第7話 ぷるぷる
「やっぱりコレは……」
「うむ。"スライム"じゃな。決して奴に触れてはいかんぞ」
わかっている。奴の体液は酸性であり、触れるものを腐食させる。
それが生物の肉であろうと、剣や鎧であろうと。
「ここはわしに任せておけい! 炎魔法!」
ルドルの爺さんは、炎の魔法でスライムを攻撃する。
その熱により、スライムの液状の体は蒸発し、静かに消え去った。
「ドロップも無さそうね。あまり出会いたくない相手ですわ」
このようなモンスターが壁からいきなり現れるのでは、余り気を抜くわけには行かない。
周囲に気を配りながら、少し進むたびに、地形を地図に記し、慎重に進んでいく。
そうして、曲がり道に突き当たった時、道の先から何者かの悲鳴が聞こえてきた。
「う、うわあああ……助けてくれ!!」
俺達が声の聞こえた方へ進むと、そこには、人間の3倍程のサイズの、巨大なスライムに襲われている冒険者の姿があった。
そうか、先程の男が言っていたのは、通常のスライムではなく、こいつのことだったのか……
冒険者の体は既に半分以上飲み込まれ、もがけばもがくほどさらにその巨体に吸い込まれていく。
「うあぁ……」
「可哀想じゃが、あれではもう手遅れじゃ……」
巨大なスライムは、恐るべき速さで冒険者を喰らい、体内で消化してしまったようだ。
食事を終え、奴は新たに現れた獲物達の元へ、ゆっくりとにじり寄ってくる。
「若者よ、仇は取ってやるぞ! 炎魔法!」
先程と同じように、ルドルは炎の魔法を唱えた。だが、巨大スライムはその巨体を大きく震わせ、炎を振り払おうとする。
奴の全身が揺れるたび、体液が大きく波打ち、炎を包み込んで消し去っていく。
「むう、駄目か……ならば、これじゃ!」
ルドルの指先から冷気を帯びた風が吹き荒び、スライムの巨体を包み込む。
すると、徐々にスライムの動きは弱まっていき、やがて、全身が凍り付いてしまった。
「やったー! ルド爺やるじゃん!」
「フォフォ、そうじゃろう?」
いや……待て、あいつはまだ死んでいない。凍りついた奴の全身から、トゲのような触手が幾つも飛び出した。
そして奴は、バキバキと音を立てながら、表面の氷をトゲで突き破り、完全に剥がしてしまう。
「まいったのう、凍っていたのは表面だけじゃったか……
ならば、ここはサマナの力を借りるかの」
そう言って、爺さんは俺の方を見る。
「な、なんですの!?」
「よいか? サマナよ。 お主の中に、既に魔力は秘められておる。あとは、念じるだけ……魔力を剣に纏わせるのじゃ」
そうか! 俺は爺さんの意図を汲み、己の魔力を剣に込める。初めての試みだが、不思議と失敗する気は無い。
「属性付与……」
剣は氷の力を纏い、青白い光を放っている。これなら、奴の内部まで凍りつかせる事が出来るはずだ。
俺が向かってくるのを確認し、スライムは表面のトゲを伸ばして迎撃しようとする。だが、俺はそれを氷の剣で切り裂き、さらに踏み込んでいく。
切り裂かれ、凍結した触手が次々と地面に落下し、音も無く砕け散るが……
なおもスライムは、迎撃の手を緩めようとしない。
今度は触手を鞭の様にしならせ、連続で振り回す。
一瞬、触手が俺の肩を掠めるが、僅かに衣服が溶けただけで、外傷は無い。
問題は、その激しさだ。まるで暴風雨のように激しく数十本の触手が叩きつけられ、とても近付ける状況では無い。
攻撃の隙を伺っていると、突然、背後から激しい電撃が降り注ぎ、触手を焼き払っていく。爺さんの魔法か! 今なら本体を攻撃できる。
スライムは身を揺らし、全身を膨らませ、新たな触手を生やそうとしているが、俺はそれよりも速く、スライムの巨大な液状の体を、氷の剣によって両断する。
二つに分かれたスライムの断面は、厚い氷に覆われている。その氷が徐々に全体を包み……やがて、スライムは完全に凍りついた。
……なんとか倒せたようだ。俺はルドルの爺さんに感謝を伝える。
「うむ。それにしても、初めてとは思えんの」
「当然ですわ。ゲームの中で何度もやった事ばかりですから」
「それにしても、結局さっきの人はスライムに溶かされて……うう、こわっ……ナムナム……」
よく見ると、巨大スライムが居た場所の奥には、下へと進む階段がある。
ここから次の階層へ進む事が出来るようだ。そうだな、無視して探索を続けてもいいが……
ダンジョンを全て探索するのはクリア後でもいい。取り合えず、ここは先に進むか。
ただ、俺には一つ気になる点があった。
それは、このゲームの難易度だ。以前のオーク砦の敵と比べて、あの巨大スライムはかなりの難敵だった。爺さんの魔法と助言が無ければ、かなりの苦戦を強いられていただろう。
神の調整ミスならまだ納得できるが、もし他の理由だとしたら……? 俺は、なにやら不穏な空気を感じながらも、1層を後にする。
……第2層へ降りると、階段のすぐ横に、何者かが項垂れた様子で座り込んでいる。
ぶかぶかのマントを羽織り、魔女のような三角帽子を被った白髪の少女だ。
「おや、どうしたのかね? お嬢さん」
「あっ……あ、あの……私……!」
少女は顔を上げてこちらを見ると、驚いたように瞬きを繰り返した。
なにやらパニックに陥っているようだ。俺達は彼女が落ち着くのを待ち、事情を聞いた。
「あの……私、冒険者ギルドで、他の人のパーティに参加させて貰ったんですけど……
皆全滅しちゃって……なんとか一人でここまで戻ってきたんです……」
少女は俯いたまま、小さく呟くように話す。
俺は、例によって有名RPGのテーマを鼻歌でうたった。
「ん、またその曲?」
「おお、アレの曲じゃな!!」
「…………え? なんですか……」
どうやら、彼女はこの世界の人間らしい。いや、それとも知らないだけか?
念のため、もう少し確かめてみるか。今度は誰でも知っているアクションゲームの曲だ。
「えっと……鼻歌、上手ですね。えへへ」
……やはり現地の人で間違いない。彼女は非常に人見知りで、冒険者ギルドで誰にも声を掛けることが出来ずにただ立っていたら、何故かパーティに誘われ、ここまで来たらしい。
彼女は何故誘われたのか不思議だと言っていたが、理由は明確だった。
それは、彼女が非常に可憐な容姿をしているからだ。出会いに飢えた者どもが見逃す筈は無い。
だが、世に悪の栄えた試しは無し……出会い優先で組んだパーティはあっさりと瓦解し、彼女だけが生き残ったという訳だ。
「あの……もし、良かったらなんですけど……私を一緒に連れて……」
「勿論じゃ!! お主のような美人は大歓迎……」
「待ちなさい」
俺は興奮気味のエロ爺を制止する。そもそも、彼女の実力は未知数だ。
もしあまりにも弱かったら困るし、何かしらの罠の可能性もあるのでは?
流石に、見捨てたりはしないが、取り合えず町まで送り届けるという選択肢もある。
何れにせよ、もう少し考えてからでも良いのではないだろうか。
「あの……私、幾つか魔法が使えます……敵が、アイテムを落としやすくなる魔法とか……」
「採用」
俺達は魔法使いの少女、ミールを仲間に加え、第2階層へ挑む。
「……まぁ、ボクは賑やかな方がいいけどね!」
「ふぉふぉふぉ、たまらんのう……」
「みなさん、ありがとうございます……あっ……!」
その時、ミールが足元の石に毛躓いて、転んでしまった。
その衝撃で、彼女の全身を覆っているマントが大きく捲れると、俺達は衝撃的な光景を目の当たりにした。
「え……!?」
「な、なんですって……」
「こ、これは!!!! むほほほほほほ!!!!」
なんと、彼女のマントの下は全裸だったのだ。つまり彼女は、帽子と、マントと、ブーツしか身に着けていない。爺は魂が抜けそうなほど興奮している。
「あ、あの……! えっと、これは……違うんです!!」
「何が違うんですの!?」
ミールは素早く起き上がり、マントを急いで羽織る。だが、既に遅い。
残念ながら、彼女の裸身は、爺の網膜にしっかりと焼き付けられてしまったようだ。
「だ、大丈夫……! ボク別に、人の趣味に対して、とやかく言わないし、大丈夫だから……」
「あなた、もしかして露出狂ですの?」
「ち、違います!! これには、理由があって……」
なら、その理由を説明して欲しいが……彼女は、それには答えられないという。
「じゃあやっぱり露出狂じゃん!」
「うう……」
返答に困り、彼女は泣き出してしまう。……なんだか、こっちが悪い事をしている様な気になってしまった。
……仕方が無いので、これ以上追求するのはやめる事にした。