第72話 グロリアス城への入門
私達は馬車を降り、グロリアス城の巨大な城門の前に立っていた。西洋風の城門が砦への侵入を阻むようにそびえ立っている。ここから、城の中の様子が見渡せないようになっていた。私がお城を見上げて見えるのは、わずかな屋根の一部と強固な城門だけだ。
「すんごい大きい!」
「ええ、そうですね。見た目は西洋風のお城ですが、中はセキュリティー万全の設備が整っています。本来は、この城を職員室として使い、生徒達のテスト期間不正防止対策として、超強固に守り固めているつもりだったのですが、潜伏先としても優秀ですよ。
私も教職員の1人として招かれているので、入城する事はできます。さあ、カステラさん、スナイパーや敵の賢者が近くにいないか確認してください。入城方法がバレるだけでも、かなり危険ですからね!」
風の賢者は、カステラにそう言って注意を促していた。キマイラのカステラには、賢者タイムにならない限り、常にスナイパーの匂いと音、殺気などを感知している。
敵の賢者が近くにいて、賢者能力を使用している場合にも敏感に反応して、敵の位置を知る事ができるのだ。近くにいる敵賢者の真火流は、息を殺して隠れていた。彼に、わずかばかりの緊張が漂っている。
(もしも、私の存在が察知された場合は、残念ながら3対1の戦いをするしかありません。状況的にはかなり不利ですが、逃げ切るくらいはできるはずです)
真火流は覚悟を決めていたが、カステラには彼を感知する事が出来なかった。おそらく炎の賢者という事で、味方のカーターと臭いが似ていたのだろう。自然の風の流れも味方に付き、真火流の存在を感知できなかった。
「いいえ、怪しい人物は近くには居ません。スナイパーの薬莢の匂いもしませんし、誰も賢者能力を使用している気配はありません」
「そうですか。では、城の内部に入って行きましょうか?」
カステラの感知機能から逃れ、真火流はホッと安堵していた。そのわずかな息の音さえ感知されてしまうので、心の中でなのだが……。彼は、監視と潜伏においては、かなりの経験を積んでいる。
若いカステラにはそれを感知するには経験が足りなかったようだ。風の向きや、建物の状況を把握する事により、更に彼女の感知能力を向上させる事ができるのだ。ロバート並みの経験があれば、彼を見付けることはできたであろう。
(ふー、この息の音さえも危険だとは……。なんとか上手くいって良かったです。キマイラから感知を逃れるとなると、ほぼ五分五分の確率なのです。彼女は若いキマイラであって助かりました)
真火流は警戒しつつも、なんとか遠目から彼らの侵入を監視する。カステラや風の賢者の声は聞こえていないが、読唇術(くちびるの動きで会話を聞き取る技術の事)によって会話を読み取っていた。
「では、このカードキーでお城に入りましょうか!」
「カードキー?」
「ええ、お城の門に設置されている機械に、このカードキーを通す事で認証するシステムです。2人は、後から虹彩認証システムと網膜認識システムに登録しておいてください。それで次からは、城門を通る事ができるようになります。各所でも通過の際に必要ですからね」
「分かりました!」
こうして、私とカステラは、風の賢者の案内によって城の内部に入る。足の動いた音、吸う息と吐く息、わずかな物音でさえカステラに認識されてしまう為、真火流は身動き1つ取れなかった。
賢者タイムも近い状況で、この3人を相手にするのは危険だと思ったのだろう。次に来るグロリアスとジャック、ハンナを獲物にする事にした。ジャックとハンナには借りがあるし、味方のアリスが来れば勝てる可能性は高くなる。
(私とアリスVSグロリアスとジャック、ハンナですか。たしかに、数の上では不利ですが、不意を付けば勝てる可能性は高いです。特に、ハンナは優秀とはいえ駆け出しの賢者。足手纏いになる事でしょう。私とアリスの相性ならば勝てるはずです!)
真火流とアリスの賢者能力は、お互いに自分達の能力を高めるためのタイプだった。『3つ(トリプル)王冠と呼ばれるグロリアスとジャックでさえ、優秀な賢者2人の協力した戦術には負ける可能性があるのだ。
その為、彼はグロリアス達がこの城に訪れる時を待っていた。彼らを全力で襲いかかり、この城を開けるカードキーを奪うつもりなのだ。これが奪われてしまえば、砦の半分ほどは機能を果たさなくなるのだ。真火流は、ボスとアリスに連絡を入れる。
「キング、奴らはカードキーを使って城内に入るシステムを導入しているようです。グロリアスとジャックが来しだい、アリスちゃんと結託して奴らのカードキーを奪ってみせます」
「ほう、グロリアス達の方が遅かったか。大方、自分達の怪我人が少ないから、囮になって俺達を引き付けようとしていたのだろう。奴らも警戒しているはずだ。十分に注意しろ。無理にカードキーを奪う必要はないぞ!」
「いえ、グロリアスとジャックは強者です。速攻で退場してもらった方が、我々としても有利になるでしょう。私1人ならば無謀な挑戦ですが、アリスちゃんと一緒ならば勝てるとふんでいます」
「そうか。俺達は3時間ほどしたら城に到着する。それまでは、アリスちゃんとデートでも楽しんで来いよ。中々に良い女だろう? バイクスーツのセクシーな体は魅力的過ぎるぜ?」
「冷やかさないでください。彼女は、私になんて興味を持ってもいないでしょうよ。それよりも、そっちも幼女とデートに夢中になって任務を忘れないでくださいよ。もう夜になっているんですから……。これ以上は、逮捕されるかも……」
「そうだな。だんだんキマイラ達の目が鋭くなって来ている。クリぼっちの奴らが俺を食い入るように見張っているぜ。ほどほどにしないとやばいかもな……。じゃあ、何かあったら連絡してくれよ。無茶はするなよ?」
「はいはい、こっちも慎重に行動しておきますよ! おっと、グロリアスとジャックが到着した模様です。では、監視を続けます!」
こうして、私達から数分遅れてグロリアス達がお城に到着した。彼らの話の話題は、スナイパー達ではなく、いきなり現れたジャックに対してハンナが不審感を抱いている事だった。黒猫の正体がジャックだと感ずいてしまったのだろうか?
「ジャック、あなたどこから湧いて出たの? なんか、黒猫ちゃんが変化したように見えたんだけど……」
「嫌だな、ハンナちゃん。それは、僕はずっと君の側で危険が無いように監視していたんだよ。ほら、危険な暗殺者集団に狙われているからね。影から君をじっくりと監視していたのさ。そして、危険が迫ったので身を呈して守ったんだよ。
黒猫ちゃんは、僕が君に抱き付いた拍子に逃げてしまったよ。まあ、あのままあの場所にいたら危険だからね。また機会があったら会えると思うよ。今度は、君の物だという首輪でも付けてあげると良い」
「ふう、そうか……。可愛かったのに残念だな……」
落ち込むハンナに、グロリアスが励ます。どうやら無益な争いは避けたいらしい。ジャックが黒猫に変化しているのは知っているが、今ハンナとジャックが争うのは危険が伴うのだ。強力な味方を一人失う事は避けたかった。たとえ、ロリコンの変態だとしてもだ。
「あの猫は、ハンナに懐いている。遠くからでも匂いを感じ取って、お前の後に付いてきてるさ。もしかしたら、グロリアス城で会えるかもしれないぞ」
「本当? じゃあ、会えたら抱いて寝れるかな?」
ジャックは恐ろしいほど邪悪な笑顔を浮かべていた。よだれを垂らし、幼女の体とオッパイを狙う変態の顔そのものだった。普段は温厚なグロリアスが、思わずぶん殴りたいと思うくらいのムカつく顔だった。




