第3話 ローレンの魔法技術(マジックスキル)が判明する
私は、切符を買おうと思ったが、グロリアスがどこの駅を目的にしているのか分からない。私がその事を尋ねようとすると、彼は本気で私を見つめて来た。冗談を言ってはいけない、そんな感じの雰囲気だ。
「お前が賢者になるには、まず魔法技術を知らないといけない。俺の場合は、体が飴になるという能力だ。お前は、多分別の能力だろう。
賢者でも、それぞれ遺伝や個性があるように、能力も自分だけのオリジナル魔法技術がある。まずは、それを判別しなければいけない」
「なるほどね。私には、私専用の魔法技術があるというわけか」
「だが、良いのか? 強過ぎる力は人々に恐怖を与える。ましてや、お前の目的は復讐だ。復讐や強過ぎる力は、お前の心を歪ませる。
お前の両親は、お前に復讐させる事など望んではいないだろうし、強力で危険な力を持って欲しく無いとも考えているはずだ」
「うっ、それは、そうだろうけど……。私が今まで生きて来たのは、あいつを殺してやりたいと思う憎しみだもの。もしも恨みの感情が無ければ、あなたを探して歩き回る事もなく、奴隷として売られていたと思うわ。悲しいけれど、憎しみが私を生かしておいてくれたのよ」
「まあ、お前が復讐したいと思う気持ちもそれなりに分かる。生きる為には、憎い相手を殺したいと思って奮闘する事も必要だろう。今は、それを否定する気は無い。
ゆっくりと考えて、お前が本当にしたいと思う事を探すんだ。葛藤する事で、お前は正しい答えを導き出す事ができるだろう。それには、長い年月が必要だ。
お前が必死で考え、苦悩し、選び出した答えこそが、本当に価値のある物なんだ。俺は、それを手助けする事しかできない」
「分かっているわよ。私がどうしても謎の賢者を許せないと感じた時は、殺すわ!」
「ふっ、お前はまだ何も分かってはいない。例えば、謎の賢者の正体が、お前の両親によって殺された人物の親族だったらどうする?
お前の両親が良い人物である事は認めるが、それによって恨みを買わないわけではない。強過ぎる力は、時に制御する事ができない時もある。憎い相手が、今のお前と同じ状況だった場合、お前は復讐をするのか? それとも、復讐を諦めて許すのか?」
「うっ、謎の賢者が私と同じわけがない……。アイツは、最初からの悪人なのよ!」
「ふっ、そうかも知れぬし、そうじゃないかも知れぬ。どうやらお前は俺の弟子にしておく方が良さそうだ。賢者の世界を知り、それでも謎の賢者を許せないと思うならば、お前の好きにするが良い。
だが、俺もお前の両親と同じ事を想っていると断言できる。どんな想いか、聴きたいか?」
「ふん、復讐を止めろって事でしょう? 大人は物分りが良くていいわよね……」
「いや、俺は、お前に幸せになって欲しいと想っているだけだ。もしも、お前が賢者になって、不幸になるなら、魔法を教える事はできないな……」
「うう、3年経った今でも、謎の賢者を許す気にはなれないよ。でも、アイツが私と同じ境遇だったら、どうしたら良いかも分からない。
時間が経過して復讐をする気が無くなっても、実際に会ってみたらどう行動するかは分からないよ……。その時の行動で殺してしまうかもしれない。私には、自分の衝動を抑えられる自信がないよ……」
「この数分間で、だいぶ良い顔になったな。出会ったばかりの時は、復讐に取り憑かれた化け物だったのに、今は人間の顔になっているよ。
多くの人に出会い、賢者の修行をして、極限まで考え続けるが良い。苦悩も、悲嘆も、お前の幸せに繋がる糧となるだろう。では、俺について来ると良い」
「うん、私、頑張るよ!」
私は、グロリアスが私を認めてくれた事が嬉しかった。その為、再び満面の笑顔になっていた。
「ローレン・エヴァンズ、その笑顔を絶やさないようにしろ。それも修行の1つだ」
こうして、私はグロリアスの正式な弟子となり、電車で一緒に彼の家へ行く事になった。まずは、切符を買う事が先決だ。私は彼の指示で切符を買おうとするが、機械が壊れたのか、上手く買う事ができない。
「あれ、切符が出てこない……。グロリアスの切符は買えたのに、私の切符はどうしたのよ? くっそ、機械が壊れたのかしら? こういう事は、良くあるのよ。くう、折角会って弟子になったのに……」
「ローレン、こういう事が良く起こるのか?」
グロリアスは、怪訝とした顔で私を見つめて来た。まさか、『機械クラッシャー』の異名を持つ私を警戒し始めたのだろうか? 切符が買えないから、弟子になるのを諦めろと言うつもりなのだろうか?
確かに、一緒にいると機械の誤作動が度々起こるが、そんな事で弟子になるのを諦めるわけにはいかない。
「ちょっと、機械の調子が悪いだけだよ! 他の券売機を使えば、スムーズに買う事が……」
私は、慌てて他の券売機にお金を投入して、ボタンを押すが、それを拒むかの如く、切符は出て来なかった。2度目の連続の券売機破壊をしてしまい、私は涙を堪える事ができなかった。
彼も呆れて私を見捨てて行くだろう、こんな迷惑な少女と一緒に居ては、日常生活もままならないと思っているだろう、私はそう考えていた。
「ごめんなさい、折角私を弟子にしてくれる気になったのに……」
「どうやら、それがお前の魔法技術のようだな」
私は、グロリアスの言葉を聞き、えっと声が出そうになった。拒絶でも、蔑みでもない、意外な言葉だった。この機械を壊す能力が、私の魔法技術だとでも言うのだろうか?
「どういう事ですか?」
私は涙を浮かべ、上目遣いで彼を見る。
「ちょっと手を触っても良いか?」
「うん、良いけど……」
彼が私の手に触れようとすると、突然火花が散った。バチっという静電気が発生した音だ。私は静電気体質であり、鉄や機械、人や動物に触れると静電気が発生しやすいのだ。
「やはりな……。静電気か!」
「ごめんなさい、痛かった?」
「まあ、痛かったが……。どうやら本当にお前の魔法技術らしいな。電気を発生させる力か。威力は弱いが、自然の力と組み合わせれば、俺の魔法さえも凌駕するかもしれない。それほどの潜在能力を秘めている」
「本当に!?」
「あくまでも潜在能力を秘めているかもしれないという事だけだ。今のところ、迷惑な少女である事に変わりはないがな。はっはっはっはっは……」
こうして、私の魔法技術が判明した。彼の追加説明では、これに自然力を合わせて威力を上げないといけないらしい。それに、賢者タイムの克服法も自分で考え出せという事だ。彼のアドバイスに対して、私はこう呟いた。
「私、努力とか、訓練とか嫌いなんです。そういう熱血的な文字を見るだけで、吐き気を催すほどですから……。無限賢者のアドバイスを聞いて、手っ取り早く賢者になろうかと思ってましたから……」
私の正直な気持ちを聞き、グロリアスはドン引きしていた。努力が嫌いな復讐者、過去に一度も目にした事がないのだろう。普通は、相手を殺すために努力を惜しまずに訓練して、体を壊すギリギリまで酷使してしまう方が多いだろう。
「良く、俺の所まで辿り着いたな……。ふう、どうやら努力して何かを得る事を知らないらしいな。まあ、安心しろ。俺も努力とか、根性は嫌いな方だ。だが、人間の体というのは良くできていてな、ある程度の実力を身に付ければ、努力などしなくても強くなっていく物なのだ。
無意識こそが、本当に力を発揮できる潜在能力を引き出す力なんだ。考えてもみろ、心臓を努力で動かしている奴がいるか? 空気を吸うのを、努力している奴がいるか?
このように、人間の体もある程度まで行けば、意識しなくてもできるようになるんだ。むしろ、それを味方に付ける事が重要なのだ。
お前には、その方法を学んでもらうぞ。生きる事は、学ぶ事だ。人間は、好きな事や興味がある事に集中する事で生かされている。男が女を好きなのも、子孫を残したいからという欲求に他ならない」
「師匠は枯れているようですが……」
「はっはっはっ、美少女と一緒に生活を共にするなら、枯れた性欲も復活するという物だ。これも、無意識の力というやつだ!」
グロリアスの下半身が、元気に前方を膨らませていた。私は、それを見てドン引きする。本気で近付きたくなかった。
「うわぁ、私に近付かないでください。なんか、キモいです!」
「お前が乳首を舐めたりするからだろう? すでに、かなりのレベルで回復しておるわ。責任を取ってくれるとでも言うのか?」
「嫌です、弟子ポジションから変わる気は毛頭ありません!」
「しばらくしたら収まる。それまで、あまり俺の下半身を見るな。見られるだけでも興奮してしまうんだよ!」
「もう、師匠のエッチ……」
私達は、電車に乗り、グロリアスの家へ向かう。券売機は誤作動していたが、グロリアスが操作すると普通に切符が買えた。向かい合わせの座席に乗り、電車の煙突から出る煙を眺めていた。
この電車は、主に石炭で動くタイプらしい。ゆっくりと動き出し、私に冒険の予感を告げていた。
「電車から出る煙が珍しいか? 昔は電気だけで動いていたようだが、石油という物が採掘されなくなり、一気に中世の時代へ戻ってしまったようだ。昔は、石油が無くなれば人類が滅ぶとまで言われていたが、そうはならなかった。
人類の対応の方が早く、なんとか生活水準を保つ事ができたようだ。人間、やる気になれば、何でもできるという事だな。電気も太陽発電と自家発電機を併用する事で、不必要な電気は貯めておき、使用を節約する事で乗り切っている。
結局、石油という物は、人類に楽をさせていただけで、生命を支えるほどの物ではなかったという事だ。ここ50年で世界は変わったが、未だに人類は発展を続けているのだからな」
「それで、人類の中には、新たな能力を持つ者が出るようになったんですね。それが、賢者と呼ばれる魔術士達……」
「まあ、そういう事だ。窮地に陥って、急激に目覚めたんだろうな。昔の歴史を知っている者からしたら、異世界に来たような変化だろう。生物にも可能性があるとかいって、モンスターを生み出している連中もいるしな。
スライムや雑魚モンスターなら、動物よりも繁殖するようになってしまったし……。ドラゴンや幻獣も生息するようになった。剣士やハンター、魔術士が実際の職業になるとは、夢にも思わなかったんだろうぜ」
「で、あなたの職業は何ですか? もしかして、無職?」
「ふう、懐かしい言葉もまた普及し始めたな。昔は、そう言って蔑まれていたが、実際に生き残ったのは無職達だけだった。企業家や政治家、警察官や弁護士は、過労や暗殺、テロ行為に巻き込まれて死にまくるし、医者や看護婦なんかも病人の看護と流行病で全滅してしまった。
唯一生き残った人類は、家に閉じこもっている引き篭もりや無職達だった。人との関係を絶っていたのが、功をそうしたらしいな。幸い、バランス良く男女が生き残っていたので、結婚して子孫を残す事ができたが……。今にして思えば、人類が生き残るのに適した生態を取っていたのかもしれない。
ある程度のサバイバル知識や医療知識は身に付けていたようだし、それなりに対応する事ができていたらしい。俺の両親も元無職で、魔法の研究に明け暮れていたらしい。
賢者という魔術士が誕生したのも、あの時の漫画やラノベと呼ばれる小説が普及していたからに他ならない。全く、無職様様だよ」
「人類、良く生き残れたね。本当に、ギリギリの大ピンチだったんじゃ……」
「ふっふっふ、別に、無職だけの世界になっても問題はないのさ。働きアリの法則という物を知っているか? 全体の組織内で、働く者(2割)対そこそこ(6割)対怠け者(2割)になるという法則。これは、無職にも適用されるのだ。
つまり、全員が無職になったとしても、2割は人類の危険を察知し始めて熱心に働き出し、6割は適度に働き、残りの2割はそのまま無職を継続する。そう、無職は、人類が生き残る為の防衛手段だったのだ。
そして、全員が無職だらけになった結果、また働きアリの法則が徐々に適用され始める。それを繰り返して、人類は今まで生き残って来れたのだ」
「へー、じゃあ、私の中にも無職の血が……」
「そうなるだろうな。逆に考えれば、2割が世界を存続させる為に奮闘し、6割が指示通りに動き、2割がもしもの為に王として君臨しているという事か。称号さえ違えば、無職も王と呼ばれる選ばれた種族なのだ!」
「ふーん、まあいいけどね。今では、無職も2割程度に抑えられたらしいし、別に問題もないけど……。それよりも、あなたの生活が気になるわ。賢者って、何をして生きているの?」
「俺達、賢者に決まった職業はない。ある者は、ハンター。ある者は、魔術士として独自の研究を追求している。ある者は、王として地域を管理している。
俺は、依頼さえ来れば何でもする『何でも屋』だ。まあ、依頼を受けたら解決する探偵のような職業だと思ってくれて良い。最近は、肉体労働や警備の仕事がほとんどだが……」
「ふーん、仕事が無い時は何しているの? あんまり安定はしてなさそう……」
「知り合いの女性が宿を経営していて、その一室を住まわせて貰っている。半同棲生活といったところかな? 当然、3食の賄いとオヤツも付いている。暇ならば、草むしりや掃除、洗濯なんかを手伝ったりもする」
「ふーん、仕事がない時は、無職なのね!」
「馬鹿者! 管理人だ、管理人と呼べ! それに、俺は賢者だから、雑用など一瞬で済ます事ができるぞ!」
「はいはい、そういう事にしておきますよ!」
こうして、2時間ほど電車に乗り、私はグロリアスの下宿先まで辿り着いた。私も当然、その下宿先のお世話になる。いったい、どんな人が経営しているのだろうか? 優しい人だと良いと思って、下宿先の扉を開けた。
●ローレン(本名は、ローレン・エヴァンズ)
10歳で両親を亡くし、13歳の時にグロリアスと出会う。2年後の15歳くらいで賢者にする予定。
両親を謎の賢者に殺されて、復讐目的でグロリアスを探し当てる。銀髪の美少女で、目は青色の瞳をしている。
能力は、体から電気を放出する力で、機械クラッシャーと呼ばれている。
水と風の自然属性を使い、電撃を強くするように訓練される。
静電気体質なので、動物や人間から嫌われやすい。機械が誤作動する。
賢者タイムの時の対策は、検討中だ。




