15 未発見迷宮③
迷宮内に一つ目の咆哮が響き渡る。
俺を追っている一つ目は七体、それぞれ異なる武器を手に持ち死に物狂いで俺へ向けて駆けている。
俺は水とかげの迷宮で手に入れた「水蛇の盾」を左手で構え、弓や魔法による攻撃を裁きながら目的地へ向けて走っていく。杖持ちは<猛火>の魔法を多用してくる、射程は短いが威力は凄まじく、余波を盾で避ける必要があった。
炎に耐性がある盾の筈だが、盾越しでもその熱量は侮れない。
身体の至る所に焼けた後がついていた、街に着いたら替えが必要そうだ。
汗にまみれた不快感は緊張感で相殺されている。
とにかく前へ、足を巻き腕を振るい前へ。
されど相手を完全に引き離さないように距離を測る必要もあった。
ギリギリの駆け引きが続いていた。
かなり長い時間引っ張ってきた気がしたがようやく目的地が近付いてきた。
ドレッドノートが光球を纏いこちらを見据えている。
あらかじめ彼女に呪文を唱えておいて貰い、俺が誘導してきたのだ。
[<炎色斑紋>]
光球が一つ目達へ殺到し、その魂を焼き尽くしていく。
俺も二階層で魔法を打ち消されてから試行錯誤したがどの魔法も効き目がなかった。
だけどドレッドノートの魔法・鮭はそんな魔法に対して無敵に思えた一つ目にも効果を発揮するようだ。
一つ目達はもがき苦しみ、苦し紛れに武器を投擲する事も出来ずに一匹残らず力尽きていった。
『はあ、ようやく四階層を抜けたか』
[酷い数の群れだったわね、まさか群れの処理だけで一日掛かるだなんて]
二階層、三階層は一つ目に魔法が効かなくなるなどのハプニングもあったが、逆に言えばそれだけだった。俺が剣で戦いドレッドノートが後ろから魔法を放つだけの単純な戦いで済んだ。
だが、四階層を進んでしばらくした頃。
通路を埋め尽くすほどの凄まじい一つ目の群れに遭遇したんだ。
もうそれは魔物の群れと言うより軍と言っていいほどの集団で、そのまま戦う訳にもいかず一度撤退した後話し合い、俺が囮になって敵のグループの複数名を釣り出しドレッドノートの魔法で殲滅する作戦を取った。
幸いにも一つ目は戦闘力はすごいが頭は良くなかったようで、手間は掛かったが数名のグループごとに気を引く事が可能だった。これがゴブリンやコボルトのような知恵のあるタイプの魔物だったらここまで単純な作戦は取れなかった。
ただそれでも魔物の軍勢に一人で近付き、注意を引きつつ逃げてくるのは精神的に辛い物があった。
身軽さで勝ってるといっても歩幅は圧倒的に向こうが上で、引き付けようと歩調を落としすぎて囲まれた事も何度かあった。
『とりあえず今日はここで休息を取ろう、お前もマナが大分減っただろ』
[まだ平気だけど、次休めるのがいつか分かったもんじゃないものね……]
『というか俺が無理、休ませてくれ』
[しょーがないわねー!]
四階層と五階層を繋ぐ階段で休息を取る事にする。
迷宮の種類にも拠るけど、階層と階層を繋ぐ階段は比較的安全だと言われている。
もちろん例外もあって、数多くの冒険者が行き交う階段を狩場にする魔物が生息している場合もあるらしいから比較的安全と言っても魔物避けの結界を張る必要がある。
魔物避けの結界を張るにはその名もずばり「結界石」と呼ばれるマジックアイテムを使う。
これは迷宮産のマジックアイテムと違い人造の物で、街にある道具屋などで手頃な価格で購入する事が出来る。その結界石を休憩に使う予定のスペースの四隅に配置して軽く魔力を込める、すると緑色の光を放ち四角錐型の結界が生み出される。こうしておけば万が一魔物が襲来しても気付き、身構えるまでの時間稼ぎが出来るというわけだ。
休憩スペースを確保した後は食事の用意をする。
迷宮以外の場合はテントを組んだりするんだけど、いくら階段の踏み面が広いと言ってもテントを張れる程ではないので今回はなし。食事の用意と言っても黒火石で出来た加熱プレートに魔力を込めて熱を持たせる、その上に鍋を乗せ魔法で鍋に水を満たし魔法の袋に入れてあった鳥肉やきのこを入れる。その後は塩や味噌、または魔法調味料で味を整えれば完成だ。今回は塩で無難に作る事にした。魔法調味料は幾つか買ったが、この地域の人々は酸っぱい味が好きなようであまり自分の好みではなかった為だ。
[私の分は?]
『はいはい、これね』
[今日はいくら味かあ!]
ドレッドノート用の餌は練り餌だ。
黄色い粉状の餌に水を加えこねて団子状に成形して与える。
本来は魚釣り用の餌なんだが……、ドレッドノートが食べるのに適した物の中で長期保存出来る物は何かと考えた末に練り餌を採用する事にした。いくつかの味をローテーションしながら与えている、その中でもいくら味はドレッドノートのお気に入りだ──完全に共食いなのだが、魚の食性ってそんな感じなんだよね、卵どころか稚魚すら食らうし。
ドレッドノートが練り餌をついばんでる間にスープが完成した。
鳥肉ときのこの出汁がきちんと出ていてそれなりに美味しい。
あとは固くなったパンを魔法の袋から取り出し、スープにつけほぐしながら食べる。
熱いスープが身体に染み渡る、腹の底から温まり幸せを実感する。
酒飲みの言う「この一杯の為に生きている」ってこんな感じなのだろうか?ちょっと違うか。
身体が温まっているうちに寝袋を魔法の袋から取り出し床に敷く。
これは元居た世界から持って来た物で、表地に水や火に強い耐性を持つキラーバイパーという蛇革が使われていて裏地にシンギンヤギと呼ばれる上質な毛を持つヤギの毛が使われていて保湿性・保温性に優れている。肌着でその毛に包まれると至福の寝心地なのだが、さすがに迷宮内で肌着に着替える訳にはいかない、剣をすぐ手に取れる位置に置きローブを身につけたまま床についた。
◆◆◆◆◆
結局昨日寝ている間に襲撃は無かったようだ。
結界は襲撃を受けた際、中にいる人間に揺らぎを与え襲撃を知らせる、それが無かった。
十分な睡眠を取る事が出来た、体調は万全で今なら何とでも戦えそうだ。
ドレッドノートも元気そうだ、朝食のイカ味の練り餌を美味しそうに食べていた。
休息によって緩んだ気分を引き締め、五階層以降の探索に挑もう。
『これはまた……これまでと大分様子が違うな』
[縦穴ね]
階段を下り終わると途轍もない大きさの縦穴と、その外縁に沿って続く細い通路が見えた。
穴の大きさは向こう岸が辛うじて霞んで見えるほど大きく、ちょっとした池や湖と同等の直径がある。
通路は穴に比べれば狭い、今まで進んでいた迷宮の通路の半分以下で大人が二人かろうじて並べるぐらい。上を仰ぎ見てみれば天井は見えない、壁と同様天井にも未解文字が走り光を放っていてなお見えないと言う事は相当な高さがあるのだろう。
迷宮の様子から予見できるのは敵が空を飛ぶタイプじゃないかという事だ。
このような環境で今までの階層のように一つ目が住み着くのは難しそうな気がする。
だとしたら出てくるのは何だ?虫か鳥か、まさかの竜だろうか?
そこらへんは実際に目にするまで分からないだろう、少なくても見える範囲に敵影は無かった。
罠はどんな物が予想できる?
俺が創造主なら叩き落す。
道が特定の条件で崩落する、もしくは道の崖側から穴の方へ押し出す類か。
今の所この迷宮で罠らしい罠に出会っていないが、だからこそ罠への警戒が落ちていて嵌る可能性もある。油断させておいて嵌める、いかにも迷宮らしいやり方に思えた。
『今までは俺が先行していたが今回は真横についてくれ、穴側だ』
[私が空と下からの襲撃を警戒すればいいのね?]
『あと俺が通っている通路の下も警戒してくれ、俺は空を飛べないからな』
[人が空を飛ぶ魔法って無いの?]
『無い事は無いんだが……俺もそっちは専門外だからな』
飛行魔法は超一流の魔法使いの中でも特に才能豊かな一部の人間が使うものだったはずだ。
そもそも俺は魔法の専門家では無い、必要最低限の魔法しか知らない。
俺に飛行魔法の才能があるかどうか分からないが、そもそも魔法の中身を学んでいないので使えるわけが無い。この世界では一般的な魔法だとしたら学ぶ機会も得られるかもしれないけど──正直望み薄に思える、聖都で空を飛んでいる人間なんて見なかったしな。
穴の外縁に沿って通路をひたすら歩いていく。
通路は螺旋状に下ヘ下へ渦を巻くように続いている。
ドレッドノートに穴の方を警戒してもらってはいるが、だからと言って俺がそちらを無警戒でいていいわけじゃないし、壁や床の些細な変化や正面に敵が現れるかどうかにも気を配る必要がある。
要は全方位を気にしないといけなかった、今まで以上に神経を使う作業だった。
何せ一つのミスで奈落の底に叩き落される可能性がある、警戒しないはずが無い。
敵も罠も現れない、長く辛い時間が続いた。
かなり長い時間五階層を探索したが、敵も罠も見当たらなかった。
通路を大分進んだはずだがいまだ底には辿り着けない。
途中、階段の踊り場の様な広場が見つかり区切りも良いという事で休息を取った。
今回はテントを張って中で寝た。床に背をつけると疲れが身体の内から滲み出て、泥に埋もれるかのようにあっと言う間に眠りについた。
起床し、再び通路を進んで行った。
そして遂にこの階層の敵と対面する事になる。
(デカいな……10メートル以上あるか?)
昨日に続いて通路を進んだ先。
ようやく底が見えてくるという場面でそいつは現れた。
竜だ、灰色の竜。
穴の底に丸まるようにして寝ている。
この世界に生まれた時より最強種として定められた存在。
数多の英雄が挑み散っていった、人類と敵対しうる存在の中でも最上の存在。
──ドラゴン、その中でも比較的上位に位置するノースアチェロンドラゴンと特徴が似ている。
このドラゴンは聖都の冒険者ギルドの書物に描かれていた、注意すべきドラゴンのうちのひとつとして書かれていた。絶対敵対してはいけない強力な竜種のひとつだ。
その鱗は床に描かれた未解文字の光を受け濡れた様な不思議な灰色に輝いている。
その爪は万物を切り裂く、絶対無敵の剣で山すらも抉り貫くという。
その口は深淵へと続く地獄の入り口のようだ。
赤黒い牙と吐き出される爆炎はあらゆる強者を飲み込み勇者ですら耐える事は出来ないと言われている。
しかし、このドラゴンはそれらのノースアチェロンドラゴンが備えている特徴とは違う部分もある。
額に捻れた角が生えているのだ、これは俺のハンドブックに書き写した件の竜の特徴と異なる。
亜種……もしくはこちらが原種なのだろうか?
分からないが、どちらにせよ強力な竜である事が予想される。
正直もういいんじゃないか?
ここまで一人と一匹で来ただけで凄いと思う。
ここで無理して先へ進む必要があるのか?冒険者ギルドへ話を持っていき大規模なパーティーを組んだ方がいいんじゃないか?その方が絶対賢い。幸い俺にはドレッドノートがいる、擬似的な空間転移魔法がある。安全に地上へ戻り、この貴重な情報を持ち帰る手段がある。
竜はまだ遙か下、ぎりぎり姿が見えるくらいの距離だ。
もしかしたら竜ぐらいの超上の存在なら感知出来る術があるかもしれない。
だったら今すぐ踵を返し地上へ戻るべきなんじゃ──。
本当にそれでいいのか?
せっかく、未発見の迷宮を発見したにもかかわらず。
その迷宮を誰よりも早く探索出来る権利を他人に譲っていいのか?
俺が憧れた冒険者は、未知を前にして敵の強大さに恐れ戦き尻尾を巻いて逃げるような臆病者なのか?
……。
挑みたい、挑んでみたい。
でも死にたくない、あんな竜と本当に戦って生き残れる気がしない。
相反する考えが頭の中をぐるぐる回って喧嘩をする。
答えが出ない、正解なんてきっとないのかもしれない。
いや、あんな化物を見ておいて挑んでみたいと考えている時点で本当は迷っていないのかもしれない。
俺が見つけた迷宮の最深層に、最初に足跡をつけるのが俺以外の冒険者?
そんなの悔しすぎる、認めがたい。
死の危険なんて冒険者として活動している以上常に付きまとっている。
本当に死を恐れ、豊かに暮らしたいだけなら他にもっと賢いお金の稼ぎ方がいくらでもあるだろう。
それが分かっていてなお俺は冒険者になったんだ。
要は──びびってしまっているだけだ。
こんなの、びびらないわけが無い。自分の何倍も大きな竜相手だぞ。
しかも頼るべき味方は魚一匹、意外と頼りになる相棒ではあるが竜相手では流石に見劣りする。
[いつまでそこで突っ立っているつもり?]
ドレッドノートがその黒い瞳で俺を見つめて来る。
俺の決意を促すように、何かを伝えようとするかのように。
心なしかいつもより心強く思えるキリッとした態度で。
[相手がいつもより大きいから──もしかしてびびってるの?]
『そんなんじゃねえよ』
[私からしたらあんなでかいだけのとかげ……そこまで意識する相手でも無い様に思えるけど?]
『……』
ドレッドノートは怖くないのだろうか?
本当に?
[私からしたら、常に自分より大きい相手と戦っている私からしたら──あんなの全然大した事無いわ、海はもっとやばい奴らばっかりよ?]
そういえば、ドレッドノートは地元の海で自分達より圧倒的に大きい相手と常に戦ってきたと言っていた、魂を焼き尽くすような凄まじい魔法を生み出してまで戦っている相手だもんな。
俺の想像出来るような並の相手ではないのかもしれない。
[私をあんまり失望させないで、あなたは私の主なんでしょ?]
使い魔にここまで言われて応えないのは、主として失格だよな。
──俺はまだ、こいつに失望されたくない。
[私は姫なの、サーモンの姫──きっちりリードしてくださいな、ご主人様?]
『ああ、もう!分かったよ!やってやるよ!!俺のやり方はちょっとばかし荒いぜ?ちゃんとついて来いよ?』
[誰に対して口を聞いているつもり?]
軽口を叩きながら、俺はどうやってあの竜を倒すべきか考えを巡らせる。
俺と相棒の手札をどのように切れば倒せるかを……。
今回の戦いの肝は俺だ。
俺が今までこの世界に来てから使ってなかった技術。
冒険者になってからは、出来る限り使っていなかった元本業の力を使う。
俺達は眠る竜の側面に回りこんでいた、回り込んだとはいってもまだ距離があるが。
魔力を練り上げ集中する。
視野が狭まり感覚が加速する、最初の一撃、ここが最初の綱渡りだ。
竜は魔力に対して鋭敏な感覚を持っていると言われている。
だからこそ、ドレッドノートに魔力の隠蔽を手伝ってもらっている。
普通の魔法使いは他人の魔力の隠蔽などという凄技はなかなか出来ないと思うが、ドレッドノートの異常とも思える魔力制御力なら可能なようだ。凄まじく練られた魔力がいまだに竜に感知されていない。
問題はここからだ。
本来魔法の射程と言うのは無限だと言われている。
しかし、実際人が魔法を行使出来る距離は精々可視範囲内に留まってしまう。
不可視の地点に魔法を発生させると言うのは魔法の使い手にとっては離れ業なのだ。
もし、その射程の概念がクリア出来れば人は魔法で一瞬にして城を建てれるし、地下にある金属資源を土魔法によって地上に表出させ莫大な富を得る事が出来るだろう。しかし、実際にそのような魔法使いが居たという記録は残っていないし、だからこそ魔法使いにとって土魔法と言うジャンルは夢物語であると同時に価値の低い魔法とされている。
しかし、見えている範囲のちょっとだけ先。
見えている誰かの体内までなら独特のセンスと努力で指定できる魔法も存在する。
手元で練られた魔力を対象の地点を指定し発動する。
狙うのは四速歩行の竜にとって失えば致命的な部位。
竜が魔力の気配に気付き魔法の圏外に逃れようと身を起こす。
しかし、もう既に時間切れだ。
──<炸裂>
生物の体内に身を裂き骨を砕く魔力の爆発を生み出す魔法。
その暴威は例え相手が最強の存在であろうと衰えない。
「グルアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
竜の悲鳴が迷宮に木霊する。
炸裂の痛みに苦しみ暴れまわる竜の足音が続いて響き渡った。
しかし長くは歩を進められない、後足を<炸裂>によって八つ裂きにされたからだ。
竜というのはただでさえ巨体で、魔力に依存してその自重を支えている。
そのぐらいアンバランスな生き物なのだ。
そんな生物の身体を支える為に重要な後足を破壊すればどうなるか──碌に身体を支えられず、戦いどころでは無いだろう。
だから、<炸裂>を先制で竜の腰から後足を指定して放つ必要があったんですね。
『俺は前に出る、援護を』
[りょーかい!]
ドレッドノートに援護を任せて竜の元へ駆けて行く。
流星の特殊性能のおかげで人外の速度へ加速しつつも俺は心の中で念じ、唱える。
(万物に安らぎを与える闇の神、弱者に眠りを、強者から隠れ潜む安寧を与える慈愛の神よ!その恩寵を我が剣へ与え給え──祝福)
奇跡の最奥、努力では決して成し得ない神々の恩寵を直接現世に下ろす神業──秘蹟。
その中でも迷宮内での戦闘に適した術というのは限られてくるが、今回は祝福を使う。
祝福の効果は単純、その手に握る剣身に信仰する神の恩寵を宿し神器とする術。
その剣をもってすれば海を割り星にすら届く──はずだ。
なにせ戦闘系の秘蹟など実戦で使う機会は今までなかった。
厳密に言えば他人の剣に宿す事はあれど自分で振るった事は無い、そういう役割だった。
剣を握ったのは冒険者になってから、その経験はあまりに浅く、見様見真似の剣士もどきでしかない。
どんなに優れた剣を持っていても、その刃を敵に届け払うのは被術者なのだ。
しかも今回の相手は圧倒的なリーチと破壊力を秘めた肉体を持つ竜だ、難易度は凄まじく高い。
竜の血走った瞳が俺を見据えている。
足を砕かれ地を這ってなおその巨体は強者としての圧を放っている。
だが不思議と恐怖はなかった、圧倒的に有利な状況だから、もう既に十分怯えそれを振り切りここに立っているから──そして頼れる相棒がきちんと援護してくれているからだ。
竜の口に魔力が収束していく、竜の必殺技として有名なブレスを放つつもりだろう。
足を砕かれ身動きの取れない現状、竜の取れる逆転の一手などそれしかないだろう。
そう、それしかないから当然読めていた。
竜の体内に秘めた火炎袋から吐き出された炎が、口内に展開された発射を補助する魔法によって一条の光となってこちらへ放たれる。凄まじい速さ、凄まじい熱量の光線だ。五階層の穴の底を熱光線の光が強く照らし飲み込んでいく。
[<偽造神盾!>]
いつの間にか俺と竜の間に割り込んだドレッドノートが、竜のブレスを前方に展開した黄金に輝く防御壁によって食い止めようとしていた。<技能>と言う物の理解が乏しい俺には何故遙か後方に居た筈のドレッドノートが目の前に割り込めたのかがよく理解出来なかった。<防御>の技能の中には空間転移的な効果のある技があると言う事なのだろうか?
ドレッドノートの使った技<偽造神盾>は最初こそ竜のブレスに押され、後ろに少しずつ押されていたが時が経つにつれ逆に押し込んで行く、どうやらドレッドノートの意思であの黄金壁は動かす事が出来る様だ。
[っ!っはあああああああああああああああ!!]
ドレッドノートが叫ぶと同時に竜へ向けて黄金盾を構えたまま突進していく。
俺もドレッドノートに導かれるように竜へ向けて走る。
[どっせええええええい!!]
姫らしからぬ咆哮と共にドレッドノートが竜の顔面に凄まじいシールドバッシュを炸裂させる。
ゴスッという凄まじく重い音が聞こえてきた、彼女は膂力が低かったはずだがあの技を使ってる間だけ強化されているのかもしれない。
顔をカチ上げられながらも竜は前足でこちらを引き裂こうと最後の抵抗をしてくる。
その前足を祝福された流星を横一文字に払う事によって切り裂いた。竜の前足が血の軌跡を描きながら吹き飛んでいく。竜の目がこちらを見下ろしてくる、こいつはまだ諦めていない、これほど満身創痍にも拘らず。だが引けないのはこちらも同じ、ここまでお膳立てされて決着をつけられないなど恥だろう。
もう動かせないはずの後足を動かしこちらを食らおうと牙を向く竜。
その口は大きく大人数人を一噛みで食らってしまえそうだ。
上から噛み付かんと高速で近付く竜、視野が狭まり意識が加速しかけたその瞬間、チリッと頬が疼いた。
俺は迷わず後ろへ大きく飛び退いた、俺が先程までいた位置を竜の尾が高速で薙ぎ払った。
先程の噛み付く動作はフェイントだったのだ、渾身の一撃を避けられた竜の目が見開かれる。
ああ、分かる、分かっちゃうよ。
普段から魚顔の表情を読むなんていう狂った真似をしている俺だからこそ分かる。
本当に今のは避けられると思っていなかったんだろ、一撃確殺の計算された一撃だったんだろう。
『俺の──俺達の勝ちだ』
祝福を宿した流星が竜の首へ吸い込まれていく。
その振り下ろされる軌跡はまさしく「流星」。
天から降り注ぐ星のように流れるような動作でその分厚く太い首を跳ね飛ばした。




