっかいをかけずに無視して、彼らの頭上を木々の枝を足場に走っていたので、実際の戦闘風景を見たわけじゃいないけど、あの筋骨隆々な身体を持ったコボルドたちが集団で襲い掛かってくるのだから、戦いに身を置く人種じゃない人が襲われたらひとたまりも無いんだろうな。
「ただいま」
『うおっ、なんて所から出て来るんですか!』
「びっくりしました?」
そろそろ食事にしようかと森の中で結界を張り鍋で料理をしていると、足元から唐突にホルさんが現われて思わず鍋を引っくり返しかけた。
『びっくりするに決まってるでしょう……驚かない人がいるなら見てみたいものですよ』
「はい、お土産」
人の話を聞かないマイペースな天使は手の平に綺麗なピンク色の石をのせこちらに差し出してきた。
お土産?この石が何の役に立つのだろうか?
「おや?少し見ぬ間に新しい仲間が増えたのですか、順調に仲間を増やしているようですね」
『え?仲間?増えていないですけど』
「あなたの頭上にいるではないですか、まあ、何はともあれ散歩し疲れたので寝ますね?おやすみなさい」
『あ、この前の石箱の中身!せめてあれの性能を調べてから寝てください!』
「嫌です、おやすみなさい」
『あああああああ、待ってください!!』
ホルさんはこちらの叫びを無視して神秘盾に触れると溶けるかのように消えてしまった。
……こんな事になるなら神秘盾をしまっておけば良かったな、次からはそうしとくか。
『仲間……仲間ねえ、頭上にいるとか言ってたけど』
試しに頭上を見上げても夜空に煌く星々しか見えない。
最近出会った存在で空を飛ぶ存在なんてひとつしか思い浮かばないので何となく察しはつくが……。
今までの道中で一度も見かけなかったし、アレがあの湖から離れるとは思えないんだけど。
もしやと思い自分の頭の上を手で探ってみるが何も引っかからない。
やはり、天使の戯言だったのだろうか?
再び調理に戻ろうと鍋に目線を戻すと、木で出来たスプーンでつまみ食いをしている悪い子がいた。
見覚えのある子だ、輝く稲穂のような金色の髪と黒くてちょっぴりセクシーなドレスを着た……妖精の女の子だ。スプーンで鍋の中身をすくって口に入れてるが、一口食べた後にこちらを見つめて「これ、美味しくないよ?」と眉をしかめつつアピールしている。
『ついて来ちゃったのか……まだ調理の途中なんだから、美味しくなくて当たり前だろ?』
妖精のドレスを摘んで鍋から離して料理を続ける。
どうやら俺の旅にまた一人珍客が増えたようだ。
妖精の泉に帰しに行くか、このまま連れ回していいのか、正直悩みどころだな……。
結局調理中に妙案は思いつかずその日はそのまま寝る事にした。
◆◆◆◆◆
翌日、昨日に引き続き木の上を音も無く爆走していると、多数の足音と金属の擦れあう音が前方から聞こえてきた。
(この感じ、コボルドではなく人間?コボルドを狩る為にイーストエデンの兵が行軍でもしているのか?)
今まで見かけたコボルドは基本的に上は全裸、腰に何らかの獣の革で出来た腰巻みたいな格好をしていた。金属製の鎧を纏っていると思われる前方の存在達は……人間だと考えるのが自然に思えた。
前回の反省を活かし、一度足を止めて注意深く前方の音に耳を傾ける。
聞こえてくる足音からしてそれなりの規模なようだ、数十人はいるだろう。
(巻き込まれると厄介だ、少し遠回りして迂回するか)
今までは真っ直ぐイーストエデンを目指して東進していたが、少し南の方面に迂回して前方の足音から距離を離して迂回する事にした。
ちょうど不審な足音から真横に当る位置に来て、唐突に空模様が変化した。
いきなり頭上から地面にかけて強烈な風が吹き荒れ、周囲の木々の枝葉が荒ぶっている。
(!?、何だ?魔法か?)
樹上を走るのが難しいと判断して森の中に着地すると、今度は左右から蔓がこちらを捕まえようとこちらに向かって飛んできた。速度はそれほど速くも無く、目で確認した後かわしていく。
(さっきの風の魔法と蔓の魔法、同じ術者が使ったとは思えない錬度の差がある気がする)
(という事は、もしかして相手は複数?集団に襲われている?)
しつこくこちらを捕らえようと襲い掛かってくる蔓の鞭を避けつつ逃げていると、森の中を駆ける一匹のねずみが目に入った。森なのだからねずみの一匹や二匹居てもおかしくないのだが、そのねずみを何故か仕留めるべきだと俺の中の何かが囁いていた。
<雷槍>を三本生み出しねずみへ放つ。
ねずみは中々アクロバティックな動きでその雷槍から逃れようとしたが、二本目の雷槍が奴の脇腹を食い破った。
(え?嘘だろ?耐えていただと?!)
雷槍に撃ち抜かれて死んだと思われていたねずみが、倒したと安心したこちらの隙をつき藪の中に逃げ込んでいく。苦し紛れに音を頼りに雷槍を放ったが、どうやら取り逃がしたようだ。
(一体何だったんだ?)
疑問はつきないがねずみを追い立てたおかげなのか魔法による攻撃は止んだようだ。
あのねずみがこちらに対して魔法を使っていたんだろうか?よく分からないが今の内に距離を稼ぎ厄介事から遠ざかるのが得策だろう。
「こんにちは、冒険者さん。いきなりで悪いけど依頼をお願いしてもいいかしら?」
いきなり後ろから声が聞こえ、驚きつつも後ろを振り返る。
白いフード付きのローブ、手にしているのは古めかしい木で出来た長杖。
絵に描いたような魔法使いの姿をした一人の女性が立っていた。
『依頼?悪いが今は旅の途中だ、他所をあたってくれ』
「前金で金貨1枚、成功報酬で金貨2枚を追加で払いましょう」
『……話を聞こうか』
あまりにも怪しい話なので反射的に断ろうとしたが報酬が破格過ぎた。
……話を聞くだけ聞いておくか、無茶なら断れば良い。
こんな所で立ち話も何だと魔法使いの女に先導されしばらく歩くと、そこにはちょっとした野営地があった。軍用なのか強力な結界を生み出す柱のようなマジックアイテムで結界が貼られている。結界内にはいくつかのテントが張られ、そこには厳しい戦いを経たのか傷だらけの兵士や魔法使い、そして兵に付いて来たと思われる聖職者っぽい女性達が重症の患者達の治療を行っていた。
『まるで戦争でもやってきたって感じだな』
「実際、私達からすれば戦争のような物ですよ」
魔法使いの女は重症患者達を診て一瞬歩を止め顔をしかめたが、直ぐに歩き出し他より一回り大きなテントに入っていく。
「はぁはぁ、これがお前の言う逆転の鍵か?確かに多少はやりそうな雰囲気だが青石級ではないか!」
テントの中には左腕を欠損した偉そうな男が脂汗を額に浮かべながら治療を受けていた。
その表情は悪鬼のように憎しみに溢れていて、今にも剣を抜きかねないほどの殺意を周囲に放っている。
男は俺を一瞬見定めるかのように見つめた後、魔法使いの女に罵声の嵐を叩きつけていた。
それにしても「逆転の鍵」ね……、早くも雲行きが怪しくなってきたな。
「落ち着いてください将軍、私の占いにハズレはありませんよ」
「ふん、何が占いだ……そんなもので勝利がつかめるなら軍師など要らぬわ」
え?まさか占いひとつで俺をここに呼んだのか?
もしそれが本当だとしたら……どうかしている。
占星術をはじめとして、世の中には未来を知る術を探す探求者が歴史上多く存在したが……。
偶然当たる事はあれど信頼出来るほどの的中率を誇る占いなんてこの世に存在しない。
未来や過去など、時に干渉する魔法や術というのは基本成立しないというのが俺のいた世界での常識だった。そもそも時とは何なのかという事を人間の身では理解しきれないからだ。時への理解が乏しいのに時に干渉する魔法を開発するのは、余程の幸運が訪れない限り不可能だと言われていた。
「では証明して見せましょう、彼の名はバル、役割は剣士……にも関わらず奇跡や魔法を使えるはずです」
『……そこまでは合ってるな』
「あなたならここにいるムノー将軍の腕も簡単に治す事が出来ますね?」
『……ああ』
「バカな!腕一本消し飛んでいるのだぞ!多少奇跡が使える程度で治せる訳が無い!お前はペテン師だ!」
「そんな事は実際にやってもらえば分かる事です、お願いしてもいいですか?」
『それがさっき言っていた依頼か?』
「……ええ、彼も含めてこの野営地にいる他の治療神官では治療困難な人間の治療をお願いします」
『そうか』
正直腕の一本や二本消し飛んだ程度なら簡単に治療が可能だ。
治すのに3秒もかからないだろう。
だが問題はその後だ。
『条件が二つある、ひとつは本当に他の奇跡持ちが治せない重症患者のみの治療のみを行う。ふたつ、俺が高度な奇跡を使える事を秘匿しろ、でなければ治療はなしだ』
「分かりました、その条件で問題ありません」
「ふん、御託はいい、治せるものなら治してみろ!」
本来、こんな高慢な態度を取る患者の治療なんて死んでも御免だが……。
普通の人間に見えない事をいい事にムノーとかいう将軍に可愛らしいパンチを繰り出す妖精ちゃんの姿を見ていたら多少溜飲が下がった、さっさと治療して金を受け取って旅に戻ろう。
(……慈悲深き我らが主よ、神敵に立ち向かいし英雄へ、施しの光をお与え下さい)
心の中で祈りを捧げ、奇跡を希う。
……ここには将軍の治療をしていた奇跡持ちもいるため詠唱を聞かれたくないからな。
口に出さずとも奇跡は成立し、体内の聖気が反応し目の前の偉そうな男に神の施しが与えられる。
(<揺り戻し>)
将軍の左肩に巻かれた包帯がはらりと宙へ舞う。
俺の治療を眺めていた多くの人々がその行方に一瞬視線が釣られ、目線を戻したときには──既に将軍の左腕は何事も無かったかのように元に戻っていた。
「何だと?!」
「目を離した一瞬で左腕が?!」
「一体どうやったんだ?何が起きた?!」
周囲で奇跡持ちががやがやと騒いでいるが、将軍は何も言わず手を閉じたり開いたり曲げつつ感覚を確かめている。先程まで喚いていた将軍の沈黙に釣られ、周囲の人々も時が経つにつれ口を噤んでいった。
「先程の非礼を詫びさせて貰おう、すまなかった」
まるで憑き物が落ちたかのように冷静になった将軍から謝罪された。
その表情は多少の罪悪感を含みつつも快癒した事が嬉し過ぎるのだろう、口元に浮かぶ笑みが隠し切れていない。その後、将軍が主導して重症患者をひとつのテントに集めそれほど時間をかけずに全員の治療を行った。……これで金貨3枚か、割のいい仕事だったな。
その日は折角だからと野営地に泊まらせて貰った。
自分の食事を他人に用意してもらえるというのは素晴らしい事だった、軍の食事と言うとあまり美味しくない物を食べてそうなイメージだったがここの軍の食事は中々豪勢だった。話を聞いてみると都市の近郊で戦っている為補給も容易だから食事の品質を落とす必要がないらしい、言われてみればここから数日歩いたらイーストエデンなんだもんな、わざわざ身体に良くない不味い食事を食べる理由なんてなかったな。
「ふふ、食事は口に合いましたか?」
焚き火を眺めながら骨付き肉を食べていると魔法使いの女に声をかけられた。
特に害意は感じられないが──何となく嫌な予感がした。
「あ、何となく察したような顔をしていますね。これからどんな話をされるのか」
『将軍が不穏な事を言ってたからな』
「……負けたままでは帰れないんですよ、そしてあなたが居れば勝てるはずです」
『それも占いか?』
「ええ、あなたとあなたの使い魔がいれば……必ず」
『……報酬と内容ぐらいは聞こうか』
まあ、大体予想は付く。
コボルドの軍勢と戦えと言うんだろう。
問題は相手の規模や強い個体の有無だ。
それによって受けるか否かが決まる。
「今回依頼するのは黒牙と呼ばれる凶悪なコボルドとそのコボルドが率いている黒い毛並みをした軍勢約三十匹の討伐よ、報酬は前金が金貨十枚、成功報酬は……二十枚出すわ」
『三十匹で金貨三十枚?随分と奮発したな』
「……奴らはコボルドの軍勢の中でも中核を成す凶悪な集団なの、一体一体が並みのコボルド十匹分に相当する特殊な個体で、それを率いる黒牙は数多の冒険者や兵を喰らい尽くしてきた化物なの」
『並の強さではないって事か』
「ええ、主戦場から離れて単独行動を取っている今以上の好機なんて考えられないの。ここで討ち取る事が出来なければ他の戦地で別働隊と戦っている兵士達に顔向けできないのよ……私達には貴方が必要なの」
『……』
正直な話彼らの事情なんて知ったこっちゃ無い訳だが……三十匹魔物を倒すだけで金貨三十枚は見逃せない依頼だ、強力な個体なようだが竜より強いという事も無いだろう。一考の価値はありそうだ。
『その黒牙?とかいう個体や黒い毛並みのコボルドとかいう奴の情報がもう少し詳しく欲しいな、動きや力以外に通常のコボルドとどう違うんだ?あと、ここにいる兵士による支援や計画されている作戦などについても、もうちょっと掘り下げて教えてくれ』
「黒牙は見つめられると石の様に動けなくなる邪悪な魔眼と、魔法石製の大盾すら貫く凶悪な牙を持っているわ。三メートルを越えた筋骨隆々な肉体は鋼の様に鍛えられていて、その巨躯に見合わぬ恐るべき素早さで一瞬にして幾人もの兵の命を刈り取っていくの。ムノー将軍の左腕も瞬きする間に食いちぎって行ったわね……」
魔眼持ち?そんな恐ろしいコボルドがいるのか。
魔眼持ちというのは特殊な異能を目を介して行使する力を持つ存在の事を指す。
人間や悪魔、それから一部の強力な竜の瞳にその力が宿る事があると聞いた事があるが……コボルドにもそんな力を持つ者が存在するのか。
「黒い毛並みのコボルドは先程説明したとおり身体能力が通常のコボルドと大きく違うわ、その漆黒の毛は矢や剣の刃はもちろん魔法によって生み出された氷や水晶を受け流してしまうの」
『倒すなら雷や炎の魔法って事か』
「そうね、まあ雷の魔法はかなり使い手が少ないから試せる人が居なかったんだけど……炎の魔法の有用性は証明されているわ」
『そうなのか』
火が効くならドレッドノートが大活躍だろう。
あいつ、魚のクセに火の魔法が恐ろしく上手いからな……。
「次に支援や作戦についてだけど、当然ながら私達も全力で奴らを倒すべく討伐に参加するわ。貴方達だけで討伐しろなんて無茶な事は言わない。作戦については魔法使いが戦場の形成と後方火力支援、兵士が弓と槍による弾幕と槍衾の形成、治療神官達が後方で怪我人の治療。これが基本的な作戦ね、後は斥候に出ている兵からもたらされる情報に応じて流動的に作戦が変更される感じかしら」
『ん?戦場の形成ってのはどういう意味だ?』
「妖精魔法で戦場を形成するのよ?森の中で奴らとまともに戦うなんて不可能でしょう?」
『……具体的にどんな感じの戦場が形成されるか聞いてもいいか?』
「ある程度選択肢があるけど、大抵は森の木をどかして平地にして戦ってるわね」
『……そうか』
どうやら俺の居た世界には無い不思議な魔法を使える者がいるようだ。
それにしても地形変化か、神の領域に喧嘩を売るような魔法だな。
『少し考えさせてくれ、朝には返事をする』
「期待してますからね、それでは私はこれで」
魔法使いの女は俺に別れを告げてムノー将軍のいるテントへ歩いていった。
恐らくは明日の作戦について色々話し合うことがあるんだろう。
俺は焚き火をぼんやり眺めながら明日どうするか考えていた、占いなんていまだに信じてなどいないが……正直話を聞いていて勝てないというビジョンが沸くような敵でもなかった。やれそうだし報酬の美味さも破格だ、それほど時間をかけずとも明日の返答をどうするか答えは決まってしまったのだった。
◆◆◆◆◆
翌日、陽が俺達の直上に差し掛かる頃に俺達とコボルド達の戦闘は始まった。
話に聞いていた通りの黒い毛並みの禍々しいコボルド達とそれを率いる巨躯のコボルド──黒牙の威圧感は凄まじく、こちらから戦闘を仕掛けているにも拘らずまるでこちらが追い込まれ、狩られる間際のような印象を受けた。
三人ほどの妖精魔法という特殊な魔法を使う魔法使いが長い魔法を唱え終わると、十人の妖精が召喚され、先程までの光景が嘘の様に森が左右に割け押し広げられていった。俺に付いて来た金髪妖精ちゃんもそれに合わせて一緒に魔法を使っているようだ、そういえば湖にいた妖精もまねっこが大好きだったからね。彼女達からすれば遊びのような感覚なのかも知れない。
黒牙がけたたましい遠吠えを上げ黒毛達の瞳に強い闘志が満ちていく、ムノー将軍も号令をかけ魔法使い達の魔法と兵士の弓による弾幕が張られていく。魔法使い達は風の刃を放つ魔法使いと氷や植物の蔓を地中から伸ばし敵を拘束しようと試みる部隊に分かれている。黒毛達は蔓を切り裂き氷を踏み割り風の刃をかわしていった、一筋縄では行かないようだ。
『ドレッドノート!!全力で消し飛ばせ!!!』
[いいわ、私の本気を見せてあげるわ!!]
今朝呼び出されたドレッドノートは最初こそ狩りの途中で呼び出されてご機嫌斜めだったが……報酬金でいくらや子魚や美味しそうな虫をたらふく買ってやると確約した途端、今まで見せたことがない程のやる気を見せた。今日のドレッドノートは脂のノリが違う。
[<炎色斑点>!!!!]
ドレッドノートの体表に煌々と輝く斑点が次々と浮かび上がっていく。
荒々しい波濤の如く凄まじい魔力が小さな赤球として編まれ、ドレッドノートの周囲に渦巻いていった。
太陽の光さえ飲み込みかねないほどの光量の斑点群が黒毛達に向かって放たれた、黒毛達もその魔法の危険性を本能で理解しているのか、森の方へ逃げ込もうと逃げ出そうとする個体も何体か居たが──全てが遅過ぎた。
斑点群がより一層強く光り輝いたその瞬間、斑点ひとつひとつを中心に凄まじい炎の嵐が津波の如く周囲に吹き荒れ黒毛達を飲み込んでいった、炎の波の中で黒毛達もしばらく地面を転がりまわり何とかその炎の脅威から逃れようともがいたが、一体、また一体と動かなくなっていった。
「すげぇ……」
「あの魚の使い魔、化物かよ……」
そんな呟きが周囲から聞こえて来た。
実際俺から見ても化物だと思う、どう考えても普通の魚じゃないだろ……。
お前のような魚類がいるかと全力で言ってやりたい。
「グウォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
凄まじい咆哮を上げつつ三体のコボルドが炎の嵐を掻き分けこちらの陣へ突っ込んできた。
黒牙と二体の黒毛だ、黒牙以外の二体はよくよく見るとその手に強い魔力を纏った剣を持っている、黒毛達の中でも力のある個体とかなのだろうか?
「黒牙が突っ込んできたぞ!!」
「この炎の嵐の中を?!化物どもが!!」
「盾兵隊は前方で盾を構えろ!!絶対に後ろに通すな!!魔法使いは魔法を控えろ!!同士討ちの危険がある、使える者は支援魔法を盾兵にかけるのだ!!」
背に兵達や将軍の叫びを聞きながら俺は背に吊るした緑光を放つ剣を抜く。
相棒がこんだけ活躍したんだ、俺だっていい所を見せなきゃ見限られちまうからな!!
足元で魔力を爆発させ一気に加速し擦れ違い様に大型の黒毛の脇腹を横一文字に切り裂く。
──信じがたい程の凄まじい切れ味だ、脇腹を裂くつもりで振るった刃が全てを両断し黒毛の上半身と下半身が真っ二つに分かたれた。
すぐさま切り返しもう一体の黒毛に迫ろうと加速したが、横から凄まじい速度で振り下ろされた斧槍に阻まれた──燃えるような敵意で俺を睨みつける黒牙が俺の行く手を阻んだのだ。
黒牙の荒々しくも力強い斧槍捌きと、鍛え抜かれた足腰が生み出すスピードは並みの黒毛達に比べれば圧倒的と言わざるを得ない速さだが──俺はお前よりもっと巧みに槍を扱い、圧倒的に素早い立ち回りをする騎士を七回も倒した男だぞ、出会うのが遅過ぎたな。
『役不足だ、死ね』
他の追随を許さない程の圧倒的な鋭さと魔獣に対する特攻を持つ魔法の剣──「アウロラの幸運剣」がイーストエデン軍に対し暴虐の限りを尽くしていた黒い悪魔を、頭上から股下にかけて縦一文字に切り裂いた。
「うおおおおおおお、黒牙が逝ったぞ!!!」
「黒毛は後一体残っている!!このまま冒険者に全ての手柄を持って行かれてもいいのか?お前ら!!イーストエデン兵の意地を見せろ!!!!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」
イーストエデン兵の最前線を誇る槍兵部隊が盾を片手に槍を黒毛に突き立てていく、最後に残った黒毛も並ではない、その手に握り締めた魔法の剣で数人の腕や槍を切り飛ばしたが数の暴力に屈しやがて地面に縫い止められた。
「個体違いだが……これは片腕の借りに対しての返礼だ、くたばれ!!!」
出会った当初の悪鬼羅刹のような表情に戻ったムノー将軍の魔法剣が煌き、最後の黒毛の首を見事に断ち切った。黒毛に止めを刺せたと確信した将軍の顔は、苦渋を舐めさせられ続けた仇敵を討てた喜びに歪み暗い喜びに満ちていた。
「勝利だ……我々の!!!勝利だ!!!」
将軍は先程までの表情を一瞬で消し去り剣を頭上に掲げ高らかに宣言した。
「怪我人の治療を終え次第我らの都へ凱旋するのだ!この喜ばしい報せを直ぐに届けなければならない!」
「今日の戦果は我らと犬畜生共との戦争に大きな影響を与えるだろう、この戦争の終結も近いぞ!」
「「「うおおおおおおおおお、イーストエデンに勝利を!!」」」
「勝てる、勝てるんだ!俺達を悩ませた黒毛はもういないんだ」
「コボルドに怯えない日々が帰ってくるんだー!」
兵士達は将軍の演説に陶酔しつつ口々に訪れるであろう戦争の終結への期待を口にしている。
戦争中に兵士やってるんだもんな、戦争の終結は彼らにとって共通の夢なのだろう。
俺は熱狂する兵達の声を聞きつつ腕を切り飛ばされ苦しみに喘いでいる兵士達を治療して回った。
俺は黒牙達との戦いから四日後、イーストエデン軍の兵や魔法使いと共に遂にイーストエデンの街へ足を踏み入れることになる。




