第60話 グロリアス城下町
私とカステラちゃん、2人の女の子が自分達だけで知らない広い街に降ろされた。お金はたくさん持っているが、不安と期待でしばらくどうすれば良いかも分からない。私は、グロリアス城下町の駅から出た門のところでボーッと街中を見つめていた。
「はー、広い。これを1日で遊ぶ事なんて、できるのかな?」
「駅の構内に地図があったよ。コレを見れば、行きたいところだけをピックアップして立ち寄る事はできる。まずは、何かご飯でも食べようか? そろそろローレンの買ってきたオヤツも無くなってるだろうし……」
私は、オヤツの入っていた袋を確認する。飴玉と折れかけのポッキーだけが残されていた。それを口に含むと、お菓子はすべて食べ尽くした事になる。それを理解すると、私のお腹がグーと鳴って、食事が必要である事を知らせてきた。
「うん、お腹空いた……」
「じゃあ、ここの近くにある料理店で食事をしようよ。質素な食事らしいけど、素材は良い物を使ってるからアレルギーの心配もないし……」
「アレルギー!? なにそれ?」
「あれ、知らないのか。昔は、そんなに化学製品とかが多く無いから症状が出る人が少なかったけど、ここ最近はそういう化学製品に反応する人が多いらしいんだ。自分では、気が付いていない人もいるみたい。
私は、キマイラだから問題ないけど、人間の中にはそういう化学製品に反応しちゃう人もいるみたいなんだ。ダイアナ様も、マグロの新鮮な奴は食べれるけど、多く食べ過ぎると危険になっちゃうらしい。自分で薬を開発している事もあるんだけどね……」
「へー、私は、静電気でバチバチするくらいで、アレルギーはないと思うけど……」
「そうなんだ。でも、栄養面でも注意しているお店の方が良いからね。味も見た目も美味しそうだし、そこへ行ってみない?」
「うん、良いよ!」
私は、カステラの案内で、料理店へ向かう。私自身は、地図を見る必要もないので、じっくりと街並みを観察していた。動物の頭に人型の体をしたキマイラ達が歩いている。力持ちそうな体型をした牛男に、可愛い感じの猫耳をした女の子などがウロついている。
所々変わっているが、全体的には人間とさほど変わらない。たまに、エルフという耳の尖った肌の白い美女や、ダークエルフと呼ばれる色黒の肌を持つ美女も歩いていた。まさに、ちょっとレベルの高いコスプレの街といった風貌だった。
いつもなら浮いているような黒い魔術師のローブを被ったグロリアスも、この街では普通の住人に見えていた。青いワンピース姿の私の方が、ちょっと変わり者に見える気がしていた。カステラちゃんも日本の着物という姿で、ちょっと異質な感じだ。
「ねえ、私達目立ってるよね!? 暗殺者も近くにいるかもしれないなら、この町の雰囲気に合わせた方が良いんじゃないのかな?」
私がカステラに問いかけると、彼女も自分の衣装がこの街に溶け込めていない事を悟ったようだ。服を見回して、ちょっと恥ずかしそうな表情をしていた。食事へ向かう足が速くなり、私が付いて行くのに大変だった。
「えーっと、食事をしたら服が汚れる可能性もあるから、ご飯を食べたら、洋服屋に向かいましょう。そこで、この街に馴染む姿に変えて貰わないと……」
「後、あのムカつく男の子を見返す為にも、髪型をセットしたいよ! 美容室とかあるかな?」
「ああ、ローレンの事を男の子だと言われた事だね。意外と気にしていたんだ!」
「当たり前だよ! 次にあったら、私が美少女だという事を分からせてやるんだから!」
「じゃあ、衣装を整える前に美容院に行こうか? 私もちょっとイメージチェンジしたいし……」
こうして、食事をしてお腹を満たした後、美容院に髪型をセットしてもらう事にした。その後、この街に合う衣装に着替える予定だ。カステラが目的の店に行く為に、地図に丸を付けているのを確認していた。真面目で勤勉な女の子のようだ。
私とカステラは、白いタイル造りの街中を再び歩き回る。街の建物は、一階部分を白いタイルによる外壁で覆われており、とても頑丈に作られていた。二階部分以上は、化粧用のレンガは使われておらず、白い壁で塗り固められていた。
そして、屋根の部分は、F型のセメント瓦が使われていた。異世界に行く物語小説の大半に使われている赤い色の屋根瓦だ。軽くて丈夫で、街並みの外観もヨーロッパの街中を思わせる万能な屋根瓦だ。
「凄く良い景色だよね。私、こういう街並みが一番好きだな!」
「ああ、カナディアンスタイルの街並みは素晴らしいね。あの赤い屋根は、西洋の一般的なセメント瓦だけど、色が統一されると、白と赤のコントラストが素晴らしいよね。なんか、異世界に来たぞ!って感じがするよ!」
私は、良く分からない単語が出て来て思考が停止していた。カナディアンスタイルとか、セメント瓦とか、コントラストとかが全く理解できない。私が何の返事もしないので、彼女は後ろを振り返って私を見る。思考が停止をして、驚いたような顔のまま止まっていた。
「ああああ、ごめん。建築様式と、美術的な単語なんだ。なんか、巨大な博物館に来たみたいで、街を見て回るのが楽しくなるよね。交通手段は、馬と馬車だし、なんか別世界に来たって感じだよね!」
「うんうん、レストランで食べれる料理も、高級なフランス料理とかが出てくると思うと、ヨダレが……」
私は、食欲が抑え切れずにいた。お腹の空いた今は、街並みの造形美を堪能するよりは、美味しい食物を堪能したいのだ。美味しい料理という単語に、フランス料理やフルコース、満漢全席などが記憶の中から思い出されていた。
「ごめん、たぶん中級料理店だから、フランス料理やフルコース、満漢全席なんかは出てこないよ。リゾットとか、カレーライス、ビーフシチューなんかが出て来るとは思うけど……」
「えっ、なぜ私の考えが分かったの? 超能力者タイプも持っているのかな?」
「いや、ヨダレを垂らしながら、声に出していたんだけど……」
「そうか……」
私は、ヨダレを服の袖で拭って、飢えに耐えていた。思春期の女の子する行為としては、ドン引きの行動だが、カステラはハンカチを出して袖口を拭いてくれる。
彼女に袖口を拭かれていると、急に恥ずかしくなった。少しは、彼女のようなお淑やかな女の子になりたいと思う。
「ありがとう」
「いやいや、さっきチョコを食べていたから、汚れたままはヤバイかなと思って……。他の場所にもチョコが付いちゃうよ……」
穴があったら入りたいとはこの事だった。私は自分の行動が恥ずかしくなり、しばらく黙ったままで歩いていた。お淑やかな女の子になる、お淑やかな女の子になるっと、心の中で決意していた。その言葉は、全て彼女に聞かれていたのだが……。
「ここが、ダイアナ様のお勧めのレストランだよ。値段も安くて、子供でも大人気のメニューが充実しているらしいよ。じゃあ、入って見ようか?」
「うん」
そこは、100人ほどを収容できそうな立派な佇まいのレストランだった。外壁や屋根瓦は、大して変わらないが、外の扉は白い装飾に金のメッキが施されていた。中に入ると、壁一面もテーブルも机も全てが真っ白だった。
窓も大きく開けられており、心が洗われるような純白だった。この風景を汚してはいけないという圧力を感じる。お淑やかな女の子になる為の試練なのだ。ここで優雅な食事が出来れば、その願望に一歩近付けるのだ。




