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第7話 大賢者の苦悩

「お前、なんでアリッサと一緒に住んでいるんだ?」


 私とハンナは、洗濯物を洗いながら話し始めた。今まで会話はあったが、嫌がらせのような言葉ばかりだった。ここで初めて、彼女が私に関心を示して来たのだ。私は、素直に嬉しくなり、会話を続ける。


「私、グロリアスの弟子だから……」


「私は、アリッサの妹で、彼女の弟子だ! いつも小説を読ませて貰っているし、勉強も見て貰っている。家事だって、かなりできるようになったんだぞ!」


「ふーん、私は、同じ屋根の下で暮らしているし、下着姿の彼女とか見れたし、一緒にお風呂に入れる可能性もあるんだからね!」


「うう、羨ましい……。叔父さんが私を引き取ると言わなければ、今頃は私が一緒だったのに……。叔母さんは親切だけど、お風呂に一緒に入るとかはないよ。そもそも、アリッサみたいにそそる体付きじゃないし……」



「一緒に入る? 洗濯し終わった後なら、彼女とも一緒に入れると思うけど……」


「えっ、良いの?」


 アリッサの今までの反応からして、お風呂に一緒に入るのは容易に思えた。1つの障害を除いては、私達3人でお風呂を楽しむ事も可能だろう。


私とハンナが話していると、その障害であるグロリアスが自分の部屋から出て来た。枯れた振りをしているが、彼は相当の策士だった。自分がするべき仕事を私達に押し付けて、アニメ観賞をしていたのだ。


「ふー、今日も良いトレーニングを積んだ。まさか、あそこであんな展開になるとは思わなかった。このトレーニングは、本当に賢者として役に立つよ。


毎日やらなければならないという日課は重荷になるが、強さと発想力を鍛えるには必要なトレーニングだ。まあ、凡人には理解し辛い、相当厳しいトレーニングなのだが……」


「何しに来たのよ?」


 私は、手洗いで洗濯するのが面倒臭くなっていた。いくらハンナと協力していると言っても、手洗いでの洗濯は量も多いし、キツかった。そして、グロリアスのパンツを手にかけたのだ。洗わずに捨ててしまおうと思っても仕方がない。その為、彼を見かけただけでイラつきを感じていた。



「おやおや、そこにいるのは、洗濯機を破壊して、手洗いをしなければいけなくなったローレンちゃんじゃないですか。俺のパンツまで洗って貰い、本当に精が出ます。どうかね、修行の成果は得られそうかね?


 大方、ハンナと喧嘩ケンカをして、洗濯機を壊してしまったのだろう? その代償として、少しは魔法技術マジックスキルが上達したのかね? 特別に、今夜だけ2回の修行を付けてやろうか?」


「ふふん、私の上達ぶりを見て、驚くと良いわ。すでに、あなたの提示した条件なんか超えているんだから……」


「ほーう、それは頼もしい。ぜひ、見てみたいですな!」


「洗濯が終われば、見せてあげるわよ。あなたも手伝って?」


「謹んでお断りします! 無職ニートが仕事をしたら、無職ニートじゃなくなってしまうからな。俺は、自分の依頼された仕事以外はしないようにしているんだ。アニメ観賞と漫画と小説を読むのが疎かになってしまうからな!」



「じゃあ、依頼するわ。手伝って?」


「依頼はWEBウェブで! 俺が関心を持った依頼だけを調査している。謎や不可解な現象のない依頼、美女と会わないような依頼、金額が少ない依頼、つまらなそうな依頼は受け付けていないから、そのつもりで!」



「うー、手伝う気ゼロか……。そろそろ腕が痛くなって来たのに……。せめて、自分の洗濯物は、自分で洗いなさいよ!」


「自分の必要な仕事さえもしない、それが真の無職ニートなんだ。お前達は、まだ無職ニートの本当の凄さを知らない!」


「知りたくもないんだけど……」


 私とグロリアスが話していると、最後の一枚をハンナが洗っていた。粗方洗濯が終わると、アリッサが笑顔で終了の合図を告げる。私は、洗濯という苦行が終わった事を知って、ホッと胸を撫で下ろした。


 しかし、この苦行は今日の分が終わっただけなのだ。明日になれば、また新しい洗濯物が量産される。転生てんせいを繰り返しているような途方もない行為を前に、私は目眩めまいを感じていた。早く解脱げだつの方法を開発しなくては、精神的に参ってしまう。



「ふふ、お疲れ様。じゃあ、これから休憩にしましょうか? 美味しいミルクティーを淹れてあげるね! その後は、ハンナちゃんお待ちかねの読書タイムですよ!」


「わーい!」


 ハンナは、エサが貰える子猫のように、アリッサの後を付いていく。私は、また彼女の事が気に喰わなくなっていた。そして、母親役のアリッサにも友達を盗られたようでムカついていた。


 母親が自分以外の子に関心を持っていると、イラついて2人に嫉妬してしまう現象だ。ハンナとそれなりに仲良くなっただけに、アリッサにもやり場の無い怒りを感じている。私は、まだまだ子供だという事だ。


「私も一緒に行く!」


 私は、ハンナに負けじと、2人の後に付いていった。グロリアスは、私の様子を見ると、クスッと笑って見ていた。まるで、全てを悟っているかのような得意満面な笑顔だった。私達がロイヤルミルクティーを淹れている間に、アリッサの部屋に忍び込んでいる。下着でも漁る気なのだろうか?



「はーい、ロイヤルミルクティーもできましたし、今夜は特別に、私の部屋で読書タイムを3人で楽しみましょう。分からない単語とか、四字熟語とかは、私が教えてあげるから心配いらないわよ!」


 こうして、私達は、ロイヤルミルクティーと少しのオヤツを持って、アリッサの部屋へ向かう。私の部屋は、屋根裏部屋とクローゼットを改装したような部屋だったが、彼女の部屋は違う。お姫様が寝るような可愛い装飾が施されており、ピンク色で統一されていた。



 まさに、花園をイメージしたような部屋だ。女性特有の甘い香りも漂っており、グロリアスが入れば失われていた性欲も回復するであろう。彼女の聖域に相応しい可愛い空間であった。


先に入ったであろうはずのグロリアスは居らず、私達はお揃いのネグリジュを着て、安心してくつろぎ始めていた。私は青色、アリッサはピンク色、ハンナは黄色だった。


「あー、疲れた……。洗濯って大変……」


「ふふ、疲れた時には、甘い物よ。何百年経っても、女の子が甘い物に目がないのは変わらないわね。さあ、ロイヤルミルクティーとイチゴのケーキを食べてください。お母様が作ってくれた物なんですよ。ゆくゆくは、ここの看板メニューにしようかと検討中のようです」



「ふー、ミルクティーは美味しいです……」


「あら、良かった!」


「うーん、イチゴのケーキは、パサパサしてるな。保存状態が良くなかったんじゃないか? これじゃあ、売れないぞ。スポンジは、もっとしっとり滑らかな舌触りでないと、若い女性の好みにも合わないし、男性の俺でも食べ難いな……。



水分が随分と持っていかれている。冷蔵庫に入れるだけではなく、水分が乾燥しないように保存する事が必要だ。どうやるかは俺は知らんが……」


 私がケーキを食べようと思って皿を見ると、そこのケーキが消失して、室内にむさ苦しいオッさんが侵入していた。この花園には合わない野郎なだけに、違和感が半端ない。


それでも、彼の気配を消す能力は優秀で、ケーキが消え去るまでは存在に気付かなかった。それは、彼と同レベルであるアリッサも同様である。突然の出現に、露わになったピンク色のパンティーを隠す。


「うわああああ、グロリアス、なんでいるんですか?」


「ふん、どうやら、ちょっと本気を出し過ぎて、すでに賢者タイムだったようだな。俺が部屋の中にいる事も気付かないとは……。今、俺が悪しき者だったなら、この場にいる全員が斬り殺されているぞ。賢者たる者、いついかなる時も油断していては、ダメだぞ!」



「どうせ、隠れてパンティーでも漁っていたんでしょう。全く、油断も隙もできない男ですね。自分の部屋でくつろげないなら、どこでくつろげというのですか?


全く、新品のパンティーにしていたから良いものの、古いパンティーだった場合、記憶を消してもらいましたよ。まあ、すぐに隠したので見れなかったとは思いますが……」


「俺は、今日2回ほどお前のパンティーを見ている。どちらも同じ色と形だった。どうやらまだ風呂には入っていないようだな。洗濯が思ったよりも長引いて、3人で風呂に入るよりも小説を見せるのを優先させたか。では、俺もお前の小説を確認させてもらおうか? お前の第一読者は、俺だというのを忘れるな!」



「ふん、小説を読みたくて衝動的に入ってしまったようですね。そういう事なら仕方ありません。最初の読者に、3人を優先させてあげますよ。本当は、ローレンちゃんとハンナちゃんの2人の予定でしたけど……」


「ふん、酷評でいかせてもらうぜ!」


 こうして、私とハンナ、グロリアスの3人が、彼女の小説を読む事になった。彼女がパソコンを起動させ、2人が食い入るように見る。私は、分からない単語も多数あって理解する事が困難だった。意味が分かっても、小説を読み慣れていない為、どこが面白いのかさえ分からない。



「ほう、萌えるキスシーンじゃないか。服を脱がす手順も良い。流れるような主人公の手付きだ。下着姿での会話が、読者に焦らしテクニックを与えている。すぐに脱がすのは、官能小説の部類だが、お前は徐々に脱がしながら、主人公の萌えと相手の萌えを引き出している。今回は、ここの部分で終わりか……」



「ラブシーンに突入すると思いきや、相手を見つめて照れたり、相手の匂いを嗅いで緊張したり、触覚による驚きとかも書いてあって、五感を刺激するような素晴らしいできです。ああ、15歳じゃないのが口惜しいわ。次は、完全にヤバイシーンだから、見れないのが残念!」



「いやいや、ハンナとローレンが楽しめるようにも書いている。おそらく、本番はせずに、なんらかの展開が起こる可能性が高いぞ。早く続きが読みたい!」


 興奮する2人に対して、アリッサは喜んでいた。どうやら読者が喜んでくれた事が一番嬉しいらしい。


「ふふ、続きは来週ですよ! 今日は、小説をWEBウェブサイトに載せないと……。きっと、アクセス数が多くて、感想やレビューが大量に押し寄せるわ。キャー、書籍化しちゃったら、どうしよう?」


 興奮する3人だが、私だけ蚊帳の外だった。高いテンションにも付いて行けず、読者の2人にもイライラする。みんなが楽しんでいる中、私だけが取り残されていると、その元凶を破壊したいという衝動に駆られていた。一瞬誤作動が起きるだけだろうと思い、ちょっと彼女のパソコンに触る。



「どこが面白い所なの?」


 私が触れた瞬間、バチっと静電気が発生して、パソコンの画面が真っ暗になった。いきなりブレーカーが落ちて、一瞬にして暗闇になるような錯覚を感じる。しかし、部屋の中は明るく、パソコンだけが物言わぬ暗黒の世界を映し出していた。私自身も何が起こったのか分からず、呆然としている。



「いやああああああああああああああああああ、私の2日間の作業が……、徹夜までして頑張ったのに……」


 殺人事件が起こったのかと思うほどの素晴らしい悲鳴が轟いていた。アリッサは怒りを通り過ぎて、小説のデーターを失った事で悲しんでいた。発作的に気絶し、仰向けで倒れる。


ハンナがなんとか支えようとするが、全く力の入らない大人の体を支える事はできなかった。押し潰されそうになっている所を、グロリアスに支えられて助けられる。


「アリッサ、お前の小説は素晴らしかった。俺がなんとかしてやるから心配するな!」


 グロリアスはそう言って彼女を励ますが、彼女は体を痙攣させて、聞いていないように見える。あまりの出来事が発生した事で、私は不安と悲しみに打ちひしがれていた。


まさか、ここまでショックを受けるとは思ってもいなかったのである。ちょっと誤作動でも起きてしまえくらいの気持ちはあったが、彼女が気絶するほどショックを起こすとは思わなかった。


「ごめんなさい、私が電気ショックを起こしたせいで……」


 グロリアスは、アリッサの服の乱れを整え、彼女が苦しくない姿勢にする。いつもの美しいアリッサの顔へと徐々に戻していった。それでも目を覚まさず、呼吸は乱れたままのようだ。グロリアスは、彼女が危機を脱した事を悟り、私に説教をし始めた。



「ふー、なんとか落ち着いたかな? ローレン、人を傷付ける事の苦しさが分かったようだな。故意にパソコンを壊そうとしたわけではないのだろうが、ちょっとの悪戯心が思わぬ事故を引き起こす事も多々有り得る。


今度からは、自分を制するように抑える事だ。小説のバックアップは取ってある。そこまで心配する必要はないぞ」


「本当!? 私も早く小説の面白さが理解できるようになりたい。今は、全然理解できなくて……」


「10歳で親元を離れて旅して来たのだ。理解できないであろうとは予測していたよ。ゆっくりと読み書きも教えてやるから心配するな。主に、アリッサが教えるのだろうが……」


 グロリアスは、彼女を見つめて状態を確認する。彼女の白い頰と、象牙のような肌をした肩に触り、決心したように目を瞑る。まるで、王子様がお姫様をキスで起こすようなワンシーンが展開されていた。


徐々に2人の唇が近付いていき、グロリアスが瞬きしながら狙う位置を定めていた。彼の性欲が強くなっていくと、ロマンチックな雰囲気は消失して、変なオッさんがいるなと感じる。


「とう!」


 唇が触れると思った瞬間、アリッサがグロリアスに頭突き攻撃を繰り出した。唇よりも額の方が先に彼に到達し、彼の額に思いっ切りぶつかる。彼女は頭突きを覚悟していたが、グロリアスは全く予期していなかった。


頭突きの直撃を受け、子供のように転がり回っていた。鼻から血を流し、変態である事もアピールしているようだ。


「つうう……、アリッサ、無事だったか……」


「ふう、危なかった……。そろそろ2人の仲も進展させるか。キスくらい、緊急時だから許してくれよ、と言っていました。人口呼吸に見せかけて、私の唇を奪おうとするとは……」


「だからって、頭突きはないだろう。くっそ、せっかくお前の小説を守ってやったのに……」


「それには感謝していますが、唇を奪わせるわけにはいきません!」


 アリッサは、唇を押さえて、ボーッとする。わずかに彼の唇に触れていたようだ。その事を考えて嬉しそうな顔をするが、私達子供2人がいる手前、正直な気持ちを表現する事もできない。


ふふ、とグロリアスの方を見て微笑んでいた。彼も満更でもないようで、照れ隠しをしてギクシャクしていた。ちょっとイライラする場面だが、私がきっかけを作ってしまったから仕方ない。


「さてと、そろそろパソコンを再起動させてみるか。元通りに動けば良いが……」


「直りそうなの?」


 グロリアスがパソコンを弄りだしたので、私はそう問いかける。娘が普段とは違った父親を見るように目を輝かせていた。


普段はぐーたらで、邪魔な存在だと思っていたが、やる時はやる男なんだなという事を確認させられる。そんな期待を込めた目で見つめていた。それは、アリッサもハンナも同じであり、彼の一挙手一投足(1つ1つの行動)を見守る。



 しかし、期待して見つめていても、パソコンの画面に光が宿る事はなかった。何度ボタンを押しても、暗黒の世界を映し出しているだけだった。完全にショートしてイカれてしまっているらしい。購入から10年間は経っているため、保証期間も過ぎているし、新しく買い換えるほかない。



「ダメだな……。寿命だったようだ。長年使っているし、そろそろ危険な症状である事は知っていた。偶に、固まって動かなくなる事があるしな。誰が悪いという事ではなく、丁度良い時間だったのだ。アリッサの小説のバックアップも取ってあるし、被害は最小限に押さえられたはずだ」



「そうですね。洗濯機が壊れたのも、パソコンが壊れたのも偶然よね?」


 何も知らないアリッサはそう言って納得していたが、グロリアスは私の方を見ていた。さすがに、私の静電気が原因で壊れましたとは言えない状況だった。沈黙して、これ以上被害を出さないように頑張るしかない。しかし、魔法技術マジックスキルが強化され始めた以上、今まで以上に被害が拡大する事は必然だった。



(うー、次はしないように努力しようとは思うけど、無意識で発生する事もあるし、絶対に壊さないとは言えないよ……。何か、対策があれば良いけど……。最悪、この家を出て行って、どこかの山奥でひっそりと暮らすしかないか……。修行は、グロリアスが定期的に教えてくれるだろうけど……)



 私は、アリッサの部屋から出て、自分の荷物をまとめて、この家から出て行こうと思っていた。自分の部屋に辿り着くと、グロリアスが待ち構えていた。険しい顔付きで、私に対して怒りを感じているようだ。洗濯機とパソコンの被害額でも請求されるのだろうか?



「グロリアス、やっぱり私が原因だよね。なんだかんだ言っても、結局は私の魔法技術マジックスキル所為せいだろうし……。お金は必ず払うわ。それと、あなたへの指導代もなんとか支払ってみせる。


だから、賢者の修行だけは続けさせて欲しい。それだけが、私が生きてこれた支えなの……。それも無くなったら、何をして生きていけば良いかも分からないよ……」


 私は強がっていたが、次第に涙が溢れてきていた。わずか数時間だが、ここでの生活は楽しかった。私の失われた3年間を埋め合わせるだけの価値があると思っていた。でも、自分のせいで他の人に迷惑をかけるのなら、ここを出て行く他ないのだ。



「約束では、明日の昼に俺の仕事を手伝ってもらう約束だが? それに、被害は最小限に抑えられたと言ったはずだ。お前がここを出て行く必要はない。ここで修行して、アリッサの指導の元で働き、家族として生活して行くんだ。俺は、一度弟子にした人物を、不出来だからという理由で投げ出すような男ではない」



「でも、私といると、また電化製品が壊れてしまうよ。次は、グロリアスの大切なテレビかもしれない。なんだかんだ格好を付けて引き留めても、厄介だと思えば追い出されるんでしょう? それならば、余計な同情なんかされずに、追い出された方がマシだよ!」



 グロリアスは、私にある物を差し出してきた。それは、革製の手袋であり、電気を通さず、静電気を吸収する仕様だった。見た目もオシャレで、私のサイズに合わせて作られていた。


「手袋は、淑女の証だぞ。これからは、魔法を使用しない時は、手袋をはめていろ。多少は不便かもしれないが、静電気が発生して機械を破壊するのを防ぐ事ができる。


それに、静電気を吸収するから、外した瞬間、しばらくは静電気を発生させない仕組みだ。自分で制御できるようになるまでは、これで魔法技術マジックスキルを抑えるんだ」


「ありがとうございます……」


 私は、彼に貰った革の手袋を装着する。電気をイメージしても、静電気が発生する事はなくなっていた。手袋以外の場所が当たっても、静電気を吸収する機能が働き、電化製品を破壊する事はない。これで、再びグロリアスやアリッサと一緒に生活できるのだ。



「それでは、お前の修行の成果を見せてもらおうか? この銅の板を使って、10秒以内に電気ショックを5発連続で発生させろ。今のお前ならば、おそらくできると信じている」


「うん、見てて!」


 私は、ハンナとの戦いで習得した『五本指の衝撃(ファイブフィンガーショック』を披露する事にした。技名も声に出して、電気ショックを5発発生させる。夜で薄暗い私の部屋を、電気ショックが眩く照らしていた。グロリアスは、驚きの表情を見せる。



「ほーう、わずか数時間で、与えられた課題の更に上を行くとは……。お前、賢者の才能があるのかもしれないな。だが、1つアドバイスだ。『五本指の衝撃(ファイブフィンガーショック』は、覚え難い。


『指の衝撃フィンガーショック』くらいが技名としてはベストだろう。あんまり長いと、技名を忘れる事もあるしな……」


「うん、『指の衝撃フィンガーショック』にするね!」


「じゃあ、次のステップだ。今度は、1分以内に60回以上連続の『指の衝撃フィンガーショック』を与えられるようにしろ。この銅の板は、本来の使用目的もなくなったので、お前にやる。


朝、昼、晩と、気が付いたら5分間くらいの練習をしておくんだ。お前は集中力もなさそうだし、そのくらいの頻度がベストだろう」


「うー、まるで、薬の時間みたいですね。でも、その通りかもしれない。気が付いたら時間が過ぎていたなんて事は良くあるし、そのくらいなら負担がなくてできそうな気がするよ!」


 自分ができるように思わせる事、これが何かのスキルを上達させるのに必要な事なのだ。最初の内から一気に詰め込ませようとするのではなく、負担にもならないできそうな事を自主的にやらせるのだ。私は、グロリアスの思惑にまんまとハマり、数分間を修行に明け暮れていた。



 ハンナは、もう夜遅くなので自分の家に帰る事にする。アリッサに見送られて、喜びながら帰って行った。通り道で私の部屋を見付けると、電気が灯るように閃光していた。彼女は悟る、ライバルの私が新たなステップに踏み出していた事を……。自分も負けないように、早足で自宅へ帰って行った。



 彼女は自分の部屋で、私と同じように自分の魔法技術マジックスキルを上達させる気なのだろう。この日、静かな夜がゆっくりと過ぎて行った。フクロウの鳴き声だけが、ホーホーと聞えてくる。明日の昼頃には、グロリアスと一緒に、別の街へ冒険の旅に出かけるのだ。

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