第75話 カステラ・フィリップスへの教育的指導
ダイアナは、一瞬じっとカステラを見つめる。食われそうな圧力を感じて、彼女は後退りを始める。因みに、賢者協会のボスとアリッサは、各々1人で部屋に篭っていた。ボスは何しているか分からないが、アリッサは小説を書きまくっていた。
「結論から言うわね。カステラちゃんを私の軍団に入れるために、ジャックと協力して傷付けたわ。私が必要とするキマイラを、賢者協会のボスの資金を使い、ジャックに依頼して数年間にわたり世話をさせた。
今でも、出来の良い子はダイアナ軍団に引き込んでいるの。あなたは、その中でも特別に協力で可愛かったから、こんな手間取る方法を使ったのよ。男役を演じさせて、ジャックに傷付けさせて、私が回収するというね……」
「そんな……」
美しいと自慢していたお母さんが、突然遠くに感じられた。今、自分に語りかけているのは、本当は別人では無いかと考えてしまう。こんな冷酷な女性であった事が信じられないといった表情だった。
「ジャックがキマイラを作り出した時点で失敗作がゴロゴロ出るようになったわ。このまま彼の強行を見ていれば、数億人が犠牲になっていたでしょうね。彼は、科学者よ。絶滅した静物を復活させるためには、数万種類の実験をする必要があった。
でも、中には生きて成長して行く個体が出現した。生命としては安定していないけど、なんらかの形で新しい生命を生み出す可能性もあった。そこで、ダンジョンを設置して、彼らに生活させるようにしたのが始まりよ」
「ジャックが……」
カステラは、ジャックを睨みつける。彼が生命を弄んでいるように感じているのだ。だが、実際には、絶滅した静物を復活させるためには必要な措置となっていた。失った物を取り戻すのは容易では無い。誰かがキツイ作業をせねばならないのだ。
「カステラちゃん、絶滅した生命を復活させるには、遺伝子研究と犠牲が必要なのよ。彼が尽力しなければ、いずれは全ての生物が死に絶えてしまうでしょう。彼はそれを防ぐために、少しずつだけど生態系の食物連鎖を回復させているわ。
この辺一帯が自然豊かな土地になっているのも、キマイラ達の働きが大きいわ。キマイラ達は安定した生命を育み、徐々に個別の生物に戻りつつあります。あと少しで、荒廃した世界も潤いを取り戻し始めるでしょう」
「でも、そう簡単に絶滅した生命が蘇られるでしょうか? 進化論者だって、不可能だったはずなのに……」
カステラが物理的な内容を語り始めると、ジャックが説明をかって出る。ニヤニヤと笑いながら、楽しそうに話す姿を見ていると、コイツを消してしまった方が良いのでは無いかという錯覚に陥る。でも、本当は世界の助けになっているらしい。
「進化論という観点を持っていると、生物は自然と個別の形に進化したように感じるけど、実際にはそうでは無いのさ。生物全てには、遺伝子という設計図が存在して、それによって全ての生物が安定した成長を遂げるんだ。
猫なら猫、犬なら犬、イルカならイルカといった具合にね……。だから、僕は不安定な細胞を探した。どんな生物にも変化できる細胞をね。それが見つかれば、遺伝子を変化させるだけで別の生物に作り変える事が可能だ。
それは、僕らの体の中にあったのさ。万能細胞と呼ばれる物質がね……。キマイラとは、まず人間の細胞を万能細胞に作り変えて、そこから新たに別の生物に変化させる事の出来る全身万能細胞人間といった存在なんだ」
「万能細胞人間!?」
「ただ、それだと体が安定せず、人体に多大な負荷が掛かってしまう。そこで取り入れたのが賢者タイムだ。ある程度まで変化させたら、体が元の体に戻るように設定された事により、賢者能力と呼ばれるまでに昇華する事ができた。
後は、元々の万能細胞を個別の生物に変化させて、その生物の体だけを形作るようにさせれば、新たな種類の生物になる事が確認されたのさ。
進化させようとすれば、進化の壁に阻まれるが、細胞自体をそういう風に設計すれば、家を建てるのと似たように生物として安定させる事ができるのさ。
絶滅したオリジナル種とは異なるが、それでもかなり近い段階まで復元する事ができるようになったよ。今のところ、僕が遺伝子を研究して個別で生物に変える事ができたのは、5万種といったところだ」
「5万種もの生物の遺伝子を調べ上げただって!? 1種類でさえも相当量の情報で不可能と言われているのに……」
「たしかに、全てを調べるのは難しだろう。だが、パターンを覚えれば予測はできる。植物や自然界の中にもある種のパターンが刻まれているからね。それを予測できれば、分からない部分も補う事ができる。
例えば、渦巻き貝と台風の形状が同じパターンで作られていたり、花や植物が同じパターンで成長しているといった具合にね。優秀な設計士同士ならば、ある程度の情報さえ供給できれば再建は可能というわけだ」
「なんか、全然ありえそうに無いけど、凄い説得力だ!」
科学的な分野になりつつあり、そろそろ私達も話について行く事が出来なくなりそうと感じたダイアナが、彼らの話の腰を折る。ジャック的には話を続けたいようだったが、カステラも理解し難くなっていたようだ。
「ジャックとカステラちゃんの賢者能力能力にも差がある事を実感しているでしょう?
カステラちゃんならば、ある程度まで他人の賢者能力をコピーできるようになる事を悟ったはずよね。でも、それでもわずかな能力しかコピー出来ていないんじゃ無いのかしら?」
「はい、ローレンのエイトガンを使って、ちょっとだけ炎を出す事はできましたが、ライターの火程度で実際に、現実で使用できる能力とは思えませんでした」
「ジャックは、多分50%程度までなら他人の能力を引き出せるわ。まあ、生物ばかり調べて、他人の遺伝子を調べる事をしたことがないから、そこまで止まりなんだろうけど。本気を出せば、80%まで能力を引き出す事は可能よ」
「凄い! どうして、そこまでの差が……」
「それは、あなたが人間で考える範囲内の賢者能力しか変化させていなかったから。実際のローレンちゃんならば、人間の数百倍の電気量を発生させる事ができるわけよ。
そこまで彼女の体をコピーするには、彼女の遺伝子を細部まで調べる必要があるわ。賢者能力を80%まで使えるようになれば、相当優秀な賢者になれるんじゃないのかしら?」
「それはそうですが、それには時間と技術が必要で……」
「だから、そのコツくらいはジャックに聞けば良いのよ。あなたが自分の賢者能力を開発したいのならば、ジャックの研究に付き合う事ね。まあ、あなたを嵌めた私が言う柄でもないけど……」
「やはり、私を嵌めて、味方に引きずり込んだんですね。真実を話してくださり、有難うございます。真実を知って、どうしようか考え付きました。あなたの事を、もうダイアナ様と言って尊敬する事はできません!」
「そう、それは仕方のない事ね。あなたがそう思うのも当然だわ……」
カステラの言葉を聞き、ダイアナは悲しい表情を浮かべる。これで、彼女は自分のところから離れて行ってしまうかもしれないと感じていた。
「でも、あなたにそんな悲しい顔をさせたいとも思いません。お母さんと呼ばせてください。そして、引き続き私の師匠としてご指導をお願いします」
ダイアナは、嬉しそうに母親のような笑顔を見せていた。この笑顔が、カステラにとっては大切な家族の証なのだ。ロバートの事もお兄さんと呼ぶ事にした。彼女がそう結論した事により、ジャックも嬉しそうにこう尋ねる。
「僕の事もお父さんと呼んでくれて構わないよ?」
「いえ、あなたはクソ野郎と呼んでおきます」
「そんな……、えーん」
ジャックは悲しそうなそぶりを見せるが、内心は大して傷付いていなかった。それを見抜いて、グロリアスとハンナがトドメを刺しにこう語る。
「当然だな。結局は、大量のキマイラと人間、静物を殺戮している張本人だし、今の理論もPTAと宗教家なんかに聞かれたらクレーム物の内容だぞ!」
「科学者からも批判が凄そう。メッチャテキトーに考えた設定でしょうが……」
「ええ、これでもかなり現実的な理論だと思ったんだけど……」
緊張感が去り、パーティーが和やかなムードになる。すると、城内で突然の爆発音がし始めた。何事かが発生したらしい。




