第27話 ハンナと怪しい男の人
私達が、ショッピングモールの地下にある食品売り場へ行こうとしていると、見るからに怪しい男の人が話しかけて来た。シルクハットの黒い帽子に、黒っぽいタキシードを着ている。メガネをかけており優しそうな表情の男性だ。どこかのレストランの店員らしい。
「へい、お嬢ちゃん達、どこへ行くの?」
「地下の食料品売り場よ! 迷子じゃないから、安心しなさい!」
「ふーん、そこへ行って、ウインナーとか、試食のケーキでお腹を満たそうというのかい? 育ち盛りの美少女達が、そんな偏った食事でお腹を満たそうなんて悲しいよ。
将来は、美しく可憐に成長するはずの美少女達が、偏食をして健康状態を損なうなんて僕には耐えられない!」
「コイツ、変態だ。逃げた方が良い!」
ハンナは、私の手を引いて走り出すが、なんなく彼に先回りされて止められてしまう。やはり、大人の男性だけあって、歩幅は私達よりもかなり大きいようだ。行先を止められてしまっては、話を聞くしかない。
「まあ、待ちたまえ、ヤングレディーズ。そんな暴食をしてお腹を満たすより、僕の経営するレストランでアルバイトをしてみるのは如何かな? 美味しい賄い(まかない)も付けるし、給料もはずんであげるよ?
ハンバーグセットに、デザートのパフェ付きでどうかな? 仕事内容も簡単だし、衣装も可愛く仕上げてあげるよ? 君達なら、1日数時間働ければ、このショッピングモールで買い物を楽しむくらいには稼げるはずだよ?」
「本当?」
私は、男性の言葉巧みな誘惑に興味を持ち始めた。中学生くらいの年齢ならば、アルバイトをしてみたいという好奇心を持ち始める。それがウエイトレスのアルバイトとかなら、可愛い服を着てみたいという興味も出てくるのだ。
ハンナは、私と男性の間に入り、断ろうとしていた。上手い話には、何か罠があると思っているのだろう。確かに、提示された金額は、わずか数時間のアルバイトで稼げるような額ではない。時給1万円という仕事は、危険な匂いが充満していた。
「嘘よ! そう言って、甘い言葉で誘惑して、売春行為とか、風俗店で働かせる気よ? 表向きは賑やかなショッピングモールだけど、裏では何をやっているのか分からないわ。関わらない方が懸命よ!」
「うおお、ショッピングモールでそんな如何わしい事をさせるつもりはないよ。ちょっと僕の店でウエイトレスをしてもらって、注文を取るのと、料理を運ぶのを手伝ってもらうだけさ。子供だからね、この料金は、僕の気持ちと言うことで……」
「そう言って油断させて、金持ちのオジさんとかに売りつける気でしょう? 気が付いたら、ホテル内で2人きりにされて、防音設備の効いた部屋で襲わせる気なんだわ。私達の親がいないと思って、そういう提案をして来たんでしょう?」
「怖い……」
私は、ハンナの話を聞いて怯え出した。確かに、今はグロリアスもアリッサもいない。力付くで男性に襲われたら、抵抗などできないだろう。男性は、それでも諦めずに私達を誘ってくる。
「そんな事させないって。本当に、ウエイトレスを募集しているだけなんだよ。なんなら、僕の経営するレストランを覗いて見るかい? この近くの普通の高級レストランだから……」
私達は、店の場所が近い事もあり、ちょっと覗いて見ることにした。どこかで見たことのある優しそうなお姉さんが働いていた。ウエイトレスの衣装も可愛くて、私は思わず叫んでしまった。
「うわぁ、凄い可愛い!」
「そうだろう、そうだろう。僕が設計したウエイトレスの服だからね。君達が望むのなら、ケモミミバージョンの衣装も用意できるよ? 働いてみる気になったかい?」
男性は、優しい笑顔でそう言った。ハンナは、ふんと鼻で笑い、大人っぽい口調で意見する。やはり、この男性は、ちょっとキモかった。
「ふん、店の雰囲気も衣装も可愛いけど、今のあなたの一言で一気に働く気が失せたわ。経営者を変えた方が良いじゃない? 普通に、そこのウエイトレスのお姉さんとかが経営者の方が、商売も繁盛すると思うけど……」
「ちょっと、僕が経営者なんだよ? せっかく念願のマイカフェが経営できたというのに、なんて恐ろしい提案をする子達なんだい? 人気店で、僕の経営手腕は証明されているんだよ。後は、君達が働いてくれるなら、僕の夢が叶うと言っても過言ではない!」
「なら、あなたが働けば良いじゃない。中途半端な幼い女の子を臨時で雇うよりは、ちょっと無理してでも経営者の男性が働いた方が良いわよ」
「いや、それはダメなんだ。必要なのは、可愛くて幼い女の子2人なんだから。僕がレストランに出没したら、僕の夢が壊れちゃうでしょうが……。可愛い女の子だけを働かせたいと願って作り出した理想のレストランなんだから!」
「ふん、子供が慣れない服着て歩き回る方が、よっぽど迷惑を増やすだけだと思うけど……。あなたの理想のレストランも、赤字で潰れちゃうかもしれないし……」
「いや、なら店の外で作業させるよ! ウエイトレスの格好をして、お客さんを呼び込んでくれるだけで良いんだ! 2時間客引きをしてくれるだけで、2人で4万円の給料をあげよう。君達には、それだけの価値がある!」
「あなた、その言葉がトドメだったわね。客引きをしている時点で、ヤバイ店でしょう? お断りよ!」
「そんな……、僕の理想を理解してくれないのか……」
私とハンナが離れて行こうとすると、男性が女性店員に殴られていた。どうやら本当に臨時の従業員が必要だったらしい。彼の誘い方にも文句を付けたいようだった。どうやら店の中でも彼への敬意はなさそうだ。
「もう、所長がキモ過ぎるんですよ! あんな誘い方では、怪しい店だと思われても当然です。もっと、従業員募集の紙でも配って、本当に人手が欲しい事をアピールしないと……」
私は、店から出てきたウエイトレスのお姉さんを見る。知り合いだという事が分かり、彼女に挨拶の言葉を投げかけていた。
「あっ、アレクサンドラさんだ! ここで仕事していたんだね?」
「うん、ローレンちゃん?」
私と彼女は目を合わせ、お互いに軽い会釈をする。一度ダブルデートで一緒だっただけに、それなりに打ち解けた仲になっていた。
「ここで仕事していたんですね」
「 ええ。本当は、このショッピングモールの別の部署だったけど、私の魔法技術が操れるようになったから、その事を所長に相談したら、このレストランのウエイトレスになるように泣いて頼まれたのよ。
男性職員は絶対に入れたくないけど、私だったら全く問題ない。男装だろうが、医師だろうが、なんでもコスプレしてくれと……。むしろ、男手が必要な時には、男になって動いて欲しいと言われてね……」
所長と呼ばれる男性が、私とアレクサンドラの会話に加わってきた。アレクサンドラを見て興奮し、キモい言葉を発声させ始めた。彼女にとっては、呪いの言葉にも等しい。
「ふー、女の子にも、男の子にもなれる理想の体。元々は女の子だから、色気や匂いは最上級レベルだし、女のお客さんを呼び込みたい時にも重宝していますよ。僕は、君の体にも興味がある。
野郎と肉体関係を持つなんて死んでもごめんだけど、君なら男性の姿でも愛し合う事ができると確信しているんだ。男の格好でも、僕が興奮したのは君が初めてなんだよ」
「うわぁ、キモ……」
「相当の変態ね。これは、犯罪者レベルよ!」
男性の魂の叫びは、女性からはクレームの嵐だった。3人から攻撃され、立てない程度のダメージを受ける。もはや人としての威厳さえも感じてもらえないでいた。でも、お姉さんがレストランで働いている事を聞き、安全な職場である事を悟る。
「お姉さんが働いているなら、ここでアルバイトするのも良いかも……」
「私も、ローレンの知り合いなら安心だわ。このオッさんを視界に入れない事が条件だけど……」
私とハンナに嫌われて、所長はこう提案する。
「僕、どんだけ嫌われているんだ? 視界に入る事さえ出来ないなんて酷い。せめて、僕も女の子にして、一緒に働かせてください! 僕自身が女の子になれば、僕の理想は保たれるんだ!」
「賢者タイムには気を付けるのよ?」
変態だが、悪い人ではない事を悟ったのだろう。ハンナも、その条件で一緒に仕事する事を承諾した。男性が、女性になるアレクサンドラの魔法技術が気になったのだろう。所長は、彼女の手によって女性に変えられていた。
「じゃあ、レストランの衣装合わせをするわ! あなた達、こちらへ来なさい!」
『はーい!』
女性3人は、元気良く手を上げて返事をする。そのまま女子更衣室へ入って行こうとしていた。女性と化した所長が入ろうとすると、ハンナが重い扉を閉める。
女性の体をしていようが、元が男性ならば容赦はしない。女子更衣室へ入ろうとしていたところを、間一髪で取り押さえていた。
「放せ。同じ女の子なんだから良いじゃないか。ブラジャーの付け方とか分からないんだ。このままでは、この膨よかな僕の胸が贅肉と化してしまうかもしれない。そうなったら、なんか精神的にダメージが来るだろう?」
「心底どうでも良いです。たとえ一時的に贅肉になっても、また男性に戻れば元の位置に戻りますよ、たぶん……。そんな些細な事よりも、私達の体を見られる事の方が最悪です。記憶の片隅に残るだけでも、私達の汚点になりますから……」
「そこは、見せても良いんじゃないのかな? ここにいる全員、中々の体をしているじゃないか。アレクサンドラさんは、男性に見せても賞賛されるレベルだよ。ローレンちゃんもオッパイは成長途中だけど、形の良い物を持っている。
ハンナちゃんに至っては、このまま成長していけば、この国でも5番目以内のナイスバディーに育つ事は間違いない。見せたいと思うことはあっても、隠し必要なんてないじゃないか。それとも、僕だけの為に見せたいから、他の男に体を見られたくないということか?
そこまで言われたら、僕も我慢するしかないようだ。ボディーの観賞は、将来のために取っておくよ!」
「やっぱり出て行けや、このケダモノ!」
「ああ、ごめんなさい! つい、本音が出てしまったんです。みんなが着替え終わった5分後にでも良いから更衣室に入れてください。このままでは、痴女として連行されてしまいます。身包みを如何わしい男共に剥がされて、生まれたままの姿にされてしまいます!」
「生まれたままの姿じゃないじゃない! でも、ニュースになるのも困ったから、トイレで着替えて来たら? そこなら、入室を許可してあげるわ!」
「ああ、店長なのに、この扱い……。体と心がビンビンしてくるね。僕をドMにした代償は重いよ?」
「さっさと仕事しろよ!」
こうして、私とハンナ、怪しい所長がウエイトレス姿になっていた。所長は、元々男性だが、自分で衣装をデザインしただけあって、女性の姿でも似合っていた。ショートカットのドジっ娘メガネちゃんが誕生していた。
「まあ、この姿も気に入ったよ! ただ難点は、もうすぐアレクサンドラちゃんの賢者タイムが来てしまうので、15分も働けないという点なのだが……」
「なんで仕事しようと思ったんだよ? 迷惑だ。さっさと、どこぞの事務所で会計でもしていろよ!」
「ふっ、心配はご無用だよ。僕は、こう見えても科学者だ。変身能力の欠点は、賢者タイムの時間が来てしまえば、数分間で元に戻ってしまう点にあった。体の一部分ならば、1時間が限界。全身を変化させてしまえば、最長でも15分が限界だ。
しかし、天才科学者の僕は違う! アレクサンドラちゃんに僕の調合した薬を服用させる事で、徐々に賢者タイムの時間を引き延ばしていたのだ。
今、僕の調合した夢の薬『シックスアワー・オフ・ドリームス(夢のような6時間)』を使えば、女性の姿を6時間まで持続させる事ができるのだ。
欠点は、1日に一度しか使えないし、一度元の体に戻ってしまえば、6時間は同じ姿になる事ができないという事なのだが……」
「コイツ、危険過ぎる! 早めに牢屋に繋いでおいた方が良い!」
「ふっ、いずれは繋がれてあげるさ。ハンナという女の子の牢屋にね……」
「ヤバイわね……。ドMの上に、変態なんて……。勝てる気がしない……」
ハンナは、彼の超人的な強さに冷や汗をかいていた。私とアレクサンドラも寒気を感じている。彼が本気になれば、どんな女性も窮地に立たされてしまうのだ。
「完全にハンナちゃんをロックオンしているね。早めに関係を断ち切らないとヤバイよ!」
「それ以上言わないで……」
強気のハンナが始めて弱さを見せていた。とりあえず脅威を感じつつも、私とハンナ、所長はウエイトレスの衣装に着替えて仕事ができるようになった。私とハンナの初めてのアルバイトだ。ちょっとドキドキし始めていた。




