第9話 水の都へ出発する!
私は、グロリアスに付いて行って食堂に入る。どこが食堂か分からなくなって、彼に送って貰ったという宿に来た直後なら許される言い訳をしていた。結局、アリッサさんに呼ばれてから、15分以上もの時間が経過してしまっていた。
食堂には、パンとサラダ、スープとスクランブルエッグが並べられている。西洋の朝食の見本といったような食事だ。サラダは、洋風ドレッシングがかけられており、とても美味しいが、私としては青じそドレッシングが好みだった。
「はい、ローレンちゃん!」
「うわぁー、ありがとうございます!」
「今日は、どんな事をする予定なの? 朝は、随分と仲がよろしかった事で……」
アリッサさんは、ワザと溢すくらいの勢いでコーヒーをグロリアスの前に置く。タンという音が響いて、テーブルが揺れる。彼はまたコーヒーを飲むのかと私は考えていた。
私は、普通の紅茶が飲みたくなる。だが、ダージリンやらアップルティーなどの種類のたくさん入った紅茶のティーパックを見ると、全種類をコンプリートしたくなった。
アッサムティーの紅茶とミルクを混ぜたミルクティーから始めて、徐々に他の紅茶にも手を出して行く。全てが飲み終わる頃には、朝食も食べ終わり、グロリアスも出かける準備が整っていた。
私は、5分ほどのわずかな時間を使い、朝の魔法の練習に励む。今日は、グロリアスと一緒に出かけるので、短剣やら銅の板などを詰め込んでいた。ついでに、紅茶も水筒に入れて持ち歩く。
後は、アリッサさんの漫画やグロリアスのアニメを見て、言葉の勉強をしていた。昼頃になると、グロリアスが私を迎えに来ていた。部屋の扉を叩くが返事は一切しない。
「おい、大丈夫か? マスターキーでカギを開けるぞ。良いな?」
グロリアスは、私が危険な状態にあるかもしれない事を感じて、扉を開ける。私が部屋の中にいる事を確認しているが、出てくる気配は一向にないからだ。おそらく落ちている物でも食べて気を失っていると思っていた。
「マスターキーなど必要としない。俺の能力ならば、合鍵くらい1秒とかからずにできる」
彼は、自分の魔法でカギを開ける。一応、マスターキーで開けると言っておく事で、私が全裸だろうが、着替え中だろうが、言い訳できると思ってそう言ったようだ。さすがに、地球上の全てのカギを開ける事のできる能力を他人に知られるのは不味い。
「ローレン、大丈夫か?」
彼が開けると、下着姿の私がベッドに横たわっていた。暑いのでネグリジェを脱ぎ捨て、布団もベッドから蹴り落としている。ベッドから落ちそうな絶妙な位置で寝そべっていた。セクシーさのかけらもない格好だ。
「おい、起きろ! 服を着替えて出発するんだ!」
「うーん、もう朝なの?」
「いや、昼頃だ。早く服を着て出発するぞ!」
「うん……」
私は、もぞもぞと起き上がってパンティーを脱ぎ始める。汗をかき、ブラジャーとパンティーまで湿っているのだ。ポタポタと、パンティーから汗が滴っていた。片足をパンティーから離した瞬間、グロリアスがいる事に気が付く。急速に頭が冴え始めた。
「いやあああああ、グロリアス、なんでいるの?」
「そこで止まるな! せめてパンティー履いてから気が付け。一応、忠告もしたし、会話もしたぞ。いきなり脱ぎ出すお前が悪い。ブラジャーは付けていて良かったな!」
「もう、出て行ってよ! 女の子の部屋なんだから……」
私は、グロリアスを部屋の外へ追い出し、扉を閉める。着替えをするまでは、恥ずかしさで顔が真っ赤になっていた。
「まあ、まだまだ子供だ。寝相も着替えも全然セクシーじゃなかったから安心しろ。保育園の先生くらいの気持ちだったぞ!」
「保育園? 私の精神年齢は、10歳以下って事?」
私は、少し落ち込んでいた。アリッサまでは行かなくても、女の子としては成長していると思っていた。それが男の前であられもない姿を晒した上、保育園認定を受けたのだ。しばらく立ち直れない。
私は、自分が持っている中で、一番可愛い服を着て、彼を誘惑しようと考えていた。思春期の女子にありがちな症状だ。年齢の上な男性にアプローチをかけて、自分が女の子として成長している事を見せ付けたいのだ。
「この青いブラウスにしよう。それと、水色のスカートで良いや! ふふん、グロリアスの奴、絶対に可愛いって言うぞ!」
私は、彼が可愛いと言ったら勝利と決めていた。自信はある。お父さんは、この姿を見て絶賛してくれたし、お母さんも可愛いを連発して言ってくれた。彼も、私が女の子である事を自覚するだろう。そう思って、自慢げに登場する。
「じゃーん、お・ま・た・せ・♡」
「準備ができたか。じゃあ、出発するぞ!」
彼は、急ぎ足で行動し始めた。私の格好を見もせずに、さっさと階段を降りていく。私は思わず、大きな声で喋っていた。子供のような反応である事は間違いない。
「えー、それだけ?」
「ん、どうした?」
「別に……」
今度は、逆に彼が大きな声を出す。ようやく私の魅力に気付いたのだろうか? 今なら、許してあげなくもないと、ない胸を突き出してセクシーポーズを見せ付ける。
「あっ、お前、手袋をしてないじゃないか! このままの状態で電化製品に触ると、壊れるって分かってんのか? 手袋は絶対に着用しろよ。壊してからでは遅いんだから……」
「はい、ごめんなさい。今度からは気を付けます……」
グロリアスに手袋をはめられて、一緒に出発する。昨日のうちに、洗濯機とパソコンを壊しているから言い訳にできない。私は敗北を感じて、うなだれながら階段を降りる。すると、アリッサと出くわした。
「あら、可愛い格好をしてお出かけ?」
「アリッサさん、今なんて?」
私は、感激のあまり彼女の手を握る。その反応に、彼女も驚いていた。
「可愛い格好だったから、どこかへ行くのかと……」
「うわああああ、嬉しい!」
私は、勝利を噛み締めていた。グロリアスには無視されたが、アリッサには可愛いと言わせた。これで勝負はふりだしに戻る。いずれは、グロリアスにも可愛いと言わせてやろうと決心を固めていた。
「水の都『フローレス』に行ってくる。夕方頃には戻る予定だ。じゃあな」
「いってらっしゃい!」
『いってきます!』
グロリアスと私は、声を揃えてアリッサに返事をしていた。私は手袋をしていた為、街中にある信号や券売機を破壊する事はなくなっていた。街の中心部を歩くに連れて、次第に自分の住んでいる街の様子が分かり始めた。
「うわぁー、綺麗な景色……」
街全体は、褐色(10円玉の色)の屋根とベージュ色の壁に、赤いレンガの壁で補強されていた。赤色のレンガが、ベージュ色の壁を引き立てており、まるでお城のような街並みが続いていた。街全体は、統一した建物で建てられており、一つのお城のような荘厳さがある。
屋根自体は同じような屋根ではなく、大きな建物には円形の屋根が使われていた。卵のような形の屋根に、悪魔の背骨が付いているような不思議な建築物だ。しかし、不思議と嫌な感じはしない。
街全体も綺麗に掃除が行き届いており、ゴミや汚れなどは見当たらない。澄んだ空気と気持ちの良い風を感じていた。馬車やバスが路上を走っており、遠くには線路と電車が走っているのも眼に映る。
「この街は、全体的に赤い屋根と赤いレンガの壁に覆われていて派手そうだけど、なんか落ち着くね。ベージュ色の壁とも合っているし……」
「ああ、そうだな。良い街並みだ。冬の紅葉をイメージしているらしい。夕方頃には、もっと凄い景色になっているぞ!」
「えー、楽しみ!」
「帰るのも楽しみの一つだな」
「じゃあ、次に行く街は?」
「うーん、着いてからのお楽しみだ。良し、馬車に乗るぞ!」
グロリアスは、口笛を鳴らすと、近くを走る馬車が止まった。初めて見る馬は大きくて筋肉がたくましく、頼れるような印象を受ける。ダラリと垂れた尻尾は、格好良さと可愛さを兼ね備えていた。
この馬車に1時間ほど乗って、隣の街へ行く。野原や荒野、森を切り開いたような道を走り抜けて、街に着く頃には背中が少し痛くなっていた。馬車は振動も激しく、長時間乗るのには適していない。




