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01 転落、そして賢者



 俺の名前はバル、五日前に冒険者になったばかりの新米冒険者だ。


 近くの街で冒険者登録をし、初心者向けの軽い講習を終え、まずは腕試しと向かったのは大角カエルのダンジョン。初心者冒険者はまずこのダンジョンで、腕を磨くのが基本だって、冒険者ギルドの初心者講習で聞いていたんだ。


 まあ、ぶっちゃけ大角カエルなんて、子供が石投げて殺せる程度の魔物なので、俺は何の問題も無く最深層に辿り着いたんだよね。罠も特に無かったんだよ、最後の罠を除いてね。


 全三階層あるこの迷宮の最下層は、その全てが灰色の泡で作られたカエルの巣になってるんだ。

 そこにいた迷宮の主、マダラオオツノカエルも剣で切り裂いて呆気無く殺したんだけど……。



 その解体中に踏み込んだ足が泡の床を踏み抜いたんだ。



 そこからはあっと言う間だった、訪れる浮遊感。


 必死に淵を掴もうとしたが掴んだ泡は脆くも崩れ去った。


 最初は手の届く範囲に泡が満ちていたがやがて大きな空間に出たようなんだ、手を伸ばそうが足を伸ばそうが壁に引っかかる気配すらしない。


 やがて暗闇を抜け、何故か空に出た。




 そして、今に至る。

 現実逃避も空しくなってきた、俺の冒険者生活、たった五日で終るのかよ!

 冒険譚みたいに色んな迷宮に挑んで、頼れる仲間と宝をざくざく手に入れて、王都にささやかなマイホームがほしかったのにいいいいいいいいいいいい!


 というか、寒い。

 凍えるような寒さだ!空ってこんなに寒いのか!震えがずっと止まらない!

 どこまでも続く青い空、白い雲、そして青々とした山々と大きな湖が見えていて綺麗だよ。

 死ぬ前に、こんな綺麗な景色が見れて良かった──なんて、思うわけねーだろうがああああああ!!!

 誰でもいいから助けてくれー!!



 薄れゆく意識の中、俺は懸命に声を出したが。

 助けてくれる都合のいい神様など、居なかったようだ。

 俺の初めての冒険はここでおわってしまったのだった……。



◆◆◆◆◆◆



 目を覚ますとそこには俺の顔を覗き込むおばさんが居た。

 綺麗なおばさんだ、金色の瞳に長いまつげ、黄金色の豊かな髪を姫カットにしている。

 その耳は何故か尖っていて長い、異種族?それと、胸がすっごく大きくて女としての戦闘力が高い。


「やっと起きたか」

『ここは……』

「ここは聖都フロンテラの私の家さ」


 俺は起き上がり、周囲を見回してみる。

 不思議な家だった、床・壁・ベッド・テーブル・椅子・扉、全てが一つの木によって作られている。

 そんな中で、自分の寝ているベッドのシーツと掛け布団は上質な白い布で、何だか景色から浮いているように思えた。だが、今はそれよりも重要で気になる事がある!

 

『聖都フロンテラ……?聞いた事ないぞ?』

「んん?聖都を知らないなんて、君は一体何処から来たのかな?」

『俺はバル、マシロ村出身の冒険者だ』

「マシロ村……?そんな村あったかね?魔大陸以外から来たのかい?」


 んん……?



「はぁ、面倒だね。ちょっと調べるから待ってな」



 そう言うと、おばさんの手に分厚い本が現れた。


「この本は全知の書、この世のあらゆる知識が詰まった理想の書さ」

『え?なんでも?』

「なんでもとは、言ってないんだよなぁ……」


 そう言って本に何やらブツブツと唱え始めるおばさん。

 しばらくすると本から赤い光が溢れだし、おばさんはそっと本を閉じた。


「マシロ村マシロ村……ふむふむ。なるほどね、君は上の世界(・・・・)から落ちてきてしまったようだね」

『上の……世界……?』

「そうさ、これを見てごらん?」


 おばさんがテーブルを軽く叩く、するとお皿とケーキが突然現れた。

 室内に甘い匂いがほのかに香る。


『これってもしかして……ケーキ!?初めて見た!!』

「あーあー、まだ食べるな。あとで食べていいから。」


 俺はケーキに手を伸ばそうとしたがおばさんの手がそれを許さない。

 ケーキ……貴族様の食べ物……今まで手の届かなかった甘美なる一品が手の届く場所にあるのに!

 何故だ!なんでこんな意地悪をするのだ!


 「この世界は、このケーキみたいにいくつもの層になっているんだ。君が前にいたのがこの真ん中の層。」


 そう言って、彼女は五層に分かれるケーキの中央、スポンジの層をつついた。


『俺が食べる予定のケーキをつつかないでください』

「あ、もう既にキミの所有物扱いなんだ」

『はい』


 俺は力強く頷いた、自分でも意地汚いとは思うが、次に食べれる機会なんていつになるか……。

 くれると言った以上、力強く所有権を主張しておかないと!

 

「まあいいや、で、この一番底のクッキー生地の部分が今いる世界だね」


 彼女はケーキの断面の最下層を示した。

 なるほど、つまり世界はケーキの断面図のように積み重なっていて、俺は真ん中の層から最下層まで落っこちてきたのか。


『って……えええええええええええええええええええ、もぐもぐ、じゃあ俺……もぐもぐ、一体どうやって帰ればごっくん、いいんですかああああああああああああ!?』

「とりあえず、ケーキ楽しみながら叫ぶの辞めろ、掛け布団がクッキー生地まみれになってるじゃないか!」


 おばさんは、俺を一喝すると杖を振るうかのように指を振るった。

 すると、掛け布団に飛び散ったクッキー生地が俺の口の中に入ってきた。


『もぐもぐもぐもぐ、これが……!貴族の味!』

「はあ、のんきな奴だ。大体、お茶も飲まずによくケーキだけ食べられるな」

『お茶ください』

「はいよ」


 俺はその後お茶を楽しんだ。うん、貴族の雰囲気。


『で、君の元居た世界に帰るには、この世界と一個上の世界にある〝果て無き塔〟を登れば良いみたいね』



 え?



 ──果て無き塔。

 俺の居た世界にも確かに存在していた。

 それは天へと伸びる果ての見えぬ巨塔。

 その内部は、幾万の冒険者を飲み込んできた死の領域で、恐ろしい魔物や罠が待ち受けるという。

 それでも塔の果てを目指す物は後を絶たない、その塔を攻略した者は限り無き富と栄光が約束されると言う伝説がある為だ。


『まあ、住めば都って言うしね。この世界も案外悪くないよ』

「諦めるの早すぎじゃない?!大体、この世界も悪くないって、まだこの部屋しか知らないでしょ?」

『いいえ、いい世界です。そしていいケーキでした』

「とりあえずケーキから離れろ」


 いや、だってさ?無理でしょ?

 熟練冒険者がバタバタ死ぬような塔になんで初心者の身で挑まないといけないんだよ。

 一日で死にそうだわ。


 そんな無謀な冒険に挑むぐらいなら、この世界に適応して生きていく方が万倍まともな人生を送れそうだ。


「まあ、先日冒険者になったばかりのようだし、このまま放り出すのも可哀相か」


 そう呟くとおばさんがグッと手を握り締める。

 するとおばさんの右手から黄金色の光が解き放たれた。

 えっ、なんですかそれは。


 そしてその手が開かれるとおばさんの手の中に青く輝く宝石の付いた指輪が現れる。


「餞別だ、剣を貸して」

『あ、はい』


 俺は彼女に剣を渡した、おばさんが剣に指輪を押し当てると剣が青く輝いた。


「これでよし、ちょっと剣の能力を見てごらん?」


 ん?剣の能力を見る?一体どうやって?

 とりあえずそれっぽい事をやってみるか。


『──父祖より伝来せし我が宝剣流星(ミーティア)よ!!!我にその力を示せ!!!!』

「普通に剣の能力を見たいって願えば見れるからね?」

『あ、はい』


 最初からそう言えよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!

 気を取り直して早速願ってみた、すると?


名前『流星(ミーティア)

【迷宮攻略暦】

迷宮攻略総階層:三階層

迷宮攻略回数:一回

【性能】

鋭さ:B

重さ:D

頑丈:A

【特殊性能】

・その剣は生きている <ランク:なし>

・その剣は壊れる事を知らない <ランク:なし>



 おっ、何か見えたぞ?



『見えました!』

「どれどれ、見せてごらん?」


 おばさんに剣を渡すと、その項目をひとつひとつ説明してくれた。

 迷宮攻略暦とは、その名の通り今までどれほど迷宮に潜ったかを示す値らしい。

 俺はこの剣で大角カエルの迷宮しか攻略していないから、この数値は正しいな。


 次の性能は剣の製造された際の能力だ、FからAの値でその力を示す。

 次の特殊性能は、その剣に宿っている不思議な力を指す。

 この「その剣は生きている」がおばさんの指輪によって付与された力で、その内容は先に出た迷宮攻略暦に応じてこの剣がまるで生きているかのように成長するという物らしい。この力によって次の「その剣は壊れる事を知らない」という能力が生えてきたんだって!すごいね!


「君がこれからこの世界で生きるか、それとも元の世界に戻るかは自由だが。この剣は君の旅路を切り開く、大きな力になるだろう」

『ありがとうございます、いいんですか?こんな力を貰っちゃって!?』



「──ああ、構わないさ。もう対価(・・)は貰っているからね」



え?対価?一体何の事だろう?



『対価とは一体……?』

「まあいいじゃないか。あ、そういえば私はまだ君に名乗ってすらいなかったね」


 何か誤魔化されたが……。まあいいか、いずれ教えてくれる事もあるだろう。

 それにしても、これだけお世話になってにも拘らず名前すら教えてもらってなかったんだな。

 ずっと心の中でおばさん呼びは失礼だしきちんと覚えないと。



「私は聖都の賢者スフレ、今後ともよろしく頼むよ」


 彼女は妖艶に微笑みながら、そう名乗るのであった。



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