第33話 キマイラVSグロリアス
ハンナとキマイラが相打ちとなり、どちらも瓦礫に埋まってしまった。量は少ないが、このまま放っておくわけにもいかない。私はハンナに駆け寄り、瓦礫を退ける。幸い、ハンナの姿はすぐに確認できた。
「大丈夫!?」
「イテテ、壁にぶつかった時にもバリアーを張っていたから、ダメージは低いわ。でも、頭をぶつけたのか、クラクラする……。ローレンは、すぐにグロリアスを呼んで来なさい。キマイラも動けないようだけど、生命力は桁違いの強さなのよ……」
「う、うん……」
私がハンナから離れて、グロリアスを呼びに行こうとすると、息苦しい空気が漂う。キマイラは気絶などしていない。ハンナとの戦いでは、ダメージなど一切受けていなかった。巨大なオオカミが、二足歩行で私を睨みつけている。
あまりの巨大さに驚き、私は尻もちをついていた。人の2倍以上はあろうかという背丈に、野獣の鋭い牙と長い爪が装備されている。人間など、一撃でもマトモに食らえば、頭が吹っ飛ばされるほどの筋力だった。
「グルルル、女の子だったのか? 対戦相手は、グロリアスという男だと思っていたが……」
「うああああ、バケモノだ……」
私は、キマイラの姿をマトモに見て、恐怖で体が震えていた。足がふらつき、立つ事さえもできない。猫を抱えたまま、キマイラの前で呆然としていた。キマイラは、一瞬で間合いを詰めて、私の首を捉える。鋭くて長い爪が、私の首筋に触れていた。
「ああ、殺される……」
「俺をバケモノと呼んだな。俺も、こんな姿に望んで生まれたわけではない。あまり俺を怒らせれば、そのまま首をはねてしまうぞ!」
「ひええええ……」
私は、恐怖でお漏らしし始めていた。スカートが湿り始め、足から床に垂れ始める。キマイラも匂いで私が漏らしたのを感じたようだ。嬉しそうに笑い、爪を開いて、私を床の上に落とした。水溜りとなった床の上に落ち、更に服が湿り始める。
「くっくっく、美少女のお漏らしか……。なかなか色っぽい光景だぜ。その姿に免じて、命だけは助けてやるよ。対戦相手のグロリアスとかいう男は、このホテルにいるんだろう? お前、ちょっと呼んで来てくれよ!」
「グロリアス!?」
私は、一瞬、グロリアスでもこのバケモノに勝てるか分からないと考えてしまった。岩さえも砕く鋼鉄のような牙に、長くて鋭い剣のような爪が付いている。生身の人間では、決して奴に勝つことはできないであろう。
「どうした、早くしろ!」
私は、キマイラに促されて、グロリアスのいる部屋へ移動しようとするが、自分の出したオシッコに滑って転けてしまった。床に這い蹲り、自分の無力さを噛み締めていた。
「はっはっはっ、濡れた青いパンティーが丸見えだぜ! 俺を誘っているのか? 子供になんて興味もなかったが、無防備に逃げる背中は襲いたい衝動に駆られるぜ! どれ、下着姿で惨めな方が、グロリアスという男も本気になるかもしれないな……」
キマイラは、四つん這いになって倒れている私に襲いかかってきた。鋭い爪で、私を攻撃する。傷付けるつもりはないようだが、私の服を引き裂く気のようだ。それでも、私には野獣に襲われるような恐怖を与えていた。
「いやあああああああああああああ!」
「良い声で鳴くじゃないか。将来は、相当の良い女になるぜ。悪いが、服は引き千切らせてもらう。俺も、女の子には飢えているんでな!」
キマイラの鋭い爪が、後わずかで私に届こうとしていた。私は目を瞑り、攻撃の恐怖に耐えようと身構える。しかし、私の服が切られた感覚も、攻撃が当たった感覚もない。あるのは、何か硬い物が、キマイラの攻撃を受け止めたような金属音だった。
「あれ、攻撃されていない?」
私が恐る恐る目を開くと、キマイラの攻撃を受け止めているグロリアスの姿が映し出された。ハンナとキマイラの戦闘音を聞き、急いで私達のところまで駆け付けたようだ。自分の体を飴にして、キマイラの攻撃を止めていた。ここで、私は安心して気を失ってしまった。
「ローレン、大丈夫か? 遅くなってすまない……」
グロリアスは、私の事を気遣っているが、その腕はキマイラの爪に刺し通されていた。後わずかで、彼の体にもキマイラの爪が届きそうな位置になっていた。彼の体も小刻みに震えており、キマイラの筋力をギリギリで耐えているのが分かる。
「くっくっく、ようやくメインディッシュの登場か。女の子をこのタイミングで助けるとは、なかなかカッコイイおじさんじゃないか。だが、俺の筋力の敵ではないな。このまま、俺の爪で切り裂かれるが良いわ!」
「お前は、ここまでだ! 少しは、傷付く痛みを知るといい。能力だけの三下キマイラが!」
グロリアスは、自分の体を鉄に変えて、一気にキマイラの爪を叩き折った。鋭い爪が、そのままグロリアスの腕に残り、キマイラは根元から爪を折られて攻撃力を失う。痛みに耐え切れず、苦しみ始めていた。
「ギャアアアアア、俺の爪が……」
「ふん、お前も良い声で鳴くじゃないか。これ以上やるなら、もう一方の爪も折ってやるぜ」
キマイラの前足からは、血が滴り始めていた。相当のダメージを受けているが、戦闘する意志はまだ残っているようだ。グロリアスが油断した瞬間を狙い、彼の首筋を鋭い牙で噛み砕こうとしていた。
「このお、死ね!」
「ふん、愚かな獣だな。同じ方法で、牙も失うとは……」
キマイラは、グロリアスの首筋に噛み付くが、腕と同じように鉄になり、一瞬にして牙が全て折られていた。キマイラは、あまりの出来事に、自分と彼の実力差を認め始めていた。攻撃しても、怪我をするのは自分だけなのだ。
「ようやく大人しくなったか」
グロリアスは鉄の体を解除し、柔らかい液体状の飴になっていた。爪も牙も床に落ち、彼の体にダメージがないことが分かる。魔法を解除すれば、傷一つ負っていない彼の姿が確認された。
「くう、傷一つも負っていないだと……」
「ふむ、キマイラがここにいるという事は、近くに奴もいるな。おーい、ジャック、隠れてないで出て来い。お前がこの戦いを仕組んでいる事は分かっているんだ!」
グロリアスがそう叫ぶと、私が抱いている黒猫が床に降り、動き始めた。黒猫が二足歩行をし始め、徐々に普通の人間大の大きさになる。気付いた時には、所長の姿になってメガネをかけていた。
「くっくっく、良く気が付いたね。本来は、ハンナちゃんとローレンちゃんを巻き込まないつもりで監視していたのだが、キマイラとハンナちゃんの戦いが見事で感心してしまったよ。彼女は、すでに賢者と呼んで良いレベルだね。
君が近くにいる事は知っていたから、ローレンちゃんを助ける事もしなかったよ。キマイラは、ターゲットのグロリアスが男である事も理解していたしね。まあ、本当にヤバイと感じたら、僕が彼を止める気だったけどね」
「御託はいい。どんな理由であれ、ハンナとローレンを危険にさらしたんだぞ。分かっているのか?」
「おっと、釈明の前に、やらなければならない事があるんだ!」
ジャックと呼ばれている男性は、突然姿が見えなくなった。どこに消えたんだろうと辺りを探していると、キマイラが突然宙に浮く。ジャックが一瞬で間合いを詰めて、変化した長い爪でキマイラを引き裂いていた。
「お父さん、なぜ……」
「お前は、ダイアナの条件を満たせなかった。せめてもの情けだ。俺の手で、無に帰してやるよ! キマイラの制作者として、俺がお前を殺して責任を果たす!」
「ぐう……」
キマイラは、急所を切り裂かれて虫の息になっていた。後数秒もすれば、完全に死ぬだろう。ジャックは険しい殺人者の顔をして、キマイラを地面に倒れさせていた。初めて、彼の事が恐ろしいと感じてしまう。
「相変わらず、変な所にこだわりを持つよな。まあ、ダイアナの条件が合わない以上、殺処分しか方法がないのだろうが……。何も、自分の手で殺さなくても……」
「それが、生きる事のできなかったキマイラに対しての敬意だと思っていてね。僕の手で殺し、同じ失敗をしないように魂に刻み込んでいる。おかげで、殺した失敗作の事は忘れる事はできないよ……」
「とりあえず、ハンナとローレンを休ませたら、事情を話してもらうぞ。まあ、いつものキマイラの戦闘訓練に、俺を利用しただけだろうが……」
「当たりだよ。君に一撃でも攻撃できれば、キマイラを生かしてくれるとダイアナに条件を付けられたのだが、結果は傷一つ付ける事ができなかった。悲しいけれど、殺すしか方法がなかったよ……」
「相変わらず、変な条件を付けてキマイラを作成させられているのか?」
グロリアスとジャックは、傷付いた私とハンナを抱きかかえて、ホテルの部屋へと向かっていた。キマイラは、制作者に切り捨てられ、息も絶え絶えに最後を迎えようとしていた。意識も無くなり、痛みさえも感じていない。
「やれやれ、ようやく2人ともいなくなったか。キマイラの購入もバカにならない費用なのよね。でも、要らないゴミなら、私が再利用したらタダで良いわよね。
というわけで、今日から私があなたのご主人様よ。品性良く、立派な奴隷として一生仕えなさい。では、私が傷付いた心と体を癒してあげるわ♡」
キマイラの前に現れたのは、秘書のダイアナだった。ジャックから正式に購入すれば、研究費や人件費などで莫大な費用が必要になる。しかし、ジャックが切り捨てたキマイラを治療すれば、彼女が自由に奴隷として使用する事ができるのだ。
「傷は致命傷だけど、私のこの『六神通』の目にかかれば、どんな傷も即座に治す事が可能よ。では、一瞬で治療してあげるからね。その後は、私がペットとして飼ってあげる♡」
ダイアナは、治療用の縫い針と糸を出して、一瞬でキマイラの傷を治してしまった。体力は戻っていないが、一命は取り留めたようだ。
彼女が指を鳴らすと、2人の男達がキマイラを運ぶ為に集結した。実は、彼らもキマイラであり、同じようにジャックに切り捨てられた所をダイアナに助けられたのだ。
ダイアナは二十代の肉体を持つ美女であり、彼らを虜にしていた。医療技術を駆使して、自らの肉体を二十代のまま維持し続けているのだ。
「 今日は、その子と一緒に添い寝するわ。あなた達は、その子を家まで運んでちょうだい。ふふ、新しい家族だから大切にしてあげてね」
屈強なキマイラの男達2人によって、新しく拾ったキマイラは運ばれていった。ダイアナの家に行き、夢のような生活が待っている事だろう。




