第68話 美少女スナイパーの恐怖
私とハンナが出会う前に、カステラは怪しい歌声を聴いていた。少し遠くからだが、自分と同い歳くらいの女の子のようだ。最初は、美しい歌声にうっとりしていたが、歌詞の内容が判明すると背中がぞくっとするのを感じていた。
「頭がボン! 胸がドン! お尻がバン!」
遠くの方で、グロリアス達の近くにいた賢者2人が、歌の歌詞通りの仕方で殺されていた。カステラは、反射的に私を押し倒すようにして飛び付いてきた。自分だけはどうなろうとも、大切な人物である私は守るという捨て身の覚悟だ。
「ローレン、伏せて!」
「ふぇっ?」
私は彼女に押し倒されながら、自分がいたであろう場所と、彼女がいたであろう場所の地面が何かに当たって小さな砂ぼこりを撒き散らされているのを確認していた。狙撃されたと知ったのは、近くにいた炎と風の賢者が叫び出した後だった。
「突然の雨私のアプローチ、あなたを驚かせちゃったみたいだね。でも、本当は恥ずかしがり屋なの。緊張しちゃって、上手く言葉にできない。だから、慣れるまでは優しく接して欲しいなぁ♡」
スナイパーの少女の歌は続く。恋の歌のようだが、その実態は狙撃をイメージさせる内容だった。カステラの脳裏に、恐怖という感情が植え付けられていた。早くこの場を離れなければ、殺されてしまうと……。
「早く逃げないと!」
「ああ、あの馬車に飛び乗れ!」
風の賢者が炎の賢者を支えながら、馬車に乗り込んだ。私は、カステラの力技によって、良く分からないまま馬車に乗せられていた。
「ふにゃーん?」
「ほら、ローレン、こっちだよ!」
馬車に乗り込むと、事態やかなりヤバい事を理解した。炎の賢者が肩を怪我して血を流していた。風の賢者も、腹を撃たれたらしく、なんとか賢者能力を使って流れる血を止めていた。
「はあ、はあ、はあ、ローレンさんとカステラさんは怪我していませんか? どこか、怪我していたら、応急処置くらいはできます。こう見えても、医療分野を学んでいましたので……」
「くう、肩を怪我した! 銃弾を調べてくれ……」
炎の賢者は、ムサイ男のくせに女の子のような色気を出していた。怪我をすると、どうやら不安になるようだ。ムカつく強気な態度もウソのように消え失せていた。しかし、スナイパーはまだ諦めてくれない。「逃がさないよ!」と言う声が聞こえてくるかのようだった。
「次のデート場所はどこにする?
あんまり遠くへは行きたくないなぁ。
近場のデートスポットで我慢してね♡」
「うわぁ、また狙ってる!」
カステラは、暗殺者の悪意をモロに感じて、体がガクガクと震えていた。彼女がそう言うとほぼ同時に、馬車の車輪が撃ち抜かれた音を感じる。運転手の目には、ただ石を踏んでタイヤに穴を開けた程度に感じていたようだ。
「あれ、パンクか? すいません、お客さん、五分ほど待っていてください。すぐに修理致しますんで……」
馬車の運転手は、地面に降りて、タイヤのパンクを直そうとしていた。すると、その運転手も私達が見ている前で射殺されてしまった。頭が跳ねるように動いたと思ったら、そのまま地面に倒れて動かなくなってしまった。
「クッソ、またやられた!」
カステラの耳には、楽しく歌うスナイパーの可愛い歌声が聞こえて来た。少女の歌声は、彼女にとっては恐怖を引き起こすもう1つの武器となっていた。緊張感と恐怖心により、正常な判断が出来にくくなっていた。
「山奥? 山奥?
手だけを残して体は土の中、1人寂しいだろうけど、私はあなたを忘れないよ。
時々思い出して、見に来てあげるね」
カステラの精神が恐怖によって我を忘れていた。頼みの綱のダイアナもロバートもいない。この死の棺桶と化した馬車から逃げ出そうと頭を外に出す。そこをスナイパーは正確に狙って来ていた。
「うわああああああああ、助けて、ダイアナ様!」
彼女の表情から、炎の賢者は状況を悟っていた。長年の経験から、カステラがパニックに陥っている事を悟る。今出て行けば、確実に殺されてしまうだろう。スナイパーを感知できる彼女がいなくなれば、私達としてもゲームオーバーだった。
「馬鹿やろう、外に出たら死ぬぞ!」
カステラは、炎の賢者に襟首を掴まれ、ムリやり馬車の中に押し込まれた。そこを銃弾が通り過ぎる。わずかでも引き込むタイミングが悪ければ、彼女の頭は撃ち抜かれていただろう。
「湖? 湖?
取って置きの良い場所があるんだ。大切なあなたの体をそこへ沈めたい。
私という深い湖の底へ沈めてあげるわ。
でもね、2度と浮かび上がって来ない底なし沼だから覚悟してね♡」
スナイパーの歌声は、カステラの耳には聞こえていたが、私達の顔を見て冷静さを取り戻した。とりあえず、師匠のダイアナから私と一緒に生きて帰るように命令されていたのだ。恐怖の感情を押し殺し、冷静さを取り戻していた。
「すいません、取り乱していました!」
「いや、13歳の女の子なら、この状況で恐怖してもおかしくはないよ。だが、俺達が生き残るには、お前の賢者能力が必要なんだ。しっかりしてくれないと困るぜ」
カステラと炎の賢者が良い雰囲気になっていたが、私には全く状況が理解していなかった。狙撃されている事実さえ、ほとんど分からない状況なのだ。それでも、みんなが傷付いているのだけは確認していた。
「カステラちゃん、どったの? みんな、怪我したり、怖がったりしているけど……。それに、周りから変な音が聞こえて来るんだけど……」
「ローレン、狙撃に気付いていないんだね……」
カステラにそう言われても、私は状況を理解していなかった。のほほんとした顔で馬車に乗り続けている。賢者2人が傷付いているのは知っているが、どうして傷付いているのかは分からないままだった。
「まあ、狙撃なんて、撃たれてから気付くのが普通だ。俺達じゃあ、この状況を正確に理解するなんて不可能だ。だが、お前は違うんだよ。飛んで来る銃弾も動体視力で分かるんだろう?」
「あなたがパニックに陥り死んでしまえば、私達には状況を打開する術はありません。ほとんどあなたに頼るしかないのです。どうか、冷静になって、敵の位置や情報などを可能な限り教えてください」
2人の賢者に頼まれて、カステラは冷静さとやる気を取り戻した。馬車の中は頑丈に作られており、しばらくは保ちそうな感じだ。スナイパーが上空から狙っているが、彼女が冷静になれば、まだ助かる可能性は残っているのだ。
「大海? 大海?
光のない漆黒の闇へ連れて行ってあげるよ。
でも大丈夫、そこにもきっと綺麗な景色が広がっているはずだから♡」
「くう、また歌い出した」
カステラがそう言うと、私達の乗っている馬車が傾き出した。どうやら車軸を狙われたようで、車体がバランスを取る事ができなくなり転倒した。窓が仰向けになり、一瞬だけ青空が見える。建物の上には、スナイパーのライフルがキラリと反射していた。
「くそ、我々をあぶり出す気のようだ。このままだと、全滅してしまうぞ!」
「とにかくスナイパーの死角に移動するんだ。窓に近づけば、射殺されるぞ!」
私達の逃げ惑う様を見て、赤い帽子の少女は笑っていた。もうすぐこのゲームは自分が勝つ事を悟っていたのだろう。窓から私達が見えるようになっていた。窓ガラスなどの要素はあるが、視覚に捉えてしまえばゲームクリアー目前なのだ。
「マシンガンみたいな私の激しい恋心、全部その身で受け止めて欲しいなぁ。じゃあ、私のキュートな笑顔で逝かせてあげるね、バイバイマイダーリン♡」
彼女は、私にウインクを投げかけて、トリガーを引こうとしていた。私には、遠くにいる彼女の顔と表情が見えていた。あれが暗殺者のスナイパーだと悟る。




