第77話 蘇る謎の賢者の記憶
ジャックの精神攻撃により、グロリアスとハンナが死にかけている頃、私と風の賢者は一緒に部屋の中へ入っていた。風の賢者は、真面目なタイプの男で、私の両親を殺した謎の賢者とは似ても似つかない。それでも、謎の賢者が風属性の攻撃を操ることだけは覚えていた。
「あのお、1つ聞いても良いですか?」
「時間はありますからね。別に、問題はないですよ。何ですか?」
「実は、私の両親は、風使いの賢者に殺されてしまったようなんです。あなたとは全然タイプが違うのですが、奴は自分の事を無限賢者と言い、相当レベルの風属性の使い手のようです。何せ、私の両親は炎属性の攻撃を持っていたのに力で押し切られてしまったんです。
それに、私のお母さんも氷使いの使い手でしたが、私を逃す為に尽力して亡くなってしまいました。何か、あなた達の情報網で思い付く人物はいますか? 私では、まだ敵わないのは分かっていますが、探しているんです」
「なるほど。賢者能力が強いので、何か大変な経験をしている事は分かっていましたが、そういう事でしたか。結論から言うと、分かりません。ですが、あなたのお父さんとお母さんならば、多少は知っているつもりです」
「本当ですか!?」
「ええ、私達の中でもかなり有名な賢者でしたからね。私よりは、グロリアスやジャック、ダイアナの方が詳しいでしょうが……。彼らが亡くなった原因というのは、ある巨大な組織に目を付けられたという点が考えられますね。おそらく、その刺客にやられたのでしょう。
かなり際どい事をやっている奴ららしいのですが、賢者能力が強過ぎて目撃証言がほとんど無いのです。噂では、賢者タイムを封じる賢者の石を探り出したのだとか……。無限賢者というのは、それが原因かもしれませんね」
「その巨大な組織の中に、謎の賢者がいるという事ですね?」
「可能性はありますね。あなたは自力で探す必要はありませんよ。我々も、グロリアスもその組織を追っているのですから。あなたがグロリアスにくっ付いていれば、相手の方から近付いて来る事でしょう。
あなたは、自分の賢者能力を磨く事に専念してください。今のままでは、戦力としては数える事ができません。少なくとも、威力を調節できるようにならなければ……。威力が調節できて、次の応用技を操るステップに行くのです。
そこまで行けば、賢者タイムになる時間も調節できますし、様々な状況にも対応できる全能型の賢者にもなれるでしょう。正直に言いますと、あなたの賢者能力は応用性も高く、かなり使い易い能力のように思いますよ」
「あ、はい、頑張ります!」
「では、このテキストを読んでおいてください。エイトガンの構造について説明されています。あなたは今は電気を発生させるだけの能力しかありませんが、基本的な属性変化を知っている事で、エイトガン無しでも自然属性の技を使えるようになります」
「えー、クソ面倒くせい!」
「女の子がそんな言葉を使うもんではありませんよ。全部を覚えるのは難しいかもしれませんが、1つ1つを理解して行くのはそれほど大変でもありません。今日は、火球の発生の仕方だけ覚えていきましょう。エイトガンが壊れる事もあり得ますからね」
「ふぁーい!」
「返事は、『はい』で短く!」
「はい!」
風の賢者は、結構教育熱心な教師だった。子供の返事などにも1つ1つ調整を施していく。彼曰く、些細な事でも注意していけば、マナーのある大人になれるという事だ。それを日常生活に慣れさせて行くには、教育者側に根気と努力が必要だという。
一朝一夕でできるわけではないのだ。3年間、子供の行動を見守る温かい目で見ていながら、間違った事には厳しい目で見る必要があるのだ。それでいて、教育者の方にも手本としての行動をしている。それは、口で言えるほど簡単ではなく、かなりの覚悟が必要な事だ。
「うへぇ、こんな堅っ苦しいのなら、教師は私には無理だな!」
「何か言いましたか?」
「いえ、別に……」
「ふふ、今は無理だと思っていても、成長する事によって、私とは違う方法で良い教師になる事はできますよ。あまり、偏った見方をせず、自分の理想の教師を目指して行くという事もできますよ。何事にも、偏見や苦手意識はダメという事です」
「うー、勉強は苦手!」
「まだ5分もやっていないのに……」
この時の私はまだ分かっていないが、風の賢者もやはり優秀な教師だったようだ。だからこそ、グロリアスやジャック、私達などと価値観がぶつかる事があるのだ。私は、教師かぁ、とか思いながら勉強をし続けていた。
すると、城内の至る所から爆発する音が聞こえてくる。どうやら戦闘が始まったようだ。風の賢者も、出て行きたい衝動を抑えて、私に恐怖を与えないように励ましていた。隣の部屋にいるアリッサは、小説の執筆に没頭していて、爆発にすら気付いていなかった。
「ふぁあ、なんだ、なんだ!?」
「どうやら戦闘が始まったようですね。万が一にもここが攻撃された場合は、あなたの判断で動いてください。生き残る事を優先にしてね。私も、あなたを守るつもりですが、敵が敵だけに、絶対に守り切れるか自信がありません。あなたは逃げに専念してください」
「うん、とりあえず、寝ないように勉強を頑張る……」
「今まで、寝てましたね……。もう寝てた方が安全かも……」
風の賢者は、私をベッドに寝かせて眠らせようとしていた。しかし、いくら真面目な男といっても、所詮はオオカミだ。美少女の私の寝顔を見て、アニマルに変化してしまうかもしれない。気が気で眠ることなどできなかった。
「いやーん、私が少しでも寝たら、寝チューでもする気なのね。所詮は男と女、年齢に関係なく恋愛対象に含まれてしまうわ」
「あり得ませんよ。これでも妻と娘がいるのです。あなたごときの寝相では、寒そうなので毛布をかけてあげましょうくらいしか思い浮かびませんよ。ほらほら、教科書を絵本代わりに読んであげますから、寝ちゃってくださいよ」
「その手には……、ぐー」
私は、教科書を朗読されるという禁断の魔術によって熟睡し始めていた。もう爆発の音とか気にならなくなっていた。難しくて内容さえも良く分からないのだ。心地良いポエムとなり、私を夢の世界に誘っていた。
「ふう、眠りましたか。そのまま眠っていれば、起きた時には、この戦いにも決着がついている事でしょう。では、お休みなさい」
風の賢者は、私に毛布をかけて、私の寝顔を見守っていた。ダイアナとグロリアスに任されている以上、迂闊に持ち場を離れるようなタイプではなかった。
敵を警戒しつつ、私とアリッサの安全を見守っている。その部屋の外では、バーンという爆発音やピーンという謎の音が聞こえていた。どうやら戦闘はますます激しくなっているらしい。
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パーティー会場以外では、キマイラ達が細い鉄のワイヤーに絡め取られて、身動きが取れなくなっていた。いくら優秀なキマイラ達でも、動物を捉える動きをするワイヤーの檻には成すすべもないようだ。カステラが状況を確認していた。
「ダイアナ、パーティー会場以外のキマイラ達がワイヤーに絡み取られています。おそらく、このパーティー会場にも罠が仕掛けられているかと……。このままでは、この鉄のワイヤーによる罠で全滅してしまう危険が……、どうしましょうか?」
「どうやら敵は切れ者の錬金術師タイプの奴のようね。なら、私が戦うわ! カステラちゃんは、フォーメーションAで私を守ってください!」
「はい、わかりました!」
ダイアナとカステラが話し合っていると、敵の賢者が彼らに攻撃を仕掛けてきた。グロリアスやジャック、他のキマイラが鉄のワイヤーに捕らえられて行く。周囲から攻撃されては、どうやら成す術もないようだ。
「おいおい、ワイヤーに捕まってしまったぞ。緊迫プレイか?」
「どうやら、敵は恐ろしいほどのドSのようだね。僕達とは相性が悪いようだ。この敵を倒せるのは、女性の賢者にしかできないだろう」
「ああ、攻撃方法からして、あのライダースーツを着こなすお姉様だろう。うう、想像しただけで縛られてみたいと思い、身動きが取れない!」
グロリアスとジャックはほぼ無抵抗で捕らえられそうになっていた。そこをダイアナのメスによって助け出される。鋭いメスによって、鉄のワイヤーを切り裂いているようだ。彼女には、壁に仕掛けられた見えない鉄のワイヤーも的確に反応する事ができるのだ。
「グロリアスとジャック、あなた達は黙って見ていなさい。この敵は、私とカステラちゃんで交戦するわ。なかなか良い女みたいだから、捉えて調教して、私のペットにしてあげるわ♡」
「ワイヤーを切った時は、この女何するんだ?と思ったが、そういう事なら仕方ないな。俺達では女の子を殴れない。セクシー美女の強者を倒すのは、セクシー美女しかいないと物語協定の暗黙の了解だからな。俺達では手も足も出せないぜ!」
グロリアスとジャックは、敵と味方の美女がセクシーな姿になるのを心待ちにしていた。この戦いはそう、2人の美女がどれだけセクシーに戦えるかを見守る戦いなのだ。負けた相手は、ほぼ全裸で痴態を晒す事になる、恐るべきプライドをかけた戦いなのだ。




