第71話 劣等感の悪夢
「勝った!」
カーターは、自分の最大級の攻撃を繰り出して、勝利を確信する。彼の技は、わずかにかすった程度ですら致命傷になるほどの威力だった。たとえ避けようとしても、灼熱のマグマが相手を焼き尽くすのだ。
たしかに、敵は炎属性の賢者かもしれないが、炎の威力が強ければ一瞬で相手の炎を吹き飛ばす事は可能だった。炎の鎧が消し飛ばされてしまえば、いくら炎の体になっているといっても賢者タイムに陥ってしまうのだ。
「炎を維持するには、燃料と酸素が必要だ。だが、俺の強力な炎によって、その2つを同時に奪ってしまえば、奴は炎を維持する事ができなくなり、強制賢者タイムに陥る。俺の勝ちは確定だ!」
「ふん、あなたへの対策はバッチリできていると言ったでしょう? たしかに、相手の燃料と酸素を奪えば炎を消す事は出来るが、それ以外にも炎を防ぐ手はあるのですよ! こんな風にね!」
カーターの攻撃が当たる前に、真火流は高速で広がる鉄の網を投げ付ける。まるで漁業の網に引っかかったかの如く、カーターの体は鉄の網に絡め取られていた。炎を持続させる事はできるが、鉄の網を超えての炎攻撃はできなくなっていた。
「何、鉄の網に遮られて、俺の炎攻撃が届かない!?」
「ふふ、いくら強力な炎でも、攻撃が届かなければ脅威にはなりません。わずか一瞬の間、あなたの攻撃を防ぐだけですが、その一瞬で私には十分過ぎる時間ができましたよ!」
真火流は、カーターの攻撃を鉄の網で防御し、すれ違うようにして上空へ移動する。カーターが地面に突っ込むように計算して、鉄の網を出現させていた為、カーターは空中で方向転換もする事ができず、最大火力の攻撃技を地面に向けて放つ。
「くっ、かすりでもすれば、ゲームオーバーだったはずなのに……」
カーターの攻撃が地面に当たると、彼の周りからマグマが出現した。まるで火山地帯のような光景になり、地面からドロドロに溶けたマグマが吹き出していた。彼の周囲は、高温の熱気に包まれており、生身の人間では一溜まりもないほどだった。
「さすがは、炎の賢者様ですね。ここまでの火炎攻撃を繰り出せるとは……。火炎系最大の攻撃と、土系最大の攻撃を合わせた技なのでしょうか? そのおかげで、私の用意した鉄の網も一瞬で溶けてしまいましたよ。これで、心置きなく攻撃する事ができる!」
「くそっ、こっちが不利になってしまったか。地面に降りる事もできず、頭上を取られるとは……。これだから、最高レベルの賢者達と戦うのは嫌なんだよ。お前も、俺に劣等感を抱かせるほどの賢者だったとは……」
「ふふ、劣等感? 何を言っているのやら?」
地面を危険なマグマ地帯にされ、彼の頭上からは真火流の集中攻撃が繰り出される。上と下から挟み撃ちにして、一気にカーターを殺すのが目的だった。彼の体を維持する燃料と酸素が供給されなくなれば、彼は強制賢者タイムになり死んでしまうだろう。
「くそおおおおおおお、俺を舐めるなよ!」
「くくく、一切舐めていませんよ。だからこそ、全力で潰しに来ているのです。喰らえ、『隕石襲撃』!」
「くそおおおおおおおお!」
真火流の無数の隕石を、なんとか『灼熱の(バーニング)爆発』で打ち砕いて行くが、次第に押され始めていた。地の利と制空権を確保されては、彼はただの的でしたない。攻撃が尽きる時を狙っているが、真火流の方が余裕がある。
「そろそろ終わりにしましょうか? 『隕石襲撃』の中に、水を入れておいた私の究極奥義です。『水蒸気爆発』!」
「なんだと!?」
カーターは、反射的に隕石を破壊するが、そこには大量の水が詰まっていた。それを至近距離で攻撃してしまい、彼の生み出す超高温によって、水が一気に水蒸気となって爆発し始めた。彼の体は爆発によって一気に弾き飛ばされ、マグマもない普通の地面に向かう。
「ぐわああああ、爆発によって炎が一気に掻き消された!?」
カーターは強制的に賢者タイムとなり、そのまま地面に叩き付けられようとしていた。岩石も直前に砕かれており、賢者能力の無い状態では耐えられないことは予想できていた。一気に、彼の過去が思い出される。走馬灯という物だったようだ。
(くう、賢者になった努力した結果、四天王と呼ばれて嬉しかった。だが、すぐに上には上がいる事を知った。意気がって、なんとかプライドを保っていたが、すぐに自分の実力を知ったさ……。
それからは、毎日毎日厳しい特訓もした! 奴らに付いて行くので精一杯だったさ。賢者世界の上層部は、全員化け物だらけだ。俺の努力さえ嘲笑うかのような強さの奴がどんどん出て来る。その為に、家族も犠牲にして来たというのに……。
一番嬉しかったのは、娘の賢者能力が発現した時だった。俺を目指して賢者になると言ってくれた時は、誇らしかったさ。だが、思えば彼女の事も放ったらかしにしてしまった。今では、俺の事を恨んでいるだろうな。
アレクサンドラよ、お前は頑張って生きろ。そして、賢者になって、幸せになって欲しい。俺が放ったらかしにしてしまった母さんをよろしく頼むな。最後まで、ダメなお父さんで済まなかった……。さらばだ)
カーターはマグマのない岩場に叩き付けられ、絶命していた。彼の死因は、爆発によって吹っ飛ばされ、地面に叩き付けられた事によって全身打撲によるショック死だった。体半分の骨は砕けていたが、顔は損傷していない。
「ギリギリ賢者タイム前に倒す事が出来ました。まさか、炎の賢者同士で遺体が焼却されないというのは珍しいですね。賢者タイムが過ぎてから焼却するという選択肢もありますが、ここは馬車を追い掛けた方が良さそうですね。
むやみに賢者能力を消費して、追跡できなくなっても嫌ですし……。今は、わずかな能力も温存しておかなければなりません。この賢者タイム10分間も、私にとっては多大な痛手ですよ。馬車のスピードならばギリギリ追い付けるとは思いますが……」
真火流は、カーターの死亡を確認して、徒歩で馬車が向かった方向へ進む。賢者タイムの10分間が過ぎるまでは、ジェット推進も炎による技も使えなくなっていた。少しでも距離を稼ごうと、自分の足で歩き始めたのである。
荒野からグロリアス城に向かっている事はバレていた。風の賢者の怪我を治療するために、少しでも早く城に着こうとする。もはやグロリアス城下町にいる事がバレた以上、潜伏先はグロリアス城である事は子供でも分かる事だった。
「潜伏先はグロリアス城で間違いない。それは、奴らもこちらにバレている事は分かっているはずだ。それでも急いでいるのは、潜入方法を探らせないためだ。あれほどの目立つ場所を潜伏先にするという事は、潜入する事さえ困難という事だ。
なんとか、奴らの後を付けて、この城への入城方法を探らなければ……。それさえ分かれば、キング達と相談して侵入する事も容易になる。絶対に、奴らが入城する時を確認していなければ!」
真火流は、グロリアス城方向に向かって、ジェット推進でスピードを上げる。私達の乗っている馬車に追い付くか、私達よりも早めに到着するのが狙いだ。辿り着いた時に賢者タイムになっていようともお構い無しに最大スピードで飛ぶ。
「いた! 奴らがギリギリ城に入り前に追い付けたぞ! 後は、奴らにバレないように見張っていなければ……。カステラとかいうキマイラの小娘とローレンとかいう小娘の連係は意外と強力だ。先に居場所を感知されれば、巨大な攻撃で抹殺されてしまう。
先にお城にへばり付いて賢者能力を使っていなければ、さすがのキマイラも私の存在には気が付かないはずだ。音や匂い、賢者能力には鋭いが、ただの人間には感知できないのがキマイラ達の最大の弱点だな」
こうして、真火流は馬車の牛舎に紛れて潜り込んでいた。私達の入城する門から数メートルあるが、なんとか双眼鏡を使って確認する位置を確保する。私達の動きが、なんとなく分かる程度には見られていた。




