第84話 恐るべき生物
ジャックが消滅して、真火流は赤馬凛子を見る。彼女は真火流の勝利に笑っていた。いつも可愛いと思っていたが、この時は格別に可愛く見えていた。もう、彼女に暗殺の仕事をさせる必要はないのだ。
(赤馬凛子、彼女とは同じ時期に暗殺者になった。彼女は、本来こんな世界にいるべきではない人物だ。元々は、ピアニストとして有名な音楽家だった。それが、家族が次々と死んでいき、妹を守る為に暗殺技術を学んだと聞く。
恨みなのか、復習なのかは分からん。でも、その美しい手を血に染め始めた。私に力があれば、彼女をそんな仕事に就けさせる気はなかった。本当は、すぐにでも普通の生活に戻そうと考えていた。彼女の妹に敗北するまでは……)
真火流は、彼女を守る為に最強の賢者になりたかった。それだけの実力があれば、彼女に汚れた仕事をさせる必要はない。だが、かつてのレッドラムとの模擬戦でボロ負けしていたのである。
「ここまで来れたのは、レッドラムのおかげとも言える」
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今から3年前、キングに言われて真火流とレッドラムが戦闘をし始めた。
「えー、私はエアガンしか使えないの?」
「ああ、殺人神父を殺してはいけないからな。殺人神父は、全力で戦って良いぜ」
10歳くらいの少女が、彼の敵として当てがわれる。ただの実力を競うだけではない。自分自身の弱点も見付ける模擬戦なのだ。名前もない彼は、『殺人神父』というコードネームで呼ばれていた。
「ふん、舐められたものだな」
「あれ、私の事も舐めてない? あなた、名前もない孤児だったんでしょう? ナンバーで呼ばれていたのかな?」
「そうだ、養子に出されても名前で呼ばれた事はない。15番、これが私の与えられた名前だった。年齢差は10歳差、舐めても当たり前だと思うが……」
「ふーん、私があなたを認められたら、名前を付けてあげるよ。できるものならね!」
「お前、空を飛べるのか?」
「へっ? 無理!」
「なんだよ、勝負にもならないじゃないか……」
少女は、エアガンを撃つが、実弾との威力の違いに戸惑っていた。銃身もプラスチック製で出来ているし、なんか不満という表情をしている。少女は顔に出易いタイプであり、ヤル気が出ないという感じだ。
「ぶー、威力も弱い。これじゃあ、いつもの私とは違うなぁ……」
「確かに、これじゃあ『殺人神父』が有利過ぎる条件だよな。というわけで、戦うフィールドはレッドラムに選ばせてやろう。このアトラクションの中で、戦いたいフィールドはあるか?」
キングと呼ばれる男は、潰れた遊園地内を指してそう言った。少女は、まるで最初に乗る乗り物でも決めるように即答する。目をキラキラと輝かせて、遊園地の建物を指差す。
「じゃあ、お化け屋敷! 私、一度本物の鬼になってみたかったんだ! 鬼ごっこで遊ぼうよ!」
「じゃあ、今回の戦いは鬼ごっこな。『殺人神父』は気絶したら負け、レッドラムはお化け屋敷内から彼を外に出したら負けな!」
「ふぁーい!」
「うーん、『殺人神父』が入ってから、レッドラムは30秒後に入れよ。俺とアリスちゃんが出入り口を固めているから、不正はできないぜ?」
「よーし、頑張っちゃうもんね!」
『殺人神父』は、レッドラムと呼ばれる少女を甘く見ていた。お化け屋敷に入り、ジェット推進で逃げ切れると思っていた。お化け屋敷に入って40秒後、彼は冷たい床の上に叩き付けられていた。
(なんだ、あの子は……。アレでは、紛れもなく鬼じゃないか……)
気絶する瞬間に見たレッドラムの姿は、美少女とは思えないほどの恐怖を彼に与えていた。本物の化け物、生まれて初めて女の子に恐怖を持った瞬間だった。対峙して初めてわかる化け物を前に、彼は手も足も出なかった。
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「油断はしない。全力でジャックを倒した。飛んでいるだけで、もう限界に近い。なのに、威圧感が消えていない。ジャック以上の賢者が存在するというのか?」
真火流は、急いでジャックが居た方を見つめる。誰も、何もないにも関わらず、ビリビリとする緊張感を感じていた。すると、徐々に謎の生物が巨大化して行く。ハエのような大きさから人間大の大きさになっていった。
「なんだ、あれは……」
「ふふ、僕だよ。ハンナちゃんの夫になるジャックさ!」
「なぜだ、なぜ生きている!?」
「女の子に涙を流させるような奴には、僕は負けないという事さ!」
ジャックはそう言って茶化すが、ちゃんとネタがある。クマムシという極小の生物は、目にも見えないほど小さいにも関わらず、生命力は宇宙空間でも生き残れるほどの耐久力を持っていた。それにより、爆風と放射能に耐えていたのである。
(くっくっく、核爆弾といっても威力は弱かった。自分の命はともかく、仲間の命まで奪うほどの威力を出すわけにはいかないだろうからな。ギリギリ城の中にまで影響を及ぼさない程度の威力だったのが仇になったな。まあ、賢者タイムもあるだろうしな)
ジャックは、鳥人になったまま自分で開発した薬を飲む。全快ならば6時間同じ姿を固定できる薬だが、わずかな時間でも数分間は鳥人モードを維持する事ができる。これがジャックの賢者タイムを乗り切る切り札だった。
「真火流とやら、お前はもうジェット噴射で飛んでいるのも限界だろう。だが、僕はこの鳥人モードで後30分は持つ。これで、僕の勝ちは決まりだ!」
「くう、たしかに私は賢者タイムに近い。でも、全力で迎え撃つだけだ!」
ジャックと真火流が接近戦で戦おうとした時、真火流の胸に穴が空いた。ライフルのようなスピードで攻撃されて、ジャックでさえ何が起こったか分からなかった。狙撃されたと知った時、すでに真火流に空を飛ぶほどの力は残っていない。
「なんだ? ぐっは……」
狙撃は、城の方から飛んで来た。容赦のない無情な攻撃だった。
「これは、狙撃か!?」
地面に向かう彼を、ジャックが受け止める。即死は免れたが、瀕死の状態だった。城の中にいるダイアナとハンナにレッドラムの脅威が迫っていた。真火流の事に気が取られて、ジャックに彼女達を助ける余裕がない。




