第100話 番外伝 神でいる理由
彼女は、自分の素性と今までの経緯を話し始めた。真面目に話さなければいけない事を感じ取り、真実を語っているようだ。どうやら彼女も賢者能力が化け物並みの実力を持っているらしい。その過去も壮絶だった。
「妾は、鏡と申す。父親だかが虐待をしていたようでな、三重人格という奴じゃ。妾が1番マトモで社交性もあるので表立って出て来ているが、実際の主人格は霊という女の子じゃ。
おっと、霊という名じゃった。妾ともう1人の人格も霊と呼んでいるのでそう呼んでしまったわ。本名は、霊という。苗字は、忌々しい過去なので思い出したくもないそうじゃ。好きに呼ぶが良い!」
「主人格を虐めないでくださいよ。それで、もう1つの人格というのは?」
「荒人神の劔じゃ。こいつは、気性も荒くて、自由にさせると殺人までしかねない。その為、妾が行動を制御しておる。妾はまあ、行合神という奴じゃ。気分的にのう」
「あっ、どっちにしろ邪神なんですね。主人格の霊さんも溜まったものではありませんね」
「言うておくが、主人格の霊はドクズじゃぞ。人見知りも激しいし、引きこもったまま出てこんのじゃ。滅多に顔を出そうとはせぬ。妾がおらねば、今頃は地面や木と一体化しておる事じゃろう。まさに即身仏状態じゃ」
「なるほど。あなたが1番マトモな人間だという事は認めましょう。しかし、それならばあなたの自由に生きて、村人達も支配すれば良いではありませんか? 必ずしも賢者になる必要性は感じませんが……」
真火流は核心を突くような質問をする。彼女と村人の関係は良好であり、賢者能力を磨かなくても問題ないように思える。神として崇められているのならば、村から出ないほうが良いようにさえ感じられた。
「愚か者。神という称号だけで上手くいくほど、世の中は甘くないわ。むしろ、厄介さえも引き起こす原因になりかねないのじゃ。考えても見ろ、妾がどんなに頑張って村を支えて来ても、より強い神が出現したとすれば淘汰されるモノなのだ。
淘汰される程度ならば、まだ良い。神という称号を付けているだけで、本物か偽物か疑われるものなのじゃぞ。更に、偽り者というレッテルを貼られたら、抹殺対象にさえなりかねないのじゃ。たとえ、全く悪い事はしていなくてものう!」
「まあ、神に仕えたいというのは、人類の欲求の1つだからな。それが偽物ならば、排除されるのは当然だと思うが?」
「そもそも日本という国は、『GOD』を『神』と訳してしまった為に誤解しておるのだ。神にも3つの種類がある。1つは、全知全能の神じゃ。アメリカ圏や外国では、神といえばコレに決まっておる。
それに対して、日本は能力のある物を神と呼ぶ傾向になる。偉人でも物でも、人間以上の力を持つ者を神と呼ぶ。妾達もこのカテゴリーに入るであろう。必ずしも、全能の神でなければ神ではないとは言えぬのじゃ。
更に、人間の団体や商売人によって祭り上げられた神もいる。能力が並みの人間と変わらなくても商売や目的の為に神と崇められる場合もあるのじゃ。アイドルや歌手などが良い例だのう。目的は人集めと分かりやすいわ」
「そうなると、あなたは2番目に当たる神様かな。全知全能の神とは思えないし、それほど知名度があるとも思えない」
「まあ、そうじゃのう。実は、妾は鏡と言って自己紹介したのじゃが、村の奴らがボケ老人ばかりで神と呼ばれたのじゃ。いろいろお願いされたのを叶えてやったら神と呼んできた。一応、賢者能力と呼ばれるものでなんとかなったからのう。
その後、奴らから軟禁されて逃げ出せなくなった。妾が家の中から出ようとするだけでも護衛や監視が出てくるからのう。本当は、食物さえもらえれば良かったのに、村から自由に出られなくなった。それで、そちを呼んだというわけじゃ。逃しておくれや」
「なるほど、自分で逃げる為に賢者学校を探り当てたというわけですか。自らがこの村を離れる為に……」
「まあ、簡単に言えばそういう事じゃ。村から逃げてトンズラを決め込むわ!」
「ふむ、そういう事なら、あなたを賢者学校に入学させる事は許可できない。私は賢者学校の教師ではないが、逃げ道の口実として入学されては困ると判断できる。あなたが賢者能力を学びたいという意欲がない以上、入学を許可する事はできない!」
「なんじゃと!? この、頭の固い奴じゃのう。妾の苦労を少しも分かっておらぬわ。この村どころか、家から出ようとするたびに死をさえ感じるのじゃ。ならば、お前も妾の恐怖を体感してみるが良い!」
鏡は、突然服を脱ぎ始め、真火流に抱き付いてきた。浴衣を緩ませて、肩を少し露出させる。それだけでかなりセクシーな格好になっていた。彼女の怪しい行動を目にして、真火流は動揺して動けかなかった。
「何を……」
「ああん、真火流様、妾を連れて逃げてください! 他の土地で存分に愛し合いましょう!」
「なっ!?」
鏡が真火流に抱き付くと、数秒とおかずに冷たいナイフが彼の頬に当たる。相当手練れの刺客が潜んでいたようで、殺されそうな殺気を放っていた。それにワンテンポ遅れて、村人達も押し寄せていた。村人はそれぞれ武器を携帯している。
「神様をどこへ連れて行く気だ?」
「神様がいなくなったら、オラ達の村は終わりだ。コイツを殺してでも村の消滅を防がなければ……」
村人は、鋭いナタや斧を持って近寄って来た。その表情から分かる通り、彼らは冗談でそういう行動を取っているわけではない。本当に真火流が鏡を逃がそうとするならば、彼の命を断っても構わないという反応だった。
「くう、殺される! これほどの村人と相手をしていたら、村を逃げ出す前に殺されてしまうだろう。これが、信仰の力という物か。最強の賢者と戦った時よりも絶望感を与えるとは……」
「ふふ、言ったであろう。逃げ出す事さえ、妾の力を持ってしても不可能だとな。だが、妾ならば、まだ交渉の余地はある。賢者学校に通う数年間は自由を得られるが、それ以降は一生拘束される事になるかもしれない。苦肉の策だが、それでも良かろう」
鏡は、村人の前に立ちはだかる。真火流を傷付けないように、彼らの間に割って入って仲裁する。殺意を孕んだ顔をしていた村人が、少しばかり優しい顔に戻っていた。
「か、神様……」
「村人達よ、妾はしばらく神の能力を向上させる為に、この男と一緒に出かける。だが、神としての能力が向上した時には、この村に戻って来よう。妾は、お前達の世話ともてなしに感謝している。だが、今一度、妾に自由を与えてくれ。必ず、この村に帰って来るから」
鏡は、地面に膝ま付いて許しを願っていた。そこまでしなければ、村人の心を動かす事はできないのだ。土下座という、神にあるまじき行為をしてこそ、ようやく交渉がなりたてる状況になったのだ。
「神様、オラ達に膝ま付くなど有ってはいけねえだ。早くやめてくれ!」
「妾が賢者学校に行く事を許可してくれるか?」
村人は、その言葉を聞いて戸惑っていた。彼女がずっとこの村にいる事を当たり前だと思っていただけに、どこかへ行かす事には躊躇していた。土下座をしようと、何をしようと、村人には結論を下すだけの知恵もない。全てを村長に委ねる事にしていた。
「村長、神様が逃げ出そうとしているようだが、どうするべ?」
「彼女は、神としての新しい境地に立とうとしているのだ。行かせてやろうと思う。だが、彼女1人でそんな危険な地に行かせるわけにはいかない。私達にも信頼の置ける娘の『ヒミコ』がいる。彼女を神様の仕様人として同行させるのだ」
真火流にナイフを当てていた少女が、彼からナイフを離して言う。どうやら彼女が『ヒミコ』という少女であり、村長や村人から絶対の信頼を勝ち得ているようだった。腕も立つので、賢者としても申し分ないだろう。少女は、顔を見せてかしこまる。
「かしこまりました。神様と行動を共にし、必ずや連れ戻して参ります」
「ふむ、お前ならば神様でも言う事を聞かせられるだろう。期待して待っているぞ!」
「はっ、有難きお言葉!」
こうして、鏡とヒミコが賢者学校の宿舎に来る事になった。真火流は、2人に形式として書類を渡す。賢者学校の見取り図や課題などが書かれていた。それを読んでいると、鏡が大切な課題がある事に気が付いた。
「おい、このパートナーとなる動物を有する事というのはなんだ? これが必須課題と書かれているが……」
「ああ、なるほど。賢者の中には動物と賢者能力を組み合わせて戦う奴もいる。その戦い方を学ばせようという事だろう。いろいろな戦術や知識が必要になってくるからな。課題としては、自分に合うペットを世話する事らしい。
望ましいのは、賢者学校に通ってからも生きられるほどの寿命を持つ動物だ。自分に合った動物を選ぶ事が、この学校に入る必須の課題というわけだ。鏡やヒミコさんに合う動物はあるかな?」
「要は、自分に合ったペットを世話するという事か。何が良いやら……」
鏡は、蛇やイノシシなどを候補に挙げるが、どれもしっくりとは来なかったらしい。山道を歩きながら、手頃な動物を探していた。すると、黄金に輝くような綺麗な生物を発見する。それは野生のキツネだった。
「おお、『玉藻前』という名を付けよう! 妾と一緒に来るのだ!」
「電車には乗せられませんよ?」
「真火流も妾を甘く見ておるようだのう。妾の賢者能力の1つ『変わり身の鏡』を使用すれば、動物を美女に変える事も造作無い。どうじゃ、美女に囲まれる気分というのは?」
キツネの『玉藻前』は、金髪ロングの美しい美女に変身した。鏡とは瓜二つの容姿をしており、とてもキツネが化けたとは思えない。真火流も2人の美女に挟まれて両手に花のような状態になっていた。
「うむ、これなら問題はないだろう。ちょっと近いから離れてくれないか?」
「おやぁ? 真火流、2人の美女に挟まれて緊張しておるのか? 別に、玉藻前のオッパイを揉みしだいても良いのだぞ。所詮は、キツネ。揉んでも触っても愛情表現の一部と感じる事だろう。抱き締めてやるが良い!」
「そっちが良くても、こっちが困るんだよ! うわああ、オッパイを押し付けてくるな!」
真火流と玉藻前がじゃれ合っているのを尻目にして、鏡はヒミコを見る。彼女にはパートナーとなる動物はいないように思えた。
「どうする? ペットがいないのならば、賢者学校に行く事はできないぞ?」
「私の事は気にしなくて良い。すでに候補はできている」
「ふーん、学校の授業に付いて来れると良いがのう!」
こうして、真火流と3人の美女は電車で賢者学校へ向かう。その途中で鏡が賢者タイムになり、玉藻前が美女からキツネに戻ったが、ヌイグルミという事で誤魔化すことができた。賢者学校に辿り着き、なんとか任務を終えたかに思われた。
しかし、2人をジャックに預けようとしていたが、彼は幼少期の訓練施設であるダンジョンに住み込みで研究をしているらしい。彼女達を預けるには、彼のいるダンジョンの最深部まで3人で行く必要ができてしまった。
「やれやれ、訓練がてら冒険するしかないか……」
「ほう、本格的なダンジョンだのう。これが入学試験というやつか?」
「いえ、全然違います。しかし、これをクリアーできなくては、中等部からの入学は絶望的かも知れませんね。年齢制限は、5歳から12歳と書かれていますから。入学試験の一環としてやってみてはいかがですか?」
「仕方ないのう!」
鏡は、そう言いながらも楽しそうだった。ようやく自由を手に入れて、気持ちが舞い上がっているのだろう。その頃、私とハンナちゃんも同じダンジョンに冒険する必要が出てきた。ダイアナから入学前の課題を付け加えられたのだ。




